恋の白雪(脚本)
〇シックな玄関
棗藤次「ただーいまー!」
棗絢音「お、お帰りなさい・・・」
・・・盛夏の京都北山。
藤太も一歳になったし、今後のためにと考え、思い切って中古で郊外だが、ファミリー向けのマンションを買った棗一家。
いつもの時間に帰ってきた藤次を暖かく出迎えた絢音だが・・・
棗藤次「なんや? 照明のせいか? なんかえろう顔色悪いな。 どないした?」
棗絢音「う、うん・・・ なんか、午後から調子悪くて・・・ ご飯も食べれなくて、2回くらい吐いたの・・・」
棗藤次「夏バテか? それとも、藤太こないだ熱出したから、それもらったか?」
棗絢音「分かんない。 ごめんね。 心配かけて・・・」
棗藤次「ええて。 さ、ダイニング行こ。 食べられるだけ食べて、早よ休んだらええわ」
棗絢音「うん・・・」
〇おしゃれなリビングダイニング
ぱあぱ!まあんま!!
ダイニングにやってくると、続きのリビングで遊んでいた、一歳になった息子藤太が、よちよち歩きでやってくる。
棗藤次「おお! ええ子しとったかぁ〜 ほーら! たかいたかーい!!」
きゃー!!
無邪気にはしゃぐ息子を抱きしめながら、藤次は食卓に座る。
棗藤次「おお〜! 今日はエビフライか! 美味そうやな! 藤太はオムライスかぁ? ええなぁ〜」
んん!!
まんま!!まんま!!
棗藤次「ははっ! 早よ食べたいんか? お母ちゃんの飯、美味いもんなぁ〜 分かった分かった。 椅子座り」
んん!!
ぱあぱ!!!
ベビー用の椅子に座らせようとする藤次だが、藤太はいやいやと胸に縋り付くので、藤次は苦笑いを浮かべる。
棗藤次「なんやなんや〜 藤太はもう一人で食べれるやろ〜 ほら、ちゃーんこー」
んん!!
ぱあぱ!!!
イヤイヤと、椅子に座ることを拒否する藤太に、藤次はとうとう根負けする。
棗藤次「もー・・・ しょうがないなぁ〜 ほんならお父ちゃんと食うか? ほら、あーん」
きゃー!!
自分の膝の上に座り、ひと匙掬ったオムライスを嬉しそうに口に頬張る藤太を可愛い可愛いとあやしていたら、絢音は笑う。
棗絢音「ホントに藤太は、お父さん子ね。 私といる以上に、ご機嫌だわ」
棗藤次「そ、そうなんか? な、なんか照れるわ」
棗絢音「ふふっ」
そうして、絢音は藤次のご飯をよそおうと、炊飯器を開けた時だった。
棗絢音「・・・・・・ッ!!」
立ち込めてきた湯気を嗅いだ瞬間、グッと何かが込み上げてくる感覚が走り、絢音は口を手で押さえると、トイレに駆け込む。
棗藤次「あっ、絢音!!?」
まあ?
慌てて藤太を抱いてトイレに行くと、苦しそうに胃液を吐く絢音。
〇清潔なトイレ
棗藤次「お、おいおい。 ホンマに大丈夫か?」
背中をさすってやりながら問うと、一頻り吐いた後、絢音は顔を上げる。
棗絢音「ご、ごめんなさい・・・ 食事時に・・・」
棗藤次「ええてそんなん。 今日はもう休むか? 後片付けも藤太の風呂も、ワシするわ」
棗絢音「う、うん・・・ ごめんね。 かかりつけの先生、明後日の金曜日だから、それまで悪いけど、育児以外休ませて・・・」
棗藤次「ああ。 そんなん気にせんでええ。 仕事上手く調整して、お惣菜買うて帰ってくるよし、気にせず藤太と寝とき」
棗絢音「うん・・・ じゃあ、おやすみなさい・・・」
棗藤次「うん・・・」
〇ホテルの部屋
そうして絢音の肩を抱いて、藤次は寝室へ行く。
棗藤次「ほら、寝巻き。 着替えられるか?」
棗絢音「う、うん・・・」
差し出されたパジャマに袖を通し、絢音は髪の毛を解く。
棗絢音「ごめんなさい・・・ ちゃんとできなくて・・・」
棗藤次「ええて。 なんもかんも完璧にしよ思うな。 まあ、任せきりにしとったワシの台詞 やないけど。 しっかり休みや。 おやすみ」
棗絢音「うん・・・ おやすみなさい・・・」
〇おしゃれなリビングダイニング
棗藤次(アイツがあんなにしんどそうなん、初めて見たな・・・ 普段あんま弱ってるとこ見せんだけに、心配やな・・・)
ぱあぱ?
寝室を後にし、リビングで遊ばせていた藤太を抱き上げ食卓に戻り、ご飯をよそって2人で夕飯を食べていたが・・・
棗藤次「・・・玉村屋、明日並んでみようかな?」
ぱあ?
不思議そうに自分を見上げる息子のケチャップまみれの口を拭ってやりながら、藤次もエビフライを頬張った。
〇校長室
棗藤次「失礼します」
度会葵「あらぁ。 どうしたのこんな早くから。 藤次クン?」
・・・翌朝の、京都地検刑事部刑事部長室。
朝早くから現れた部下に瞬く葵(あおい)の座る机の上に、藤次は白い菓子箱を置き、深々と頭を下げる。
棗藤次「無理を承知でお願いに上がりました。 明後日の金曜日、有給、お願いできますか?」
度会葵「明後日? やけに急ね。 何か不幸ごと?」
棗藤次「あ、いえ・・・ 実は内方(うつかた)が、昨日から具合が悪いと寝込んでて、金曜日に医者に掛かると言うから、付き添いたくて」
度会葵「あらぁ・・・ それは大変ね。 スケジュールは? 支障出ない?」
棗藤次「えっ!は、はい! 裁判が1件ありますが、何とか調整可能ですし、聴取も事務官に指示して整理しています」
度会葵「そ。 なら良いわ。 さっさと申請書お出しなさい。 サインして、事務方に回しておくから」
棗藤次「えっ!!? で、でも部長、いつも人手不足だって言われて・・・」
あまりにもあっさり通ったので目を丸くしていると、葵はにっこり笑う。
度会葵「あら不満? 私てっきり、貴方赤ちゃん産まれたら育休取ると思ってたのよ?だけど、それをせず今日まで働いてきた。だからご褒美」
棗藤次「部長・・・」
度会葵「全く、私の好物の玉村屋のプリンまで買ってきて。貴方本当にあの人、絢音さんを愛してるのね」
そうして、葵は菓子箱を藤次に突き返す。
棗藤次「ぶ、部長?!?!」
度会葵「これ美味しいから、食べさせてあげなさい。 甘いものなら、食べれるかもしれないでしょ? それに・・・」
棗藤次「そ、それに?」
戸惑う藤次に、葵はイタズラっぽく笑う。
度会葵「止しましょうか。 違ったら、ガッカリだしね」
棗藤次「?」
小首を傾げる藤次に、葵は笑ったまま言葉を続ける。
度会葵「ようやく掴んだ幸せだもの。 大事になさいね。 藤次クン」
棗藤次「部長・・・ ありがとうございます! お言葉、肝に銘じます!」
度会葵「よろしい。 じゃあ、今日も頼むわよ? 藤次クン」
棗藤次「はい!!」
そうして部屋を後にしていく藤次を見つめながら、葵は呟く。
度会葵「南部(なんぶ)部長・・・ ご子息、貴方が思う以上に、立派になってますよ・・・」
かつての上司であり、藤次の父親南部憲一郎の面影を重ねながら、葵はクスリと笑って、彼が残していった有給申請にサインを記した
〇病院の廊下
看護師「棗さーん、順番来ました。 どうぞお入りください」
棗藤次「あ!ハイ!! ほら絢音、立てるか?」
棗絢音「う、うん・・・」
金曜日の、花藤(はなふじ)病院。
立っているのも覚束ない絢音を支えながら、藤次は藤太の乗ったベビーカーを押して、診察室に入る。
〇病院の診察室
進藤「こんにちは絢音さん。 今日はどうされました?」
部屋に入るなり、絢音のかかりつけ医で、藤太も診ている内科医の進藤が出迎え、椅子に座るように促す。
棗絢音「先生・・・ お世話になってます。 実は2、3日前から体調がすぐれなくて・・・」
進藤「ふむ・・・ 具体的には?」
棗絢音「食欲がなくて、吐いてばかりなんです。 微熱もありますし、生理も遅れてて・・・」
進藤「生理・・・ 最終月経、分かる?」
棗絢音「えっと、3週間前くらいに、3日くらい少量の不正出血があってそれっきり・・・ 予定だともう来てもおかしくないんですが・・・」
進藤「ふむ・・・」
棗藤次「せ、先生! 内方、大丈夫でしょうか・・・ 生理て・・・なんか子宮とかに悪いもんが・・・」
進藤「ああいや。 絢音さん、妊娠検査薬は試されたかな?」
棗絢音「えっ!? い、いえ。 試してません・・・」
棗藤次「へっ?!! に、妊娠?!!!」
瞬く2人に、進藤は和かに口を開く。
進藤「専門外だから分からないけど、最後にあったって出血は、着床出血じゃないかな? 今から中山先生呼ぶから、産婦人科で診て貰って」
棗絢音「は、はい・・・」
棗藤次「ま、マジか・・・ ふ、2人目・・・」
ぱあ?
呆然とする2人に笑いかけながら、進藤は内線を押し、産婦人科の絢音の担当医中山に連絡した。
〇病院の廊下
棗絢音「藤次さん・・・」
棗藤次「あ、絢音!! どやった?!!」
・・・花藤病院の産婦人科フロア。
診察室から出てきた絢音に詰め寄ると、彼女は和かに笑う。
棗絢音「進藤先生の言う通りだった。 おめでたですって。 今度は女の子だと、良いわね・・・」
棗藤次「ま、マジか!!!! やった・・・やったぁ!!!!!」
場所を忘れて歓喜の声を上げる藤次に、絢音は顔を真っ赤にする。
棗絢音「と、藤次さん!! 声抑えて!! 他の妊婦さんもいるのよ?!!」
棗藤次「阿呆!! ワシらの間に2人目が来てくれたんや!! 今喜ばんでいつ喜ぶんや!! なあ藤太、お前お兄ちゃんになるんやで!!」
あー?
くりんと小首を傾げる藤太をベビーカーから抱き上げ、焦る絢音を抱きしめて、藤次は感極まってのかグスグスと泣き出す。
棗絢音「ちょ、ちょ、ちょ!! ちょっと藤次さん!! みなさん見てる!!」
棗藤次「ご、ごめん・・・ せやけどワシ、嬉しすぎて・・・ 元気な子、産んでや・・・」
棗絢音「もー・・・ ホント泣き虫なんだから。 分かったわ。約束する。 だから離して?少しケトン体が出てるから、点滴するの」
棗藤次「う、うん・・・ ごめん。 せやけど、もう少しこうさせて・・・ 手ぇ離したら、夢になってしまそうなくらい幸せで、怖い・・・」
棗絢音「藤次さん・・・」
棗藤次「おおきに。 おおきにな絢音。 ワシを見つけてくれて、幸せにしてくれて。 ワシ、もっと頑張る。 もっと幸せにする せやから」
不意に、ちょんと口元に指を置かれて、藤次は瞬く。
棗藤次「あ、絢音?!」
棗絢音「ばかね。 幸せは頑張ってどうにかなるものじゃないわ。 小さな出来事を、少しずつ積み上げていくものよ?」
棗藤次「つ、積み上げていく?」
棗絢音「そ。 嬉しい事だけじゃない。辛い事も悲しい事も、全部積み上げていく。 それが家族で、幸せ。 だから、1人で無理しないで?」
棗藤次「絢音・・・」
棗絢音「もー・・・ だから、泣かないでってば!」
棗藤次「うん、うん、ごめん・・・ ワシ、絶対お前を離さへん。 せやからお前も、ずっとワシの側に、いてや?」
棗絢音「うん。 ずっと側にいる・・・ 大好きよ。藤次さん・・・」
〇おしゃれなリビングダイニング
棗藤次「はぁ〜 満腹満腹!! おばんざいもええけど、やっぱ絢音の飯は一番やな!!」
ぱあぱ!!ぱあぱ!!
病院から帰宅して夕飯を食べて寛いでいたら、藤太がなにやらもごもごと口を動かし、夕刊を読んでいた自分のとこに来る。
棗藤次「んー? どないした藤太。 お父ちゃんと遊びたいんか? 待て待て、今玩具箱・・・」
棗絢音「ふふっ 相変わらず仲良しねぇ〜」
棗藤次「当たり前や! 可愛い息子やもん! なあ藤太。お前も、お父ちゃん大好きやもんな〜?」
そうして抱き上げて、藤太の顔を覗き込んで言った時だった。
・・・ん、ん、
パパ、しゅき!!
棗藤次「・・・・・・・・・へっ?!」
棗絢音「えっ?! い、今、しゃ、しゃべっ・・・た?」
呆気に取られる2人。
しかし藤太は無邪気に藤次に笑いかける。
パパ!パパ!!
棗絢音「ね、ねえ藤太? わ、私は?」
いそいそとソファに、呆然とする藤次から藤太を抱き上げて、絢音は問いかける。すると・・・
ママ!!
棗絢音「や、やだ・・・ 可愛い・・・ そうよ。私があなたの、ママよ。 ねえ?藤次さん・・・良かったわね。 初めてが、パパで・・・」
棗藤次「・・・・・・・・・・・・」
棗絢音「と、藤次、さん?」
パパ?
棗藤次「い、いや・・・ いきなりすぎて、一瞬意識、飛んだ・・・」
棗絢音「や、やだっ なにそれっ!」
棗藤次「だ、だって、ホンマに・・・ な、なあ藤太? もっかい言って?パパ、しゅきって」
んー?
くりんと小首を傾げ、絢音のお腹をペタペタと触る藤太。
棗絢音「あら、分かるの? 弟妹がいるって事・・・ そうよ。お兄ちゃんになったのよ? だから早く、お喋りしなきゃって思ったのかしら」
棗藤次「な、なるほど・・・ さすがお母ちゃん、名推理やな」
棗絢音「やだ、褒めすぎよ・・・ そうだ! この子の名前、藤次さん考えて?」
棗藤次「えっ?!! わ、ワシが?!!」
棗絢音「うん。 藤太は、私が勝手に決めたし、次は藤次さんの番!」
棗藤次「ええっ・・・ い、いきなり言われても・・・ えーっとぉー・・・」
考える事30分あまり。
不意に藤次は顎に手を当て呟く。
棗藤次「女なら、「恋」に「雪」で、恋雪(こゆき)かのぅ・・・」
棗絢音「素敵・・・ 由来は?」
棗藤次「・・・そ、それは・・・」
棗絢音「うん。 それは?」
詰め寄る絢音の頭を、藤次は優しく撫でる。
棗藤次「無事に女やて分かったら、教えたる」
棗絢音「ええっ!! 何よそれ! 今教えてくれても良いじゃない!!」
棗藤次「あーかーん! 性別わかる4ヶ月頃まで待ち。 ほんなら風呂入るわ。 藤太、おいで〜」
パパ!パパ!
棗藤次「よしよし。可愛い息子や。 あひるさんで遊ぼうなぁ〜」
そうして、教えてと食い下がる絢音から藤太を受け取り、藤次は風呂場へ行く。
〇清潔な浴室
棗藤次「はぁ〜 今日は色々ありすぎて、参った・・・」
ん!ん!
棗藤次「んー? それは、あひるさん。 分かるか?あーひーる」
あーいーるー?
棗藤次「ははっ!! せや、あーひーる。 可愛いなぁ、ホンマ」
うー!!
ばしゃばしゃと玩具のアヒルで遊ぶ藤太を優しく見つめながら、藤次は呟く。
棗藤次「お母ちゃんには、内緒やで? お前の妹・・・恋雪の由来はな、ワシとお母ちゃんの恋する気持ちから産まれた白雪姫言う、意味や」
し?
棗藤次「ははっ!! その調子なら、告げ口はまだまだやな? 早よもっと喋れるようになり。藤太・・・」
ん!パパ!!しゅき!!
棗藤次「おーおー ワシも好きやで。藤太も、お母ちゃんも、恋雪も、ずっとずっと、大好きや!!」
溢れる幸せに胸をときめかせながら、きっと拗ねているであろう妻の機嫌をどうとろうかと、幸せな悩みに苛まれる、藤次なのでした
藤太のカタコトのセリフが微笑ましい。パパ、ママ、も嬉しいけど「しゅき」なんて言われたら愛しさ爆発ですね。パパのほうに最初に言う子は珍しいんじゃないでしょうか。人間が出来ている絢音でもさすがに拗ねちゃいますよね。
すごくすごく素敵な旦那さんで幸せな気持ちになりました。
妊娠がわかった時の場面は幸せすぎて感動でウルウルしてしまいました。私もいつか妊娠する事が出来た時、あんなふうに喜んでもらえたら幸せです。
今回は藤次さんと一緒に泣いてしまいました・・。幸せについての絢音さんの概念が素晴らしく胸に響きました。恋する2つの気持ちから生まれる愛の結晶、たとえ性欲が!でも、恋雪ちゃんは神様からの授かりものですね。