Imperial Dawn

石坂 莱季

Ep.10『Fragment Truth』(脚本)

Imperial Dawn

石坂 莱季

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〇黒
  暗闇の中にいた。
  まるで広い宇宙空間に一人放り出されてしまったかのような孤独感。
  体が凍えるように寒い。
  私は膝を抱えたまま、ただ深い闇の中を流浪している。
「──ねぇ」
  どこかで聞き覚えのある声が私に語りかけてくる。
  懐かしいような、悲しいようなそんな声音で。
エリーナ・マクスウェル「あなたは・・・誰?」
  暗闇に問いかける。
  その声はまるで何かに反響するかのように、響いて聞こえた。
「──私はあなた」
  その言葉に、私は首を傾げた。
  私?
  私は誰?
  私はエリーナ。
  そう。エリーナ・マクスウェル。

〇高層ビルの出入口
  軍務総省所属帝国特殊機動部隊SHADEの隊員。

〇黒
エリーナ・マクスウェル「ここは・・・どこ?」
  何も見えない真っ暗闇にいた。
  恐ろしく寒い。
  
  このままだと死んでしまう。
「──あなたはね。負けたのよ。過去に。思い出に。そして背負った過ちに」
  負けた?私が?
エリーナ・マクスウェル「なにを・・・言ってるの?」
「─あなたの人生は、絶望で満ち溢れていた。覚えているでしょう?Area51での事を。あなたの絶望の始まりとなったあの日々を」

〇山奥の研究所
  Area51。
  帝国の特殊兵士養成所。
  物心ついた頃には既に其処にいた。
  高い塀に覆われ、周りを深い森に囲まれた陸の孤島。
  クローレンツ大陸北の北部自然保護区内に設立された、特殊部隊員として戦う兵士を育成するための極秘施設。
  私たちは、それぞれの適正に合わせて区分され、区分されたもの同士、訓練を受けながら同じ部屋で生活する。
  そこには色々な人がいた。
  特殊部隊員として軍部で成り上がり、権力を手にしようとする者。
  特殊部隊員の豊富な給金を狙う者。
  その中には、人を殺す快感を得ようとする者までいた。
  どんな人間だろうと関係ない。
  力があるものだけが、全てを手に入れる事ができた。
  そんな世界に放り出され、私は一人生きていた。

〇黒
「──あなたは何のため?」
  私は・・・。
  わからない。
  私は何のためにあの地獄の様な生活を強いられていたの?
  思えば苦しいことだけだった。
「──そう。あなたには何にもない。あなたには自我さえも無かった。あの日までは」
  あの日?
  そう。あの日だ。
  忘れようとしても忘れられない。

〇地下の部屋
  私と同室の無口な女の子。
  成績は私たちの区分の中でもトップクラスだった。
  あの子には天性の才能があったのだ。
  けどそれとは裏腹に争いを好まず、あの施設に居たのはただ国に見初められたから。
  孤児だったあの子は、自らの意思とは関係なく戦う事を強要されたのだ。
  それ故に疎まれ、彼女は虐げられていた。
  私は其処で人の醜さに触れたのだ。
  あの子とも、あの子を迫害する子達とも、私は違う。
  こんな醜い人間にはならない。
  こんな弱い人間にも。
  そう自分に言い聞かせ自分の殻に閉じこもる日々。

〇黒
  彼女は、地獄の様な訓練で傷ついた体にさらに追い討ちをかける様な酷い迫害に遭っていた。
  どうしてやり返さないの?
  あなたは本当は強い。
  なのにどうして?
  そう問いかけた私に、彼女は言ったのだ。
同室の女の子「神様が、きっと助けてくれるから」

〇黒
「──そうして、あなたは見て見ぬフリをしたわ」
エリーナ・マクスウェル「違うっ!私は・・・!」
「──助けられたのに。次自分が標的にされる事を恐れたあなたは何もしなかった。最後まで。その子が嬲られ殺されるまで」
  違う・・・。
  
  私は・・・。
「──あなたがその近接戦闘術を身につけたのは、誰かを守るためなんかじゃない。自分を守るためだけでしか無かったのよ」
エリーナ・マクスウェル「それの何がいけないの?!あの地獄の様な場所で生き残るためには、強くならなければいけなかった!」
「──・・・へぇ。それであなたは強くなったの?その結果があのシスタニアでの出来事なのかしら?」
  心臓に杭を打たれた様な衝撃が走る。
「──あなた、特務執行員に選ばれた事を被害者面してのうのうと生きているけど、本心は違ったんじゃないの?」
エリーナ・マクスウェル「どういう・・・意味?」
  鼓動が早くなる。
「──あら。わからない?なら私が教えてあげる。あなたはね?本当は、殺戮を楽しんでいたのよ」
「心が壊れたフリをして、内心では残虐に人を殺す事が楽しくて仕方なかった。あのベルトリッチという男が言った通りよ」
「それなのに、思いを寄せていたレンや、イルーザ隊長からは優しくされて」
エリーナ・マクスウェル「違う!」
  そんな訳ない・・・。
  そんな訳・・・。
「──自分の強さに酔いしれていたんでしょ?弱いものを切り刻む快感に溺れていたんでしょう?」
「でも、あなたは強くなんか無かった。だってそうよね?」
「あなたが本当に守りたいと思っていた筈のレンやイルーザ隊長はあなたの前から消えていなくなってしまったのだから」
エリーナ・マクスウェル「やめて!」
  私は体を丸めて、両手で耳を塞いだ。
  しかし、声はまるで頭の中で響くかの様に鳴り止まない。
「──そんな自分がかわいそうだって思ってるのよね。わかって欲しい、どうしてわかってくれないの?」
「あなたは仲間のためとか任務の為とか言いながら、いつだって自分が可愛いのよ」
エリーナ・マクスウェル「違うっ!」
  私は精一杯の声を張り上げて叫んだ。
  ゆっくり立ち上がり、おぼつかない足取りで暗闇をゆっくり歩き始める。
  違う。
エリーナ・マクスウェル「確かに・・・。私は弱い。強がっているだけで、根の部分ではSHADEの誰よりも弱いかもしれない」
エリーナ・マクスウェル「大切な仲間を失い、自分が戦う理由すら見出せなかった」
  でも。と続ける。
  声は何も言ってこない。
エリーナ・マクスウェル「大切なものを失ったからこそ、今の私にはわかる」
エリーナ・マクスウェル「私は『失わない為』に戦う!失ってから気づいても遅いって、レンやイルーザ隊長が教えてくれた」
エリーナ・マクスウェル「だから、どんな小さなものだって、私はもう失いたくない。私に居場所をくれたみんなを、今度は私が守る。それが私の戦う理由!」
  叫びと共に暗闇に一筋の光がさした。

〇白
  懐かしい二つの顔が、こちらを優しく微笑みながら見ている。
レン・マッケンジー「恐れることはねぇよ。お前は弱くなんかない。みんな、お前の力が必要なんだ」
レン・マッケンジー「言っただろう?嫌になったら辞めちまえばいいだけの話だ」
イルーザ・ロドリゲス「あなたの存在が、みんなに勇気を与えているのよ。だから、迷うことはない。自分がやりたい様に、正しいと思った事をやればいい」
  私が愛した二人の声。
  それと共に差し伸ばされる手。
  そう。
  私はもう一人じゃない。
  難しく考えることなんて何もない。
  仲間のために戦う。
  それだけわかってれば十分だよね。
  レン。イルーザ隊長。
  ありがとう。
  差し伸べられた手を取ると、私の体はまるで重力が無くなったかのように軽くなり、眩い光の中へ吸い込まれていった。

〇黒
  ★1
  帝都第三軍事基地 医務室
  PM16:10

〇近未来の病室
  暖かい光に包まれた様な気がしていた。
  目を開けると、そこは私が知っている基地の医務室。
???「エリーナさん!よかった・・・」
  聞き覚えのある声に、私はベッドの傍に目をやった。
エリーナ・マクスウェル「・・・アイ・・・ヴィー」
  なんだかずっと会えなかった様な気がする。
  ハッとして、私はベッドから上半身を起こした。
エリーナ・マクスウェル「みんなは?!ラクアは?!アシュレイが大変なことに!」

〇ボロい倉庫の中
  記憶が飛ぶ直前。
  あの廃工場での出来事を思い出し、私は一気にまくし立てる。

〇近未来の病室
  頭がボーッとする。
  ナノマシンはオンラインになっているようだけど、ザワザワとしたようなノイズが頭の中で鳴っているような感覚がする。
アイヴィ・アレクサンドラ「落ち着いて。新基地に出向いていた少佐やラクアさんたちと連絡が取れなくなって、」
アイヴィ・アレクサンドラ「隊長たちが状況を確認する為にアシュレイに向かったの。どうやら新基地は今、何者かによる攻撃を受けているらしくて」
アイヴィ・アレクサンドラ「現在、軍が到着するまでの間攻防戦が続いてるみたい。敵が陣を張っているアシュレイの街にはロックくんが一人で・・・」
エリーナ・マクスウェル「ロックが?!」
  私が聞き返したのに対し、アイヴィーは、しまった。という顔をした。
  彼女は一度軽く息を吐くと、私に現状を教えてくれた。
アイヴィ・アレクサンドラ「・・・バロンさんとカリンさんが、リディアからサポートしてるから、無茶はしてないと思うけど・・・」
  あのバカが、無茶をしてない訳が無い。
  私は、自分が今までずっと寝ていた事を呪った。
アイヴィ・アレクサンドラ「それより、ナノマシンの調子はどう?何か変なところは無いかしら?視界がぼやけて見えるとか、手足がうまく動かないとか」
  アイヴィーに問われ、私は改めて室内を見渡した。
  ザワザワするような感覚はあるものの、これといって視界に異常はない。
  また、手足もしっかり動く様だ。

〇ボロい倉庫の中
  最後意識が途切れる前、エラーメッセージを吐き出していたナノマシンも正常に動いている。

〇近未来の病室
エリーナ・マクスウェル「・・・大丈夫・・・みたい」
  私の返答にアイヴィーは安心したかの様に胸を撫で下ろしている。
アイヴィ・アレクサンドラ「よかった。相当なシェルショックがあった筈だから・・・。よく、目覚めてくれましたわ」
  彼女から向けられる笑顔に私は安心していた。

〇黒
  先ほどまで見ていた悪夢は、注射された薬物によって異常を来していた私のナノマシンによって見せられていたものなのだろうか?

〇近未来の病室
エリーナ・マクスウェル「そんなことよりアイヴィー。無茶を承知でお願いがあるの」
アイヴィ・アレクサンドラ「──・・・ダメです」
  私が何を言いたいのかを察したアイヴィーが食い気味にそう言い放った。
アイヴィ・アレクサンドラ「・・・まだ出撃させるわけにはいきません。薬の効果が完全に切れたとは限らない」
アイヴィ・アレクサンドラ「薬物兵器はフラッシュバックを引き起こすもの。今は無理をしてはいけません」
  アイヴィーならそう言うと思っていた。
  SHADEの最年長者である彼女は、隊員から影で裏隊長とまで呼ばれている。
  私はこんなザマだ。
  アイヴィーが私を出撃させたくないと思うのも無理はないだろう。
  それが彼女の優しさである事もわかってる。
  しかし、私も食い下がる気は無かった。
  仲間が戦っているのに、わたしだけ眠っているわけにはいかない。
  失わない為に戦う。
  それが、私が銃を握る意味なのだから。
エリーナ・マクスウェル「・・みんな戦ってる。もし私の知らないところで仲間が傷ついているのだとしたら私は、いま何もしないでこうしている私を許せない」
  そう訴える私の真剣な表情を、アイヴィーはただ静かに見つめていた。

〇黒
  ★2
  アシュレイ大聖堂
  PM 16:50

〇大聖堂
  夕方の光が大聖堂の壁一面に広がるステンドグラスを輝かせ、聖堂の中は美しい光彩で彩られていた。
  外の雑踏とは無縁な厳かな空間。
アルタイル・マグファレス「さて・・・何から話すべきか・・・」
  前方の巨大な祭壇へと続く中央の通路を隔てた反対側の長椅子。
  そこに腰掛ける老人は、そう言って言葉を詰まらせている。
ロック・セブンス「・・・この事態は、一体なんなんだ?」
  俺の問いかけに、アルタイルは言葉を探すかのように押し黙り、やがて重々しくその口を開いた。

〇タワーマンション
アルタイル・マグファレス「・・・与えられた委員会予算の表面を削って得た資金でアシュレイの傭兵や賞金稼ぎ達を決起させた」

〇基地の広場
アルタイル・マグファレス「新基地が謎の武装集団に占拠されたと言ってな」

〇入り組んだ路地裏
  俺は、ここにくる途中の事を思い出していた。
  変装の為に潜伏していた路地裏で、傭兵連中の会話を盗み聞いたからだ。
  嘘の情報と多額の金を握らされた個々の傭兵達は皆、軍からの依頼だと勘違いをして荒野へ進軍している。

〇基地の広場
  しかしそこに不運にも居合わせたのは謎の武装集団ではなく、我らがオーナーであるルカ・ブランクやルノア、
  そして俺達SHADEの副隊長であるラクアに、フリードの兄貴。
  彼等が何も身に覚えがないにも関わらず、突如として傭兵部隊に取り囲まれることとなった原因だ。

〇大聖堂
  ルカ少佐?
  ふと、俺はこの老人がそこまでする理由に思い当たった。
  派遣争いや、E.I.A云々は抜きにして、シンプルに考えれば答えは一つじゃないか。
ロック・セブンス「・・・アンタには、何かしらの目的でルカ少佐の動きを封じる必要があった。少佐は実質軍務総省のNo.2だ」
ロック・セブンス「彼女の動きを封じると言うことは、軍務総省の飛び道具である俺達SHADEやzodiacの動きを封じる事にも繋がる」
ロック・セブンス「そうなれば、あのハザウェイ・ラングフォード長官も動かざるを得ない状況を作り出せる」
ロック・セブンス「・・・やはりアンタもあのユアンとかいう奴の派遣洗いに手を貸そうって腹か?テロリストや傭兵達を決起させ、」
ロック・セブンス「こうやって内部を撹乱させる様な動きをして、いつか来る世界大戦後の世の中で、軍務総省よりもE.I.Aが実験を握る為に」
  俺の問いに、アルタイルは鼻を鳴らした。
アルタイル・マグファレス「・・・軍務総省とE.I.A。帝国の二大勢力による覇権争いか」
アルタイル・マグファレス「成る程。お前達はそう考えたのだな。しかし、お前達が考えている程事態は単純ではないのだ」
アルタイル・マグファレス「まあ、ルカの動きを封じる事で、お前達の行動にも影響が出る。というのはいい線ではあるが」
  俺は黙ってアルタイルの言葉を聞いていた。
  ハッキリしない物言いに、徐々に苛立ちが湧き上がってくる。
アルタイル・マグファレス「・・・私もあのユアンも、世界大戦後の覇権などに興味は無い。強いて言うならば、そうだな」
アルタイル・マグファレス「これは『贖罪』だ。少なくとも、私にとっては」
  老人の言葉に俺は眉を顰めた。
ロック・セブンス「贖罪・・・だと?わざわざこんな形で呼び出して迷惑かけてすいませんでしたってか?」
ロック・セブンス「少なくともそう言う事なら、あのユアンとか言う奴をここに呼んでくれ。あいつに直接話を聞かなきゃ気がすまねぇぜ」
ロック・セブンス「何を企んでんのか、洗いざらい喋ってもらう」
  あえて話の本質をずらした様な俺の言葉に、アルタイルは再び沈黙した。
  自分が持っている情報をどこまでこちらに曝け出すかを吟味するかのように。
  贖罪。
  
  それが一体何に対するものなのかわからない。
アルタイル・マグファレス「・・・ユアン・バスクードは恐ろしい男だ」
  アルタイルの言葉は、まるで俺の真似をしたかの様に、本質をずらした様な内容だった。
  しかしそれはわかる。

〇研究施設の玄関前
  しかしそれはわかる。
ユアン・バスクード「生還おめでとう・・・」
  庁舎のロビーと、あの廃工場で見た全てを見透かしたかのような冷笑。
  背筋が凍りつきそうになるほど悍ましい視線。
  この国を支える一機関のトップでありながら、数々の裏工作を働いてまで目的を達成しようという執念も恐ろしい。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「ユアンは私の教え子であり、息子のような存在だった」
  驚いた。
  そんな俺を横目に、老人はまるで過去を懐かしんでいるかのように言葉を紡いだ。

〇黒
アルタイル・マグファレス「20年以上前の事だ・・・」
アルタイル・マグファレス「私がまだ軍にいた頃。ユアンは私の預かっていた陸軍小隊に配属されてきた」
アルタイル・マグファレス「まだ十代半ばぐらいの子供だったがな」
???「もともと奴は、帝国皇家に連なる名門貴族の出だった。それが親族の手酷い裏切りにあい没落。帝都近郊のスラムへ流れ着いたのだ」
アルタイル・マグファレス「幼少期から貧しい生活を強いられていたユアンは、出世欲、権力欲に取り憑かれ、」
アルタイル・マグファレス「軍で名を挙げることによって確実に国内での力を勝ち取っていった」
アルタイル・マグファレス「その為には手段を選ばない。仲間を裏切り、見殺し、切り捨てる。そんな男だ」

〇大聖堂
  あの若さでE.I.Aの長官にまで登り詰めた男の素顔を垣間見たような気がした。
  まるで俺達とは真逆だ。

〇研究施設の玄関前
  ──自分を通すなら出世しろ。
  少佐の言葉が頭の中を駆け巡る。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「私はそのユアンの野心に魅せられ、彼を引取り、育てた。兵士として、時には我が子の様にな」
  その頃の事をどこか懐かしむ様な穏やかな表情で、老人が続ける。
  どこか感傷的な気持ちになったが、俺は答え合わせをやめなかった。
ロック・セブンス「・・・そのユアンとあんたが手を組んで、様々なテロを帝国内で企てていたということか?過去の縁で」
ロック・セブンス「『鉤爪の刺青(クロウ)』とはなんだ? あんたもその一員なのか?」
  俺の詰問に対して、老人は否定も肯定もしなかった。
アルタイル・マグファレス「一員であるか、と言われればそうかもしれんな」
アルタイル・マグファレス「確かに、委員会で管理していた兵器や資金を流したり、庁舎に爆薬を仕掛けるバックアップをしていたのは私だ」

〇タワーマンション
  真実がつながっていく。
  フロレイシアの引き起こした、庁舎占拠事件と爆破未遂事件。
  それらは、一塊のテロリストだけでは明らかになし得ない規模の事件だった。
  最新鋭のF.A.Sや、入念に計画されていたであろう爆薬の配置などを見れば明らかだ。
  委員会庁舎を管理する国防委員長その人の協力あって初めて成し遂げられたのだろう。

〇研究機関の会議室
  占拠事件の時、突入した会議室にアルタイルの爺さんも人質として捕らえられていた。

〇黒
  俺たちの目を欺き、自らが俺たちに掛けられた凍結を解除して出動させる為の生き餌となるために。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「・・・お前たちが『鉤爪の刺青(クロウ)』と呼ぶ彼らに『組織』という概念は存在しない。その多くは、」
アルタイル・マグファレス「帝国の闇深くに存在する裏社会の人間達だ」
アルタイル・マグファレス「ユアンはそんな彼らを自分の手駒にしている」
アルタイル・マグファレス「E.I.Aのトラブルリストはお前もよく知っているだろう?」

〇電脳空間
  老人に問われ、俺は首を縦に振った。
ロック・セブンス「・・・E.I.Aが諜報活動の末に手にした、世界中の犯罪者達のリストだ。民間にも公開されているそのリストは、」
ロック・セブンス「レベルによって閲覧権限が設けられ、その犯罪者達には各々懸賞金が掛けられている」
ロック・セブンス「つまり、簡単に言えば金と引き換えに犯罪者達の捕縛や殺害をさせる事を目的とした指名手配リストな訳だ」

〇大聖堂
  俺の答えにアルタイルは、相違ない。と言った感じに重々しく頷いて見せた。
アルタイル・マグファレス「・・・左様。このアシュレイは、そんな犯罪者達を狩る賞金稼ぎの宝庫でな。一度リストに載せられ、」
アルタイル・マグファレス「いかに巧妙に姿や名前を変えようと、一種のプロである彼らや、帝国軍、警察局を前に怯えながら暮らすしかない。・・・そこで・・」
  老人が全てを言い切る前に、俺は合点した。
ロック・セブンス「リストからの除名を餌に、自分の駒として働かせるわけか。その犯罪者連中を」
  犯罪を犯す人間が悪いのは重々だが、あのユアンの道具としていい様に使われるという点においては同情せざるを得ない。
  一連の事件では既に十数名以上の死者が出ているのだ。
  捨て駒・・・か。

〇未来の都会
アルタイル・マグファレス「そうだ。この私もだが、この国でユアンに弱みを握られたら最後。死ぬまであの男の言いなりになるしかない」
アルタイル・マグファレス「たとえ、どんなに高い地位についている人間ですらな」

〇大聖堂
  アルタイルはそこまで言うと、一度姿勢をただし、「・・・我々の目的は・・・」と、話しの確信に迫る切出しをした。
  俺も、姿勢を正して身構える。
アルタイル・マグファレス「・・・我々の目的は、お前達『SHADE』を表舞台に引き摺り出すことだった。その為にはまず、」
アルタイル・マグファレス「七貴人にSHADEの凍結を解除させ、お前達を出動させざるを得ない状況を作り出す必要があった」
アルタイル・マグファレス「この国のあらゆる人間から見ても自然な形でな」

〇タワーマンション
アルタイル・マグファレス「我々は、お前たちの上がる舞台を作る為だけに、あの庁舎での事件を演じた」
アルタイル・マグファレス「しかし、ここから先の事は私にもわからない。全てはユアンの計画の中」
アルタイル・マグファレス「お前たちSHADEにこだわるユアンと、死刑囚である兄を解放しようとしていたフロレイシア。そして私」
アルタイル・マグファレス「私はユアンには逆らえない。息子同然の奴を国に売る事で国防委員長の座に着いた私には」
アルタイル・マグファレス「しかし、奴はそんな私の負目ですら計画に利用した」

〇黒
アルタイル・マグファレス「そうして皆、あの男の盤上で踊らされる事になるのだ。なにも分からないままに」

〇怪しい実験室
  俺たちSHADEの凍結が解除されるきっかけとなった国防委員会庁舎での事件。
  既にあそこでは、ユアンの様々な思惑が錯綜していた。
  あの時、何もわからないながらにも俺たちが事件を阻止したかのように見えていた。

〇黒
  しかし、その裏で少なくともユアンの目的も同時に達せられていたことになる。
  軍務総省とE.I.A。
  決して交わらない二つの勢力を繋ぐ。
  それが、ユアンにとってのアルタイルの役割だったのだろうか?
  そこまでして、俺たちと直接接触する目的とは一体なんだ?

〇大聖堂
  『贖罪』
  そう言った老人の顔には脂汗が浮かんでいる。
  
  酷く顔色が悪い。
ロック・セブンス「どうした?調子でも悪いのか?」
  俺の問いかけには答えず、代わりに老人は激しく咳き込んだ。
  自然と駆け寄ろうと立ち上がった俺を、アルタイルの掌が制する。
アルタイル・マグファレス「・・・いや、大丈夫だ。いいか。落ち着いて聞け。ここからが重要な事だ」
  アルタイルは呼吸を整えながら、立ち上がった俺を再び座る様に促した。
  言われた通り俺は、彼の次の言葉を待つ。
  今目の前の老人は真剣に何かを俺に訴えようとしている。
  俺たちの敵なのかもしれない人間ではあったが、確かにそれだけは伝わった。
アルタイル・マグファレス「国内でのテロを演じてまでお前達を舞台上へ引き上げた理由。それは他でも無い、」
アルタイル・マグファレス「『お前達『SHADE』自体がユアンの目的である』からだろう」
アルタイル・マグファレス「軍務総省とE.I.Aの派遣争い?否」
アルタイル・マグファレス「フロレイシアが死んだのも、今ルカ・ブランクが新基地で襲撃を受けているのも全て、あのユアンが画策し、」
アルタイル・マグファレス「それによってここまで導かれ辿り着いた『被験者』の一人であるお前に、とある真実を伝えるために」
  被験者?
  
  聞きなれない言葉に俺は眉を顰める。
アルタイル・マグファレス「・・・結論から・・・言おう。・・・お前たち、SHADEの隊員は・・・。帝国の人間ではない」
  何?
  
  一瞬、何を言っているのかがわからなかった。
ロック・セブンス「どういうことだ?」
  帝国の人間じゃない?
  その言葉の意味が、徐々に俺の頭を侵食するように滲み出す。
  じゃ無かったら一体何だというんだ?
アルタイル・マグファレス「・・・Plan V3。計画はそう呼ばれていた・・・」
  まて、この爺さんは何を話している?
  思考が追いつかない。

〇近未来の手術室
アルタイル・マグファレス「・・・かつて・・・この国には、『帝国技術局』という機関があった。かなり昔の話だ」
  カリンがレオンに報告したというあれか。
  ラクアが見た例の鳥人間。
  その兵装を開発しようとしていたと言う、今は無き帝国の研究機関。
アルタイル・マグファレス「現皇帝サキュラス・レム・クローレンツが、帝になる前。彼によって極秘裏に設けられた研究機関だ」
アルタイル・マグファレス「そこでは、当初まだ実用化されていなかったナノマシン技術を確立するための研究が行われていた」
ロック・セブンス「ナノマシン・・・。あの皇帝が?」

〇数字
  ここ数年で、当たり前のように普及した技術だ。
  この国においては現在ほぼ全ての民間人にも普及しており、その生活の基盤となっている。
  人と人を繋ぎ、個人のステータスを管理し、数値化する。
  現在の帝国の社会を支える、なくてはならない技術。
  そして、世界の覇権を圧倒的に変えてしまうような強大な軍事力を生み出した源。

〇水の中
アルタイル・マグファレス「技術局で当初研究されていたのは、軍用ではないただのデバイスとしてのナノマシンだった」
アルタイル・マグファレス「今の民間人に普及している第四世代ナノマシンのようなものだ」
アルタイル・マグファレス「しかし、最初のナノマシン開発計画である『Plan V1』施工後、」
アルタイル・マグファレス「研究の目的は大幅に修正され、すぐに軍用ナノマシンの開発が始まる事となる」

〇大聖堂
  ナノマシンを作り出すための研究Plan V1・・・。
  そこから全てが始まった?
  まるで、今当たり前のように体を循環しているナノマシンの歴史を見ているかのようだ。

〇サイバー空間
アルタイル・マグファレス「Plan V1は、人類史上初となる人体実験だ」
アルタイル・マグファレス「選ばれたのは2名の若き帝国兵。開発されたナノマシンが、人体にどの様な影響をもたらすのか、」
アルタイル・マグファレス「実際にどの様に作用するのかを知るための初期段階的実験だったそうだ」
アルタイル・マグファレス「しかし、実験によって世界初のナノマシンとなる『試作型』今で言う第一世代ナノマシンを体に取り込んだ兵士は、」
アルタイル・マグファレス「兵士として凄まじい『力』を偶然にも得たらしい」
アルタイル・マグファレス「それが軍用ナノマシン開発にシフトしていった原因と言えるだろう」
アルタイル・マグファレス「直ぐにPlan V1の実験データをもとに新たな計画が立ち上がる」
アルタイル・マグファレス「しかし、次のPlan V2によって編み出された第二世代ナノマシンは失敗の後に大量に廃棄された」
アルタイル・マグファレス「試作型ナノマシンの時のような特殊な能力を持った兵士を量産しようと考えたのだろうが、Plan V2は失敗」
アルタイル・マグファレス「実験によって何人もの兵士が第二世代ナノマシンと共に闇へ葬られる結果となった」
アルタイル・マグファレス「やがてそれは帝国上層部内で明るみなり、前皇帝ルクセンの命により、技術局は解体に追い込まれた」

〇大聖堂
  Plan V1の被験者は凄まじい『力』とやらを得た。
  そんな力を持つ兵士を量産しようと、次のPlan V2では何人もの兵士が実験体にされ、殺された?
  それをやったのが今平然と玉座に座っている皇帝、サキュラス・レム・クローレンツだと言うのか。
  しかし、彼は確かに最初『Plan V3』と言ったはずだ。
  
  ここからが、俺たちSHADEに関係する話なのだろう。
  今まででは決して知り得なかった情報を一気に流し込まれ言葉を失う俺を尻目に、アルタイルは時々咳き込みながらも話を続ける。
  風邪でもひいているのだろうか?
  たしかに、今の状況は老体にはなかなか堪えるだろう。
アルタイル・マグファレス「・・・しかし、それから数年後。とある二人の人間によって、計画が極秘裏に受け継がれることとなった」
アルタイル・マグファレス「それが、『Plan V3』だ」
ロック・セブンス「・・・その二人ってのは?」
  老人は相変わらず苦しそうに咳払いをすると、ゆっくり顔を上げ、真っ直ぐに俺を見据えた。
  年寄りではあるが、その眼差しは様々な地獄を乗り越えてきた者が持つ気迫を帯びている。

〇近未来の会議室
アルタイル・マグファレス「一人はアルテミス・ドラクロワという人物だが、こちらは十五年ほど前に死亡しているという記録がE.I.Aに残っているそうだ」

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「だが、もう一人は存命している。それも、お前達がよく知っている人物である可能性が高い」
  そう言われ、俺は固唾を飲み込んだ。
  
  アルタイルはゆっくり口を開く。

〇高層ビルの出入口
アルタイル・マグファレス「・・・コードネーム『ルシアン・ルシード』。またの名を・・・ー」
  まるで時が止まったかの様に長い刹那の時間。
  何故かはわからないが、この老人の話を聞いていて、今までで最大の悪寒が俺を襲っていた。
アルタイル・マグファレス「・・・ハザウェイ・ラングフォード。現軍務総省長官であり、七貴人の議長」
アルタイル・マグファレス「七貴人トップであるという事は、帝国皇家を除けば実質帝国のNo.1に君臨する男」
アルタイル・マグファレス「お前達軍務総省所属部隊SHADE、zodiacのオーナー」

〇大聖堂
  あまりに強大な権力を持つ人物の名前が出てきたことに俺は言葉を失った。
  国民ですら知る余地のない、この国の暗部そのものと言ってもいいだろう。
ロック・セブンス「俺たちが帝国の人間じゃないことと・・・ハザウェイ長官が行ったPlan V3との関係は一体・・・?」
ロック・セブンス「あんたは一体何を俺に伝えようとしている!?ユアンの目的は?!俺たちの敵は一体誰なんだ!?」
  吠える俺を、アルタイルは冷静に制した。
  
  まずは黙って聞け。と言うことだろう。

〇近未来の通路
アルタイル・マグファレス「・・・Plan V3。Plan V2の失敗を元に新たに開発された第三世代のナノマシンによって最強の兵士を生み出す計画」
アルタイル・マグファレス「Plan V1やPlan V2と大きく違う点は、使った被験体だった」
アルタイル・マグファレス「技術局時代の初期二計画では、現役の帝国兵が被験体になったのに対し、」
アルタイル・マグファレス「ハザウェイ等が計画したPlan V3ではもっと無垢で純粋な被験体を使用した」
アルタイル・マグファレス「第三世代のナノマシンを被験体に投与し、その成長と教育課程からの訓練を徹底することによって」
アルタイル・マグファレス「最強のキリングマシーンを作り出そうという恐ろしき計画だ」
ロック・セブンス「・・・無垢で純粋な・・・つまり・・・子供か・・・」
  俺の中の嫌な予感が一つ一つ確信になっていく。
  俺たちの雇い主であるハザウェイ長官が、幼い子供にまで手を出してそんなものを作り上げようとしていたなんて。
  いや、まだ可能性の域は出ない。
  そう必死に自分を落ち着かせながら、俺は言葉の続きを待つ。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「・・・そう。察しがついたか?Plan V3の被験体となった子供は全部で八名」

〇渓谷
アルタイル・マグファレス「彼らは、大海を隔てた西大陸クロヴィエラ領海の孤島セントリーガス島から拉致された」
アルタイル・マグファレス「アルテミス・ドラクロワ発案による、因子回収作戦によってな」
アルタイル・マグファレス「セントリーガス島から回収された八名の子供たちは帝国の地へ連れ拐われ、第三世代ナノマシンを投与された」

〇山奥の研究所
アルタイル・マグファレス「戦闘技術や知識を徹底的に叩き込む為に皆Area51へ収容されたのだよ」

〇大聖堂
ロック・セブンス「その被験者が、俺たちだってのか?!そんなバカな話があるか?!」
ロック・セブンス「俺がArea51に入ったのはたったの十年前だ。十歳ぐらいの時の記憶が無いわけ・・・ー」
  ・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・?
  あれ?
  
  自分で言っていてわからなくなる。

〇山奥の研究所
  俺は、Area51に入る前は何をしていた?
  頭の中が痺れるような感覚・・・。
  まるでナノマシンが記憶にベールをかけているかのように思い出せない。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「自分がどこの出身で、両親は何者で、どう言う幼少期を過ごしたのか、答えられるまい」
アルタイル・マグファレス「それが何よりの証拠だ。第三世代ナノマシンによって、お前達が帝国に来る前の記憶は脳の深い場所に封印され、」
アルタイル・マグファレス「上書きされるかのように帝国兵としての記憶を植え付けられている」
ロック・セブンス「・・・そんな・・・バカな・・・」
  記憶を消され、戦うことをプログラムされた存在。
  それが俺たちSHADEだと?
アルタイル・マグファレス「残念ながら、これは真実だ・・・。決して語られることの無い、帝国の闇の一部」
  アルタイルは重々しくそう言ってから俯き、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

〇黒
アルタイル・マグファレス「・・・イルーザ・ロドリゲス・・・」
アルタイル・マグファレス「彼女も被験体の一人だった・・・。人一倍高い知能を持つ彼女は、自らの出生や生い立ち、存在そのものに疑問を持ち、」
アルタイル・マグファレス「そしてその真実にまで辿り着いてしまった。イルーザは本来の祖国である西のクロヴィエラ領、」
アルタイル・マグファレス「悲劇とも呼べる因子回収作戦の行われたセントリーガス島への亡命を企て、」
アルタイル・マグファレス「その計画を悟った七貴人の決定によりこの世から抹消された」

〇大聖堂
  俺は再び言葉を失う。
  イルーザ隊長には会ったことがない。
  だが、その死についてはなんとなくだが聞かされていた。
  未だに解明されていない、初代SHADE隊長の死の謎。
  その真相に、俺はたどり着いてしまったのだろうか?

〇近未来の手術室
  ナノマシンによる洗脳で最強の兵士を生み出す計画Plan V3。
  その技術が他国に漏洩することを恐れた七貴人の手によってイルーザ前隊長は消された・・・と言うことなのだろう。
  一体誰が?

〇近未来の会議室
  七貴人全員?
  Plan V3を計画したハザウェイ?

〇大きい研究施設
  それともあのユアン?

〇近未来の会議室
  いや、そもそも彼らがその時の七貴人のメンバーだったのかすらわからない。
  この国の全ては、深い闇に包まれている。
  強大な闇に。

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「誰がイルーザ・ロドリゲスを消したのかは私にもわからない」
アルタイル・マグファレス「・・・記録から、七貴人の命令で事前にセントリーガス島を調査し、」
アルタイル・マグファレス「因子回収作戦の為の被験者リストを作成したのが他ならぬE.I.Aであった事、」
アルタイル・マグファレス「そして、そのリストに名を連ねる子供達を実際に回収したのが軍務総省であるということまではわかっている」
アルタイル・マグファレス「アルテミス・ドラクロワなる人物は計画の発案者であるものの、その時には既に死亡していたようだ」
  七貴人の決定により、軍務総省とE.I.Aのどちらかがイルーザ隊長を?
  しかし、アルテミス・ドラクロワという人物が記録上十年以上前に死んでいることを考えれば、
  それしかないと断言できるのではないだろうか?

〇白
  軍務総省とE.I.A。
  その言葉から自動的に俺の頭の中で、ユアンのあの冷たい表情と、
  顔すら見たことのないハザウェイ長官の姿が黒いシルエットとして浮かび上がる。
  しかし、ハザウェイ・ラングフォードは腐っても俺たち軍務総省側の人間のはずだ。
  
  となるとやはり・・・。

〇ボロい倉庫の中
  俺が様々な思考を巡らせていると、老人は慎重に言葉を紡いだ。
アルタイル・マグファレス「ユアン・・・。あの男をあそこまで凶悪な人間にしてしまったのは私だ」

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「私はユアンが恐ろしかったのだ。師である私を遥かに超える権力を手に入れたあの男が」
アルタイル・マグファレス「利用価値のない者は即座に消される。だから、私は言われるがまま、彼らに武器や兵器を横流し、庁舎に爆薬を仕掛けた」
  利用できる者はなんでも利用する。
  それが例えフロレイシアのような危険な男でも、かつての恩師であっても。
アルタイル・マグファレス「私は、かつてあの男を国に売った。仕方がなかったのだ」
アルタイル・マグファレス「この国で、権力に逆らう事は出来ない!わかるだろう?!ユアンは私を恨んでいる。私にはあの男に逆らう事は出来ない」
  贖罪・・・か。
  
  予期せずしてか、我が子同然のユアンを帝国に売り渡した事に対する贖罪?
  しかし、本当にそうなのだろうか?
  老人は必死な様子で俺に訴える。
  だがそんな事、今俺に言われても困る。
  それが俺の正直な感想だった。
  それが全ての真実だと言うのなら、俺たちが命をかけて守ろうとしていたものは一体なんだったんだ?
  国への忠誠心は?
  人類に平和が訪れると信じ戦い続けてきた誇りは?俺たちを突き動かしていたイデオロギーは?
  全てが俺の中で崩れ去っていく。
  『お前達は殺戮のために、信じる国家に作り上げられた兵器だ。』
  突然そう言われ、その現実を叩きつけられ、即座に理解できる兵士が居るとでも?
  居るはずがない。
  必死に何かを守ろうとしていた俺達の存在価値が、霞がかった様に見えなくなっていく。
  ずっと信じていたものに裏切られたような、そんな気分だった。

〇黒
  俺たちは自分の意思で戦っていたのではない。
  機械のように戦わさせられていたのだろうか?
  仲間を思うこの気持ちですら、ナノマシンによってプログラムされたものなのかもしれない。

〇大聖堂
ロック・セブンス「少佐は・・・。この事を知っているのか?知っていて俺たちを・・・?」
  失意の中、やっとの事で俺はそれだけを老人に問いかけた。

〇基地の広場
アルタイル・マグファレス「わからん。だが、この作戦であの女の動きを封じたのには意味がある」
アルタイル・マグファレス「幾らお前達にとって信頼のおける人間だとしても、彼女は軍務総省の役人であり、あのハザウェイの副官でもある」
アルタイル・マグファレス「イルーザがどこかで計画を知り、七貴人によって消されてしまった様に、」
アルタイル・マグファレス「ルカ・ブランクがその真実を知ることによって今度はお前達が暗殺の対象になるリスクが高まってしまう」

〇大聖堂
アルタイル・マグファレス「仲間の安全を思うのであれば、この問題はお前達の中で留めておけ」
アルタイル・マグファレス「お前たちには選択権がある。帝国の兵器として死ぬまで戦いに身を投じるか、自ら自由を手にするか」
アルタイル・マグファレス「それは、お前たち自身で決めるがいい」
  ・・・あんまりだ。
  口をついて出たのは、子供のような陳腐なセリフだった。
  そんなとんでもない話をされ、後は自分たちで決めろだと?
アルタイル・マグファレス「・・・ユアンが真に何を目的にしているのかは私にも分からん」
アルタイル・マグファレス「帝国の暗部とも言えるお前達の存在を抹消したいのか、あるいは何かに利用するつもりなのか」
アルタイル・マグファレス「しかし、その為にお前達をわざわざ壇上に引き摺り出した。この私すら利用して」
アルタイル・マグファレス「・・・私はもう疲れたのだ。権力に頭を押さえつけられるのも、ユアンに怯えながら過ごすのも」
アルタイル・マグファレス「この事態も、全てユアンの計画だ。この先の事は、もう彼にしかわからない」
  そこまで言うと、アルタイルは懐から小さな黒い箱を取り出し、俺に差し出した。
  黙って見つめる俺の目の前で上蓋を開けると、そこには透明な液体で満たされた2本の注射器が収められている。
ロック・セブンス「それはまさか・・・!ユアンが先輩に使用した薬物兵器?!」
  俺の体が自然と前のめりになる。
  あまりに衝撃的な話に忘れていたが、あの廃工場での出来事を思い出し、俺の血液が再び沸騰するのがわかる。
アルタイル・マグファレス「V-75。冷戦中である西側のクロヴィエラ共和国が、帝国のナノマシンに対抗するべく開発を進めていた薬物兵器だ」
アルタイル・マグファレス「ナノマシンに対して強力な抑制剤となる」
  老人は簡単に説明をすると、そのうちの一本を取り出し、躊躇うことなく自分の首筋へ突き立てた。
ロック・セブンス「お、おい!」
  焦る。
  しかし、薬液を流し込み終わったアルタイルにはなんの変化もなく、至って平然としていた。
  老人は一度深く息を吐くと、使い終わった注射器を聖堂の通路へ投げ捨てる。
アルタイル・マグファレス「・・・残りの一本はお前が持っていろ・・・。これを使い、お前達の第三世代ナノマシンを抑制することで、」
アルタイル・マグファレス「記憶野の彼方へ封印されていた『真実の記憶』を呼び覚ます事が出来るかもしれない」
アルタイル・マグファレス「だが・・・使用は慎重にな・・・。この薬には強力な・・・ー」
  アルタイルが言葉を紡ごうとしたその刹那。
  彼は激しく咳き込み、床に膝を突きながら床に伏していった。
  胸を押さえ、通路の上で苦しそうにのたうち回る。
  さっきから顔色が悪かったが、尋常じゃない汗をかいている。
ロック・セブンス「おい!?どうした!?」
  すぐさま駆け寄る俺。
  しかし、老人はそんな俺の手を振り払う。
ロック・セブンス「アンタ・・・!まさか!?」
  いや、間違い無いだろう。
  先程打った注射の副作用かもしれないが、それ以前から彼は体調が悪そうだった。
  足元を苦しそうに転げる老人を見て確信する。
ロック・セブンス「・・・死病(インキュアブル)か・・・!」

〇水の中
  この国内において多数の死者を出している原因不明の病。
  発症者はまもなく死亡する。
  なす術は・・・無い。

〇大聖堂
  アルタイルは縋るかのように俺に手を伸ばして苦しむ。
アルタイル・マグファレス「・・・ユ、ユアン・・・っ!・・・まさか・・・!・・・私までもッ・・・実験体に・・・?!」
  そう叫びながら、アルタイルは俺の足を必死な様子で掴んだ。
  老人の力とはとてもじゃ無いが思えない。
  目、鼻、口。
  
  至る所から出血が始まっている。
アルタイル・マグファレス「・・・セブ・・・ンス・・・。A1と呼ばれる兵士を・・・探せ・・・。全てを知っている」
アルタイル・マグファレス「お前達の・・・行く末も・・・A1はユアンの側近・・・軍務総省の中に潜伏している・・・。奴を・・・──」
  その瞬間。
  大聖堂に1発の銃声が鳴り響いた。
  高い天井に反響する、まるで空間を切り裂くかの様な1発の銃声が。
ロック・セブンス「バカな・・・!?」
  俺は驚愕した。
  撃たれたのは俺ではない。
  目の前で苦しんでいたアルタイルだった。
  老人はこめかみから血を流し、先ほどまでの生に縋るような断末魔の気迫は霧散していた。
  そこに確かに居たものが、今はただ有るだけだ。
  俺は即座に銃を引き抜き、同時に背後を振り返る。
  銃口を向けたその先で、見覚えのある無機質な仮面がこちらを向いていた。
ロック・セブンス「・・・てめぇ・・・!」
  入ってきたことにすら気づかなかった。
  殺気を完全に消していたとでも言うのか?
  仮面の男はゆっくり、手にした銀色の銃をホルスターに収めた。
  美しいエングレーブ(彫刻)が施された、見たことのない銃だ。
Code name:『S.W』「・・・死病(インキュアブル)の苦しみから解き放ってやったまでだ。相応の罪を犯したものに与えられる相応の罰」
ロック・セブンス「・・・お前は・・・何者なんだ!」
  構えた銃を握る手に力が入る。
  だめだ。
  俺は今日、初めてこの男と対峙した時のことを思い出す。

〇ボロい倉庫の中
  こいつは人の心が読める。
  感情に任せたのでは絶対に勝てない。

〇大聖堂
  しかし、仮面の男を再び前にして、俺は焦るとともに怒り、恐怖し、慄いている。
  さまざまな感情が入り組んで、頭の中を駆け回っている。
Code name:『S.W』「・・・私は私だ。お前はどうなんだロック・セブンス?お前は何者だ?祖国に裏切られた哀れな子供よ」
ロック・セブンス「黙れぇっ!!」
  俺は躊躇うことなく引き金を引いた。
  2発、3発。
  
  続けて。
  しかし、まるで男はダンスでも踊っているかのように、俺が放った弾丸を全てスレスレのところで避けていく。
  弾道が全て読まれていた。
  それでも俺は引き金を引きつづけ、やがて銃は乾いた音を立てて鳴り止んだ。
  奴は俺の銃の弾が切れるタイミングがわかっていたかのように、それと同時にナイフを投げてくる。
  まただ。
  投げた。と思った瞬間にはその刃は今日の廃工場でやられた全く同じ場所に突き刺さっていた。
ロック・セブンス「・・・ぐっ!・・・化け物め・・・!」
Code name:『S.W』「感情が制御できていないぞ?ロック。それは果たして何に向けた怒りなのか。いや、怒りではないな。私が怖いのだろう?」
  クソが・・・。
  俺は、腕に刺さったナイフを無理やり引き抜くと同時に、男に向かって鋭く投げつけた。
  ナノマシンの痛覚抑制を超えた痛みが体に走り、視界にアラートメッセージが一瞬現れるが、
  ナイフは真っ直ぐに奴を目掛けて飛んで行った。
  しかしやはり読まれている。
  男は俺の投げたナイフを、体を回転させるようにしてキャッチすると、
  何事もなかったかのように元々収まっていた腕のナイフポケットにそれを戻した。
ロック・セブンス「俺が何者だって関係ねぇよ。俺の考えは何も変わっちゃいねぇ」
  空になった拳銃を床に放り投げると、俺は腰のホルダーからナイフを抜いた
  投げるためのものでは無い、近接戦闘用のサバイバルナイフだ。
  銃がダメなら白兵戦。
  一度目の時から何も学んでいないが、ダメだろうと分かっていても今の俺にはそれしかないと言う様な名案に思えた。
  そうだ。
  間合いに一気に飛び込んで、奴がこちらの動きを読む時間すら与えなければいい!
ロック・セブンス「・・・俺は、気に入らない奴や、くだらない事に仲間を巻き込むような奴をぶっ飛ばす」
ロック・セブンス「任務や権力に踊らされる気は、今の俺には毛頭無い」
  言葉と同時に俺は踏み込んだ。
  素早くナイフをその仮面のある位置へ突き出す。
  男はそれを最小限の動きで交わすと、ナイフを突き出している俺の腕を取り、同時に俺の懐へ踏み込んで俺を後方へ投げ飛ばした。
  背中から、大聖堂の大理石で出来た床に思い切り叩きつけられる。
  だが諦めるわけにはいかない。
  そのまま床で体を横に回転させると、手にしたナイフを振り、その勢いで男の足を狩りにかかった。
  しかしそれも届かない。
  いや、正確には届いていた。
  だがナイフの刃は男の足首ではなく、その硬いタクティカルブーツの靴底によって受け止められていた。
  奴はそのままナイフ共々俺の腕を床に踏みつける。
ロック・セブンス「・・・ぐっ!」
  武器と片腕を封じられた俺は、空いている方の手で男の腿の辺りを殴りつけようとするが、
  ねじ伏せられ、片腕が踏みつけられている状態ではその拳に力が入らない。
Code name:『S.W』「哀れだな。ロック。今のお前から、奪えるものは何もない」
  彼はそどこか悲しそうな声音でそう言い捨てると、俺の腕を踏みつけているのとは逆の足で思い切り俺の脇腹を蹴り飛ばした。
ロック・セブンス「・・・ガッッッッ!」
  胃液と共に吐き出される叫び。
  強烈な蹴りに、俺のあばらの何本かが砕かれ、聖堂中央の通路に跳ね飛ばされる。
Code name:『S.W』「・・・私にも奪う喜びをくれ。私は・・・お前が強く光り輝いた時のその光が欲しいのだ・・・」
Code name:『S.W』「かつて、お前が私から奪った時のように・・・」
  そう言いながら男はゆっくりと、椅子の残骸にもたれ掛かる俺のすぐそばを歩いて通り過ぎていった。
  まるで何事もなかったかの様に。
  奴が開けた扉から夕日の光が差し込む。
  男は扉に手をかけたままこちらを振り返ると、ゆっくりとあの仮面を外した。
  銀色の、シスタニア人の持つものとはまた違う髪が光り輝いている。
  開いた扉から差し込む光と、男の姿が逆光になり、その顔はシルエットでしか捉えられない。
  まるでいつも見ていたあの夢と同じ光景だ。

〇朝日
  黒いシルエットの口がゆっくり開く。

〇大聖堂
  まるで、夢の続きのように。
Code Name:『SW』「・・・これは・・・お前の救済の物語だ」

〇黒
  To be continued...

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