キャンバスと五線譜

藤也いらいち

キャンバスと五線譜(脚本)

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藤也いらいち

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〇教室
  俺のクラスには天才がいる。
  抜群の頭脳に、優れた運動能力をもって、クラスメイトの羨望の眼差しを受ける。
  学内一の天才こと、坂田ユウヤは文化祭が終わってから一ヶ月以上、学校に来ていない。
教師「今日の欠席は・・・坂田だけだな」
  タダセンがどこか諦めたように呟いた。
教師「木原、プリントが溜まってるんだ。 悪いんだが家まで持っていってほしい」
カナト「・・・わかりました」
  ──天才、坂田ユウヤは、凡才、木原カナトの、俺の、幼なじみである。

〇部屋の扉
ユウヤの母「カナトくん、ありがとうね。 あの子ったら部屋からほとんど出てこなくて・・・」
カナト「家も近いし、どうってことないよ ユウヤは部屋?」
ユウヤの母「えぇ、多分部屋も相当散らかってるけど」
カナト「大丈夫、お邪魔します」
ユウヤの母「よろしくね」
カナト(家に行くのも、一ヶ月ぶりだな)
  ユウヤは昔から何でもできた。勝てるものといえばゲームくらいで、他のものは勝てた覚えがない。
カナト「ユウヤ、入るぞ」

〇汚い一人部屋
  ユウヤは天才だった。
  頭がいいのもそうだし、運動もそうだが、なによりユウヤは生まれ持っての『画家』だった。
ユウヤ「カナト、一ヶ月ぶりくらい? どうしたの?」
カナト「どうしたの、じゃない」
カナト「学校こないからユウヤに渡す授業やら行事やらのプリントが溜まってるんだと」
カナト「持っていけってタダセンが」
ユウヤ「あー、そっか! ごめんごめん、ありがと」
カナト「・・・・・・で? 一ヶ月も、なにしてるんだ?」
ユウヤ「んー? ちょっとね」
ユウヤ「絵、描いてる」
カナト「・・・またか」
  ユウヤは昔から、何かやりたいことを見つけると平気で何ヶ月も学校に来なくなる。
  今回もそれだ。
カナト「気が済んだらまた学校来るんだろ? タダセンもあきれてたぞ、連絡しとけ」
ユウヤ「うん、気が向いたら」
カナト「あのなぁ」
ユウヤ「・・・・・・」
  ユウヤがこちらをじっと見つめている。
  いや正確にはその背後、俺の背負っているギターバッグか。
カナト「どうした?」
ユウヤ「ねぇ、カナト」
ユウヤ「いつの間に、曲作り、はじめたの」
  表情でわかる。
  こいつは拗ねている。
カナト「軽音部入ってからだよ、やっとライブでやれるくらいの、作れるようになった」
ユウヤ「カナトのバンド、ライブ聴いた」
カナト「まじで?」
ユウヤ「まじ」
カナト「なんか、はずいな」
  少し驚いた。ユウヤがわざわざ俺たちの曲を聴いたなんて言うとは。
ユウヤ「・・・カナトは、気づいてないんだね」
カナト「え? なにか変なところあったか? 評判良かったんだけど」
ユウヤ「さぁね」
カナト「なんだよ・・・」
ユウヤ「あ、そうだ。 カナトさ、絵のモデルになってよ」
カナト「はぁ? 一ヶ月描き続けてまだモデルが必要なのか?」
ユウヤ「オレには必要なんだよ。 プリントありがと。明日からよろしく」
カナト「え?」
ユウヤ「もちろん、放課後でいいから。 描きあがったら学校行くからさ」
カナト「はぁ? ちょっと押すなって!」
ユウヤ「あ、忘れずに来てね。 絵が完成しないとオレ学校行けないから」

〇部屋の扉
  閉まってしまった扉を見つめる。
  こうなってしまえば、もう開かないだろう。

〇住宅街
カナト「ったく、なんなんだよ」
  ユウヤの最高の思いつきをしたと言いたげな笑顔を思い出し、少しムカついた。
カナト「・・・はぁ、なんなんだ。ほんとに」

〇教室
  プリントを届けてから一週間。
  ユウヤはまだ学校に来ない。
カナト「本当に来ないつもりかよ」
  ユウヤの家には行っていなかった。
  放課後の予定が詰まっていたからだ。
  まぁ、言う通りにするのが少し嫌だったのもあるが。
  最近、タダセンの出欠を取る声に焦りが見えるようになった。
  そろそろ出席日数が足りなくなるのではないか。
カナト「なんで、俺がユウヤの出席日数を気にしなくちゃならないんだ」
  気にしないようにしても気になるものは気になる。
  それに、俺がユウヤの家に行かなかったからあいつが留年したなんて、寝覚めが悪い。
クラスメイト「木原、帰りどっか寄っていかね?」
カナト「わりぃ、用事あるから帰るわ」
クラスメイト「了解、またな!」
  ──今日行く
  そうユウヤにメッセージ送って、俺は教室を出た。

〇汚い一人部屋
ユウヤ「来てくれないかと思った」
カナト「まぁ、これで留年されるのもなんか気持ち悪いしな」
ユウヤ「カナトは優しいね」
カナト「そんなのはいいから、俺はなにすればいい?」
ユウヤ「そこ座って、作曲して」
ユウヤ「ギター使っていいから、アンプはそこ」
カナト「あぁ、わかった」
  意図はわからないが、やることはわかった。
  疑問はとりあえず後回しだ。
  絵を完成させたあとにでも聞けばいい。
ユウヤ「気が乗らないなら作曲するフリでもいいけど」
カナト「いいや、次のライブ決まってるからちょうどいい」
  ユウヤがスケッチブックを抱えながらこちらを見ている。
カナト(ラフからスタートか)
  アンプにヘッドフォンをさした。
  チューニングをして弦を弾きはじめればユウヤの視線は気にならない。
  時折、ユウヤの顔を盗み見る。
  真剣な顔がなんだかくすぐったかった。

〇汚い一人部屋
  それから放課後、土日、時間を見つけてはユウヤの家に行って曲を作り続けた。
  もともと俺は一曲を作るスピードが早いらしく、短いのも含めてそこそこの数の曲ができていた。
  ユウヤの部屋には絵の具とキャンバス以外に五線譜も散らばるようになった。
  ユウヤは曲を作る俺の正面に座り、ずっとスケッチしていた。俺を描いているというが、ユウヤの絵はまだ完成しない。
  どこまでできているのかも見せてもらえていなかった。
  けれど、最初に感じていた焦りは日増しに薄れていった。
  俺を描くユウヤの真っ直ぐで真剣な顔をずっと見ていたいとさえ思っていた。
ユウヤ「カナトはさ、オレのこと、天才だと思ってるでしょ」
  曲を作り始めて二週間、作曲中に声をかけることをしなかったユウヤが話しかけてきた。
カナト「あぁ、思ってるけど」
ユウヤ「カナトは、気づいていないんだね」
  前に言われたのと同じことを言うユウヤに少しの苛立ちを感じて顔を上げた。
カナト「だからそれ、どういう意味だって」
ユウヤ「カナトは、オレが、天才だと思っている」
  ユウヤはオレが広げた五線譜を手に取る。
ユウヤ「カナトさ、オレのために曲、作ってよ」
カナト「え?」
ユウヤ「オレのために曲を作っているカナトの絵を描きたい」
  ──真剣に絵を描いているときのような顔でうったえる声の中に、すがるような音を感じた。
  そう思ってしまえば、俺は首を横に振ることなどできるわけがなかった。
  進級させるためとか、留年されたら寝覚めが悪いとか。
  そういう建前を投げ捨てて、ユウヤのために曲を作りたいと、切に願ってしまっている。
カナト「・・・・・・熱烈な告白だな」
ユウヤ「そりゃね? で? 返事は?」
カナト「いいぜ、ユウヤの絵が完成するまでに、お前のための曲でライブできるくらい作ってやるよ」
ユウヤ「それは楽しみ」
  ユウヤは笑う。
  初めて見る笑顔だった。

〇汚い一人部屋
ユウヤ「カナトは、向こう側の人間だ」
ユウヤ「いつか、手が届かなくなる・・・・・・その前に」

コメント

  • 「キャンバスと五線譜」というタイトルがステキです。ユウヤのキャンバス、そしてカナトの五線譜。それぞれの空白が相手を想う気持ちでいっぱいに埋められていく様子が想像できて、読者も胸が一杯になりました。

  • お互いにお互いの才能を認め合っていて、すごく素敵な関係だなあと思いました。どちらかだけが大物になるのではなく、2人ともすごく大成しそうですね。

  • 二人の少年のそれぞれの思いが重なり合うまで、時間は少しかかりましたが、とても素敵な友情になってて良かったです。
    曲を作り、絵を描いて、なんだか素敵な協和音が聞こえてくるみたいな作品でした。

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