さようなら、高校生の私(脚本)
〇学校の屋上
『こんにちは。高校生の私』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「えっ? お母さん?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》(電話番号の登録は・・・お母さん・・・だよね?)
『驚かなくていいよ。高校生の私。私は君の未来の私。西城夜顔だ』
『君は知っている人以外の電話だと警戒して、留守電機能に入れてしまうから、母の名前を使わせてもらった』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「ふええぇ。そんなことってあるんですかぁ?」
『怪しいのなら、今の君の状況を当ててあげようか?』
彼女は次々と今の私の状況を言い当てた。
西城夜顔《さいじょうよるがお》(当たってる・・・どうして?)
『未来の私だからわかるんだ。未来の技術はすごく発展しててね。過去の私に電話することなんてわけないのさ』
『実は君に依頼があってね。聞いてくれないか?』
〇まっすぐの廊下
私はスマートフォンから流れる女の人の言うことを信じてしまった。
ちょっとでも変なところがあったら、電話を切ればいいし。
言われたとおり、ある人物に会いに行く。
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あの、聞いていいですか?」
『うん。いいよ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「未来の私って、どんな感じなんですか?」
『独身で、夫も子供もいない。研究者になっててね。好きな研究ばっかりやってる』
『のんびり、ひとり暮らしやってるよ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あー、やっぱりひとりなんですね」
『楽しいよ? 人生を束縛されることもないし、自由だし。お金もあって、不自由はない』
『こういう人生も幸せの一つさ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「はい!」
西城夜顔《さいじょうよるがお》(そうなんだ。やっぱり他人の言葉より、自分の言葉だよね。信用できる)
〇教室の教壇
西城夜顔《さいじょうよるがお》「原君」
原学《はらまなぶ》「ん? 何?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「頼みたいことがあるの」
原学《はらまなぶ》「ああ。いいよ。本貸そうか?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「ううん。そうじゃないの。一緒にきてくれる?」
原学《はらまなぶ》「いいよ」
〇教室の外
私は【未来の私】が言うとおり、原君を学校の校庭に連れ出した。
原学《はらまなぶ》「この木なのか?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「うん。そうみたい」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あっあれかな?」
私は鳥の巣から落ち、枝に引っかかっているひなを指さした。
親鳥が人間を警戒してか、離れた場所で「ピー、ピー」鳴いている。
原学《はらまなぶ》「あのひなを助ければいいんだな?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「うっ、う~ん。助けてほしいらしいよ」
原学《はらまなぶ》「わかった。でもよく知ってるな? 俺が木登り得意だってこと」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「えっ? まっまあね」
西城夜顔《さいじょうよるがお》(未来の私の指示なんだけどね)
原君はさっそく木を登り始めた。
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あれ?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》(この木。なんか音がギシギシ鳴ってる。大丈夫なのかな?)
『ありがとう。高校生の私。助かったよ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あの、この木、折れそうなんだけど?」
『腐ってるから折れるよ。そして彼は落ちて死ぬ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「えっ?」
『君が殺したんじゃない。未来の私が殺したのかな?』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「まって、その、何を言って・・・」
『どのみち彼は死ぬんだ。三日後にね。――人類を絶滅にまで追いやった病原菌によって』
私の頭がくらっとする。
『新種の病原菌が世界中にまん延して、人類を死の淵に追いやった』
『増殖が早く、ワクチンを作ることができず、一年でほぼ人類は滅んだ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あのっ・・・」
『私はね。学者なんだ。死に物狂いで勉強して、病原菌の正体をつかもうとした』
『だけど何もかも無駄だった』
未来の私から漏れる乾いた笑い。
『病原菌の発生源だけはつかむことができた。彼だ。彼の体内から発生していたことがわかったんだ』
『彼が保菌者だったのさ。転落死してくれれば菌は死滅する。人類は救える』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「未来が、変わる?」
『そうさ。高校生の私の未来は、ね。こちらの世界線は変わらないだろうから、病原菌によって人類は死滅するだろうけど』
『だから私はずっとひとりなのさ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》(そんな・・・)
未来の自分が言っている意味がわからない。
ひなを助けている彼を見上げる。
西城夜顔《さいじょうよるがお》「はら・・・!!」
『無駄だよ。その木は必ず折れる。君は彼を助けられない』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あっ、うっ・・・」
「よし。ひなを巣に戻したぞ。もう大丈夫だ」
彼は、もうすぐ転落死する。
西城夜顔《さいじょうよるがお》(原君が・・・死ぬ・・・)
私にとある感情が芽生えた。
西城夜顔《さいじょうよるがお》「お願い! 未来の私! 原君を助けて! 私、彼のことが好きなの!」
私は【未来の私】に自分の気持ちを伝えた。
『――ふふっ、あははははっ!』
『大丈夫だよ。その木は音がうるさいだけで、折れはしないよ』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「ふえっ?」
『私は時間学者なんだ。この世界でも人類は平和に暮らしているよ。それにしても高校生の私は、こんなおとぎ話を信じるとはね』
『われながら情けない』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「どうして、うそを・・・」
『私が独身なのはほんとさ。この年になって恋ってやつをしたことがないんだ』
『それで私を時系列順に分析してみると、その木のそばで、彼に告白することが、最後の恋愛のチャンスだとわかったんだ』
『そこで告白を逃すとそれっきりなんだ。悪いね』
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あっううっ~」
〇研究所の中枢
西城夜顔《さいじょうよるがお》「それでは、未来であるこの私が経験できなかった恋愛というものを楽しんでくれたまえ。健闘を祈る」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「――さようなら、高校生の私」
〇教室の外
未来の私からの通話が終わった。
私はしばらくぼうぜんとしていた。
原学《はらまなぶ》「――西城さん」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「えっ!? はっはい!!」
原学《はらまなぶ》「俺も、好きです。図書館で会ったときから」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「あっ、いっ・・・」
原学《はらまなぶ》「あっ、デートに行くか? どこに行きたい?」
西城夜顔《さいじょうよるがお》「こっ、こここっ・・・」
原学《はらまなぶ》「公園だな。わかった。公園に行こう」
私は悟ってしまった。
――恋愛する未来から逃れられない、と。
原くんを一度保菌者の設定にして見殺しにできるかどうか過去の自分に試すなんて、未来の夜顔さんも趣味が悪いなあ。でも結果オーライでしたね。「チャンスの神様は前髪しかない」と言いますが、高校生の夜顔が今回は前髪をガッチリつかめたみたいで良かったです。
時間を超えるというのは凄く憧れる話でもありますが、少し怖い面もありますよね。
全く知りたくない、というわけではありませんが、知る怖さもありますよね…。
恋愛する未来から逃れられないというフレーズがとても興味深く残りました。人の容姿や好みは変わったとしても、心の根底にあるものは普遍なものなのかなあと思います。