読切(脚本)
〇空っぽの部屋
・・・ふと目覚めると、
私は見知らぬ部屋に立っていた。
私(・・・ここは、いったいどこだ?)
部屋には何もない。
ただ、目の前には扉がある。
無機質な扉が一つだけ置いてある。
・・・どうしたものか。
ここがどこだか分からないが、
分かるとすれば一つの扉があるだけだ。
・・・どうしようか。
私「・・・開くしかないか」
私はどうしようもなく、
ガチャリと扉を開いた。
家には家族も待っているし、
仕事だってある。嫌でも帰らなくては・・・。
〇散らかった職員室
私(・・・仕事場じゃないか)
扉を開いた先にあったのは、
普段の職場だった。
この歳になると仕事も忙しく、
皆が帰ってからも1人残ることが多い。
私「・・・あの扉はなんだったんだ? まあ、いい。とりあえずこれで帰れるか」
私はそう思い、
オフィスの扉を開こうとする。
しかし、扉は重く開かない。
まるで鉛のように重かった。
・・・ガチャガチャとしているうちに、
私は疲れて少し休息を取っていた。
ふと、横を見ると扉がある。
あの扉だ。
私「・・・こっちは開くのか」
ふと、私は自分の机の上に眼鏡が置かれていることに気がついた。
私「・・・眼鏡?私はかけないのだが」
私はそんなことを考えながら、
無意識に眼鏡を手に取り扉を開いた。
私(早く帰りたいんだが・・・)
〇廃墟と化した学校
目の前には学校があった。
・・・よく見れば、懐かしい場所だ。
私「うちの高校じゃないか・・・」
時間も会社と変わって夕方。
訳はわからないが、私は棒立ちになる。
ふと、昔のことを思い出した。
私(妻と出会ったのも高校だったな・・・)
〇黒
私と妻が出会ったのは高校の頃だった。
同級生だった私と妻は、
委員会で親しくなり、付き合うこととなった。
私は真面目を絵に描いたような男だった。
そんな私にも、妻は優しく接してくれた。
そんな人間は初めてだった。
・・・最近は仕事で帰れない日々が
続いてしまい、申し訳ないとは思っている。
仕事が落ち着いたら帰らないとな。
〇廃墟と化した学校
私(・・・いかんいかん。 校門を乗り越えれば帰れるだろ)
私「・・・っ。重い・・・ッ! なんで開かないんだ・・・ッ!」
校門はびっくりするほど重く、
乗り越えようとしても
なぜか足が重くて上がらない。
私「・・・またこの扉か・・・」
この扉がなんなのかは分からない。
ただ、この扉だけは開く。
それを私ははっきりと理解していた。
私「・・・開ければいいんだろ」
私「・・・カレンダー?・・・ってかなり古いな・・・」
扉の目の前にはカレンダーがかけてある。
随分前のものだ。
・・・なんとなく一瞥して、
私は次の扉を開いた。
〇CDの散乱した部屋
扉の向こうには懐かしい光景があった。
実家だ。
といっても、親とは連絡も取ってないし、
勿論実家にも帰ってないのだが。
私(・・・見たくもない場所だ)
父親と母親は仲が悪く、
私は肩身の狭い思いをしていた。
自分の部屋だけが私の居場所だった。
私「・・・いい加減家に帰らせろよ!」
声をあげても返事はない。
窓は重く閉ざされており、
リビングへの扉も開かない。
私「開けりゃいいんだろ!開けりゃ!」
ふと机の上を見ると、
酒瓶とお猪口。
父親のものだった。
私「俺は酒が大っ嫌いなんだよッ!!」
とっとと帰してくれ。
そんな気持ちとともに、
俺は蹴飛ばすように扉を開いた。
〇一戸建ての庭先
扉を開くと、目の前には家があった。
自宅だ。
私(・・・やっと帰れた・・・)
私は家の扉に手をかけ、開こうとする。
・・・しかし、扉は開かない。
私「なんの冗談だよ・・・!おい、開けてくれ!」
俺がそう声をあげても、
ピクリとも扉が開く気配はない。
ふと、足元に何かが落ちていることに
俺は気がついた。
私「これは・・・」
閉じられた鍵を手に取る。
すると、突然頭の中に何かが走る。
声のようなものだった。
〇黒
酩酊するな、酔っていられるのも
夢の中だけだ。
妻「あなたが家に帰ってこないのが 悪いんですよ・・・」
破った過去は戻せない。
見ることができるのは現実だけだ。
私「ふざけんな! 俺はお前のために仕事を、 仕事を頑張ってるんだよ・・・ッ!!」
お前は周りが見えていない。
逃げるな 逃げるな 逃げるな
逃げるな 逃げるな 逃げるな
逃げるな 逃げるな 逃げるな
逃げるな 逃げるな!!
私「ああああああああああああッ!!」
〇黒
【とある警官の記録】
30代男性、死因は過労死。
仕事の忙しさで
ストレスが蓄積していた模様。
家に帰れない日々のうちに
妻に愛想を尽かされ家を出て行かれる。
妻は夫のことを心配していたが、
夫は聞く耳なしだった。
私「早く帰って妻に孝行してなんないとな」
妻と実質離婚してからも、
仕事場ではこのように言っていたとのこと。
統合失調症を発症していた可能性あり。
死ぬ前に幻覚を見ていたのか、
没前最後に声をかけた同僚曰く
こう言ってたとのこと。
私「扉が・・・目の前に・・・どこだ・・・?」
過労死という言葉は現代日本の鏡のようなもので、その報いがないことは本当に虚しく苛立たしいことですね。主人公がそれぞれの重い扉を胸が張り裂ける想いで開こうとしていたのか、想像しながら読み終えました。
現実は過労状態とはいえ問題事を避けるような”扉”を開けて進むも、頭の中では見たくないシーンへの”扉”を開けざるを得ない状況に追い込まれる。辛さが身につまされます。
ここ最近はコンプライアンスや36協定など、働く側を守るルールも重視されてきてブラックも減ってきていますが…、でもまだまだたくさん過労死につながるような仕事はありますよね…。
明日は我が身、気をつけます。