ごめん。(脚本)
〇図書館
ぼんやりしている。うつらうつらと夢の中と現実をさまよっている最中、カラスの鳴き声が聞こえた。
薄く目を開けると赤いペンキを被ったような図書室が視界に広がる。
ふと、体が寒さに震えた。時計を見ると17時。
日が傾くのも早くなり、カーディガン1枚で過ごすのはそろそろ厳しそうだと、椅子にかけていた上着を羽織った。
「『あ、起きた』」
ころり、とした鈴のような声に顔を上げる。
そこにはにっこりと微笑む彼女がいた。
思わず俺は顔をしかめる。
陽花「『帰ろう!下校時間だよ!』」
小さくため息を零し、ボソリと呟く。
「ほっとけばいいのに」
陽花「『幼なじみだもの』」
彼女はそう言うとグイグイと俺の手を引っ張る。
彼女とは、幼少期からずっと一緒にいた。
偶然家が近くて、同じ幼稚園に通い、小学校、そして現在の中学と地区が同じため切っても切れない関係なのだ。
彼女は誰にでも優しくて、明るかった。それでいて才色兼備で、他学年の生徒からあこがれられるくらいには容姿端麗。
長年一緒に過ごしている俺でも、非の打ち所がないと評価している。
〇土手
夕焼けの中、二人肩を並べて歩いた。空はどこか闇を憂い、日中の明るさは息を殺す。
陽花「『今日はうちにくる?』」
「いい。おばさんに迷惑をかけたくないし」
陽花「『気にしなくてもいいのに!』」
彼女はそういって白い頬を膨らませた。それを見て思わず目を細める。
陽花「『・・・・・・大丈夫?』」
「うん」
陽花「『本当に?』」
「うん」
俺がそう言って笑顔を作ると、彼女はどこか悲しそうに唇を噛んだ。
どうして、君がそんな顔をするのか。
確かに、俺の家は、あまりいい家庭環境とは言えない。昔は、家族で旅行に行った記憶もある。
ただ、父親に女の影がちらつくようになって・・・・・・そこからだ。家から怒号が飛び交うようになったのは。
彼女と彼女のご両親はそれを知っている。だからいつも俺のことを気にかけてくれていた。
陽花「『何かあったら・・・・・・言ってね』」
「分かってるよ」
少し苦しそうな彼女に思わず苦笑いを浮かべる。そしてまた歩を進める。
しかし、彼女は歩みを止めたままだった。
俺は振り返り彼女の方を見る。
陽花「『ねえ・・・・・・』」
彼女はどこか泣きそうな顔で言った。
陽花「『私ね、君が好き』」
「――」
陽花「『今言うべきじゃないって分かってる。だけど、だけど、ずっとね好きだったの』」
ただ言葉が出なかった。うまく、返せなかった。何が正しいのか、分からなかった。頭が、ついてこなかった。
彼女が、どうして――そんな疑問がよぎる。
陽花「『・・・・・・ごめんね』」
彼女は俺のことを察してか、困ったような笑顔をうかべた。そして小走りで俺の前に出る。
陽花「『帰ろう!』」
「・・・・・・うん」
俺は、うつむきながら彼女の言葉に頷いた。
そんな俺に、彼女は苦笑いを浮かべて
陽花「『いつか答えを聞かせてほしいな』」
と小さな、でも確かに、消えてしまいそうな声で呟いた。
〇住宅街の道
彼女が、好きだった。ずっと、ずっと。
でも、彼女は誰からも愛されるような、そんな太陽のような存在で、俺が手を伸ばしていいのか分からない。そんな、存在だった。
だから、だから、分からなかった。
ぐるぐると回る思考をごまかす様に彼女のたわいない話に頷いた。
陽花「『あ、そうだ!駅の方にクレープ屋さんできたの!』」
「クレープ」
陽花「『甘いもの、好きでしょう?』」
「好きだけど」
陽花「『じゃあ、明日学校が終わったら一緒に行こう!』」
太陽のような笑顔に思わず胸がしめつけられる。俺は『覚えてたら』なんて返したが、彼女はそれに満足したように笑った。
ふと気づけば、俺たちは彼女の家の前についていた。彼女は俺を見て、告げた。
陽花「『また明日ね! 約束!』」
「・・・・・・うん。また、明日」
小さく笑みをたくわえ、そう答えた。
彼女と別れ、家のドアに手をかける。そして息を吸い、ドアをあけた。
〇一階の廊下
『どうして貴方は!』
『うるさい!口出しするな!』
「・・・・・・」
まただ。また──
〇部屋の前
ぐらぐらと世界が歪んだ。滲んだ。
分かってる。きっと、きっと、彼女と一緒にいることが俺にとってどれだけ素敵なことか──幸福なことか。
でも怖かった、それ以上に。
彼女を俺は不幸にしてしまうのではないか。優しい彼女を傷つけてしまうのではないか。
そんな思考が脳にこびりついていた。
〇一人部屋
2階の自室に俺は倒れこむように転がり込んだ。
「はあっ、はあっ――っうぁ」
目頭が熱い。ぼろぼろと頬に熱が伝う。
ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい。もう俺はだめだ。怖い。怖い。
縋るように、机にあったそれに手をのばした。
〇黒
聞こえるのは両親の怒号と食器が割れる音。もう聞きたくない。
脳をかすめるのは、彼女の笑顔。彼女を幸せにできるのは俺ではない。もっと、素敵な彼女に似合う誰かがいる。
こうすれば、うまくいく。そのはずだ。
〇一人部屋
カチカチ、無機質な錫色がその音と共に顔を出した。
それを、俺は喉元に向けた。
「――ごめん」
明日──
僕は君に会えない。
彼がその決断に至るまでどれだけの葛藤があったのだろうと考えると胸が締め付けられるような思いになります。自立心の強い人ほど、他人に助けを求めることができず、こういう末路を迎えてしまうのでしょうか。
他の人のストレスとか、家庭環境とか、わからないものです。
周りが聞いても答えられないこともあるし、そんな風には見せないこともありますよね。
誰かに相談して逃げるって選択もあったかもしれませんが…この結末を回避する方法はあったかもしれません…。
自分が少年のようかと錯覚するような展開の仕方でした。
その分彼の心の痛みも想像できます。そんな自分は大好きな彼女を幸せにできない…と考えてしまったのですね。上手に逃げて幸せになってもいいのに…!