ハチ公の憂鬱(脚本)
〇古代文字
万物には魂が宿る──
精霊信仰、アニミズム
長い年月使い込まれた道具は
ヒトの想念を受け
時に霊性を得る
ボロボロの古鍋も
100年使えば神になるのだ
これを付喪神(つくもがみ)という
ならば
〇ハチ公前
長い間、あらゆる人々に
待ち合わせ場所として
使われ続けた『ハチ公像』
古鍋が神となる世界なら
ハチ公像が魂を持っても
なんら不思議ではない──
〇渋谷駅前
ファッション、雑貨
グルメにカフェ
“おいしい”と“楽しい”を
詰め込んだオモチャ箱
東京・渋谷
この街を、私は
〇ハチ公前
ずっと見てきた
・・何十年も人の声に晒されたら
ただの犬の銅像でも
意思の一つは持ってしまう
けど世の中は変な奴ばかり
例えば
観光客「オー!ハチ!」
観光客「フェイスフルドッグ!」
観光客「レッツセルフィー!」
やたらと私を撮る奴
〇ハチ公前
配信者「どーもー!ショーくんTVでーす!」
配信者「今回は・・コレ!」
配信者「スマホにある一番えちえちな写真 ギリ配信できる説〜!」
配信者「ハチ公前待ち合わせ中のお姉さんで」
配信者「検証したいと思いまーす!」
変に興奮した奴
パフォーマー「YO!YO!」
パフォーマー「チェケラ」
〇東急ハンズ渋谷店
パフォーマー「徒歩8分で東急にハンズ」
パフォーマー「早急にダッシュ 連休にラッシュ」
パフォーマー「もう発奮で会計にキャッシュ」
パフォーマー「彼女にプレゼンツッ サンキューなセンス!」
〇ハチ公前
パフォーマー「イエァ!」
挙動不審な奴に
酔っ払い「う〜い・・ヒック」
酔っ払い「お!ハチ公!」
酔っ払い「お前も飲めっ!」
・・酒をぶっかける奴もいる
なんだこいつら
本当に度し難い
・・・
だけどたまに
女の子「おかーさん!おかーさん!」
女の子「どこぉ・・?」
女の子「うぅ〜どこなのぉ・・」
神様らしいこともやってみる
もちろん私はただの銅像
勝手に動けない
ワンとも鳴けない
でもこんな時は
いつもより精一杯
人の心に呼びかける
そうすれば・・ほら
お母さん「ななみ!?ななみー!!」
女の子「あっ・・」
女の子「おかーさんっ!」
お母さん「ななみ!」
お母さん「ごめんね!怖かったね!」
女の子「ううん」
女の子「犬さんと一緒だから怖くなかった!」
女の子「・・泣いてないよ?」
お母さん「犬さんって・・あぁ」
「あのお犬さんはね ハチっていうお名前なんだよ」
女の子「ハチ?」
お母さん「そう、ハチ」
女の子「そっか!」
女の子「じゃーね!ハチさん!」
・・こんな具合に引き合わせる
私はただの銅像
待つべき主人もいない
だが私が目印となって
人と人とが巡り合う──
この瞬間にハチ公として
やりがいを感じてしまう
どうしようもなく嬉しいのだ
・・なんてね
〇ハチ公前
──2020年1月
冬になった
銅像だから寒くないが
道ゆく人の服装が変わるのは
見てて楽しい
通行人「聞いた?」
通行人「なんか変なウイルス上陸したらしいよ」
通行人「新型肺炎?コロナ?だっけ」
通行人「でもSARSの時も結局」
通行人「大したことなかったし」
通行人「多分大丈夫でしょ!」
・・またあの話題だ
妙な病気が流行っているのか?
まあ銅像の私には
関係ない話だが
〇ハチ公前
2020年2月
最近、人が減った
外国人がいない
海外の言葉に触れるのは
新鮮で楽しかったのに
ちょっとだけ寂しくなった
〇ハチ公前
2020年3月
さらに人が減った
スーツ姿を見かけない
静かな渋谷も悪くないけど
待ち合わせに使われないのは
少し、悲しい
〇SHIBUYA SKY
2020年4月7日
緊急事態宣言、発令
〇公園通り
〇渋谷のスクランブル交差点
〇ハチ公前
人が、消えた
どこにもいない
何でだろう
こんな光景はじめてだ
しぶやって、こんなに広いのか
〇ハチ公前
2020年5月4日
宣言延長を決定
まだ いない
人のこえが
きこえない
ぼーっとしてきた
こと葉を
わすれちゃいそうだ
〇ハチ公前
2020年5月14日
8都道府県で宣言延長
きょうも ひとが
いない
どうして
だろ
・・
なんだか
・・
・・ねむい
〇ハチ公前
2020年5月21日
東京、基準満たさず宣言継続
・・
あ
〇黒
・・もう
・・
・・───
──さよなら
・・・
・・
〇ハチ公前
2020年5月25日
緊急事態宣言 全面解除
女の子「あっ!ハチさん!」
女の子「ね、お母さん!ハチさんだよ!」
・・
女の子「あれ?」
女の子「いないのかな?」
お母さん「なに言ってるの 目の前にいるじゃない」
・・
女の子「んーん、いないよ」
女の子「寝ちゃったのかな」
女の子「・・いいや!また来るね!」
〇ハチ公前
2020年10月
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