永遠の冬を望んで

鍵谷端哉

読切(脚本)

永遠の冬を望んで

鍵谷端哉

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〇おしゃれな住宅街
悟「物事には必ず理由がある。たとえば、ものを落としたときに、地面に落ちるのは、地球に引っ張られるから」
悟「つまり地球の中心に吸い寄せられる。これは万有引力の法則っていうんだ」
悟「こんな感じでね、物事には必ず理由があるんだよ」
美夏「ふーん。じゃあ、冬が寒いっていうのも理由があるってこと?」
悟「もちろん。これは気候に関連していて・・・」
美夏「ねえ、悟。手袋脱いで」
悟「え? あ、うん。わかった」
  ガサガサと手袋を脱ぐ悟。
美夏「じゃあ、私も」
  美夏も手袋を脱ぐ。
悟「美夏ちゃん?」
美夏「悟、手を出して。手袋脱いだ方の」
悟「う、うん・・・」
美夏「えい」
  美夏が悟の手を握る。
悟「なななな! み、美夏ちゃん、何してるの!」
美夏「何って、手を繋いだの」
悟「ど、どうして?」
美夏「暖かいから。直接握った方が、温かいでしょ?」
悟「そ、そうだけど・・・」
美夏「嫌だった?」
悟「う、ううん。嫌じゃないよ」
美夏「よかった。・・・あー、悟の手、暖かいー」
悟(そう。これはお互い、温まるための手段で手を繋いだだけだ)
悟(つまり、寒いという現象について、温めるための手段なだけ。別に、それ以外の理由はない。ないはずなんだ)

〇おしゃれな住宅街
美夏「あーあ。宿題、たくさん出されちゃったね」
悟「大丈夫だよ。そんなに難しい問題はなかったから」
美夏「それじゃ、出来たら見せてね」
悟「だ、ダメだよ。たまにはちゃんと自分でやらないと」
美夏「悟のくせに生意気!」
  ギュッと美夏が悟の手を強く握る。
悟「いたたたた!」
美夏「意地悪を言う奴にはバツが必要なのよ」
悟「・・・いや、意地悪じゃないんだけど」
悟(あの日以来、美夏ちゃんと並んで歩く時は手を繋ぐのが当たり前になっている)
悟(・・・そう。これは毎日が寒いから仕方ないんだ)
悟(それに美夏ちゃんの手は、本当に冷たい。だから僕が温めてあげる。ただ、それだけのことだ)
美夏「ねえ、悟。そういえば、2組の実奈ちゃんが、武志くんに告白したんだって」
悟「ええ! こ、告白!?」
美夏「なんで、驚いてるのよ? そんなに驚くとこ?」
悟「いや、小学生なのに・・・そういうの、早いんじゃないかって思って」
美夏「そう? そんなことないんじゃない?」
悟「・・・・・・」
美夏「悟は好きな子、いないの?」
悟「いいいい、いないよ! 大体、恋なんて、幻想みたいなものなんだ」
美夏「そうなの?」
悟「う、うん。えっとね、恋をすると、脳からドーパミンっていう成分が出て、それが出ると幸せな気分になるんだ」
悟「それで、恋をすると幸せな気分になるって、脳に思い込ませられてるんだよ」
美夏「ふーん。でも、自分の脳みそがやってることだから、別にいいんじゃないの?」
悟「そ、それはそうだけど・・・」
美夏「悟は何でも、難しく考えるのが悪い癖だと思うよ」
美夏「恋をするのも、手を繋いだら暖かいのも、普通のことでいいんじゃない?」
悟「・・・・・・」
悟(物事には理由がある。今は冬で寒いから、温めるために美夏ちゃんと手を繋いでいる)
悟(これが、もし、夏だったとしたら、手を繋ぐ理由は無くなってしまう)
悟「・・・ずっと冬だったらいいのに」
美夏「え?」
悟「あ、ううん。何でもないよ」
悟(僕が美夏ちゃんと手を繋ぎたいと思う理由はなんだろう? 温かいから?)
悟(ううん。それは違う。だって、美夏ちゃんの手は冷たいから)
悟(・・・じゃあ、僕が美夏ちゃんに恋を・・・してるから?)
悟「違う違う! 絶対違う!」
美夏「・・・悟? どうしたの、急に?」
悟「あ、ううん。何でもない」
美夏「ねえ、悟。さっきさ、ずっと冬だったらいいのにって言ったよね?」
悟「う、うん・・・」
美夏「私もね。ずーっと、このままがいいなって・・・冬が続けばいいなって思うんだ」
悟「・・・・・・」
美夏「・・・何月だっけ? 引っ越し」
悟「・・・3月」
美夏「そっか・・・もうすぐだね」
悟「・・・・・・」
悟(あと、一か月もしたら、僕は引っ越しして、美夏ちゃんとは違う学校に行くことになる)
悟(そうなれば、こうして一緒に学校に行くことも帰ることもできなくなる)
悟(・・・一緒にいる理由がなくなってしまう。でも、仕方ないことなんだ)
悟(美夏ちゃんと一緒にいられるのは、家が近所だったからだ)
悟(遠くに住んでるなら、一緒にいる理由なんてないんだ・・・)

〇駅のホーム
美夏「じゃあね。時々、電話して。あ、メールも」
悟「う、うん。わかった。それじゃ、さよなら」
美夏「・・・さよなら」

〇明るいリビング
悟(僕が望んだくらいで、冬が続くわけもなく、あっけなく引っ越しの日が来た)
悟(最初は何回か、電話やメールが来ていたが、この一週間は全く来なくなった)
悟(・・・これは当然のことだ。だって、理由がないから。もうクラスメイトでもないし、近所でもない)
悟(美夏ちゃんが僕にメールや電話をする理由が見当たらない。だから、これは当然のことなんだ)
悟「はーい」

〇一戸建て
悟「・・・え?」
美夏「来ちゃった」
悟「なんで? 来る理由なんてないよね?」
美夏「会いたかったから来た。それだけ」
悟「・・・・・・」
美夏「そうだ! 来るとき、すっごいきれいな桜の木があったの! 見に行こ!」

〇桜並木
  悟と美夏が手を握って歩いている。
悟「ね、ねえ、美夏ちゃん。いいの?」
美夏「なにが?」
悟「その・・・もう春で温かいし、手を繋ぐ理由がないんじゃないかなって」
美夏「繋ぎたいから、繋ぐ。それだけよ」
悟「理由・・・ないの?」
美夏「もう、悟はなんでも難しく考えすぎだって」
美夏「悟に会いたいから来た。悟と手を繋ぎたいから繋ぐ。それでいいじゃない」
悟(物事には必ず理由がある。・・・そう思っていた。そう思い込んでた。でも、理由がいらないこともある)
悟(これからも美夏ちゃんと一緒にいたい。理由なんてどうでもいい。一緒にいたいからいる。それだけだ)
  終わり。

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