ありがとう。(脚本)
〇低層ビルの屋上
ここに来たのは三回目だ。
いつだって風が強くて不意に連れていかれそうになる。前から押されても後ろから押されても私にとっては都合が悪い。
風向きが悪い事なんて今まで沢山あったから、この程度は大した事はないと思う。
大丈夫。
靴をそろえて、その下に手紙を挟む。風で遠くに行かないように。私がここに居た証明書だから。
一回目はおじさんに止められた。悪い気分にさせたと思う。ごめんなさい。
二回目は手紙が飛んで行ってしまった。読んだ人はどういう気持ちになってくれたのかな。ごめんなさい。
縁に立つと一層風が強く感じる。下を見ると平衡感覚が無くなって意志とは違う動きをしてしまうので慎重に。
地面とキスする時は絶対に自分の意志じゃないと駄目だから。それだけは死守しないと行けない。
これから死ぬっていうのに死んでも守らないとって不思議な感覚。
線路上に寝転んでみても生まれ変われなかったし、だれにも大丈夫って言われなかった。
あの子は、多分生まれ変わったんだろうけど。
だから私はこれ、人間は飛べないっていう言葉のカウンターはこれしかなかった。
蟻を指で弾いてもそれは飛んだとは言えない。わかってるよそんなの。
どうせ”飛ぶ”のと”落ちる”のは違うって言うんだろうけれどもね。
もし本当に飛べたらだれか写真とか動画にとってどっかにアップしてくれれば記念になるんだけどな。
私たちには翼が無い、だから物理的に飛ぶのは不可能だなんてナンセンスにも程がある。
でも実際はそうなんだろうと思う。悔しいけどね。納得しちゃったんだよ。
でも、翼なんてなくても空を飛べたんだ。
知るっていうのは可能性を広げる事なの? 潰す事なの? 利口になるってどういう事なの?
なんで人の顔色を伺い続けてる人は、誰よりも伺い歴が長い癖に全く人の顔色読めてないの?
何を信じれば良いの? 何の本を読めば良いの? 誰が私を助けてくれるの? どうすればそれを歌にしてくれるの?
何が不幸で何が幸せなの?
なんてね、全部どうでも良い事だよ。
箱から飛び出したら全部が消えてなくなって、哀しい事なんて一つも無くて、あったとしても一つも無いの。
無敵になって、こんなもんだろってね。でもこれから飛ぶっていうのに手を広げてしまったのはナンセンスだね。
また飛ぼうとしちゃった。私の飛び方は違うでしょ。
身体が一瞬無重力になる。視界が一気に広がる。地面が無くなってる。
そっか、これが飛ぶっていう事か。意地になってたのに気が付いてなかったよ。
ありがとう。
事故に遭った人によるとその瞬間はスローモーションのようだとか。亡くなる直前も一生の走馬灯が見えるというし、飛び降りてから地面までたとえ1秒に満たなくても脳には膨大な場面や思考が去来するかもしれない。そんなことを考えさせられました。
現代社会、いや現代より前の過去から人間同士で生きていく上では相手の顔色を伺ったり、ストレスを抱えたり、嫌な事もいくらでもありますよね。
私も共感できるところがたくさんありました。
捲し立てるように読者になげかれる質問が、一つ一つ重くずっしりと胸に突き刺さるようでした。人の顔色をうかがうことなど、良い意味合いもあるものの、度が過ぎると意味あいが変わってくるものですね。無重力感覚での考察試してみたいです。