eye~目に見えないもの~

吉永久

読切(脚本)

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吉永久

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〇雨の歓楽街
  彼女と出会ったのは、降りしきる雨の日だった。
  突然の雨に見舞われ、雨宿りをしていると、足元に「白杖」が転がってくる。
透「あ・・・・・・」
  見上げると、手探りでなにかを探す彼女の姿がある。
  何があったのかと周囲を見渡すと、足早に去る男性の背中が見えた。
  どうやら、ぶつかられたらしい。
瞳「あの、すいません」
瞳「よければ、白杖を一緒に探してくれませんか?」
  彼女がそう声をかけてくる。
  どうしようかと思っていたが、見るに見かねて拾うことにした。
透「どうぞ」
瞳「ありがとうございます」
  彼女は特に訝ることなく受け取った。
瞳「よければ傘、入っていきますか?」
透「え?」
瞳「雨宿りされてたんですよね?」
透「わかるんですか?」
瞳「はい。声や雰囲気で」
透「なるほど」
  せっかくの好意を無下にするのも躊躇われ、人通りもまばらになりつつあったので、彼女の申し出に甘んじることにした。

〇一軒家
瞳「すいません。結局、送ってもらっちゃって」
透「気にしないでください」
瞳「家はここから近いんですか?」
透「・・・・・・そうでもないですね」
瞳「もしよければ、雨が止むまで上がっていきます?」
透「いえ、突然押しかけたら、ご家族も迷惑でしょうし」
瞳「大丈夫です。親も事情を話せばわかってくれます」
透「・・・・・・それでも、今日のところは遠慮しておきます」
瞳「そうですか。では、せめて傘を使ってください」
透「本当に僕のことは気にしなくていいですから」
瞳「そういうわけにもいきません」
瞳「雨宿りしているところを連れ出したのは私なんですから、濡れて帰らせるわけにはいきませんよ」
  できることならば、もうこれ以上彼女とは会わないほうがいいのだが、傘を借りてしまえばそういうわけにもいかなくなる。
  なのに、
透「じゃあ、お言葉に甘えて」
  そう言ってしまったのは、彼女の気迫に押されただけではなさそうだ。

〇池のほとり
  そして、彼女との交友の日々が始まった。
  普段は公園でとりとめのない話に興じる程度だったのだが、ある日突然、
瞳「映画館に行かない?」
  と誘われた。
透「え?」
透「でも、だって君は・・・・・・」
  言い淀んでいると、彼女が笑い出す。
瞳「大丈夫だよ。最近は、視覚障害者向けに副音声を聞けるようになっているんだから」
  この時間帯なら人の入りもまばらだろう。
  異論はないので、向かうことにした。

〇映画館の座席
  案の定、さすがに平日の昼間ともなると空席が目立った。
瞳「前から見たかったんだよね。楽しみー」
瞳「この映画知ってる? 幽霊になっちゃった主人公が、恋人を守ろうとする話なんだよ」
透「いや、恋愛映画には疎くて」
瞳「そうなんだ」
瞳「もしかして、興味なかった?」
透「いや、そんなことはないけど、一人で見ていいものなのかわからなくて」
  そう言うと、彼女がくすくすと笑いだした。
透「僕、変なこと言った?」
瞳「ううん。ただ、私も同じこと思ってたから」
透「え? だって、前から見たかったって」
瞳「うん。だから、こうして誰かと観に行きたかったの」
透「それって・・・・・・」
  と、その時、劇場の照明が落ち、映画の始まりを告げる。
瞳「じゃあ、また後でね」
  彼女がイヤホンをつけ始めたので、それ以上聞くに聞けなかった。

〇池のほとり
  映画館を後にすると、外はすっかり暗くなっている。
  しかし、このまま帰る気にもなれず、それとなく公園へと足を向けた。
瞳「面白かったねー」
透「え、ああ、そうね」
  正直、上映前の彼女の発言が気になってしまい、あまり内容に集中できなかった。
透「ねぇ、ところでさ」
  改めて尋ねようと思ったのだが、その前に彼女が切り出す。
瞳「私ね」
瞳「生まれた時から目が見えなかったから、いつかこの目で世界を見たいって、ずっと思ってた」
瞳「親もね、私のために必死にドナー探してくれてたんだ」
透「見つかったの?」
瞳「うん」
透「受けるの? 手術」
瞳「今はそう思ってる」
透「今は?」
瞳「初め見つかったって聞いた時にね、怖くなったの。もし私の見たい世界が、私の想像通りじゃなかったらって」
瞳「いっそこと見えないままのほうがよかったって思うんじゃないかって」
瞳「勝手だよね。自分で見たいって言っておきながらさ」
透「そっか」
瞳「でもね」
瞳「例え後悔することになったとしても、受けてみようってそう思ったの」
透「どうして?」
瞳「あなたのおかげだよ」
瞳「あなたと、あなたの見ている世界を見てみたくなったの」
透「そう」
瞳「だからさ、それまでさっきの答えはお預け」
瞳「帰ってきたら、その時また話すね」
透「・・・わかった」
瞳「またね」
透「うん、また」
  翌日、彼女は旅立った。
  次に彼女が戻って来た時は、今度は僕が彼女の目の前からいなくなるだろう。
  彼女が生まれつき目が見えないのと同じように、
  僕は生まれつき誰の目にも映らない、
  いわゆる、透明人間だからだ。

〇雨の歓楽街
  彼女の帰ってくる日は、あいにく天候に恵まれなかった。
  元来、透明人間と雨は相性が悪い。
  いくら透明人間と言えど、物体まですり抜けることはなく、
  雨の中では体が雫を弾き、姿をくっきりと浮かび上がらせてしまう。
  かと言って傘を持つのはもってのほかだ。
  傍から見れば、傘が宙に浮いているように見えるだろう。
  つまるところ、雨宿りを余儀なくされてしまうのだった。
  と、そこに、「白杖」が転がってくる。
???「すいません。よければ、拾ってくれませんか?」
  見上げると、彼女がいた。
透「どうして・・・・・・」
  問いかけると、彼女が照れくさそうに笑ってこう言った。
瞳「愛、かな」

コメント

  • 名作ですね‼
    最初から名作を書いてらしたのですね!
    透明人間という、どんでんを更にまたひっくり返す、愛が素晴らしい。
    構成の妙が、キャラクターの美しさにつながっているところが達者ですね‼

  • とても心温まる作品でした。
    透明人間でも、元々見えなかった彼女にはわかったのかもしれません。
    愛する人がどんな形だったとしても、彼女にはわかるというか…。

  • とても心癒される作品でした!
    本物の愛は目で見えるものだけではないのかもしれませんね。
    目が見えなくても、姿が見えなくても、通じるものがあれば…いやぁなんか心洗われました!

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