第三話「盤上で死す(前編)」(脚本)
〇黒背景
この物語の主人公は、
今から72時間後、必ず地獄に行きます
どうかあなたは、
その見届け人になってください
〇オーディション会場の入り口
記者A「財津八段、勝利おめでとうございます。 これで公式戦は破竹の二十連勝ですね」
財津翔平「ありがとうございます」
記者B「前半は苦戦しているようにも見えましたが 後半は高橋七段を圧倒しました。 ずばり勝因はなんでしょう?」
財津翔平「我慢の試合でしたが、 なんとか勝ちを拾わせて頂きました」
財津翔平「後半は・・・そうですね、 高橋七段の体調面に助けられた という部分もあるかと思います」
記者B「確かに・・・後半は 高橋七段の顔色が悪かったような──」
財津翔平「体調管理もプロ棋士の大事な仕事です。 そこの差が出たということじゃないで しょうか」
記者たちに頭を下げて出て行く財津。
出待ちの女性ファンが、財津を取り囲む。
女性A「きゃ~! 財津さーん!」
女性B「サインお願いします!」
財津翔平「すみません。車を待たせているので」
記者A「いやぁ、さすがの人気ですね」
記者B「財津翔平(ざいつしょうへい) 10代でプロ入りした天才棋士」
記者B「品行方正で、あの甘いルックスなら 当然というところか」
〇車内
助手席にマネージャーが座り、後部座席
には財津が不機嫌そうに座っている。
マネージャー「お疲れ様です。 公式戦二十連勝、おめでとうございます」
財津翔平「バカか。ギリギリじゃねーか。 ふざけんなよ、マジで」
マネージャー「申し訳ありません」
財津翔平「お前、高橋の昼食に下剤を 入れるのが遅いんだよ」
財津翔平「前半普通に指してくるから マジで焦ったわ」
マネージャー「す、すみません! 少し手間取ってしまい──」
財津は助手席の椅子を蹴り飛ばす。
財津翔平「高い金払って雇ってるんだから仕事しろ! それができないなら死ね!」
財津翔平「こんなところで、 俺の輝かしい棋歴に傷を付けてたまるか」
財津翔平「悪魔に魂を売ったっていい・・・ 俺は今のポジションを守り続けてやる」
財津翔平の地獄行きまで、残り72時間
〇シックなリビング
『努力の男、羽沼が
絶対王者・財津に挑戦!』
財津翔平「次の対戦相手は・・・羽沼か」
財津翔平「羽沼喜一(はぬまきいち)・・・ 俺と同じ歳の棋士で、 幼い頃から何かと比べられて来た」
財津翔平「だがあいつと俺の実力は月とスッポン。 あんな奴に負けるはずがない」
財津翔平「・・・はずだったが、ここ半年、 異常なくらい力を付けているという」
財津翔平「万が一ということもある。 少し探りを入れておくか」
〇アパートのダイニング
財津翔平「チッ・・・貧乏くさい家だ。 さっさとおさらばしよう」
羽沼喜一「おぉ~! 財津八段! 待たせてすまないな!」
財津翔平「ご無沙汰しています」
羽沼喜一「敬語なんて使うなよー。 古くからの付き合いじゃないか。 友達みたいなもんだろ」
財津翔平「バカが。ただの腐れ縁だ」
羽沼喜一「紹介が遅れた! これは俺の愚妻だ! 優実って言うんだ」
羽沼優美「羽沼優実(はぬまゆみ)です。 財津八段にお会い出来て光栄です」
財津翔平「なるほど・・・最近のご活躍ぶりは、 こちらの奥様のおかげですか」
羽沼喜一「はっはっは! どうかな。おい、優実。 ぼけっとしてないでお茶でも淹れてこい」
羽沼優美「はい。ただいま」
優実は恭しく頭を下げて立ち去る。
羽沼喜一「いやぁ、気の利かない奴で申し訳ない」
財津翔平「いや・・・羨ましい限りですよ」
羽沼喜一「財津八段ならいくらでも女に 困ってないだろう。ん?」
財津翔平「アホか。本気のわけないだろうが」
羽沼喜一「で、今日はどうしたんだ? せっかくだし前哨戦でもやるか?」
財津翔平「それはお断りさせていただく」
羽沼喜一「ははは。楽しみは二日後──」
羽沼喜一「ゴホっ、ゴホっ・・・すまない」
財津翔平「風邪ですか?」
羽沼喜一「あ、いや。そんなんじゃない。 移るもんじゃないから安心してくれ。 それより、明後日はいい勝負をしよう」
財津翔平「ええ」
羽沼喜一「・・・対戦相手が君で良かった」
財津翔平「・・・・・・?」
財津翔平の地獄行きまで、残り48時間
〇二階建てアパート
財津翔平「・・・羽沼喜一。相変わらず何も 考えていないただのバカだったな。 あんな奴は敵じゃない。杞憂だった」
羽沼優美「財津八段!」
財津翔平「どうかしましたか?」
羽沼優美「いえ、あの・・・ こんなこと言うのもあれですが・・・ 今日はありがとうございました!」
財津翔平「奥さん?」
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