婆やは翼の魔法使い

木蔦木憂杞

婆やは翼の魔法使い(脚本)

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木蔦木憂杞

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婆やは翼の魔法使い
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〇森の中
  蝉が鳴き、蝶が舞い、鳥が囀る。
  ある夏の昼下がり。森一帯に並ぶ大樹の太い根元に、
  また新たな迷い子が降り立った。
  ”ウィスプ”だ。
  その木の葉より小さな光の玉は、根元の近くをふわふわと漂っている。
  さながら綿毛のようにその存在は儚げで、そよ風に吹かれればすぐに飛んでいってしまいそうだ。
  おれは慎重に歩み寄り、両手で静かにウィスプを掬い上げる。
おれ「あばれるんじゃないぞー」
おれ「・・・って言っても、聞こえないだろうけど」
  ウィスプは戸惑った様子で、手からこぼれそうなほどに動き回っている。
おれ「早く、婆やのところへ運ばないと」
  おれは、急ぎ足で森の奥深くにある洞窟へ向かった。

〇暗い洞窟
婆や「・・・」
婆や「・・・あら」
おれ「婆や、またウィスプが来たよ」
おれ「だいぶ臆病なやつだ。連れてくるのすごい苦労したよ」
婆や「そう。大変なのに、えらいわね」
おれ「え! う、うん・・・」
おれ(珍しく褒められた・・・!)
婆や「・・・さて。おいで、迷える我が子よ」
  暗い洞窟の中で仄かに光を放っていたウィスプは、
  婆やの手招きに応えて、おれの手からふわりと浮いて離れていく。
  そのまま辿々しい軌跡を描いて、ウィスプはしわだらけの手の上に乗った。
婆や「・・・良い子ね」
おれ(・・・前から気になっていたけど、 「我が子」ではないよな)
おれ(でもあんなに臆病だったウィスプが、婆やにはすぐ懐いている)
おれ(やっぱり、婆やはすごいや)
婆や「あら。確かにこの子、何かに怯えているみたいね」
婆や「ここに来るまでによほど怖い思いをしたのかしら・・・」
おれ「なっ!? 婆や、なんでおれを見るんだよ! おれは連れてきただけだってば!」
おれ「まあ、逃げようとするから文句は言ったけどさ・・・」
婆や「迷い子達には温かく接するよう言っているでしょう」
婆や「みんな敏感なのだから。冷たくすればすぐ分かってしまうわ」
おれ「でもウィスプには耳がないだろ? 声だけなら分からないよ」
婆や「温度を感じることはできるわ。言葉の温もりは手の温もりにも表れるものよ」
おれ「本当かなぁ・・・」
婆や「そうね。この出会いは、それを教えるためにも良い機会だわ」
婆や「この子の翼は、あなたにお願いしようかしら」
おれ「え、おれが!? おれが”翼の魔法”を!?」
婆や「ええ。あなたにも基礎を教えたのだから、できるはずよ」
おれ「で、でも、実際に翼を与えるのは初めてだし・・・」
婆や「それで良いの。どんなことにも「初めて」はあるものよ。あなたにも、私にも」
婆や「頼めるわね?」
おれ「ほ、本当に、おれが今から・・・」
おれ「こいつの将来を、決めてしまっていいの・・・?」
婆や「・・・」
婆や「・・・ええ」
婆や「あなたは素直な子だから、大丈夫よ」
おれ「・・・」
おれ「分かった。やってみるよ」
おれ「まずはこいつを落ち着かせてからだけどな」
婆や「・・・」

〇森の中
  婆やは”翼の魔法使い”だ。
  地上を彷徨い、この人けのない森を訪れたウィスプに翼を与える。
  それが婆やの務めだという。
  ”ウィスプ”とは、幼くして死んだ子供の魂だ。
  広い社会を知らず、夢も持てないまま死を遂げた子供達の、未練にまみれた脆い魂。
  そんなウィスプに向けて、翼の魔法使いが呪文を唱えることで、
  彼らは翼を持った生き物に受肉して、新たな生を始められる。
  婆やはおれが物心つく前から、そうして何体ものウィスプを羽ばたかせてきた。
  何体も、何体も・・・
  蝉や、蝶や、鳥に変えて、
  何年もの間、迷い子の魂を救ってきた。
  だから、おれもいつか
  婆やみたいに・・・

〇森の中
おれ「・・・急がないと」
おれ(ウィスプは夜を迎えると消滅して、二度と生まれ変われなくなる)
おれ(もう、日が沈みかけている)
おれ(こいつはまだ不安そうにふわふわ動き回っているのに・・・)
おれ「あ、こら、逃げるなって!」
おれ「ふぅ・・・」
おれ「・・・待てよ。今こいつ、空へ向かおうとしてた?」
おれ「・・・おまえ、」
おれ「あそこへ、行きたいのか?」
おれ(婆やから聞いた話だと、)
おれ(多くのウィスプは寂しがり屋で、森の居心地が良いからか虫や小鳥になりたがる)
おれ(大きな鳥にすれば、そのぶん寿命は延びるけれど・・・)
おれ「よりによって臆病なおまえが、一羽きりで飛び立つなんて・・・」
おれ「・・・そっか」
おれ「どんなことにも「初めて」はあるもの、だよな」
おれ「分かったよ」
おれ「おまえのこと手伝ってやる。手の上、乗れるか?」
おれ「・・・良い子だ」
おれ「”其は大いなる純白の器。 寒雲を越え、北方を指した先に、 大海が汝を受け入れる」
おれ「汝に白き翼の導きがあらんことを”・・・」

〇森の中
おれ「・・・できた」
婆や「ええ、よくできたわね」
おれ「婆や。見ていたの?」
婆や「もちろんよ。さあ、共に見送りましょう」
婆や「我が子の旅立ちを」
おれ「・・・うん」
  白鳥になったウィスプは、広い夕焼け空をじっと仰ぐと、
  勢いよく翼を広げて・・・羽ばたいた。
おれ「・・・!」

〇空
  白鳥が空高く飛んでいく。
  気付くとおれは、笑いながら手を大きく振っていた。
  だんだん遠ざかっていく後ろ姿に、激励の言葉を叫んでいた。
  頑張れよ、って。
  おまえにはおれが翼を与えたんだ。だから、これからは自由に、
  幸せに生きてくれよって。
  そう、初めて心から願っていた。

〇暗い洞窟
おれ「すぅ・・・すぅ・・・」
婆や「ふふ、ぐっすり寝て。今日は疲れたでしょう」
婆や「・・・」
婆や「あの時のあなたは、」
婆や「何年も魔法使いをしていた私が、見たことのないような輝きを放っていた」
婆や「だから私は・・・あなたにだけは翼を与えず、」
婆や「人間の姿にして、今もずっと私のそばに置き続けている・・・」
婆や「どうか、許してね・・・」

コメント

  • 幻想的できれいなお話ですね。
    ウィスプに翼を与えるという表現がすごく好きです。
    白鳥になったウィスプが飛び立つシーンとかいいですね!

  • 翼を与えて生まれ変われる。いいじゃないですか。ファンタジーで心温まる物語でした。少年もフィプスでしたか。羽を与えられなかったけど婆やの元で幸せそうですね。

  • 優しくて少し切ない、素敵なお話でした。ウィスプの動きがかわいいな、と思ったら、そういう存在だったんですね。主人公が本当に素直ないい子だからこそ、婆やの気持ちが分かって胸がギュッとなりました。お話全体にも温かい素直さが溢れていて、安心して読めました。

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