読切(脚本)
〇田舎の学校
公立清宮高等学校──
放課後のグラウンドでは、運動部員たちの快活な声が響いている。
〇学園内のベンチ
そこから少し離れた中庭で、ぼくはそわそわと人を待っていた。
手持ちぶさたなので、ポケットから一通の手紙を取り出す。
今朝、僕の下駄箱に入っていたもので、もう何度読み返したかわからない。
中山優斗「宛名は〝中山優斗くんへ〟 うん、まちがいなく僕の名前だ」
中山優斗「差出人の名前は〝星住花音〟 うん、これもまちがいない」
星住さんは、清宮高校全男子による人気投票で堂々第1位に輝いた超絶美少女だ。
もちろん僕も、迷わず彼女に票を入れた。
中山優斗(そんな星住さんが、クラスも違う僕に〝大事な話〟っていうのはいったい・・・?)
中山優斗(このシチュエーションから察するに、一番に考えられるのはクラスメイトのイタズラ──)
星住花音「中山くーん」
星住花音「ごめーん、待たせちゃったぁ?」
中山優斗「そ、そんなことないよ! 僕も来たばかりだから」
星住花音「よかったぁ♪」
中山優斗(イタズラじゃなかった! するとまさか・・・)
中山優斗(いや、ありえない。こんなチビで童顔で陰キャでガンダムオタクな僕に、あの星住さんが・・・!)
中山優斗「あの、星住さん。手紙に書いてあった大事な話っていうのは・・・」
星住花音「中山くん、あの・・・」
中山優斗「う、うん・・・!」
星住花音「好きです! あたしとつきあってください!」
中山優斗「え・・・?」
中山優斗「ええーーっ!!!!」
〇ジェットコースター
ゴゴゴーーッ!!
乗客「キャーーッ!!」
〇遊園地
中山優斗「ふう・・・ 新型のジェットコースター、前のよりずっと怖かったね。まだ心臓がドキドキしてるよ」
星住花音「うん、気持ち良かったぁ♪」
中山優斗(星住さんと遊園地でデート・・・!)
中山優斗(以前だったら、妄想としか思えない夢のようなシチュエーションだ・・・!)
星住花音「あたし、次はあれがいいな」
〇観覧車の乗り場
〇観覧車のゴンドラ
僕たちは観覧車に向かい合って乗り、眼下に広がる景色を眺める。
星住花音「やっぱり日曜だから人が多いね」
中山優斗「清宮の街は、ここくらいしか遊ぶところないしね」
実際、僕が住んでるこの清宮市は地味な地方都市だった。
残念ながら他県の人が清宮で思い浮かべるのは、二年前に起きた〝奈緒子ちゃん行方不明事件〟くらいだろう。
星住花音「中山くん! 万樹の森が見えるよ♪」
中山優斗(星住さんは無邪気で可愛いなあ♡)
星住花音「え、なに!?」
中山優斗「あ、足元に・・・」
いつのまに入ってきたのか、床にバッタの姿がある。
星住花音「やだ!! 虫!!」
中山優斗「大丈夫だよ、星住さん。刺したりしないから」
中山優斗(でも女の子なら昆虫を怖がるのはあたりまえだよな)
中山優斗「星住さん、ぼくが捕まえて降りるまでポケットに──」
グチャッ!!
星住さんは、可愛いローファーの靴で躊躇なくバッタを踏み潰した。
星住花音「も~サイテ~!!」
中山優斗(そ、そうか。よっぽど怖くて・・・)
星住花音「ねえ、このあとどうしよっか?」
中山優斗「え!? あ、うん」
中山優斗「もうだいたいの乗っちゃったけど、まだ3時だね」
星住花音「あたし、もっと中山くんといっしょにいたいな」
星住花音「あたしの家、ここからそんなに遠くないんだ。ちょっと寄ってかない?」
中山優斗「う、うん」
〇通学路
僕たちは最寄りのバス停から、歩いて星住さんの家へむかっていた。
中山優斗「この近くなの?」
星住花音「うん、もうすぐ着くよ」
道脇に町内掲示板があり、僕は思わず足をとめる。
星住花音「どうしたの?」
中山優斗「可愛いポメラニアンの写真が見えたから。 あ、迷子犬のポスターか・・・」
その隣りには、行方不明になった奈緒子ちゃん(当時四歳)の捜索願いのポスターが貼られている。
中山優斗(あの子、この辺りに住んでたのか・・・)
星住花音「そんなことより早く行こうよ」
中山優斗「うん、ごめん」
〇綺麗な一戸建て
星住花音「じゃ~ん! ここがあたしの家だよ」
〇女の子の一人部屋
星住さんの家族は留守だった。
ぼくは彼女の部屋に招き入れられる。
中山優斗(可憐な星住さんのイメージ通りだ。それにしても女の子の部屋に入るなんて初めてかも・・・)
僕は本棚の上に目をむける。
中山優斗「やっぱり女の子は、ぬいぐるみが好きなんだなあ」
その隣りには、鉢植えが飾ってある。
中山優斗「・・・見たことない植物だ。なんて種類なんだろう?」
それから、棚に並んでる本の背表紙を眺める。
少女漫画や星占いの本などが目につく。
中山優斗「いかにも女の子って感じで可愛いなあ・・・ あれ?」
一冊だけ、ずいぶんと古そうな本が混ざっているのだ。
中山優斗「・・・外国の本だ。お洒落でアンティークっぽいな。高価なものかも」
中山優斗「傷とかつけたら大変だ」
僕はその本をすみやかにもとに戻す。
星住花音「おまたせ~♪」
星住さんが、二人分のケーキと紅茶を運んできてくれる。
星住花音「そこに座って。テーブルで食べましょう♪」
中山優斗「すごく美味しいよ、このケーキ!」
星住花音「でしょ! あたしのお気に入りのお店のなの♡」
星住花音「紅茶もどうぞ。砂糖は一個でよかったんだよね」
中山優斗「うん。わ、これも美味しい! 家のと全然ちがう」
星住花音「よかったぁ! お母さんに習って、紅茶の入れ方を練習してるの☆」
中山優斗「そうなんだ。・・・て、あれ?」
星住花音「どうしたの?」
中山優斗「なんだか・・・きゅうに・・・眠たく・・・」
バタンッ!
〇黒
〇女の子の一人部屋
中山優斗「う~ん・・・」
中山優斗「ハッ・・・!?」
目が覚めたとき、僕は星住さんの部屋の天井を見上げていた。
〇魔法陣
中山優斗「あれ? 体が動かないぞ!?」
僕は不思議な模様が描かれたフローリングの床に横たわっている。
さっきまでカーペットが敷いてあったところだ。
中山優斗(さっき見た本の表紙にも似たような模様があったような・・・)
さらに火の灯された蝋燭が、僕を囲うようにしていくつも並べてある。
〇女の子の一人部屋
中山優斗「これ、どうなってるの!?」
星住花音「あれ? 目が覚めちゃった?」
星住さんは丈の長いローブをまとっている。
手には、切っ先の鋭い西洋の短剣を握って・・・
星住花音「薬の成分比率をまちがえちゃったかな? でも体は動かないでしょ。金縛り状態とおなじで」
中山優斗「薬って・・・?」
星住花音「紅茶に入れた特製の睡眠薬。味はおいしかったんだよね♡」
中山優斗「これっていったい何を・・・」
星住花音「生贄の儀式だよ」
中山優斗「はあ?」
星住花音「だから、サタン様に捧げる生贄の儀式だって」
星住さんは平然と答える。楽しそうに微笑んでさえいる。でもなぜか、ふざけているようには見えない。
中山優斗「なんで、そんなこと・・・?」
星住花音「う~ん、中山君はたしかに知る権利があるよね。ほんとはイヤなんだけど、特別にあたしの秘密を教えてあげる」
星住さんは机の引き出しから一枚の写真を取り出し、僕に見せる。
星住花音「これ、あたしの中学時代。今とは別人でしょ」
目を背けたくなるような醜い容姿の女子が、陰気な表情で写っている。
星住花音「整形手術でどうにかなるレベルじゃないし。だからサタン様と契約して、カワイクしてもらったの♡」
星住花音「みんなの記憶やなんかも全部書き換えてもらってね。この写真一枚だけ、記録として残しておいたの」
そんな話、信じられるわけがない。
中山優斗(たしかに写真の女子には、わずかながら星住さんの面影があるような気もするけど・・・)
星住花音「それでね、契約の条件として、定期的に生贄を捧げないといけないの」
星住花音「ふだんは犬猫でいいんだけど、何年かに一度は、こうやって人間の子を供物にしないといけないんだ」
星住花音「ほんとは小っちゃい子のほうがいいんだけどね。魂が穢れてないから」
星住花音「前に生贄にした女の子、名前はええと・・・」
中山優斗「・・・奈緒子ちゃん事件の?」
星住花音「そうそう、まだ四歳だった子。そのくらいの年頃がいちばんいいの。持ち運びもしやすいし(笑)」
星住花音「でも今回はさらうチャンスがなかなかなくって。なんだかあの事件以来、子供の防犯意識みたいなのが高まっちゃったみたいで」
中山優斗「な、なんでぼくが・・・」
星住花音「中山くんなら背もちっちゃいし、童顔だし、ロボットとか好きで雰囲気も子供っぽいから、いいかなって♪」
星住花音「想像通り、男の子のソコも子供みたいだし。フフッ・・・」
星住花音「童貞君なのは、中庭で会ったときに匂いですぐにわかったよ♡」
中山優斗「・・・・・・・」
星住花音「この後、呪文の詠唱が三十分くらいかかるかな。それが終わったら、この短剣で中山くんの心臓を突き刺すの」
星住花音「ちゃんと研いでるし一瞬だから、そんなに苦しくないと思うんだけど」
中山優斗「じょ、冗談だよね・・・」
僕は息を飲む。そんな、まさか・・・
いくらなんでも・・・
星住花音「ほんとだよ」
星住さんの顔に、死神のような邪悪な影がボーッと浮かび上がる。
中山優斗「おおーい、だれか助けーっ・・・」
星住花音「薬が効いてるから、大きな声は出ないでしょ。窓はシャッター閉めてるし、家には誰もいないから叫んでもムダだよ」
ぼくは恐怖のあまり、音を立てて失禁してしまう・・・
星住花音「怖いなら、また紅茶飲む? 眠ってるあいだにすむから」
中山優斗「お願い、助けて・・・」
星住花音「ダーメ。中山くんを捧げないと、あたしが昔の姿にもどっちゃうから」
星住花音「でも安心して。生贄で死んだ人は、転生先でいい人生を送れるんだって」
星住花音「あと、死体は万樹の森に埋めとくのでいいよね♪ あそこ、キレイだし」
〇女の子の一人部屋
星住花音「じゃあ、はじめるね!」
憑かれたような表情になり、手にしていた短剣で、星のような形に宙を切り裂く。
星住花音「地獄にまします我が悪魔よ、御名があがめられますように。御国がまいりますように──」
そして忌わしい呪文を唱えはじめる。
星住花音「御心が地獄に行われるとおり、この地上にも行われるように。 イョ ザティ ザティ アバティ──」
〇黒
幸い僕は、心臓を貫かれる苦痛を味わわずにすんだ。
まもなく恐怖で気を失い、二度とこの世で目覚めることはなかったから・・・・・・
THE END
うわーっ! 救いが……ない!!
彼が気の毒でなりません! 大して隙はなかったはずなのにこんな惨劇に巻き込まれて。私は女だけど、ここまで容姿を変えることに貪欲になれる女性の気持ちがわかりません。整形手術の類も、人を狂わせるようなものだと思います。彼女がいったように、せめて後世で良い恋に恵まれますように!
なんだか読んでてゾクっとしました。
彼女の美への執着が狂気にも似てて、すごいなぁと。
彼女は歳をとったら、次は若返りとかで生贄を増やすことになりそうですね。