episode : SHIZUKU(脚本)
〇水の中
『天宮雫さん、君のことが好きです』
『僕と付き合ってください』
〇病室のベッド
その人は優しげに微笑んで、私に【何度目か】の告白をしてくれた。
天宮雫「は、はい。 よろしくお願いします」
私はガチガチに緊張しながら返事をした。
本当に私でいいのかな?
そんなふうに自問しながら、恐る恐る彼の表情をうかがう。
星川マコト「ありがとう。嬉しいよ」
でも彼は、私の不安を溶かすように最高の笑顔をみせて喜んでくれた。
星川マコト「これからよろしくね」
天宮雫「うん。 よろしくお願いします」
そうやって、私達は恋人同士になった。
〇水の中
だけど私は、明日になればこのことを忘れてしまう。
〇病室のベッド
私の名前は天宮雫。
高校二年生だけど、学校には行っていない。
一年前に交通事故に遭って、それからずっと入院している。
事故で負った怪我は、もう完治している。
だけど事故の時に、頭を強く打った影響で私は記憶障害を発症してしまった。
一日に経験した大半のことを、次の日には忘れてしまうのだ。
事故に遭う以前の記憶はしっかりと残っている。
家族とか友達のこととか、高校一年生までに経験したことは忘れていない。
だけど、新しいことはほとんど記憶できないのだ。
この病気は特殊な症例なので、私は家から遠く離れた大学病院に入院している。
家族にもなかなか会えない。
二年生には進級できたけど、来年は三年生になれないだろう。
そんな孤独な日々の中、彼は現れた。
〇病室のベッド
彼の名前は、星川マコト君。
高校一年生の時のクラスメートだ。
私はずっとマコト君のことが好きだった。
席が隣同士で、よくお喋りしてくれて仲良くなって・・・
もしかしたら両想いなのかな?
そんな淡い希望を持ち始めた頃に、私は事故に遭ってしまった。
入院生活の中で、私は時々彼のことを思い出したけど、もうこの恋は叶わないんだ、と諦めていた。
〇水の中
だけど、彼は私に会いに来てくれた。
とても綺麗な青い花の花束を抱えて、お見舞いに来てくれて、
星川マコト「天宮雫さん、君のことが好きです」
そう告白してくれたのだ。
〇水の中
マコト君に告白されて、嬉しかった。
だけどそんな大切なことも、私は記憶出来ずに、次の日には忘れてしまう。
だから私は自分の心に逆らって、マコト君の告白を断ろうとした。
だけどマコト君は、
〇水の中
星川マコト「俺のこと、忘れてもいいよ。 毎日来て、何回だって告白するから」
そう言ってくれた。
その言葉通り、彼は青い花束を持って毎日、私に告白してくれるのだ。
〇病室のベッド
私達は病室で、束の間の恋人関係を楽しむ。
マコト君の彼女になれて、本当に幸せだ。
私は記憶の代わりに、日記帳にマコト君のことを毎日書く。
本当に両想いだったこと。
記憶を失う私を受け入れてくれたこと。
毎日、告白してくれること。
ノートに書いたことは私の妄想かもしれないと毎日、不安になるんだけど・・・
マコト君はちゃんと毎日告白して、私を幸せにしてくれるんだ。
〇病室のベッド
今日も面会時間が終わりに近づく。
ちらりと時計を確認したマコト君は、
星川マコト「また明日来るね」
と、立ち上がった。
それからなぜかベッドサイドに置いてある私の日記帳を手に取った。
星川マコト「これ、一日だけ借りていい?」
天宮雫「え?どうして?」
星川マコト「交換日記。 明日、俺の分を書いて持ってくるから」
日記帳は私の記憶代わりだから、無いと困る。
だけどその提案はとても魅力的で、私は気がついたらこくりと頷いていた。
星川マコト「ありがとう。 じゃあ、また明日ね」
天宮雫「うん。また明日」
星川マコト「雫、好きだよ」
天宮雫「私も好き」
しばらくの間見つめ合ってから、マコト君は帰っていった。
〇水の中
それが私とマコト君が会った最後になった。
次の日からマコト君は来なくなった。
〇病室のベッド
私にはマコト君に告げてない秘密がある。
それは私が『マコト君のことを記憶できている』ということだ。
いつからか私はマコト君のことだけは、記憶できるようになっていた。
だけど毎日の告白が嬉しくて、マコト君には秘密していたのだ。
マコト君が来なくなってから、私はずっと彼のことを考えていた。
そして、ある違和感に気づく。
どうして彼は、毎日お見舞いに来れていたの?
この病院は家族もなかなかお見舞いに来れないほど遠い場所にあるのに。
そして、ある事実にたどり着いた。
彼もこの病院の入院患者だったのだ。
マコト君が来た最後の日。
それは彼が難しい手術を受ける前日だった。
〇黒
そして・・・
手術は失敗したらしい。
〇水の中
マコト君が日記帳を持っていったのは、自分が死んだ後、私の中から自分の存在を消し去るためだった。
私を悲しませないために。
だけど、私は彼を覚えている。
だから彼の秘密にしていた本心にも気がついてしまった。
〇病室のベッド
マコト君が毎日くれた青い花の名前は【忘れな草】。英名は【forget-me-not】。
その名前の由来は、死にゆく恋人が最後に彼女に残した『僕を忘れないで』という言葉。
彼は私に自分のことを覚えていて欲しかったんだ。
彼の死後、私の元に帰って来た日記帳の最後のページには彼の字で『大好きだよ、雫』と書いてあった。
天宮雫「私も大好きだよ」
〇水の中
マコト君と彼がくれた青い花のことを、私は永遠に忘れない。
忘れな草の花言葉は、【真実の愛】。
切なくて甘いラブストーリーでした。
覚えて欲しかった彼と、本当は覚えていた彼女と、二人の思いがかわいいけど切なくて、悲しいラストでした。
花の美しさがそれを引き立てていると思いました。
忘れな草の花言葉に込められたメッセージと、彼の行動のひとつひとつに彼女への純粋な優しく熱い愛が感じられて、エンディングに切なくなりました。毎日毎日想いあえるこんなすてきな恋愛がしてみたいです。
まことくん!!なんて純粋で美しいストーリーだろうと感動しました。まことくんのことだけは覚えていられるという秘密をもし伝えてしまっていたら…
残酷なようで優しい秘密にまことくんのほうが生かされていたのかな。