ある出来事(脚本)
〇コンビニのレジ
その客はまたいつものように現れた。
決まって土曜の14時。
お茶と何かを買っていく。
田中「合計で2216円になります」
中年の男性「ええと2216円ね・・・はい、これ」
田中「5216円お預かりします。 ・・・こちらお釣りとなります」
田中「ありがとうございました!!」
中年の男性「・・・ん? お釣りがちょっと多いようだよ」
田中「えっ・・・!?」
中年の男性「はい、これ。多かった分、返すよ」
そう言って彼は紙幣一枚を置くと、すぐに行ってしまった。
田中「・・・ん? ってあれ!? これ、一万円札だ・・・!!」
田中(一万円札を間違えて渡した・・・!? いやいや、ありえないだろ)
田中(渡す前にはちゃんと確認したし、っていうか千円と入ってる場所違うし──)
田中「・・・そうだよ。それに俺は渡す前にちゃんと確認した」
田中「多かった、なんてことはないはずだけど・・・・・・」
安本「どうかしたの?」
田中「あっ、安本さん。 実はさっき────」
〇黒
〇コンビニのレジ
田中「──っていうことがあったんだ」
安本「ふーん・・・・・・」
安本「ラッキーじゃん!!」
田中「はっ・・・・・・!?」
安本「きっとその人が間違えたんだよ。それに、もう行っちゃったんでしょ? なら、貰っちゃおうよ♪」
田中「ま、マジで言ってのかそれ・・・!?」
安本「うん・・・!!」
田中「で、でも、本当に俺が間違えて一万円渡していたかもしれないし──」
安本「それなら、私があとでレジ点検しとくよ!! だから、その代わりに────」
安本「もしその一万なしでレジのお金があってたら、私が貰っていい?」
田中「えっ!? いや、流石にまずいでしょ・・・」
安本「大丈夫だって、誰にも言わなければバレないよ」
田中「・・・・・・」
それから1時間後。
安本「田中君!! レジ、合ってたよ!!」
田中「えっ・・・!?」
安本「ねえねえこの一万円、もらっちゃおーよ!!」
田中「いや、だからそれは流石に──」
安本「むー。いーじゃんべつに!! だっていつもこき使われてるんだし──」
安本「あっ!! それならさ、このあとって暇!?」
田中「えっ・・・!?」
田中「べつに予定は・・・ないけど・・・」
安本「なら一緒にご飯行かない? このお金でさ、二人で美味しいものでも食べに行こうよ!!」
田中「えっ・・・!? ・・・安本さんと二人で・・・・・・」
安本「・・・ダメ?」
田中「ううん!! そんなことない!! いいよ、行こうっ!!」
安本「ホント? わーい、やったー!」
田中(安本さんと二人っきりで食事・・・)
田中(これって、デートだよな・・・!!)
こうして俺たちはバイト上がり後、例の一万円で美味しいものを食べに行った。
〇カラオケボックス(マイク等無し)
美味しいもの、といっても行ったのはカラオケで、もちろんフリータイムだ。
俺たちは好きなだけ食べ物を注文をした。
好きなだけ。といっても二人だけなのだから、注文する量にも限界がある。
流石にここだけでは一万円を使いきれず────
〇ファミリーレストランの店内
だから残ったお金で次にはファミレスに行き、好きなデザートを頼んで、あとはだらだらとした。
バイトの愚痴を言い合ったり、学校のことを話したり。
正直、あの一万円を使って食べた物は”ご馳走”と呼べるようなものじゃなかった。
でも、こうして安本さんと二人きりでご飯を食べるのも、カラオケに行くのも初めてで、正直すごく楽しかった。
こうして色々と話すのも初めてで、安本さんのことをより知れたし、俺のことも話せた。
雰囲気もいいし、前よりは確実に親密になれた。これも全て、あの一万円のおかげだろう。
あのお客さんが差し出してくれた一万円のおかげ。そう思うとなんだか妙な気分にもなったが・・・
・・・きっと明日にでも「昨日、間違えて一万円を渡してしまったから返してくれ」とあのお客さんが来るだろう。
そのとき俺は笑顔で、自分の財布から一万円を差し出すつもりだ。
だってあの一万円は、俺にとって十分すぎるほど一万円以上の価値があったのだから。
〇黒
翌日。
〇コンビニのレジ
田中(あっ、例のお客さんだ・・・!!)
田中「いらっしゃいませー」
彼は何も商品を手に取らず、真っ直ぐにレジの方へと来た。
中年の男性「海外への出張が決まってね、この後にはもう発つんだ」
田中「へ、へぇー、そうなんですか・・・」
中年の男性「うん、このコンビニにはよくお世話になったからね。一言お礼を言っておこうと思ったんだ」
中年の男性「ちゃんと伝えられて良かったよ。 それじゃあ元気で」
田中(一万円のことじゃないのか・・・!?)
田中「あ、あの・・・!!」
中年の男性「ん・・・?」
思わず俺は呼び止めてしまった。
やはり一万円のことが気になったのだ。
一万円を間違えて渡してくる。
そんなことがあるだろうか?
それに、あの一万円は俺にとって一万円以上に価値のあるものだったのだ。
なら、今ここで一万円を返すべきだ。
田中「あの、一万円・・・」
一万円。
その言葉を口にすると彼は俺のことを見て、僅かに口角を上げた。
中年の男性「あー、そのことか・・・」
彼は態度を変えることもなく、まるでこの言葉を待っていたかのように落ち着いていた。
そして、こう言った。
中年の男性「あの一万円はきみにあげるよ。 あれは出来のいい、おもちゃだからね」
田中「・・・・・・えっ?」
・・・・・・何を言っているんだ?
わけが分からない。わけが分からない。
・・・・・・息が苦しい
・・・とにかくどういうことか聞こう。
なにもかも、それからだ。
だから俺は顔を上げた。
顔を上げたとき、
既に彼の姿は消えていた。
〇黒
彼がお釣りを間違えたのではない事は中盤でわかりましたが、最終的に男性が店員の彼を試していたようなので、沢山の想像が生まれました。こういうラストってすごく魅力があります。
1万円を気前よくくれるのは、青年が小さい頃に母親と離婚したお父さんかと思いました。しかし、中年の男性が「オモチャ」だと言った時、もしかしたら偽札なのか?青年は警察に捕まるのか?と思いました。
お金は価値尺度であり交換手段として、現代社会において揺るぎない存在になっています。それを揺るがすことになるこの作品、じわじわと深みを感じてしまいました。