読切(脚本)
〇一戸建て
今年のバレンタインデーも貰えたチョコは一つだけだった
毎年恒例の母からの一つだけ
〇学園内のベンチ
2月に入ると校内は皆揃って異性を意識し出す
俺「俺、甘い物好きなんだよなー!」
友人「チョコ欲しいって本音だだ漏れだぞ」
俺も例外ではなく、さりげなさを装いアピールするが、いつも空振り
俺「モテないなぁ」
毎年成果はなく、男だけの輪で愚痴を交わす
けれど大体一人は貰っている奴がいて
友人「実は本命って言われて・・・」
俺「どういうことだ!?」
友人「オレにも分けろ!」
じゃれ合うような乱闘を始めて大騒ぎ
去年は紛糾する側だった奴が翌年は敵に回っていて、それでも俺はいつも妬むばかりだった
とは言え一つも貰ったことがないわけじゃない
〇綺麗なキッチン
毎年、母だけは欠かさず手作りのチョコをくれた
もちろんそれをカウントするのは思春期男子として恥ずかしいし、受け取る時は少し威張って迷惑がった
けれど今年はそれもないのだろう
〇綺麗な病室
2月13日だった
母は、病院のベッドの上で静かに息を引き取った
確か肺がんだったと思う
生前に詳しく話してくれなかったし、母が眠る側で受けた説明も頭に入ってこなかったから確信が持てなかった
母の死についても、確信は持てないでいた
体内に出来た腫瘍が原因で、外見に悪いとこなんて見つからない
寝ているのと何が違うのかも分からなかった
でも、息はしていない
妹「おかーさん、おかーさん」
まだ小学生の妹は、返事をしない母に少しずつ怯えて次第には泣き出した
俺は泣けなかった
なんだか夢を見ているようで、心が切り離されたように何も思えなかった
〇車内
遺体を引き取り家に帰る途中、父はボソリと言った
父「明日はバレンタインデーだったな」
後部座席では、母にすがりつく様に泣き疲れた妹が寝ている
起きているのは助手席に座る俺だけで、でも父の言葉は俺に向けられたものじゃなかった
父「お前の手作りチョコ、まだ食べたかったな」
途端、涙が溢れた
父は泣いていなかったけど、小さく鼻をすする音がした
〇綺麗なリビング
母はお祭りが大好きだった
自分が楽しみ、家族を楽しませる事が何よりもの喜びな、賑やかな人だった
その中でも2月14日は、一番大切にしていた日に思う
母「このチョコは、私の想いよ」
そう言って、両手にも収まらないようなチョコを家族三人に渡した
更には「愛しているわ」と書かれたメッセージカードも添えられていて、受け取る方が気恥ずかしくなる
チョコの味はといえばこれでもかというぐらいに甘い
甘党でない俺が食べきるのはキツかったけれど、残そうとすると母は決まって悲しそうな顔をするので無理に胃へと押し込んだ
・・・けど今年は
〇車内
父の言葉によって今までの母の事を思い出し、涙をこらえられなくなった
父「家に着く頃には、もう14日になるな」
時刻はもう深夜で、車の中は冷え込んでいた
母の遺体もあるからと暖房はつけず、眠る妹には厚手の毛布を掛けている
俺が声を押し殺しながら泣く横で、父は何も言わずハンドルを握っていた
〇綺麗なリビング
父「取り敢えず今日はもう寝るか」
家に着くと、父が気遣うように言う
既に寝ている妹は俺がおぶって部屋まで運んだ
〇部屋のベッド
俺「おやすみ」
妹をベッドに寝かせ、俺も自室に戻ろうとしたけれど、眠れる気がしなかった
目を閉じればいろんな事を考えてしまいそうだったから、父のいるだろうリビングに向かう
〇綺麗なリビング
案の定父は、リビングの椅子に座って水を飲んでいた
父「寝れないのか?」
俺「うん」
父「そうか」
会話はそれだけで、だけど一人で色々考える気にはなれなくて、父と向かい合って椅子に座った
しばらく無言だった
父が水を飲み干すと、不意に言葉を投げてくる
父「・・・お前には先に渡しておくか」
立ち上がり、何やら冷蔵庫から取り出す
それは、市販のチョコだった
高級店で売られている立派なもの
それがどっさりと机に並べられた
父はいつも母が座る椅子を見つめながらに打ち明ける
父「母さんが、今年は作れないから代わりに買っておいてくれと言っていてな」
父に渡され、受け取る
母からの贈り物を証明するかのように、1枚のメッセージカードが重ねてあった
これは遺書なのかもしれないと思った
死期を悟った母が、最後に綴った言葉が書かれているのだろうと
だから読むのに緊張したけれど、見ないことも出来ずにすぐ開く
そこに書いてあったのは予想からは少し外れていて、けれど予想通りでもあった
『愛しているわ』
いつもと変わらないたった6文字
ずっと母が伝えてくれていた言葉が今もそこには遺されていた
俺「ぅぐ・・・っ」
母はいつだって、愛を訴えてくれていた
何年経っても、疎ましく思われても、もう会えなくなっても
俺たち家族にその想いを届けていた
泣きじゃくりながらいつもとは違うチョコを食べる
味は違うけれど、いつもと変わらず大きくて甘かった
〇学園内のベンチ
翌年
友人「今年も0だったなー」
俺「俺は家族からだけかなー」
友人「いやいや家族はノーカンでしょ」
俺「けど俺の母さん、めちゃくちゃ美人だったんだぞ?」
〇一戸建て
バレンタインデーで貰うチョコの数は二つに増えた
父と妹
それに俺からも三人に送った
母を真似してとびきり大きく甘いのを作って、苦笑いしながら食べる
それでもやっぱり、母のチョコには敵わなかった
日本のバレンタインデーは製菓会社がチョコレート宣伝の為に創ったものとよく言われますが、一般的に愛情表現が地味な日本人が大事な人へチョコレートと共に愛を伝える特別な日になりましたね。チョコの甘さで青年の寂しい気持ちが少しでも癒えますように。
素敵なお母さんですね!不幸にも亡くなってからも、バレンタインの手紙だけでなく、家族に永遠の愛を与えてくれたように感じました!
バレンタインの思い出がかわっても、みんなお母さんのことを思ってるんですね。
最後の手紙が心にしみました。
お母さんは最後までチョコを用意していて、ちゃんとメッセージまで。
悲しいお話でしたが、なぜか心に残りました。
いい作品をありがとうございます。