独りが二人

孫一

独りが二人(脚本)

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孫一

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〇広い改札
  待ち合わせ場所に佇む私。
  その前で
  男が足を止めた。
  目印の「不老不死」と書かれた私のポシェットを見詰める。
衛「不死鳥の虎さんですか?」
  そう訊かれ笑いを堪える。
  適当につけたハンドルネームを真顔で呼ぶな!
さえ「うん。君がヨモギ饅頭さん?」
衛「はい。ヨモギ饅頭です」
  会釈を交わす。こんな会話は初めて。
さえ「行こっか」

〇ネオン街
  歩きながら彼を横目で見る。
  スーツ姿にセットした髪。真面目で清潔そう。
  でもまだスーツに着られているかな。
衛「凄いですね、不死鳥の虎さん」
衛「ご本人とアバターが 信じられないくらいそっくりです」
さえ「ぶは!」
  呼びかけに噴き出す。
さえ「あー、本名、さえって言うの」
さえ「名前で呼んで。笑っちゃうから」
衛「僕はまもると申します。 中田衛、二十三歳です」
さえ「よろしくね、衛君」
さえ「そう、よく似ているでしょ。私とアバター」
  似ていて当然だ。可愛くできたので気に入っている。
さえ「ところで衛君は女の子とよく遊ぶの?」
衛「仕事以外で他人と出掛けることはありません。友達がいないので」
さえ「おー、そうか。独りか」
さえ「自由でいいね」

〇大衆居酒屋
  友達のいない衛君と並んで居酒屋に入る。
さえ「私、焼酎のロック。 つまみは刺身の五種盛と茄子の一本漬け」
衛「僕はカシオレと唐揚げ、フライドポテトで」
さえ「男の子っぽいね」
  頼んでから気付いた。
  カシオレに刺身は合わないね。
  お酒を飲みお喋りをする。
  衛君の仕事や休日の過ごし方。
  彼は今日撮った野良猫の写真を見せてくれた。
  友達がいないと言っていたけれど私達は盛り上がった。

〇仮想空間
  現実で会うのは初めてだけど
  電脳世界では知り合って長い。
  ちなみに私アバター(左)。可愛い。
  衛君アバター(右)。趣味全開。
  レースゲームで対戦したのが切っ掛けだ。
  彼のクソ真面目さは画面越しにも伝わって
  珍しい子だと構うようになった。

〇大衆居酒屋
さえ「しかしリアルで話していても君は真面目だね」
衛「・・・・・・そうですか」
さえ「あれ、嫌そうじゃん」
衛「もっとはっちゃけた性格がよかったです」
さえ「はっちゃけてどうしようっての」
衛「友達ができたのかな、と」
  私は焼酎を飲み干した。何杯目だっけ。
  面倒だから次はまとめて三杯頼むかな。
さえ「友達、欲しい?」
衛「・・・・・・はい」
  そうだよね、よくわかる。
さえ「その気持ち、大事にね」
  グラスの淵を指でなぞる。
  言葉を返せない衛君にメニューを渡した。
さえ「私は同じ焼酎のロックを三杯と冷やしトマト。君は?」
衛「えっと、カシオレとメンチカツを」
さえ「揚げ物好きだねぇ。若い!」
  タッチパネルで注文を済ませる。
  衛君は少し体を揺すり口を開いた。
衛「さえさんもお若いです。 お酒も強い。凄い量を飲んでます」
さえ「ま、ね」
衛「酔わないんですか?」
さえ「人間じゃないからね」
  私の言葉に首を傾げた。
さえ「正確には、人間だけど人間じゃない、かな」
  この子は本当に真面目だ。
  安易に茶化したりツッコんだりしない。
  言葉を真摯に受け止め
  きちんと消化し
  相手に返そうとする。
衛「人間じゃない、ですか」
さえ「うん。ほら」
  プラスチックの箸を自分の手の甲に突き立てる。
  箸が折れた。
さえ「ね?」
  衛君は箸を見て
  手を見て
  私の顔を見た。
さえ「八百比丘尼って知ってる?」
  運ばれて来た焼酎に口をつける。
  仕事の早い良い店だ。
衛「人魚の肉を食べて八百歳まで生きた尼さんですか」
さえ「人魚の肉を食った者が一人きりとは限らないのさ」
さえ「何人もいたから伝承も散り散りに残ってる」
さえ「その一人が私」
さえ「何年生きたか忘れちゃった。 尼さんでもないし」
さえ「自分の時間が止まった、ただの不老不死だよ」
  永遠を生きる者。暇人だ。
  まあ人間の進歩を眺めるのは面白い。
  電脳世界も結構楽しい。

〇仮想空間
  可愛いアバターを作れて気に入ったから
  自分の顔もそれに変えた。
  しばらくこの顔で過ごすつもりだ。

〇大衆居酒屋
さえ「そんな果てしない年寄りから見ても君はいい子だ」
さえ「真面目で 優しくて 生き辛い子」
さえ「電脳世界で気付いたから 心配してリアルでも会いに来たの」
衛「そう、ですか」
さえ「君は生きるのに苦労するだろう」
さえ「でもさっき言ったように 友達が欲しいという気持ちは大事にしな」
さえ「有限の時間を過ごす人間でなければ 抱けない感情なのだから」
  ちょっと超越者ぶる。
  衛君は少し黙り込み、はい、と頭を下げた。
衛「あの、さえさんと友達になりたいのですが それはあのどうですか」
  不器用な問いかけ。
  吹き出しかけて堪える。
  一生懸命気持ちを伝えた人を笑うのは失礼だ。
さえ「とっくに友達でしょ」
  互いを指差し微笑む。
  衛君は顔を真っ赤にした。まるで告白だ。

〇大衆居酒屋
  そしてごめんなさい。胸中で謝る。
  私はいつか、君に何も言わず姿を消す。
  仲良く過ごす日常のある時、突然いなくなる。
  君達人間が悲しむのはわかっている。
  でも死に別れを見送るのは辛いんだ。
  一緒にいると離れ難くなるんだ。
  境界線を越える前、
  私は一方的にお別れをする。
  だけど一人は寂しい。私も友達が欲しい。
  故に相手の気持ちを踏み躙りながら
  私は人間の隣に立つ。
  ありがとうございます、
  と衛君の声が聞こえる。
  ごめんね。君は必ず裏切られる。
  わかっていても私、寂しさに抗えないんだ。
  君も独りだからわかってくれるよね。
  私がいなくなる前に
  君に友達ができるよう私も頑張るから。
  だから、許して。
  純粋な人間と
  身勝手な八百比丘尼の夜が更けてゆく。
  楽しくも、哀しい夜が。

コメント

  • 不老不死の存在にとって、唯一の友も敵も「想像を絶する孤独」なのかもしれませんね。さえに八百比丘尼だと打ち明けられた衛が「よかった。これでやっと長く付き合える友達ができる。ぼくはヴァンパイアなんです」とか言って不老不死コンビが誕生するパラレルワールドがあったら、ちょっとだけほっとするなあ。

  • 2人の行動や内面の描写がとてもリアルで細かいので、居酒屋で語らう姿が目に浮かぶようでした。特に、さえさんの心の内の本音が、悲しさと優しさが織り交じっていて心に響きます。
    衛くん、カシオレと揚げ物ばかり、、、今時のオトコノコですねw トシをとると、刺身や煮付けや漬物と、それに合うお酒をチョイスしたくなるんだぞーと言いたくなります(白目)

  • いつかさえさんが彼の前からいなくなっても、きっと永遠に彼女への友情が心に残り、寂しさも懐かしさに変わる日がくるんだと思います。私は新たな出会いがあれば、別れもあると割り切っているタイプなので、特にそうであればと願います。

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