読切(脚本)
〇マンションのエントランス
ピーッ
立花「あれっ!?」
天高くそびえたビルの入り口は固くなに閉ざされたまま無機質なエラー音が鳴り響いた。
立花「おかしいな・・・すみませーん!」
警備員「・・・・・・」
入り口の向こうに立つ警備員に声をかけてみたものの、俺の声を無視して外を見据えまま動かない。
対処するまでもない。ただ一言、『帰れ』という無言の圧を感じる。
不運にもサーモセンサーに引っ掛かった俺を誰
も気にかけず、周囲の人々は俺を通り過ぎては入り口の中に吸い込まれてゆく。
強行突破しようにも、警備員の目がある以上は下手な行動はできない。
以前は熱があっても無茶して出勤していたが、世の中が一変してからもうそのような行為も許されないご時世になってしまった。
どうしよう。今日は大事なプレゼンがあるってのに・・・
「よお、なんだ?入れないのか?」
途方にくれていると不意に後ろから声を掛けられた。同僚の上原だ。
立花「上原よ、助けてくれー」
上原「助けてもなにも入れないなら諦めるんだな」
上原「さっさと帰った帰った」
立花「他人事だと思って笑うなよ。大事なプレゼンを控えているのにこんな日に限って入れないなんて・・・参ったよ・・・」
上原「プレゼンってあんなに夜遅くまで熱心に準備してたやつだよな?」
立花「そうさ、入念に準備したのにここまで来て門前払いくらうとか・・・やってもやりきれねーよ」
上原「なんというか・・・仕事の熱はあっても会社に入れないなんて哀れだな」
立花「人の苦労も知らずに哀れの一言で片付けるなよ!あの資料にどれだけ時間かけたかお前にわからないだろうな」
上原「それでも入れないのなら仕方ないだろう?」
上原「まぁ事情は俺が上司に言っといてやるから、今日はお前は帰って休めよ。家でゆっくり寝とけ」
立花「でも・・・」
上原「無茶がしすぎて体が堪えたんだろ。お前の気持ちも分かるが、今入れば会社に迷惑をかけるのはわかってるだろ?なっ?」
上原はそう告げると、俺の肩を同情しながら数回叩いた。
後ろ髪は引かれたが、熱がある以上会社には入る事すら許されない。俺はなす術なくそのまま帰路に着くしかなかった。
〇散らかった職員室
~上原SIDE~
上原「おはようございます。部長」
部長「おお、上原か。プレゼン準備はもう出来ているのか?」
上原「はい、勿論です。大きなプロジェクトですからね。入念に準備しているのできっと通ると思います」
部長「随分と自信があるようだな。立花の事は残念だった。しかし、熱があったあいつの分もお前には期待しているからな」
上原「はい、任せてください!」
あいつには熱があった。
・・・いや、熱がありすぎた。
それ故にあいつは仕事に熱を入れすぎてプレゼン準備中、夢半ばで事切れた。
居合わせた俺はそれをチャンスだと思った。
切磋琢磨していたライバルを蹴落とすにはうってつけだと魔が差した勢いで奴の資料を奪い去った罪悪感は後から襲ってきた。
・・・見捨てた事は正直悪かったと思っている。
それでも社会を上手く渡り歩くには、何かを切り捨てなければ生きていけない時もある。
あいつが倒れた時がまさにその時だった訳だ。
立花はやりきれない無念からか、今でも出勤を続けている。
唯一俺にだけ視えていると気づいた瞬間、これは何らかの罰かと思った。
そんな立花にしてやれる事といえば大人しく家に返してやる・・・今の俺にはただそれだけしかできなかった。
あいつの気持ちを考えれば、なにもできずに終わった悔しさは俺が考えるよりも遥かに計り知れないものだろう。
だからこそ、今日の俺のプレゼンはあいつのためにもなるだろう。
そしてプレゼンが成功した暁には、あいつのために用意されていた席には俺が座る。
上原「安心しろよ、お前の代わりに絶対俺が成功させてやるからな」
誓った先のデスクには、一輪のユリが美しく咲き誇っていた。
最近は熱があると入れてくれませんよね…と思って読んでいたら、最後はすごいことになっててびっくりしました。
いやなんかすごいどんでん返しですよ!
今のご時世らしい検温に引っかかって入れないというまさに現代っぽいなーと思い不運だなぐらいに思って読んでいたのにまさかのエンディングで面白かったです!
今のご時世によくある、発熱によるサーモセンサーチェックでの立ち入り不可だとおもいましたが、、、上手くミスリードされました。してやられましたが満足です。