安楽のレシピ

Misao

【レシピ1】 優しい毒薬(脚本)

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「・・・どうしよう」
「殺すしか・・・ない」
「殺さなきゃ────早く!」

〇公園のベンチ
  夕暮れの公園のベンチで、私は一人嘆息していた。
  先ほど貰った写真をじっと見つめた後、中空に目を彷徨わせる。
  ──この子を殺そう。
  口に出して言うと、今ある罪悪感がさらに胸の中で膨らんでいくのがわかった。
  私はそれに堪えようと、頭を抱えるように屈んで真っ暗な瞼の奥を見つめた。
女性「あっ!」
  その時、急に目の前に現れた犬が、私の指先から写真を奪い、咥えて走り出した。
女性「ま、待って!」

〇リサイクルショップ(看板文字無し)
女性「ここは・・・」
  犬を追いかけて走り着いた先には、一軒の店が佇んでいた。
女性「『安楽堂』・・・」
女性「アンティークショップかな。とにかくここに入っていったから、覗いてみよう」

〇リサイクルショップの中
女性「ごめんください」
安楽 巡琉「いらっしゃいませ」
女性「わぁ、綺麗な男の人・・・」
女性「あの、すみません。 こちらにワンちゃんが・・・」
女性「あっ!」
安楽 巡琉「こらシャンティ、何を咥えてるの? 放しなさい」
女性「す、すみません! それ私のです」
安楽 巡琉「ごめんなさいね、好奇心旺盛な犬で・・・ はいどうぞ」
女性「あ、ありがとうございます」
  私は写真を見られないように素早く取り返した。
覚「おか・・・ 巡琉さーん、お客様?」
女性「うわ、こっちも綺麗な子ども・・・」
安楽 巡琉「覚、そうだよ。 ご挨拶は?」
覚「こんにちは、お姉さん」
女性「こ、んにちは・・・」
女性「あの、可愛い娘さんですね」
安楽 巡琉「あぁ、息子なんですよ」
女性「そうなんですか!? 失礼しました・・・!」
安楽 巡琉「いえいえ、よく間違えられるんですよ」
覚「美しすぎてすいません」
安楽 巡琉「こら、調子に乗らない」
覚「きゃはは、はーい」
女性「親子、か・・・羨ましいな」
  そんな風に思って、ふと決意が揺らぐような気がして慌てて言葉を紡いだ。
女性「あの、私急いでいるのでこれで・・・ ありがとうございました」
安楽 巡琉「あぁ、せっかくですからもう少しゆっくりなされては?」
安楽 巡琉「久々のお客様なので、嬉しいんですよ」
女性「お気持ちは有り難いのですが、あまり時間がないもので」
安楽 巡琉「殺人の準備ですか?」
女性「!」
安楽 巡琉「5日後に実行とお見受けしました」
女性「どうして、それを・・・」

〇リサイクルショップの中
安楽 巡琉「先ほどの写真の子を、殺したいのですね」
女性「・・・はい」
安楽 巡琉「ご安心ください。 お客様の秘密は守ります」
女性「・・・・・・」
女性「私、前にも人を殺したことがあるんです」
女性「その時も、死ぬほど後悔した・・・けど」
女性「それしか方法がないと思って・・・」
女性「殺さなくて済むなら、私だってそうしたい」
女性「でも、どうしようもなくて、どうしたらよいか、わからなくて・・・」
安楽 巡琉「貴女のお気持ちは理解します」
安楽 巡琉「そんな貴女のために、この場所が開かれたんですから」
女性「・・・え?」
安楽 巡琉「こちらをお受け取りください」
女性「これは?」
安楽 巡琉「この瓶の中には安楽死できる薬が入っています」
安楽 巡琉「殺したい相手に飲ませれば、忽ち苦痛なく安らかに黄泉の国へ誘うことができるでしょう」
安楽 巡琉「殺したい相手にのみ効果がある薬ですので、例えば口移しで貴女が飲ませたとしても、貴女が死ぬことはありません」
女性「そんな薬があるなんて・・・ あの、あなたは一体?」
安楽 巡琉「私は『安楽師』。 苦しみや辛さを抱える人達に、安らぎと救いを与えるお手伝いをしております」
女性「安楽師・・・」
安楽 巡琉「安楽堂は苦しみや辛さを抱える人にしか見えない場所です」
安楽 巡琉「ここで出会ったのにも、ちゃんと意味があるのですよ」
女性「・・・ ありがとう」
女性「・・・どうせなら、私も死ねたらいいのにな」
安楽 巡琉「自分が死ぬつもりなら、最初から誰かを殺すべきではないですよ」
女性「・・・ふふ、そうですね」

〇部屋のベッド
女性「安楽死、か・・・」
  タイムリミットは、5日後。
  それまでに、これを使うかどうか、決めないと──
女性「ごめんね──」

〇住宅地の坂道
  3日後、私はまだ覚悟のつかないまま、安楽堂への道を辿っていた。
女性「できれば、もう一度相談したい。 殺すべきか、どうか・・・」
女性「えっと、確かこの辺を・・・」
覚「お姉さーん!」
女性「あ、覚く──」
女性「! 危ないっ!!」

〇リサイクルショップの中
「──さん!」
安楽 巡琉「大丈夫ですか、お怪我は!?」
女性「あ・・・安楽さん・・・」
安楽 巡琉「申し訳ありません、息子を庇って・・・ ──お体は、何ともないですか?」
  私はそっとお腹に手をやった。
  その手が微かながらふんわりと温かくなった気がして、私達は無事だったと信じることができた。
女性「はい。この子が、守ってくれたから・・・」
安楽 巡琉「お腹の赤ちゃんのエコー写真ですね」
  私は観念するように頷いた。
女性「飲めなかった、どうしても・・・」
女性「私の中で、ちゃんと生きているのに・・・」
女性「殺すなんて、出来なかった・・・!」

〇リサイクルショップの中
女性「昔も一度赤ちゃんを諦めたことがありました」
女性「それから月日が経って、今の人とお付き合いするようになって・・・」
女性「妊娠していることが分かりました。 でも私、急に不安になって・・・」
女性「前の人のように、打ち明けた途端拒絶されたらどうしようって」
女性「傷付くのも、一人で育てるのも怖いから、誰にも言わずに堕ろそうかと思っていたんです」
安楽 巡琉「それで"殺す"と仰っていたのですね」
女性「・・・はい」
  私に泣く資格なんてないのに。
  溢れ出す涙を止められない。
  そんな私を見ていた安楽さんが呟くように語った。
安楽 巡琉「どうして女だけが罪を背負うんでしょうね」
女性「・・・?」
安楽 巡琉「女は心でも体でも忘れない。 どちらも傷付くから」
安楽 巡琉「比べて男はせいぜい痛みを想像するだけ。 そんなことあったなと偶に思い出すだけ」
女性「・・・」
安楽 巡琉「──でもそんな気まぐれな寄り添いだけでも女は救われるんですよね」
女性「安楽さん・・・」
安楽 巡琉「前の人は貴女に寄り添いさえしなかった」
安楽 巡琉「そして世の中そんな野郎共のなんと多いこと・・・!」
安楽 巡琉「・・・こほん。 でも"今の人"は、同じとは限らないですよ?」
女性「・・・え?」
覚「・・・・・・」
女性「あ、覚くん! よかった、生きてて・・・」
覚「ごめんね、お姉さん・・・」
女性「いいのよ。 あなたが無事で本当によかった・・・!」
安楽 巡琉「お嬢さん。 まずは自分の愛を信じてみませんか」
安楽 巡琉「他人の子にもこんなに涙を流せる貴女が、我が子を愛せないはずがない」
安楽 巡琉「薬を飲まなかった時点で、貴女も本心に気が付いているのでは?」
安楽 巡琉「貴女は殺したいのではなく、 生かしたいのだと」
女性「・・・はい、 そうです・・・!」
安楽 巡琉「これはもう必要ありませんね」
安楽 巡琉「ああ、大切なことを言うのを忘れていました」
安楽 巡琉「私の家族の命を救ってくれて、ありがとう」

〇空
  あれからその足で私は恋人に妊娠を告げた。
  彼は驚いたけれど、すぐに笑顔になって、結婚しようと言ってくれた。
  私は過去に囚われて、現実をちゃんと見ていなかったんだと思う。
  信じることと、自分をさらけ出すこと。
  逃げてばかりいては、幸せな今に気付くこともなかった。
  私に未来へ踏み出す勇気をくれた安楽堂の皆さん、ありがとう。
  感謝を伝えたくて二人でお店の場所を探したけれど、何故か見つからなかった。
  もしかしたら幻だったのかもしれない、そんな風にも思ったけれど、
  安楽さんから手渡されたあの小瓶の冷たい感触は今も忘れられない。
女性「・・・いつか、家族三人で会いに行きたいな」
女性「ううん、心の中に生きているこの子も、一緒に──」

〇リサイクルショップの中
覚「もしあの薬を飲んでたらどうするつもりだったの?」
安楽 巡琉「大丈夫よ、中身はただの水だから」
覚「へ!?」
安楽 巡琉「目の前に命があるのにそれを奪うなんて、私がそんな殺生な真似するわけないでしょ」
安楽 巡琉「ま、飲まないって信じてたけどね」
覚「はぁ~、お母さんはホントいたずら好きだな。 心配して損しちゃった」
安楽 巡琉「覚こそ、いくら大丈夫だからって、車道に飛び出すのはどうなの!」
覚「だって、お母さんのお手伝いしたかったんだもん・・・ごめんなさい」
安楽 巡琉「覚・・・」
安楽 巡琉「彼女もお腹の子も無事だったし、気持ちを変えるきっかけにもなったからよかったけど」
安楽 巡琉「あまり無茶はしないで。 幾つになっても親は子が心配なの」
覚「・・・はぁい」
安楽 巡琉「お手伝いありがとね。 それとお母さん呼び禁止」
覚「えー、いいじゃん誰もいないんだから」
覚「だいたい何でいつも男装してるのさ? 紛らわしい」
安楽 巡琉「女のままだとモテるし、ナメられるから♡」
覚「出たよ自信家・・・」

〇リサイクルショップの中
  苦しむ人々に安らぎを与えんとするここ
  『安楽堂』──
  次のお客様は、貴方かもしれません──
  レシピ1
  完

コメント

  • 安楽師さんは女性ということで、もしかしたら彼女自身も過去に死にたいと思った経験をされた方なのかなあと思いました。路頭に迷った時、このような出会いができて、思い直すこともできて本当によかった。

  • エピソードのゲスト=安楽堂のお客が名無しでシルエットのみというアイデアが素晴らしい。安楽堂の主人と息子、シャンティのキャラクターの魅力にスポットが当たって際立ち、読者に深い印象を残す効果があると思います。コメディやトンデモと同様、こちらも巧みな筆致でした。

  • ずっと眺めていた写真は、赤ちゃんのエコー写真だったんですね…
    それは殺すのを躊躇ってしまいますね。
    だけど、あの薬を飲まずに相手の人に正直に報告して本当に良かったと思います。
    世の中、悪い人もたくさんいるけど、この相手の男性が優しい人で良かったです。
    そして安楽さんは、人の心に寄り添うのが上手過ぎるので私も人生相談したくなりました☺️

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