今日は、少し冷えるから(脚本)
〇古い畳部屋
私が『あの子』の存在に気づいたのは、つい最近のことだ。
忙しい父母に代わって掃除を引き受けた私は、押し入れを整理していた。
そんな時に、偶然見つけた家族写真。そこに映っていたのが、『あの子』だった。
戸田信春「文香、どうしたんだい?」
戸田文香「ううん、何でも無い・・・・・・」
慌てて、写真を元の場所に戻す。
何故だか、私はこの事実を誰にも話してはいけないと思った。
それは、今の幸せが崩れ去ってしまうような・・・・・・そんな予感がしたから。
〇桜の見える丘
戸田友里子「それじゃあ、写真を撮るわよー! はい、チーズ!」
戸田文香「・・・・・・・・・・・・!!」
『あの子』の存在に気づいてから、写真を撮ることが怖くなった。
何故なら、彼女はいつも私の側にいるから。
〇池のほとり
戸田信春「それじゃあ、写真を撮るぞ・・・・・・はい、チー」
戸田文香「嫌、やめて・・・・・・!!」
写真を撮られることを拒んだのは、『あの子』の存在に気づいてから五枚目の写真を撮ろうとした時だった。
彼女の姿は、徐々にはっきりとした輪郭を持ち始めていた。
このまま、写真を撮り続けたらどうなってしまうのか・・・・・・私は、それが怖かった。
戸田信春「文香・・・・・・」
父の悲しそうな顔を、今でも覚えている。
それから父母は、写真を撮らなくなった。だから、私も『あの子』の存在を忘れかけていた。
〇大きな木のある校舎
三年の、月日が流れる。
私は中学生になり、入学式に参加していた。周囲の生徒は、笑顔で記念撮影をしている。
それを見て、再び『あの子』の存在を意識してしまう。
父母は相変わらず、気を遣って写真を撮ろうとはしない。だけど、私は意を決して口を開いた。
戸田文香「ねえ、お父さんお母さん。一緒に、写真を撮ろうよ」
戸田信春「いいのか? 文香・・・・・・写真を撮るの、嫌がっていたじゃないか?」
戸田友里子「いいじゃない、文香が言っているんだから! さあ、皆で記念撮影をしましょう!」
困ったような顔をする父と反面、母はとても嬉しそうだった。
娘の、中学校の入学式だ。写真を残したいと思うのは、当然だろう。
だけど、出来上がった写真を見て思わず背筋が凍ってしまう。
そこに私は映っておらず、代りに『あの子』が立っていた。
戸田信春「文香、大丈夫か・・・・・・おい、しっかりしろ!!」
文香は、私じゃない。
倒れ込んだ身体を支える父母の姿を見下ろし、それを悟った。
疎外感に、苛まれる。私がいるべき場所には、文香がいた。
全てを、思い出した。
中学生になった日、入学式の帰路で車に跳ねられて死んでしまったこと。
父の優しさを、母の温もりを求めて現世を彷徨い続けていたことを。
石黒絵里夏「お父さん、お母さん・・・・・・」
私は、自らを文香という少女だと思い込むことによって自我を保っていた。
だが、それも限界を迎えたようだ。
石黒絵里夏「そろそろ、行かなくちゃ」
私は再び、現世を彷徨い始める。
本当の、父と母を求めて・・・・・・。
「魂を抜かれる」と昔からよく言われるように、写真はあの世とこの世を媒介しやすいものなんでしょうね。読者の思い込みを最後の最後で覆す一言「本当の父と母を求めて」にはゾクッとしました。
恵理香は祖父母の子供だったってことなのかな?文香も恵理香もきっと両親思いなんだろうなと感じました。恵理香は両親のことが好きだから彷徨っていたんだろうし、文香も両親が好きだから、嫌いだった写真を撮ろうとしたんだろうなって。子が親を想う純真な心が素敵でした。
まさかのラストに驚きです!
ホラーの骨格の物語の中に、家族愛や様々な感情が豊かに内包されていて、胸いっぱいの読後感です。