雪解けに咲く花

jloo(ジロー)

雪解けに咲く花(脚本)

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雪解けに咲く花
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〇雪に覆われた田舎駅
  まばらに降る雪の陰を追いながら、僕は白い息を吐いた。
  一月も半ば、そろそろ年が明けてからひと月になる。
  正月気分はとうに薄れて、学校では受験シーズンに突入していた。
佐伯しげと「寒い・・・・・・もう少し、防寒対策を考えるべきだったな」
  コートとマフラーだけでは寒さを防ぎきれなかったようで、体の芯まで冷え切っている感じだ。
  今から、家に戻るのも面倒臭い。それに、もうすぐあの時間が来るから帰る訳にはいかない。
佐伯わかば「お兄ちゃん、差し入れだよ」
  そう言って、僕の手の中に温かい缶コーヒーが置かれる。
  視界の端から現れたのは、妹のわかばだ。
佐伯しげと「ありがとう、わかば。ちょうど、温まるものが欲しかったところなんだ」
  僕は礼を言うと、プルタブを開ける。プシュッという音がして、コーヒー独特の香りが広がる。
  そのまま口をつけると、苦みのある液体が喉を通り過ぎていく。
  身体の中から暖まっていくような感覚に、思わずため息が出る。
佐伯わかば「この廃駅に来るのも、もう何回目だろうね」
佐伯しげと「別に、僕に付き合って来なくてもいいんだぞ?」
佐伯わかば「ううん、私が勝手に付いて来てるだけだし気にしないで」
佐伯わかば「むしろ、邪魔だったらいつでも言ってね。すぐに、帰るからさ」
  そう言うと、わかばはホットココアを飲み始めた。
佐伯しげと「邪魔だなんて、思っていないさ」
  雪景色を眺めながら、僕はあの日のことを思い出す。
  土砂崩れによる脱線事故をきっかけに、この駅は廃駅になった。
  元々利用者数がそこまで多くなかったせいか、未だに復旧の目途が立たず放置されている。
佐伯わかば「そろそろ、時間だね」
佐伯しげと「あぁ」
  電車の到着時刻が近づくにつれて、僕の鼓動は大きくなっていく。
  もちろん、廃駅なのだから来るはずも無い。
  それでも、僕は待った。彼女が乗って来るはずだった、その電車を。
  静かな時間が流れていく中、僕はじっと線路を見つめ続けた。
  結果は、分かりきっている。いくら待っても、彼女がやって来ることは無いのだ。
佐伯しげと「さあ、そろそろ帰ろうか」
佐伯わかば「うん」
  わかばに声をかけると、僕は立ち上がって歩き出す。
  だが、背後から腕を掴まれてよろめいてしまった。
佐伯しげと「わかば、突然腕を掴んだら危ないだろう。どうしたんだ?」
佐伯わかば「あのさ、雪だるま作らない?」
  表情を窺う。彼女は真剣な目つきをしていた。
  唐突な提案だったが、それが僕に対する気遣いであることは察することが出来た。
  少しでも、気分転換をさせたいと思ったのだろう。
  その優しさに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
佐伯しげと「よしっ。それじゃあ、とんでもなく大きいやつを作ろう!」
  彼女の気持ちに応えるように、笑顔を浮かべた。
  早速、雪集めを始める。雪遊びをするなんて、何年振りだろう。手が凍えるけど、関係無い。
  二人とも夢中で作業を続けた結果、巨大な雪だるまが完成した。
佐伯わかば「ふぅ、完成。立派な、雪だるまが出来たね」
佐伯しげと「顔もつけられれば良かったんだけど、まあ仕方が無いか」
佐伯わかば「材料が、足りなかったもんね」
佐伯しげと「そうだな。でも、十分満足だ」
  完成した雪だるまを眺めながら、達成感に浸る。
佐伯わかば「あ、お兄ちゃん。見て!」
  その時、わかばが声を上げる。彼女の指さす先には、花が咲いていた。
  雪の下に、隠れていたのだろう。先ほど雪を集めた際に、顔を出したらしい。
佐伯わかば「綺麗だね。何て、花だろう」
佐伯しげと「待雪草じゃないかな。花言葉は『希望』、『慰め』だったかな」
佐伯わかば「へぇ、良い花言葉だね」
佐伯しげと「でも一部の地域では、『死』を意味するとも言われているよ」
佐伯わかば「そう・・・・・・なんだ」
  わかばはまずいことを言ったと思ったのか、顔を伏せてしまう。
  本当に、優しい妹だ。彼女がいるから、僕は今もこうして生きていられるのかもしれない。
佐伯しげと「さあ、寒いだろう。そろそろ、家に戻ろう」
  僕は、わかばの手を引いて帰ろうとする。
  だけど、彼女はその場から動こうとしなかった。
佐伯しげと「どうした。何か、あるのか?」
佐伯わかば「ううん。せっかくだから、雪だるまの写真を撮っておこうと思って」
佐伯わかば「お兄ちゃんは、先に帰ってていいよ」
佐伯しげと「そうか。まあ、あんまり遅くならないようにな」
佐伯わかば「うん。分かってる」
  立ち去っていく、兄の背中を見つめる。
  雪がその背中を隠してしまうまで、私はその姿を見送った。
  そして、意を決して彼女の方へと振り返る。
佐伯わかば「あなたが、お兄ちゃんの彼女さんですよね」
  彼女はずっと、電車を待つお兄ちゃんの隣で座っていた。
  その表情は、寂しさや悲しさが入り混じったもので。見ているこっちが辛くなって来るほどだった。
新庄すみれ「しげと君が、私のことを忘れて新しい彼女でも作ってくれれば安心出来るんだけどね」
佐伯わかば「多分、それは無理だと思います」
新庄すみれ「え?」
佐伯わかば「お兄ちゃんは、死ぬまでここに通い続けます。そういう、人だから」
新庄すみれ「わかばちゃんの話は、しげと君から聞いていたけれど、本当に仲が良いのね。嫉妬しちゃうくらい」
佐伯わかば「それは、こっちの台詞ですよ。こんな雪の中でも、お兄ちゃんが毎日のように待ち続ける相手ですから」
新庄すみれ「そう・・・・・・かもね」
佐伯わかば「いつまで、ここに居るつもりですか」
新庄すみれ「しげと君が、お爺さんになって死んでしまうまで。私は、その時を待ち続けると思うわ」
佐伯わかば「そう、ですか」
  私は、廃駅を後にする。差し込んできた日差しは、春が近いことを予感させる。
  春が来ても、明けない冬はある。
  それでも凍えるような冬だからこそ、人は温め合える。そんな、気がするのだ。

コメント

  • 事件の日に、二人の恋心も永遠に閉じ込められて凍りついてしまったかのようですね。冷たい雪にも負けずに咲く「希望」と「死」いう相反する花言葉を持つ花が象徴する二人の宿命を思うと、どうにもやり切れない切なさが残りますね。

  • わかばちゃんは、しげとくんの姿をすみれさんに少しでも長く見せてあげたくて雪だるまを作ろうと言い出したのかな。大切な人を亡くした時に周りの人が何かしてあげられるのか、どうしたらいいのか難しいなと思いました。

  • 身も心も凍えるような寒さのシーンにぴったりの、心が物悲しくなるストーリーですね。しげと君の心に、陽光が差し込み雪解けを起こしてほしいものだと強く感じました。

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