何度だって(脚本)
〇病室のベッド
その日もハヅキの病室を訪ねると、彼女はいつものように笑って迎えず──
サイドテーブルに置かれた書類一枚が、”事態”を教えてくれた
『同意書』
もし手術に失敗しても、病院側に一切の責任はありません──
ハヅキ「読んだ? それ・・・」
こちらに顔を向けず、ハヅキは続けた
ハヅキ「「万が一ですよ」って感じでしょ? 訊いたんだ、私 「どのくらいで成功しますか」って」
ハヅキ「先生、何て言ったと思う?」
何も答えず、ハヅキの答えを待った
数秒後──
ハヅキ「希望は捨てないで欲しい、ってさ・・・ 嘘ぐらい吐けばいいよね、前みたいに」
病は気からだ、なんて言葉を掛けるつもりはなかった
ハヅキの心を少しでも落ち着けたかった
大丈夫、きっと成功するよ
そう声を掛け、ハヅキの青白い手を握ろうとした瞬間──
ハヅキ「もういいよ、気休めなんか!!」
パチン、と手を弾かれた
悲しい程に痛みはなく、逆にハヅキの手を労りたいぐらいだった
ハヅキ「貴方くらい、貴方くらいは・・・」
ハヅキはこちらを真っ直ぐに見つめ──
ポロポロと涙を流した
ハヅキ「「怖いだろう」「辛いだろう」って・・・ 気持ちを分かって欲しかったのに・・・」
当然、ハヅキが抱く恐怖心を軽んじた訳じゃない
けれど・・・
あくまで、こちらは『他人』でしかない
ハヅキは再び窓の方を見やった
いつしか外は雨が降り出している
ハヅキ「・・・傘、そこに入っているから」
ハヅキは備え付けのロッカーを指差し、か細い声で言った
ハヅキ「・・・ごめんね」
ハヅキ「・・・・・・こんな彼女で わがままで、可愛くなくて 一緒にいられなくって──」
窓越しの雨音だけが響く病室で──
ハヅキは声を上げて泣いた
ハヅキ「身体が弱くってごめんね・・・・・・」
間も無く、医者と看護師が連れ立って現れた
どうやら明日の話をしに来たらしく、とうとう──
最後かもしれない『日々』を終えた
〇市街地の交差点
すぐに帰宅するのが躊躇われた
借りた傘を差し、明日までに『勇気』を出させる方法はないか?
そればかりを考えていると──
キキィーーーッッッ
引きずるようなブレーキ音がした
振り返り、眩いライトに目を細めた瞬間──
視界がフッ・・・と、消えた
運転手「君っ、君っ! あぁ何てこった、とにかく救急車を──」
遠くから声がした
返事をしようと口を開くも、上手く声が出ない
死ぬのだろうか?
どうせ死ぬのなら、ハヅキの代わりに死んでやりたい──
強い眠気の中で、そう、思った
気がした・・・・・・
〇水の中
「・・・・・・ますか」
声がした
運転手の声ではない
「・・・・・・こえますか」
涼やかな、女性の声だった
女神「聞こえますか、哀れな子よ」
見た事の無い女性が傍に立ち、こちらを悲しそうに見つめている
女神「申し訳ありません 運命指数の段ズレで、貴方の生命糸を絶ってしまいました」
女神「ご心配無く、すぐに糸を紡ぎ直して蘇生しますからね」
声に出さずとも怒りが伝わったのか、焦った様子で──
女神「──そっ、それと! ささやかな『お詫び』もさせて貰います! 何か困っている事はありませんか!?」
女神「この素敵な運命の女神が、力を貸してあげましょう!」
全部を信じている訳じゃなかった
それでも
それでも──
女神「なるほど 恋人の手術を成功させて欲しい、と」
女神「・・・・・・」
女神「・・・・・・出来なくはない、のですが」
女神は続けた
女神「その女性の運命糸は、明日に”切れる”事となっていたのです その”改ざん”となると・・・・・・」
女神「”補填”が必要となります」
「教えて下さい」
間を置かず問い質すと、女神はやや目線を逸らし──
女神「それは・・・貴方の──」
女神「”その女性との記憶”です」
ハヅキの手術を成功させる
代わりに──
ハヅキとの記憶が消える
その行為は”意味”があるのか?
正直な感想だった
女神「本来消えるはずの生命を繋ぐには、 相応の”負荷”が必要というもの」
女神「その負荷こそ、『貴方から忘れ去られる』事なのです」
女神「どうされますか? 彼女の記憶と共に生きるか、それとも──」
女神「”忘れてしまう”か──」
女神いわく、「覚醒した瞬間に効力が出る」らしい
この不思議な空間から目覚めた時には、もうハヅキを思い出す事は無い──って事だ
女神「仮に彼女が貴方を見付けても、貴方は記憶を思い出せないでしょう」
女神「彼女にとってそれは、死よりも辛い事かもしれない 残酷ですが・・・有り得る事態です」
・・・・・・・・・・・・
女神「あの・・・?」
簡単な話だ
きっとハヅキは文句を言いに来る
「どうして見舞いにすら来ないの」と
その時に──
もう一度、いや、何度だって──
恋に落ちてみせる
「記憶を消して欲しい」
女神にそう伝えると──
女神「・・・・・・」
女神「・・・・・・分かりました」
女神「本当は駄目なのですが、私から一つだけ、貴方に贈り物をします」
女神「その贈り物をどう使うかは── 貴方に懸かっていますよ」
〇病室のベッド
その日の夜──
看護師「具合は良さそうね」
看護師「何かあったら呼んでちょうだい? そうそう、丁度貴方と同い年の女の子が隣の部屋にいるの」
看護師「明日難しい手術があるけど・・・・・・ 無事終わったら、お見舞いしてあげれば?」
どんな子だろう?
好みのタイプだと良いな──
などと不謹慎ながら思い、窓の外を見る
雨はもう、止んでいるようだった
代償として彼女の記憶を失うというのはかなり辛いことでしょうが、それをポジティヴに受け止めて向かい合う彼氏に感動です。物語の後にハッピーエンドが待っていると信じたくなりますね。
忘れてしまったとしても、きっとどこかで何かを感じるところがあるといいなぁ。
確かに記憶ってすごい大事ですよね。
記憶を失う代償より、命の方が、まだなんとでもなるような気はしました!
悲しい中に、希望を紡ぎ出せる素敵なお話ですね。
記憶を失うことは悲しいことですが、絶望を乗り越えたハヅキさんなら、きっとあきらめずにもう一度惚れさせてくれると思います。
もう一度二人で恋が出来ることを願っています。