俺と君の冒険譚

夏巳

最終決戦前日の夜(脚本)

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〇兵舎
  長い旅の果て、世界を救う最終決戦を翌日に控えた夜。
  勇者レインと魔法使いのマーシャは、約束するでもなく自然と部屋に集まっていた。
レイン「他の皆は、もう寝てるのか?」
マーシャ「えっと・・・僧侶さんは、この時間にはいつも寝てますし・・・」
マーシャ「戦士さんは最終決戦に備えて朝から鍛錬してたみたいで、さっきパタリと寝てしまいました」
レイン「鍛錬バカの戦士は、最終決戦とか関係なく毎晩そんな感じな気もするが・・・」
レイン「とにかく、皆いつも通りってことだな」
マーシャ「ふふ、そうですねぇ」
  微笑むマーシャを見て、レインも頬を緩める。
  最終的に勇者パーティは四人まで集まったが、レインとマーシャは同郷で旅の初日から一緒にいた。
  彼女の笑顔に、何度も癒されてきたことを思い出す。
レイン「長い旅だったが、ついに明日だな」
レイン「ということはこれが、俺たちが英雄になる前の最後の会話になるのか」
マーシャ「そう考えると重要ですねぇ。もしかしたら一生語り継がれるかも」
レイン「か、語り継がれるのか?」
マーシャ「昔、読んだことがあるんです」
マーシャ「世界を救った勇者たちの旅を事細かに記録した文献。旅を終えた後、長い時間をかけて取材したそうですよ」
レイン「取材されるのか・・・」
マーシャ「私は勇者さんの頑張りをみなさんに知ってほしいので、積極的に思い出を話していきたいと思ってます」
マーシャ「私たちの孫や、もっと先の子孫たちも読んでくれると嬉しいですね」
  マーシャは夢を見るように、うっとりとしている。
  孫どころか子孫の話をする彼女に苦笑いするレインだったが、彼も徐々に取材を意識し始めていた。
レイン「それなら、何を話そうか」
レイン「マーシャには何でも話してきたからな。すぐに思いつかない・・・」
マーシャ「勇者さんは、嬉しいことも悲しいことも全部私に話してくれましたね」
マーシャ「まぁ・・・それも仲良くなってからで、最初は会話も少なかった気もしますけど」
レイン「それは仕方ないだろ!」
  少しばかり拗ねたような顔をされて、レインは慌てて口を開く。
レイン「元々俺は一人旅する予定だったところに、マーシャが「私は絶対に役に立つ」「旅に連れて行くべきです」って」
レイン「自分の力を猛プッシュしてついてきたんだ。少し怪しかったぞ」
レイン「でも断ると殴りかかってきそうな勢いだったから、受け入れたんだ」
  今、落ち着いているマーシャからは想像できないほど、最初の頃の彼女は力任せな性格をしていたのだ。
マーシャ「あ、あの時は必死だったんです!」
マーシャ「勇者さんについて行けば、新しい自分になれる気がしたんですよ・・・」
マーシャ「だから・・・そのぉ、困らせてしまったのならすみません・・・」
レイン「・・・いや、結果的にマーシャを最初の仲間に選べてよかったと思ってるよ」
マーシャ「勇者さん・・・!」
  レインの言葉に、マーシャの顔が輝く。
  初めて二人で敵を倒したときと、同じ顔をしていた。
レイン「マーシャは俺についてきて、新しい自分になれたか?」
マーシャ「はい! 新しい自分・・・」
マーシャ「絶対になれないと思っていた『魔法使い』になれました・・・」
レイン「えっ?」
マーシャ「・・・」
  輝いたばかりのマーシャの顔が、再び曇る。
レイン「いや、そこで黙られると・・・えっ? マーシャは元々魔法使いじゃなかったのか?」
マーシャ「はい・・・」
レイン「え・・・? いやいやいや!」
レイン「でも最初の戦いから魔法を使ってたじゃないか。火も水も出してたぞ!」
マーシャ「私の祖父が大魔法使いで、祖父の魔力が宿っているマジックアイテムを使ってたんです」
マーシャ「魔法使いの家系なのに、魔力がほとんどないことが私の悩みで・・・」
レイン「・・・」
レイン「おいおい・・・」
  レインはマーシャと同郷ではあるが、彼女の事情を詳しくは知らなかった。
  驚き、思わず黙り込んでしまったが──
レイン「最高の会話になってきたじゃないか!」
マーシャ「えっ?」
レイン「世界を救う最終決戦を翌日に控えた夜、ずっと頼りにしていた魔法使いが、本当は魔法使いじゃなかったなんて!」
レイン「こんな話、俺たちが英雄になった後も本当に一生語り継がれそうな内容じゃないか! 最高だ!」
マーシャ「あ、あはは・・・」
マーシャ「勇者さんが、そういう反応をしてくれる人でよかった・・・」
マーシャ「やっぱりあなたの旅についてきたことは、私の人生最大の選択で宝です」
  マーシャが無意識に差し出した手を、レインが握る。
  ぎゅっと手を繋ぎ、二人は今後語り継がれていくだろう会話を続けた。
レイン「ちなみに元々魔法使いじゃないのなら、旅に出る前の職業はなんだったんだ?」
マーシャ「か・・・」
レイン「か?」
マーシャ「格闘家・・・です・・・」
レイン「あははははははは!」
マーシャ「笑わないでくださいよ!」
レイン「いや・・・最初の頃、マーシャが力任せな性格だったことを思い出したんだ」
レイン「なるほどな、格闘家だったのか」
マーシャ「うぅ・・・」
レイン「明日は素手で戦うか?」
マーシャ「まさか! 私は勇者さんの魔法使いですから、魔法で戦います!」
レイン「・・・そうだな! 今のマーシャは俺の魔法使いだ」
レイン「絶対に勝って、魔法使いが実は格闘家だったなんていう、とんでもエピソードを世界の皆や俺たちの子孫に知ってもらおう!」
マーシャ「うぅ・・・なんだか恥ずかしくなってきました・・・!」
  マーシャは頬を染めて薄らと涙を浮かべているが、理由は恥ずかしいからだけではない。
  長い旅の始めから最終決戦前日まで、ずっと隠し続けてきたことを受け入れてもらえた夜──
  二人の絆は、更に深まったのだった。

コメント

  • マーシャさんも、魔法を使えるようになるまで、色々な修行をしてきたんでしょうね。
    そんな彼らの決戦前夜の会話がすごく良かったです。
    勝てると確信した彼らは、勝った後の話しかしてませんものね。
    まさに勇者です。

  • 長い旅を終えた後に取材された勇者たちは大変疲れただろうなと思いました(笑)
    マーシャ,魔法使いになれてよかったね( ^^) 

  • 会話のテンポが良く楽しませてもらいました。魔法が使えなかった魔法使いの決戦前夜の告白、意外なもので驚きました。2人の穏やかな情愛が伝わってくる作品でした。

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