春の前日

つまの

春の前日(脚本)

春の前日

つまの

今すぐ読む

春の前日
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇テクスチャ3
「でも、佐伯さんは”アレ”らしいで・・・」
  自分でも、何故そう言ってしまったのか
  よく分からない。
  咄嗟に出た、言い訳の成り損ないである。

〇レトロ喫茶
春輝「うん。美味しいね」
「だ、だよね!」
  僕が淹れたコーヒーではないのだが、
  素直に嬉しくなった。
  
  春輝は、比較的ズバズバと言ってのける
  性格だからだ。
  幼馴染で親友の、春輝。
  
  最近付き合いの悪くなった僕を訝しみ、
  しつこく休日の動向を尋ねてくるのだ。
  変に隠すのも逆効果だと考え、仕方なく
  ”最近ハマっている”喫茶店へと連れて来た
  次第である。
  彼の素直な感想に僕は大変満足しており、
  これまでのストーカーまがいの悪行も
  不問としてやろうかと思った矢先のことだ。
春輝「好きなやつ、おるん?」
  ズバズバにも、程があるというものだ。
  「いる」と答えてはいけないことだけは
  察知した。
  「誰なん?」の質問に直結するだろう。
  かなりの悪手であることは明白だ。
「どうなんやろなぁ・・・」
  どう答えればこの場を穏やかに収めることが
  できるものか。
  素直な気持ちのこもった言葉が出た。
  どうしたものか。
春輝「佐伯さんやろ?」
  ── 度肝を抜かれた。
  お前は分かりやすいからな、と春輝は笑う。
「知り合いやったん?!」
春輝「いや。 さっきコーヒー持ってきた時に名札見ただけ」
  ほんと、めざといやつだ。
春輝「”ハマってる”のは、彼女に、だね?」
「・・・・・・」
春輝「見てたら、分かるよ」
  ズバズバ野郎のズバ抜けた観察眼。
  気持ち悪いぐらいの。
「いや、でも・・・」
「でも、佐伯さんは”アレ”らしいで」
  肯定と沈黙を避けた結果、口をついて出た。
春輝「アレって何?」
  僕にも分からない──
  
  急いで肉付けをする。
「あの、いわゆる、男同士の絡み合いに、 興味があるらしい」
  らしい、とは言うものの、何か現場を見た訳ではないし、又聞きですらもない。
  こうやって、根も葉もない噂の種は蒔かれ、水を与えられてゆくのか。
  と、しみじみ思った。
春輝「へぇー。なるほど」
  春輝が店員を呼んだ。
  
  嫌な予感がする。
佐伯さん「お待たせ致しました」
「──!!」
  さ、佐伯さん!
  
  ──いや、そうじゃない!春輝のやつ!
  ──なんで手を重ねてきてるんだ?!
春輝「このジュース、お願いします」
佐伯さん「かしこまりました」
春輝「どうかしたのか?」
「──それは、こっちのセリフだ。 さっきのは、どういうつもりなんだ?」
春輝「もちろん、彼女の気を惹くお手伝いさ」
春輝「受け身一辺倒さんのことだ。 常連になって顔を覚えてもらえれば いつか何気ない会話なんかできるように なれるはず──」
春輝「──なんて思ってるんじゃないかな?」
「誰のことだろうな」
春輝「まずは、存在を主張して気になってもらうことだよ」
春輝「君の言う、 ”アレ”な佐伯さんにね」
「──ただの、悪目立ちな気がするんだが」
佐伯さん「お待たせ致しました」
佐伯さん「『春の前日』です。 ごゆっくりどうぞ」
「・・・どういうことだ、これは」
春輝「どちらかと言うと、 トロピカルで夏っぽいよね」
「いや、商品のネーミングに釈然としてない訳じゃない」
春輝「甘い系、好きだろ? 一緒に飲もうぜ」
「僕は『夏の冷や汗』があるから、1人で飲みなよ」
春輝「まあまあ、そう言わずに。 佐伯さんの気を引くのも兼ねてるんだから」
  佐伯さんに悪い意味で引かれることは確かだろうけど
「次に繋がらない攻め方なんだよな」
春輝「攻めたことないやつが軍師を気取るな。 あ、それとも『春の空元気』の方が飲みたかった?あとで、それも頼んでやっから」
  「色んな春を楽しもうぜ」と春輝は笑った。
  ──その後も、”佐伯さんへのアプローチ”という大義名分のもと、悪ふざけに散々付き合わされた。
  なんだかんだで、拒否しない僕も僕なのだが。

〇レトロ喫茶
  ──「あとは若いお二人さんで」と言い残し、春輝は先に帰った。
  しっかり割り勘の金を置いていくところが彼らしい。
  支払いの時に何かしらアクションを起こせという計らいだろうが、希望の芽はことごとく刈り取られている気がする。
「あ、あの」
佐伯さん「片想い、なんですね」
  ──!?
  何も行動する前にフラれたのか。
  いや、まだ何もしてないからフラれたことにはならないはず!
佐伯さん「この店のコーヒーは、不味いんです」
「え?」
佐伯さん「貴方はコーヒーが苦手なようですのでご存知ないかもしれませんが、この店のコーヒーは ハッキリ申し上げて激マズなんです」
佐伯さん「ですが、ご友人の方は、美味しそうにされていました」
「・・・。 もし、彼が嘘をついていたとして、それはどうしてなんでしょう」
佐伯さん「私が言うのもおこがましいのですが、貴方にはこのお店をご贔屓頂いております」
  僕が贔屓にしてるのは佐伯さんなのだけど
佐伯さん「そして、好きな人の好きなものを肯定したくなるのが、人の心理というものです」
「???」
佐伯さん「貴方のご友人の、お気持ちです」
「──!?」
佐伯さん「明日からも、大切になさってください」
佐伯さん「それと、お会計はあちらで」
  ──とりあえず。
  僕には、まだ春は来ないようだ。
  ────。
  ──もしくは。

コメント

  • そっちの春が近いってことですよね。ご友人が異様に彼の変化に敏感に気づいていたのは、そういう恋心があったからでしょうか。佐伯さんもそれを見抜いていたようで。それにしても佐伯さん、ご自分のことには鈍感ですね〜。

  • 片思いのお話で、主人公もそうだと思いますが、他にも片思いの人がいるような気がします。
    コーヒーをアイテムに恋の話が進んでいくところ、すごく良かったです!

  • 洒落た名前の飲み物と、彼らそれぞれの関係性が微妙にマッチしていて、その空気感が伝わりました。その後、佐伯さんにきちんとアプローチできたでしょうか?

コメントをもっと見る(5件)

成分キーワード

ページTOPへ