キミが僕を忘れる前日

真霜ナオ

キミが僕を忘れる前日(脚本)

キミが僕を忘れる前日

真霜ナオ

今すぐ読む

キミが僕を忘れる前日
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇店の入口
九条直紀「・・・・・・」
九条直紀「・・・よし」

〇カウンター席
  チリンチリーン
東雲 亜理紗「いらっしゃいませ!」
東雲 亜理紗「お一人様ですか?」
九条直紀「はい」
東雲 亜理紗「では、カウンター席へご案内致します」
  ・ ・ ・
九条直紀「ホットコーヒーと、卵サンドをお願いします」
東雲 亜理紗「かしこまりました」
  ・ ・ ・
東雲 亜理紗「お待たせ致しました! ホットコーヒーと卵サンドです」
九条直紀「どうもありがとう」
東雲 亜理紗「ごゆっくりどうぞ」

〇カウンター席
  カタカタカタ・・・
東雲 亜理紗「失礼します。よろしければコーヒーのおかわりは・・・」
九条直紀「うわっ!?」
東雲 亜理紗「あっ・・・!」
  パシャッ!
東雲 亜理紗「す、すみません・・・! すぐにお拭きしますので!」
九条直紀「ああ、平気ですよ。袖がちょっと濡れたくらいなので」
東雲 亜理紗「で、ですが・・・」
九条直紀「大丈夫。ほら、ジャケットも黒いから」
東雲 亜理紗「すみません。パソコンに夢中だったのに、突然声をかけたりしたから・・・」
九条直紀「いや、僕が驚きすぎたんですよ」
九条直紀「あっ! 別に変なサイトを見てて慌てたわけじゃないですからね!? これは仕事で・・・!」
東雲 亜理紗「ふふ、そんなこと疑ってないので大丈夫ですよ」
東雲 亜理紗「根を詰めすぎるのも良くないですし、よろしければ甘い物でもいかがですか?」
九条直紀「そうですね、少し休憩にします。ロールケーキと・・・」
九条直紀「コーヒーのおかわりもお願いします」
東雲 亜理紗「はい、かしこまりました!」
  ・ ・ ・
東雲 亜理紗「お待たせしました。ロールケーキです」
東雲 亜理紗「こちらは当店からのサービスになります。先ほどのお詫びということで・・・」
九条直紀「そんな、別に良かったのに・・・ありがとうございます」
九条直紀「ああ、そういえばフルーツが入れ替わる時期ですね」
東雲 亜理紗「はい。季節のフルーツが人気の、当店自慢のケーキです」
東雲 亜理紗「って・・・お客様、以前にもいらしてくださったことがあるんですか?」
九条直紀「えっ!? ああ、はい・・・まあ・・・」
東雲 亜理紗「そうだったんですね。私、バイトを始めたばかりなので、まだ常連さんの顔を覚えられなくて」
九条直紀「・・・そんなものですよ。僕も仕事を始めたばかりの頃は余裕なんてありませんでした」
東雲 亜理紗「そうなんですね。どんなお仕事をされてるんですか?」
九条直紀「一応、店の経営をちょっと。って言っても、大したことはないんですけど」
東雲 亜理紗「そんな! 凄いお仕事じゃないですか!」
東雲 亜理紗「きっと奥様も自慢のご主人でしょうね!」
東雲 亜理紗「って、お客様にこんな個人的なこと聞いたらダメですよね・・・!」
九条直紀「はは、構いませんよ。それに、残念ながらパートナーはいませんし」
東雲 亜理紗「えっ、そうなんですか? こんなに素敵な方なら、女性が放っておかないと思うんですが・・・」
九条直紀「東雲(しののめ)さんみたいな女性に、そんな風に言ってもらえるのは光栄だな」
東雲 亜理紗「えっ、私の名前・・・?」
九条直紀「あっ、すみません・・・! えっと、名札にお名前が・・・!」
東雲 亜理紗「あっ、そ、そうでした・・・!」
九条直紀「えっと、僕は九条直紀(くじょう なおき)って言います」
九条直紀「なんか、僕だけ匿名なのはフェアじゃないかなって」
東雲 亜理紗「九条さん・・・」
東雲 亜理紗「それじゃあ次に来てくださった時には、名前でお呼びできますね」
九条直紀「・・・そうだと、嬉しいですね」

〇カウンター席
九条直紀「すっかり長居しちゃったな。それじゃあ、そろそろ帰ります」
東雲 亜理紗「いえ、長居したくなるくらい居心地の良いカフェというのが、当店のウリですから!」
東雲 亜理紗「ぜひまたいらしてくださいね、九条さん」
九条直紀「・・・東雲さん」
東雲 亜理紗「はい?」
九条直紀「・・・僕はね、あなたのことが好きなんです」
東雲 亜理紗「へっ!?」
九条直紀「こんなこと、突然言われても困りますよね」
九条直紀「これは、僕の自己満足なんです」
九条直紀「だから、忘れてくれて構いません」
東雲 亜理紗「く、九条さん・・・?」
九条直紀「・・・あなたが僕を忘れたころに、」
九条直紀「また来ます」
九条直紀「ご馳走さまでした」
東雲 亜理紗「あっ、あの・・・!」
  呼び止める彼女の声を待たずに、僕は店を後にした。

〇店の入口
九条直紀「はあ・・・」
  店を出ると、大きな溜め息が漏れてしまう。
  わかっていることだというのに。僕は毎日、この時間がどうしようもなくつらい。
九条直紀(亜理紗(ありさ)・・・今日も元気そうだったな)
  僕と亜理紗・・・東雲さんは、婚約者だ。
  ・・・正確には、婚約者『だった』。
  彼女と付き合っていたのは、三年ほど前。
  プロポーズをした時、彼女は泣いて喜んでくれた。
  式の日取りも入籍の日も決めて、僕たちは二人の幸せに向かって着実に歩みを進めていたんだ。
  けれど、その幸せは簡単に崩れ去ってしまった。
  ある時、彼女が事故に遭ってしまった。
  不幸中の幸いというべきか、脚を骨折した程度で大事には至らなかった。
  ・・・だけど、生活が元通りになってからしばらくして、彼女に異変が現れ始めた。
  最初はちょっとした約束を忘れたり、買い忘れなど、とても些細(ささい)な変化だった。
  それが確信に変わったのは、同棲する部屋で目覚めた朝のことだ。
  『あなた・・・誰なんですか・・・!?』
  何の冗談かと思ったが、彼女の表情は恐怖に引きつっていた。
  病院で精密検査をしてもらった結果、事故の後遺症で、記憶障害が起こっているのではないかとの診断が下された。
  僕と出会う前のことは覚えているが、新しいことを覚えられない。記憶を維持できないのだ。
  僕のことも、全部。
  普通の店で働くことは難しいので、彼女を僕の店で雇うことにした。
  この店は、彼女と結婚を決めた時に建てた、僕ら二人の夢だったカフェなんだ。
  ここで働く彼女を見守りながら、僕は客として彼女に会いに行く。
  また明日、最愛のキミとの初めましてを繰り返しながら。

コメント

  • 直紀と亜理紗、とてもいい感じで恋愛へと発展しそうだなと思っていたのですが、まさかのラスト。読み返してみると、直紀の発言がとても切ないものだと気付かされます。

  • 切ないお話ですが、彼はまだ諦めてはいないように思いました。
    記憶障害も治るかもしれない、もしも治ったらもう一度彼女と恋がしたい。みたいな。
    治ってなくても告白してるわけですから。

  • いいお話しですね、彼の彼女に対する気持ちや、自分の思いがとてもきれいに描写されていて、読みながら話に引き込まれてしまいました。

コメントをもっと見る(6件)

成分キーワード

ページTOPへ