Case16 山田太郎(28歳・男性)との交流記録(脚本)
〇大きい研究施設
〇研究開発室
博士「おはよう、ワシの可愛い おくすりロイドたち!」
「おはよう、博士」
「おはようございます、博士」
博士「今日もご近所さんの心を バリバリ癒すのじゃぞ!」
助手「じゃあ早速、 今日のターゲットを発表するよ」
〇古いアパート
──山田太郎、28歳、男性。
君たちが家族のふりをして
暮らしている家の、
隣にあるアパートに
住んでいるのは知ってるね?
僕の調査によると・・・
街コンで出会った悪い女性に
すっかり騙されているみたいなんだ
〇研究開発室
博士「この不届きな女性の悪事を暴き、 騙された太郎君の心の傷を癒す──」
博士「それが今回のミッションじゃ」
ソウコ「ていうか、太郎もマヌケだよね。 騙されるのもどうかと思うけど」
博士「バッ、バッ・・・」
博士「バッカモ~ン!!!!」
スグリ「・・・出たな、博士の『バッカモーン』」
スグリ「今日は出発が遅れそうだ」
アル「・・・ヤレヤレ、です」
博士「よいか、お前たち 『おくすりロイド』は、」
博士「人間を癒すことを使命として、 ワシが生み出したアンドロイドじゃ」
博士「完璧な人間はおらん。 太郎君のように騙されることもある」
博士「そうして傷ついた時、彼らの心を 薬のように癒す存在・・・」
博士「それがお前たちじゃ。 忘れたとは言わせんぞ!」
ソウコ「はいはい、すみませんでした」
ソウコ(忘れるもなにも、あたしたちを そうプログラムしてるくせに・・・)
博士「では、太郎君のところへ行き、 彼の心を救うのじゃ!」
博士「あ、スグリは別行動じゃぞ」
スグリ「なぜだ?」
博士「決まっておるじゃろ」
博士「ワシの若い頃にそっくりな ダンディでイケメンのお前を見れば、」
博士「女性がお前に惚れてしまう」
博士「それでは太郎君を さらに傷つけてしまうじゃろ?」
ソウコ「え、誰がダンディでイケメンだって?」
サリー「博士にも若い頃ってあったんですね~」
博士「当たり前じゃ!!」
助手「それで、ミッションについてだけど・・・」
助手「町の防犯カメラの映像から推測するに、 太郎くんはあと10分後に、」
助手「君たちの家の前を、 その女性と通りかかる計算だよ」
ソウコ「オッケー」
ソウコ「行こ、サリー、アル。 ・・・あ、違った」
ソウコ「『ママ』とカ~ワイイあたしの『弟』!」
「はい」
ソウコ「もう準備できてるじゃん じゃあ、あたしも・・・」
――ピッ。
ソウコ「よーし、出発!」
助手「そうそう、スグリには ちゃんと他の仕事を用意してるからね」
スグリ「了解した」
〇おしゃれなリビングダイニング
3人のおくすりロイドたちは、
研究所から繋がる一軒家にやってきた。
そこが、彼らが家族として
暮らしている『設定』の場所なのだ。
サリー「窓の外を見てください。 太郎さんたちの姿を確認しました!」
ソウコ「じゃあママ、アル、作戦通りに」
アル「・・・はいです」
サリー「は~い、ソウコちゃん」
〇一軒家の玄関扉
〇住宅街
マナミ「ねぇ~、太郎くん。 あたし来月誕生日じゃん?」
マナミ「シュネルのバッグが欲しいな~」
太郎「え・・・誕生日って、2カ月前でしょ?」
太郎「10万円のピアス、プレゼントしたよね?」
マナミ「ええ~っ!? マナミそんなの知らないよ」
マナミ「もしかして、太郎くん・・・」
マナミ「他の女の人にプレゼントしたときと 勘違いしてるんじゃない?」
マナミ「浮気とか、ひどすぎるんだけど!」
太郎「そんな、浮気なんてしてないよ!」
太郎「わ、わかった! そのバッグ買うから、僕のこと信じてよ!」
マナミ(ほーんと、チョロい)
アル「・・・・・・」
マナミ「・・・ん? なーに、ぼうや」
アル「通せんぼ・・・です」
太郎「君は少し前に隣に引っ越してきた、 アルくんだっけ」
マナミ「ふーん・・・そこどいてくれる? お姉さんたち、これからお買い物なの」
アル「・・・イヤ、です」
アル「消毒・・・します」
マナミ「ギャーッ!!」
マナミ「ふ、服にかかったじゃない! そのスプレー、アルコール消毒液!?」
マナミ「この服高いのに、 シミになったらどうしてくれるのよ!」
アル「おねーさん、悪い人間です。 つまりバイキンさんです」
アル「消毒しないと、です」
マナミ「ハァァ~~!?」
マナミ「失礼にもほどがあるでしょ! 謝りなさいよ!」
太郎「ア、アルくん・・・ ダメだよそんなことしちゃ」
アル「太郎さん・・・わかってない、です」
マナミ「もういいから、 あっち行きなさいよ!」
アル「・・・・・・」
マナミ「ったく、なんなのよ」
???「ねーねー」
マナミ「今度は誰よ・・・」
太郎「アルくんのお姉さんの ソウコちゃん?」
ソウコ「太郎さん、アンタさ・・・」
ソウコ「自分とそのヒトが 釣り合ってると思ってるの?」
太郎「え・・・」
マナミ「その通り──じゃなくて、 そんなふうに言わなくてもいいでしょ!」
太郎「・・・・・・」
太郎(・・・僕だって、 釣り合ってないことくらいわかって──)
???「す、すみませぇ~ん!」
マナミ「まだ誰か来るの!?」
太郎「ふたりのお母さんまで!」
サリー「ごめんなさぁ~い、 うちの子どもたち、正直なもので・・・」
マナミ「それはそれで、どういう意味よ!」
サリー「でも、あの子たちなりに 太郎さんを助けようとしたんです」
太郎「僕を・・・助ける?」
サリー「そうです。 こちらをご覧ください」
太郎「動画・・・?」
〇雑居ビル
マナミ「もしもし、くーたん? そう、今から金ヅルに会うの~」
マナミ「デートとかマジだるいんだけど、 ショネルのバッグは欲しいしね」
マナミ「・・・も~。 本当に愛してるのは、くーたんだけだよ♡」
マナミ「あ、噂してたらちょうど金ヅルが来た。 うん、うん・・・あとでねー」
通話を切る音「――ピッ」
太郎の声「お待たせ、マナミちゃん」
〇住宅街
太郎「マナミちゃん、これって・・・」
マナミ「あーあ・・・ バレちゃったならしょうがないね」
マナミ「もう少し貢がせてから、 ポイって計画だったんだけど」
太郎「そっ、そんなぁ・・・!」
マナミ「・・・恨まないでよね? 10万のピアスは当然の報酬でしょ」
マナミ「アンタみたいな冴えない男に、 夢を見させてあげたんだからさ」
マナミ「んじゃ、バイバーイ!」
太郎「ううう・・・ まさか騙されてたなんて」
ソウコ「だから言ったじゃん」
ソウコ「太郎さんみたいなイイヒトに あの女は釣り合わないよ」
太郎「え・・・?」
ソウコ「・・・次はきっと いいヒト見つけられるよ」
太郎「ソウコちゃん・・・」
太郎「でも、つらすぎて 次なんて考えられないよ」
サリー「太郎さん、これをどうぞ」
サリー「元気になれる魔法のおくすりですよ」
太郎「魔法の・・・?」
サリー「はい! 魔法の秘密は・・・」
サリー「ずばり、幸福物質とも呼ばれる セロトニンを増やすサプリなんです!」
サリー「精神を安定させる働きがあるんですよ」
太郎「なんか、聞かない方が 夢があったような・・・」
サリー「えっ、そうなんですか? ごめんなさぁ~い!」
ソウコ「ママ・・・しっかりしてよ」
太郎「はは・・・でも、ありがとうございます」
──ごっくん。
太郎「おお! なんか元気が出てきた気がする!」
アル「・・・単純さん、です」
太郎「あはは・・・ それだけが僕の取り柄なのかもね」
太郎「あの、色々ありがとう」
太郎「次こそは運命の人に会えるように 自分を磨いてみるよ」
ソウコ「いい心がけじゃん」
ソウコ「あ、でも街コンはやめたほうがいいよ。 また騙されるかもしんないし」
太郎「手厳しいなぁ・・・」
太郎(あれ? マナミさんとは街コンで 出会ったって言ったんだっけ?)
太郎(まぁ、いいか)
太郎「じゃあね。 今度、改めてお礼をしに行くよ」
〇空
〇大きい研究施設
〇研究開発室
博士「よくやったのう、 おくすりロイドたち!」
博士「いつもの通り、ワシらは 陰からすべて見とったぞ」
サリー「スグリがマナミさんの裏の顔を ばっちり撮影してくれたおかげですよ」
スグリ「知っての通り、 このスーツは設定を変えれば 周囲の景色に擬態できるからな」
スグリ「あとは瞳のレンズで撮影するだけのことだ」
スグリ(あの女が大声で犯行を自供してくれる 間抜けな人間だったことが 一番助かったがな)
スグリ(・・・理解不能だ)
博士「太郎君に対する最初のお前たちの言動は、 AIの暴走を疑うレベルじゃったが・・・」
博士「ワシは信じておったぞ」
助手(モニターで見守りながら 「何をやっとるんじゃ~!!」って 叫んでたくせに・・・)
博士「アルコールがモチーフの『アル』よ」
博士「女性の本性を出させるきっかけを作って えらかったのう」
アル「・・・お仕事だから、です」
博士「絆創膏をモチーフにした『ソウコ』よ」
博士「恋の傷を癒す役目のお前が 傷をえぐり始めたかと焦ったが、 見事に太郎君を元気づけたのう」
ソウコ「信じてたんじゃなかったワケ?」
助手「落としたように見せかけてから 持ち上げるなんて、 なかなかの小悪魔テクニックだね」
助手(ご近所さんの心を救うことで おくすりロイドの思考ルーチンも どんどん進化していってるな)
博士「そして『サリー』よ」
サリー「はぁ~い」
博士「サプリメントがモチーフのお前らしく 太郎君に立ち直る元気を与えて 立派じゃったぞ」
博士「みんな本当によくやったぞい!」
助手「胃薬モチーフの『スグリ』」
助手「次は、君も人間を癒す側に 行かせてあげるからね」
博士「パワハラ上司に胃を傷めている 新入社員でも探しておくからの」
スグリ「そんな奴がいないことを 祈った方がいいんじゃないか?」
助手「ところで・・・3人はもう 人間の心がわかるようになったのかい?」
助手「そうじゃなきゃ、太郎くんに あんなに優しい言葉を かけられないだろう?」
サリー「いえ、人間さんの心なんて 全然わかってませんよ?」
助手「え?」
スグリ「状況を分析し、対象が欲しそうな言葉を 選出しただけだろう?」
サリー「はぁ~い、その通りです」
ソウコ「だいたいさー・・・」
ソウコ「恋愛ごときで、ヘコんだり喜んだりって ありえなくない?」
アル「・・・人間さんはバグが多い、です」
博士「バッ、バッ・・・」
博士「バッカモ~ン!」
助手「あ、あはは・・・」
〇大きい研究施設
――20××年○月△日
経過報告書
──彼らのAIは着実に進化しているが、
まだ心を理解するには至らないようだ。
引き続き『おくすりロイド』の
観察を継続する。