無人駅

桃千

読切(脚本)

無人駅

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  いい人そうに見えたから、
  最初は信じられなかった。
  人でなしは皆、善良そうな顔をしていた。

〇明るいリビング
マユ「はじめまして、妹のマユです。 姉がお世話になってます」
シュウジ「はじめまして。アゲハさんの婚約者のシュウジです」
シュウジ「随分しっかりしてるんだね」
アゲハ「自慢の妹なの」
マユ「お、お姉ちゃん」
アゲハ「照れてるの? かーわいい!」
マユ「やめてよ~」
シュウジ「仲がいいんだな」
アゲハ「うちは母子家庭だから、母とマユと三人で支えあってきたのよ」
シュウジ「そっか。これからは僕も家族の一員として認めて貰えるよう頑張らないと」
アゲハ「シュウジさんなら、大丈夫よ」
  マユー! お料理のお手伝いしてちょうだーい
アゲハ「あっ! 私が手伝うよ、母さん」
アゲハ「マユはシュウジさんとお喋りしてて」
アゲハ「私たちが結婚したら、マユのお兄さんになるんだもの。二人が仲良くなれたらうれしいな」
アゲハ「ごゆっくり!」
マユ(お兄さん、か)

〇明るいリビング
シュウジ「・・・」
マユ(じっとこっちを見てる。どうしたのかな?)
マユ「あ、あのっ」
シュウジ「──アゲハより可愛いね、マユちゃん」
マユ「え?」
シュウジ「髪も、凄く綺麗だ」
マユ「!?」
マユ(い、今、髪に触った?)
シュウジ「初心な子は好きだよ」
マユ(何、この人。意味がわからない・・・怖いよ・・・)
シュウジ「お近づきの印に、欧米式の挨拶をしようか」
シュウジ「ん・・・」
マユ「嫌ッ!!」
シュウジ「ふふっ」

〇一階の廊下
マユ(信じられない、気持ち悪い)
マユ(早くアイツを追い出さないと!)
マユ「母さ・・・」

〇おしゃれなキッチン
アゲハ「母さん、泣かないで」
母「嬉しくて、涙が止まらないのよ。 アゲハが結婚するんだもの」
母「アゲハには、お姉ちゃんだからって我慢ばかりさせてきたよね」
母「これからは、母さんやマユのことは気にしなくていいから」
母「シュウジさんと自分の未来だけを考えて幸せになるんだよ」
アゲハ「母さん、ありがとう」

〇一階の廊下
マユ「あ・・・」
シュウジ「ほら、助けを呼べよ?」
マユ(二人を傷つけたくない)

  私に出来たのはアイツを避けることだけ。
  二人きりにならなければ大丈夫だって
  自分に言い聞かせた。
  だけど・・・

〇シックな玄関
マユ「ただいま」
母「おかえり」
母「アゲハのアパートに行ってくるわね」
マユ「何かあったの?」
母「最近、シュウジさんと上手くいってないみたいなの。あの子、落ち込んでて」
母「きっと一時的なものよ。マユは心配しないでね」
母「行ってきます」
マユ「・・・」
マユ「はい」
  やぁ、久しぶり
マユ(アイツ!)
  君にずっと避けられて悲しかったよ。アゲハに八つ当たりしちゃうくらいに、ね
マユ「お姉ちゃんに酷いことしないで!!」
  ヒステリーを起こさないでくれ。
  全部、君のせいじゃないか
  アゲハ程度の女は、どこにでもいる。破談にしたって、僕はかまわないんだぜ?
マユ「破談!?」
  でも、マユちゃんみたいに可愛い子が、秘密の恋人になってくれるなら話は別さ
  今度の週末、お泊まりデートに行こうよ
  どうする、マユちゃん?
マユ「──わかった。行くから、お姉ちゃんに辛く当たらないで」
  良かった。金曜日に、学校が終わったら迎えに行くよ

  友達の家に泊まると母さんに嘘をついた。
  自分の行動の愚かさに気付いたのは、
  山道を走る車の中──

〇車内
シュウジ「もうすぐ僕の別荘だ。オフシーズンだから、ほとんど人はいないよ」
シュウジ「誰にも邪魔されずゆっくりできるね」
マユ「・・・誘いにのったのは間違いでした。今すぐ私を降ろして下さい」
シュウジ「は?」
シュウジ「今更、拒否できると思ってるのか!? アゲハが不幸になるんだぞ!!」
マユ「あなたみたいな人と、何も知らずに結婚する方が不幸だよ」
マユ「全部、正直に話す! 最初からそうするべきだった!」
シュウジ「なら僕は、君に誘われたって言うだけさ。アゲハは婚約者を信じるだろうね」
シュウジ「冷静になれよ。じっくり話し合おう」
マユ(私を言いくるめる気だ)
マユ「降ろして!!」
シュウジ「馬鹿、ハンドルに触るな!!」

〇けもの道
  沿道の木にぶつかって、車は停まった。
  ひしゃげた車から脱出する。
シュウジ「くそっ! 止まれ、マユ!」
シュウジ「許さんぞ! 絶対捕まえてやるからな!」
  木々の間を必死で走る。
  怒声に怯え足がすくんでも、
  がむしゃらに走り続けた。
マユ「スマホは車に落としたみたい。民家か交番を探さないと」

〇森の中の駅
  暗闇の中に
  ポツンと小さな明かりが見えた。
  誘蛾灯に近付く虫みたいに
  必死で駅へ駆け込んだ。
マユ「助けて!!」

〇田舎駅の待合室
マユ「誰もいないの? 事務所は?」
マユ「ドアに鍵が・・・」
マユ「ううっ、誰か居ませんか!」
お姉さん「ねぇ、大丈夫?」
マユ「!!」
お姉さん「ホームで電車を待っていたら、あなたの声が聞こえたんだけど」
マユ「居たぁ!!」
お姉さん「わっ」
マユ「ずびばぜん! 私、ストーカーから逃げてきたんです!」
マユ「助けて下さい!」
お姉さん「あー、ごめん。急にお肉とかガッツリ食べたくなって衝動的に外出したのよ」
お姉さん「お財布はあるけど、スマホは家に忘れてきちゃった。通報してあげられないわ」
マユ「そんなぁ」
お姉さん「でも、もうすぐ電車が来る時間よ。他の駅に移動して、駅員さんに通報してもらお?」
マユ「はい!」
お姉さん「しかし、ストーカーとはキッツいわね。ああいう輩は・・・」
お姉さん「あぐっ!!」
マユ「お姉さん!?」
シュウジ「赤の他人が首を突っ込むな」
マユ「人でなし! 何てことを!」
シュウジ「は? 誰の責任だと思ってる! お前が逃げるからこの女が殴られたんだぞ」
シュウジ「黙って僕に従っていれば、誰も傷つかずに済んだんだ」
お姉さん「・・・」
お姉さん「肉の分際で、礼儀がなってないんだよ」
シュウジ「化け物!?」
シュウジ「ぐはぁ」
お姉さん「あーあ、服が台無し。これじゃ、大きな街で狩りは出来ないね」
お姉さん「もう、この肉でいっか」
お姉さん「ねぇ、お嬢ちゃん。アンタも大変だったみたいだし、選ばせてあげる」
マユ「ひっ」
お姉さん「コレと」
  うう・・・マユ・・・
お姉さん「切符」
お姉さん「どっちかをあげるわ」
マユ「わ、わたし、は・・・」


〇電車の中
マユ「・・・」
マユ「切符は駅で拾ったの」
マユ「あの駅には、誰も居なかった」
マユ「誰も、居なかったのよ・・・」

コメント

  • タイトルの「無人駅」が秀逸です。本当の意味がわかると怖さも倍増ですね。確かに「人間」はいなかったですもんね。「現実社会の化け物」と「異形の化物」と、後者の方が人間味がある選択をさせてくれるなんて、なんという皮肉!(肉だけに)それにしても、シュウジという「憎々」しい男が最後には「肉肉」しい男になってよかった…。

  • シュウジの怖さから、別の異質の怖さへと、見事なシフトチェンジですね。ストーリー上で様々な分岐がありましたが、マユさんにとっても読み手にとってもベターな選択肢だったと感じています

  • ざまあみろ!と言いたくなるようなエピソードですね。
    お姉さんやお母さんのことを思っての行動ですが、結末として良かったか悪かったかは、どちらがよかったのでしょうかねぇ。

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