追憶演技(脚本)
〇綺麗な病室
由美子「あら、徹、良く来たわね」
徹(トオル)「元気そうだね。 母さん。今日は人を連れてきたよ」
由美子「誰かしら?」
徹(トオル)「香織って言って俺の彼女。で婚約したんだ」
由美子「ああ。そうなの。突然ねぇ」
徹(トオル)「ごめん。知り合ったのがつい最近でさ」
由美子「文句はないわよ。べっぴんさんだしねぇ」
香織「ありがとうございます。・・・・・・由美子さん。徹さんとの結婚を許して下さいますでしょうか?」
由美子「香織さん。・・・・・・私はあなたのこと良く知らないけど、きっと徹が選んだのだから素晴らしい人なのでしょう」
由美子「徹を、よろしくお願いします」
香織「はい」
由美子「徹。あの人たちのようにならずに、子供を育ててあげなさい」
徹(トオル)「母さん? それは、どういう意味・・・・・・?」
由美子「何か変なこと言ったかしら?」
徹(トオル)「あの人たちって誰?」
由美子「・・・・・・なんでもないわ。ちょっと寝ぼけていたのね」
徹(トオル)「そうか?」
由美子「そうよ」
俺たちはその場を後にした。
〇街中の道路
徹(トオル)「どういう意味なんだろうなぁ」
香織「徹君。お母様とは結構離れているのね。お母様は何歳?」
徹(トオル)「72」
香織「徹君は?」
徹(トオル)「30」
香織「やっぱり・・・・・・ 晩婚かしら?」
徹(トオル)「まあね。中々子供ができないから、不妊治療をやったとも聞いたな」
香織「ふぅーん」
〇綺麗な病室
徹(トオル)「母さん。何か欲しいものはある?」
由美子「あなた?いつからそこにいたの?」
徹(トオル)「母さん・・・・・・?」
いつもは物忘れが多いぐらいだが今日の様子は変だ。
由美子「嫌ねぇ。母さんって、私は妻でしょうに。忍さん」
父の名前だった。三年前に亡くなったばかりの。
何も言えずにたじろぐ。
由美子「徹はどこかしら?徹、結婚するとか何とか言っていたわ。私たち、あのことを黙ったままでいいのかしら?」
徹(トオル)「あのこと?あのことって何だい?」
由美子「忘れてしまったの?あれだけ苦労したというのに。呆れたわ」
徹(トオル)「俺に、何か隠しているのか?」
由美子「そうね。あの人たちには気の毒かもしれないけど、私たちには徹が必要だわ」
また、あの人たちだ。
徹(トオル)「あの人たちって誰なんだ?教えてくれよ!母さん!」
その時、母の目に光が戻ったようだった。
由美子「徹・・・・・・?あら、徹じゃない。 嫌ね。誰かと間違えてたのかしら」
徹(トオル)「母さん。あの人たちって・・・・・・」
由美子「?」
母は何も覚えていないようだった。
俺は質問を繰り返したが全て無駄に終わった。
〇アパートのダイニング
徹(トオル)「ってことがあってさぁ。どうしたらいいのかなぁ香織」
香織「どうやら結婚が契機のようね。何かしら?まあ、一つだけ分かることがあるわよ」
徹(トオル)「ん?なに?」
香織「お母様は徹君にはその話をしたくない、ということよ。無駄な詮索は止しておけば?」
徹(トオル)「俺には・・・・・・ねぇ」
〇綺麗な病室
由美子「忍さん。また来てくれたのね」
徹(トオル)「・・・・・・ああ。待たせたな」
俺は、父さんの真似をすることにした。
父さんなら何か知っていたかもしれない。自然と口も軽くなるだろう。
軽い罪悪感を覚えながらも母の勘違いを続行させる。
徹(トオル)「徹のやつが、そろそろ結婚するらしい。あのことを言うべきじゃないか?」
由美子「別に真に受ける必要はありませんよ」
徹(トオル)「へ?」
本当のことなんだが・・・・・・?
由美子「徹はまだ小さいんですから、大人になってから会わせると約束したはずですよ」
どうやら、俺の外見に辻褄を合わせるために母の記憶は大分若返ってしまったらしい。
母の中では俺はまだ子供のようだ。
徹(トオル)「それって誰のことだ?」
由美子「忘れてしまったんですか?・・・・・・ん?あれ?徹?ひょっとして徹かしら?」
失敗した。違和感が大きいと気が付いてしまうのか・・・・・・。
俺は適当に取り繕ってその場を後にした。
〇アパートのダイニング
徹(トオル)「真似が完全にできるわけじゃないしな、困った」
香織「ま、大体分かったけどね」
徹(トオル)「マジ?」
香織「ええ。婚姻届けのための書類を用意すれば、自ずと分かるはずよ」
〇綺麗な病室
由美子「忍さん。ちょっといい?」
今日の様子はいつもと違う。
相変わらず俺を父と間違えているままだが、雰囲気がどこか聡明だ。
由美子「あの人たちのことを、徹に言うべきだと思います」
由美子「あの子は結婚を控えているようでした。そうしたらいつまでも隠し通しておけることじゃありません」
千載一遇の好機とはこういうことを言うのだろう。緊張でカラカラに乾いた口を開く。
徹(トオル)「そうだな。 ・・・・・・徹には、俺から伝えておく」
由美子「ええ。お願いします。私たちと血がつながっていないと知れば、ショックを受けるでしょうから」
一瞬、頭が真っ白になる。
そうだったのか。
思い返してみれば分かる話だ。俺と二人は、年がかなり離れている。
そして不妊治療。恐らくは失敗したのだ。
養子、ということか。
徹(トオル)「本当の親には・・・・・・」
由美子「ええ、あの人たちの連絡先は二階の箪笥に入っています」
「あのひとたち」・・・・・・そういうことだったのか。
俺は軽く深呼吸をする。そのまま扉に手をかけ、一瞬振り向く。
徹(トオル)「分かった。 けど、俺の母さんは母さん一人だから」
そう言って俺は、病室を後にした。
由美子「・・・・・・・・・・・・」
由美子「そういう話ってことにしたほうが、良いのよね ・・・・・・」
その呟きは部屋の天井に跳ね返って、誰の耳に届くことも無かった
演技をしていたのは、息子さんだけではなかったと言うことでしょうか。
血のつながりがなくても、二人は立派な親子だと思うんです。
認知症を上手く利用して…、なんだかどちらも気の毒になってしまいました…。
しかし血の繋がりがなくても、間には血縁以上の関係があるようにも感じます!
由美子さんの最後のつぶやきはどういう意味なのでしょうか?気になります!
認知症になった母親から知らなかった事実を知らされるってちょっと勇気がいりますね。