読切(脚本)
「今度は田辺君だって」
〇山中の川
私(えっ、田辺君が!?)
また一人、クラスメイトがいなくなった。
森へ薬草採取に出かけた田辺君だ。
もっと詳しく知りたくて、
女子たちの会話へ耳を傾ける。
女子生徒A「採集の作業中に、いつの間にか居なくなってたんだって」
女子生徒A「班の皆で森を捜したら、田辺くんの薬草カゴと小刀が見つかったんだけど」
女子生徒A「ひらけた場所に、並べて置いてあったそうなの。まるで、皆へ残していったみたいに」
念のため、痕跡があった周辺を捜してみても
田辺くん本人は勿論、かけていた
眼鏡さえ見つからなかったそうだ
女子生徒B「きっと日本に帰ったんだね!」
女子生徒A「いいなぁ。次は誰の番だろ?」
女子生徒B「誰が先でも、おめでとうって祝福しようね」
女子生徒A「みんな最高の仲間だもん。当たり前だよ!」
クラスの結束はかたい。
今回の『事故』のおかげで、一人一人の絆が深まった。
私(この会話には入れない。だって、一緒に喜べないもの)
私「・・・洗濯、終わったから、物干し場に行ってくるね」
女子生徒A「もう終わったの!?」
女子生徒B「ヤバっ! うちら、お喋りしてて、全然作業が進んでない!」
私「洗い終わった分、持っていくよ。私のと一緒に干しておくね」
女子生徒A「迷惑かけて、ごめん」
私「これくらい、どうってことないって」
女子生徒B「ありがとう!」
女子生徒A「明日は早く終わらせて、うちらが手伝うよ!」
私「ホントに気にしないで。じゃ、先に行くから」
〇森の中
私「あっ!」
? ? ?「ん?」
? ? ?「やぁ、川で洗濯かい? 仕事頑張ってるね」
私「いえ、あの・・・村に住まわせていただいて、とても助かっています」
私「洗濯くらい、何でもありません」
? ? ?「水仕事は重労働だよ。物干し場に、そのカゴを持っていくのかな?」
? ? ?「重いだろう。運んであげる」
私「いえっ、そんな・・・ 大丈夫ですから」
? ? ?「いいから」
私「本当に、平気です・・・」
? ? ?「物干し場は、俺の家の近くだし、遠慮しないで」
? ? ?「ほら、貸して?」
私「いっ、いやっ!」
私「こっちに来ないで!!」
? ? ?「・・・」
? ? ?「──傷つくなぁ。手伝おうとしただけなのに」
私「ご、ごめんなさい、アウルムさん・・・」
私「今のは、ただ、ビックリしてしまって・・・」
アウルム「へぇ? とてもそうは見えないけど。ずっと震えているじゃないか」
私「そ、それは」
アウルム「体調が悪いのかな。紙みたいな顔色だ」
アウルム「君の仲間は、みんな幸せそうなのに、えらい違いだね」
私「!!」
アウルム「君も、タナベ君がうらやましい?」
硬直する私へ、アウルムは穏やかに微笑んだ。
チラリと彼は空を見上げる。
アウルム「・・・」
私(不機嫌な顔でうつむいてしまった。どうしたんだろう?)
日本とは違う風景がひろがっている。
この三ヶ月、見続けた景観に、変化は無かった。
アウルム「迷惑なようだし、先に行くよ」
いったい、どんな心境の変化だろうか。
肩をすくめた彼は、あっさり引いてくれた。
アウルム「良い一日を!」
私「はぁ・・・はぁ・・・」
私(誰にも言えないけど、アウルムたちが信用できない)
私(──姿を消した人たちは、本当に日本へ帰ったの?)
私(わからない。私、どうすれば・・・)
はじまりは、三ヶ月前。
夏休み半ばにさしかかった頃だった。
〇おしゃれなリビングダイニング
私たちの学校は夏休み中盤に、
三泊四日の学力強化合宿を行う。
兄「合宿か、懐かしいな。俺が在校生だった頃と変わらないんだね」
私「宿泊所の近くに海があるんだって。お兄ちゃんは、行ったことある?」
兄「あるある! 日の出見ようぜって、皆で盛り上がってさ。無駄に早起きしたっけな」
私「海から登る朝日とか、きっと綺麗だよね。私も友達と行ってこよう」
兄「おう。四時起きしてでも、行く価値はあるぜ。早起き出来そうか?」
私「うん! 寝起きはいい方だし、たぶん平気」
私「私より、お兄ちゃんの方が心配かな」
兄「あー。お前が合宿行っちゃうと、二度寝した時、起こして貰えないのか」
私「そ。ほら、あのキモいヤツの世話とかあるんでしょ。早起き頑張ってね」
兄「はぁ~、分かってねぇなぁ。アイツらは、全然キモくねーし!」
兄「むしろ逆だから! ウツクシーのっ!」
兄「もうね、存在そのものが尊いんだよ・・・」
私「ハイハイ」
〇学校の校舎
私「おはよー!」
女子生徒A「おはよ! 合宿、楽しみだね」
女子生徒B「勉強は嫌いだけど、お泊まり大好き」
女子生徒A「わかる~!」
〇観光バスの中
宿泊所を目指してバスが出発した。
だけど、到着する前に・・・
男子生徒A「お、おい! 全然スピードが落ちてねぇぞ!?」
女子生徒B「きっと、ブレーキが効いてないんだ!」
男子学生C「もうすぐ、急カーブがあるのに!!」
女子生徒A「やだぁ! 止まってよぉ!!」
私「きゃあああ!!」
私たちが乗ったバスは、ガードレールを突き破った。
そのまま崖下へ転落し、大破した。
車中に居たはずの私たちは、
何故か無傷で・・・
見知らぬ場所に倒れていた。
〇密林の中
男子生徒B「どこだよ、ここは!!」
女子生徒A「嫌ぁ、なんでジャングルにいるのぉ!?」
女子生徒B「先生と運転手さんが見あたらないよ」
男子学生C「俺たち生徒しかいないって事?」
突然、放り出された過酷な状況に、
全員がたじろいだ。
彼に声をかけられるまで、
私たちは一歩も動けなかった。
? ? ?「やあ皆さん、異世界へようこそ。その変わった服は、転移者だね」
男子生徒A「うわぁ!! 誰!?」
男子学生C「まさかのコスプレ外国人!?」
アウルム「驚かせて、すまない。 俺の名前はアウルムだ。よろしく」
アウルム「困っている様子だったから、声をかけたんだけど、お節介だったかな?」
女子生徒A「とんでもないです! 私たち、バスに乗ってたはずなのに、この森で倒れていて」
女子生徒A「スマホも圏外だしっ、どうしたらいいかっ、わかんなくてぇ!」
男子学生C「泣くなよぉ・・・ぐすっ」
アウルム「大変な目にあったんだね。混乱するのも無理はない」
アウルム「俺が知っている範囲で良ければ、状況を説明してあげるよ」
〇地図
アウルム「ここは、アエテルニタスという異世界だ。 ニホンという国は存在しない」
アウルム「この辺りの土地は空間が不安定でね。異なる世界と繋がって人が迷い込むことがある」
アウルム「つまり、君らの身に起きたのは、異世界転移という現象だ」
アウルム「でも、大丈夫。元の世界と絆が深いんだろうな、いつの間にかみんな帰ってしまうよ」
〇密林の中
男子生徒B「マジかよ、凄い」
男子学生C「ステータス・オープン!」
男子学生C「・・・駄目か。チートは無しだね」
男子生徒A「異世界転移なんて、あるわけねーだろ! 目ぇ覚ませって!!」
アウルム「信じるかどうかは、君らの自由さ。しょせん俺は通りすがりの他人に過ぎない」
アウルム「最後に忠告だけど、日没までに夜営の準備をするべきだ」
男子学生C「夜営って、どうすれば?」
アウルム「獣よけの火くらいは焚かないと危険だよ。この辺りは肉食象の生息圏だし」
男子生徒A「肉食象!?」
アウルム「餞別に、火打ち石をあげようか。使えるかい?」
男子生徒B「火打ち石なんて使ったこと、ありません」
アウルム「うーん、まいったな」
アウルム「良かったら、俺の村に来る? 滞在中は働いてもらうけど」
アウルム「できれば、君たちの世界について教えてくれ。娯楽に飢えてるんだ」
女子生徒A「野宿は危険だって! お世話になろう!!」
女子生徒B「助けて貰えるなんて、私たち運がいいね」
男子生徒B「そ、そうだよな。ラノベなら、初遭遇は親切なお兄さんじゃなく、ゴブリンだし」
アウルム「ごぶりん? 何それ!?」
男子生徒A「えっと、緑色のモンスターで・・・」
男子学生C「モンスターというのは・・・つまり怪物のことです」
アウルム「さっそく面白い話が出てきたぞ」
アウルム「君たち転移者の文化は、興味深いな」
男子生徒A「へへっ」
男子学生C「ホッ・・・」
眉目秀麗なアウルムは、
人当たりが良く、話上手だった。
優しい大人の男性に、みんな心を開いていく。
私は地べたに座り込み、ガタガタ震えていた。
私(違う! 転移なんかじゃない!)
私(どうしよう。事故のショックで、上手く声が出ない・・・)
だって、みんな死んでいた。
ひしゃげたバスの中で、みんな即死していた。
あの惨状の中、生存者は私だけ。
そんな私自身、救助が来る前に息絶えたはずだ。
〇密林の中
アウルム「立てるかい?」
私「ひっ!?」
体が強張る。
私が彼の嘘に気付いたと、
たぶんアウルムは察していた。
アウルム「・・・」
アウルムがチラリと空を見る。
アウルム「はぁ・・・」
肩をすくめた彼は、動けない私を
抱きあげて、村へ運んだ。
〇児童養護施設
村長「歓迎するよ、転移者諸君。自分の村だと思って、くつろいでくれ」
村人B「衣食住の対価に労働力を提供してもらう」
村人B「仕事は水汲みや薪割り、洗濯。主に家事の手伝いだな。無理のない範囲でかまわないよ」
村人A「異界の迷い子たちのために、建てた家があるの。自由に使ってね」
美男美女揃いの村人たちは、
親身になってくれた。
彼らは私たちの話を聞きたがった。
何が流行っていて、どんな価値観で、何が常識かを。
異世界転生、転移、勇者、聖女、エルフにゴブリン。
そんな話まで、熱心に聞いてくる。
〇西洋風の部屋
田辺「異世界から帰れた人たちが、話題にならないのは、どうしてだろう?」
その疑問は度々出てきた。
けれど、村人ではなく、
私たちの誰かが答えを用意する。
男子学生C「正直に話して、誰が信じるんだ」
女子生徒B「転移直後の時間に戻れるのかもよ?」
田辺「そっか・・・。そうだよな」
私「あっ」
私「・・・」
みんな不安を隠していた。
仲間の帰還を疑えば、足元が崩れてしまう。
裏付けのない願望を真実だと思い込むほど、
私たちは寄る辺なかった。
〇空
私「確かめなきゃ・・・」
月明かりを頼りに、歩いていく。
みんなが眠ってから家を抜け出した。
祭壇を設けた聖域だから、
立入禁止と言われた場所がある。
私「消えた人たちが日本に帰ってないなら、きっと聖域に監禁されてるんだ」
〇けもの道
私「そんな!」
そこには、ただ穴があった。
底には干からびた遺体が積み重なっている。
私「い、いや・・・」
私(何か、足にあたった?)
私「これ、田辺君の・・・!?」
アウルム「食事が済んだら、この穴へ捨てている。君たちは、燃やすと嫌な臭いがするから」
私「きゃっ!」
ギクリと背後を振り返る。
アウルムは、私ではなく月を見ていた。
アウルム「逃げなくていいよ。見られているときは食べたくないんだ。別に逃げても構わないけど」
アウルム「自力で生きていけるなら、友達も連れて逃げればいい」
無関心に彼は言う。
月を眺める姿は凄艶だった。
〇本棚のある部屋
「コイツらは獲物の体液を吸うんだ」
ふいに、兄の言葉を思い出した。
虫の飼育を趣味にしていた。私にとっては気持ち悪くても、兄はそれを綺麗だと言った。
「神経質で人前では補食しない。でも、いつか見てみたいなあ」
生き餌でないとろくに食べない。餌は大人しい小虫が適している。
側に置いておくと、いつの間にか補食して、干からびた小虫の死骸が転がっているという。
〇けもの道
私(事故で命を落とした無害な私たちは、意識だけ抜きとられ、新しい体を与えられた)
私(転移ではなく、転生)
私(雑な、コピー・アンド・ペーストの転生)
私たちは、彼らのために用意された、小さな虫だ。
アウルム「そろそろ俺は戻るよ」
アウルム「おやすみ」
何もせず、アウルムが立ち去った。
天上の誰かは落胆しただろう。
彼らのためにクラスごと与えたくらいだから。
私「うぅ・・・ああぁ!」
〇児童養護施設
〇暖炉のある小屋
村長「やあ、おはよう。よく眠れたかな」
村長「ちょうど、朝食の準備が出来たところだ。 遠慮せず食べて行きなさい」
男子生徒B「おはようございます。わあ、美味そう!」
女子生徒B「私たちばかり御馳走になって、いつもすいません」
村人B「俺たちのことは、気にしないでくれ」
村人B「食事は共に出来ないが、君たちと話していると楽しいんだ」
村人A「タナベ君が先に帰ってしまって、寂しいかもしれないけど」
村人A「全員がニホンに帰れるまで、私たちが側にいるわ」
女子生徒A「ありがとうございます!」
男子生徒A「そう言って貰えると、心強いっす!」
朝食は和やかだった。
村人は同席するが、信仰を理由に人前では何も食べない。
男子学生C「日本に帰れたらさぁ、田辺とゲームしようって約束してて・・・」
男子生徒B「俺は、思いっきりウチの猫と遊びたいよ」
みんなは、日本へ帰る話ばかりしている。
私(結局、何も出来ずに、戻ってしまった)
アウルム「・・・」
アウルム「彼らの会話に加わらないのかい」
私「あっ・・・」
アウルム「ふふっ」
アウルム「早く帰れるといいね?」
私「・・・・・・」
もう帰れないと、
私だけが知っていた。
言葉のとおり「知らぬが仏」のクラスメイトを前にして、「私だけが知っている」という状況は想像を絶する生き地獄ですね。人間にとって本当に残酷なことは「知っているのに何もできない」という状態かもしれません。
大いなる存在を前に成す術もないという無力感……それと同時に、希望があれば人は生きられるという、二つの描写のギャップが残酷さを増しててグッときました!
薄々感じてはいました、帰れないんだろうなぁと。
でも実際にその場にいたら信じてしまいそうです。
そして真実を知った時の絶望感…考えたくもないです汗