Imperial Dawn

石坂 莱季

Ep.5『convergence 』(脚本)

Imperial Dawn

石坂 莱季

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〇黒
  ★1
  帝国国防委員会庁舎上空
  PM14:25

〇黒
  スナイパーは待つ事が仕事だ。
  身動きもせず、只じっと獲物がレティクルの中心に収まるのを静かに。
  また、戦場においては恨まれるのも一つの仕事である。
  敵をおびき出す為、一人の兵士をあえて一発では仕留めず、他の仲間が助けに出てくるのを恍惚に待つ。
  そんな手段で猟りを行っていれば、当然敵の連中からは恨まれる羽目になる。
  故に、俺たちスナイパーが捕虜になることは絶対に無い。
  捕まれば仲間を猟りの餌にされた復讐の為に、間違いなく吊るされるだろう。

〇未来の都会
アリス・ルクミン「ラクアさん」
  突然隣から掛けられた声に、俺は、ん?と喉を鳴らした。
アリス・ルクミン「・・・今日の夕飯何にします?」
  こいつ、作戦中にこんな事を話しかけて来るなんて上官の教育がなってない。
  あ、上官は俺か。
  しかし、夕食の献立は重要な事だ。
ラクア・トライハーン「・・・肉だな。果実酒の気分だ」
  俺が言うと、アホな俺の部下アリス・ルクミンは顔を上げて俺の方を見た。
アリス・ルクミン「またですか!!」
ラクア・トライハーン「バカ。スコープから目を離すな」
  ヘリの上からの狙撃は揺れとの勝負だ。
  しかし、肝心の獲物は一向に現れそうにない。
  爆発物の処理がメインとなれば、無理もないだろう。
  今回も俺たちの活躍できる場面は無さそうだ。
ラクア・トライハーン「・・・明日はいつもよりゆっくりなんだよ。今晩は多少深酒しても問題ねぇ」
アリス・ルクミン「付き合いますっ!・・・って、ラクアさん明日何かあるんですか?」
  そういや言ってなかったか?

〇綺麗な港町
ラクア・トライハーン「・・・あぁ。アシュレイ郊外に新しく出来た新基地の完成検査だとよ。役人仕事だよ」
ラクア・トライハーン「2,3日はアルトリアにいねぇからレオン達の言う事、良く聞いとけよ?」

〇未来の都会
  俺が言うと、アリスは、了解。と兵士っぽい返事を返した。
  アシュレイは、帝都アルトリアから南西に下った海沿いにある港町だ。

〇電脳空間
  E.I.Aがネットで世界に公開しているトラブルリスト。
  それに載る犯罪者を狩る賞金稼ぎ共が集まることでも有名で、治安はあまり良くない。

〇綺麗な港町
  最近になって、彼らの団結力が強まる様な動きがあるらしく、それを言わば監視する為に軍務総省が新しい基地を建設したそうだ。
  賞金稼ぎ共は、軍に比べりゃ所詮烏合の衆だが、付き合い方を間違えれば脅威にもなる。
  中には退役した元軍人なんかもいやがるからな。

〇未来の都会
  ったく、レオンの奴。
  百歩譲って現場には出なくてもいいが、そんな役人仕事まで俺に押し付けやがって。
ラクア・トライハーン「・・・ん?」

〇屋上のヘリポート
  庁舎屋上。
  スコープの中に映る敵のガンシップ内部で、何やら人が動いたのを感じ、俺はスコープの倍率をあげた。
ラクア・トライハーン「人?ガンシップは自動操縦だったはず・・・。隠れてたのか?」
  例の男、フロレイシアの姿はない。
  一人でずらかろうって腹か。
  仲間を置いて退散とは、なかなかやるじゃねぇか。
  直様俺は隊長であるレオンに向けて無線を飛ばす。

〇未来の都会
ラクア・トライハーン「レオン。そっちの様子はどうだ?」
レオン・ジーク「・・・ラクアか?爆弾の方はなんとか片付いた様だ。何か動きか?」
  レオンの言葉に一瞬安堵する。
  やはり、エリーナとロックなら出来ると思っていた。
  クライムエイジを襲撃し、フロレイシアを連れ去ってここまで再び運んできた帝国製のガンシップ。
  二世代前ほどの型で、機体番号がマーキングされた底部はペンキの様なもので塗りつぶされている。
  新しい機体を配備する際、
  旧世代のガンシップを廃棄する時までも徹底した管理が行われているはずの帝国機が何故テロリストの手に渡った?
ラクア・トライハーン「フロレイシアはどうした?機内に身を潜めていたらしい何者かは一人でケツまくって逃げようとしてるぞ」
  眼下ではガンシップが密やかに離陸準備を始めているのがわかる。
レオン・ジーク「・・・エリーナからの報告によれば、フロレイシアは死んだそうだ。詳しい事はまだ報告を受けていない」
レオン・ジーク「この事件の当事者は、そのガンシップに潜んでいた人物を置いて他にいなくなった。足止めをしろ。そいつが次の参考人だ」
ラクア・トライハーン「お?いいのか?そんな楽しそうな事しちゃって」
  俺の問いかけに、レオンは無線の向こうで、程々にしとけよ。とだけ言い残すと通信を切った。
ラクア・トライハーン「・・・了解」

〇屋上のヘリポート
  合図の様に呟くと、俺は直様レティクルの中心をガンシップのボディに合わせる。
  どうせ、何かあった時にガンシップを回収するだけの下っ端に違いねぇ。
  装填中の弾は対物用の炸裂貫通弾だが、相手が帝国の兵器となりゃ話は別。
  もともと味方に向けて撃つもんじゃない。
ラクア・トライハーン「アリス。隊長様からのご命令だ。とりあえず、射界にはいったらパイロットの肩の辺り撃っちまえ。間違っても殺すなよ?」
アリス・ルクミン「・・・はい!」
  俺の適当な号令と共に、愉快な猟りが始まった。
  引き金を引く度に、大口径の弾丸が次々に放たれ、まるで紙でも撃っているかのように機体を貫通していく。
  なんだ。意外とイケるな。
ラクア・トライハーン「ビビらせてやれ。俺たちからは逃げられねぇってな」
  上空からの攻撃に気付いたガンシップは、それでもゆっくりと離陸を始めた。
  機体が少しずつ浮き始めている。
  向こうさんも一人取り残されまいと必死なようだ。

〇未来の都会
ラクア・トライハーン「カリン!ヘリを正面に回せ」
カリン・フェルト「はいよ」
  俺達の乗ったヘリの操縦桿を握るカリンの気持ちのよい即答を背に、俺はスコープの中の世界で猟りを楽しむ。
  ヘリは、カリンの巧みな操作で直ぐにガンシップの正面に躍り出た。

〇屋上のヘリポート
  パイロットは焦っているのか、離陸する事に精一杯でこちらに攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
  レティクルの中心を、ナノマシンが指示する通りガンシップの制御系が組み込まれている部分に合わせる。
  狙いを定め、引き金を引くその刹那、ヘリが大きく傾いた。

〇未来の都会
ラクア・トライハーン「うおっ!」
  自分達が滞空していた場所にガンシップからの機銃掃射が見舞われる。
ラクア・トライハーン「あっぶねぇ!」
  カリンが咄嗟に回避行動を取ったらしい。
  メカに詳しいだけあって、あちらさんの機体のスペックも把握済みってわけだ。
カリン・フェルト「早く片付けてよ!相手は腐っても帝国のガンシップなんだ!」
カリン・フェルト「それと、地面に叩きつけられてカエルみたいになりたくなきゃ命綱ぐらいしな!安全第一!」
  男勝りなハスキーボイスで、カリンが操縦席からこちらに向って叫ぶ。
  わかってる。わかってる。
  俺はニヤケ面を隠さないまま、再び狙撃体勢を立て直した。

〇屋上のヘリポート
ラクア・トライハーン「よし」
  今度は機銃の攻撃範囲から外れた斜めの位置から制御系を狙う。
  スコープの中で、操縦している人間がこちらを忌々しそうに睨みつけているのが見えた。
  怖い怖い。
  ガンシップが俺たちの乗るヘリを攻撃しようと、再度こちらに機体を旋回しようとしたその瞬間だった。
  まさに俺が引き金に指を添え、それを引こうとした刹那。
  離陸しようとしていた敵のガンシップが、スコープの中で激しい音と共に突然爆散した。

〇未来の都会
ラクア・トライハーン「なんだ!?」
  突然の出来事に、俺は思わずスコープから目を離し、目の前の光景を確認する。
ラクア・トライハーン「何が起きた?!」
  俺の問いかけには答えず、カリンはヘリを旋回させ、突如爆散したガンシップから少し距離を取った。
カリン・フェルト「・・・例のナノマシンリンクか?・・・いや違う。今のは明らかに上空から・・・あれは・・・?!」
  操縦桿を握りながら、彼女が前方で燃えるガンシップの近くを指差したので、俺とアリスはその方向に目線を向けた。
  今の爆発ではパイロットはもう生きてはいないだろう。
  しかし、問題はそこじゃ無い。
ラクア・トライハーン「戦闘機?それとも空軍の無人機か?」

〇空
  腰のポーチから双眼鏡を取り出し、確認する。
  アリスは突然現れた機影に向けて照準を合わせていた。
  燃え盛るガンシップの真上を、ドローンの様な小型の物体がグルグル旋回している。
  戦闘機にしては小さい。
ラクア・トライハーン「・・・違う!戦闘機じゃない!あれは・・・人間だ!」
  双眼鏡を覗いて見えた物に対し、俺は驚きのあまり言葉を失った。
  人間?
  
  いや、確かに人間だ。
  空飛ぶ人間、というと物凄くチープに聞こえてしまうな。
  正確には、空を飛ぶ兵装を纏った兵士、か?
  背中に鉄の翼が生えた巨大なバックパックを背負った人間が、まるで鳥の様に空中を飛び回っているのだ。
  翼の様な物が、『ソレ』を戦闘機だと思わせていたのか。

〇未来の都会
カリン・フェルト「貸して!」
  俺の手にしていた双眼鏡を横から奪い、カリンが『ソレ』を覗き込む。
  操縦桿から手を離すなんて危ねぇ奴だ。と、一瞬思ったが、操作パネルを見るとしっかり自動操縦モードに切り替えていた。
カリン・フェルト「・・・あんな兵装、見た事無い。一体、何処の・・・?」
  帝国空軍の技術チーム出身である彼女の言葉である。
  間違いなくそれは、未確認の機体だった。
カリン・フェルト「飛び去って行く!しかも戦闘機並みに早い!」
  遠目に見る『ソレ』は、やがて黒い点となって空の彼方に消えていった。
  戦闘機並みの速さだと?
  ただの人間が生身でそんな速度に耐えられるものか?
  俺のすぐ隣にいるアリスも、スコープから顔を上げてその様子に唖然としている。

〇屋上のヘリポート
  委員会庁舎屋上には炎上するガンシップの残骸だけが残された。
ラクア・トライハーン「一体・・・あれは・・・?」

〇未来の都会
  zodiacの事後処理班が屋上に時間差で到着し、ガンシップの残骸の周りに数人で展開する様子をヘリから見下ろし、
  その後で俺は『アレ』が去って行った方角の空を呆然と眺めていた。
  嫌な感じがする。
  こうして、今回の帝国国防委員会に纏わる事件を起こした当事者達は、誰一人として居なくなったというわけだ。

〇黒
  ★2
  帝国国防委員会庁舎一階ロビー
  PM14:25

〇研究施設の玄関前
ロック・セブンス「アドルフの処刑を?今此処で?」
  俺はルカ少佐が初め冗談を言っているのかと愚考した。
  しかし、彼女の目はあくまでも鋭く、その場に居るもの全員を射竦めてしまうような気迫を帯びている。
ルカ・ブランク「七貴人の命令だ。死刑囚の釈放はあらゆる方面に極秘に執り行われたが、」
ルカ・ブランク「テロリスト共の要求通りにその男を一度とはいえ釈放してしまったのも事実。上はその事実を無かった事にしたいらしい」
  その、なんの感情も持たない言葉に俺は驚愕した。
  いくら死刑囚と言えど、立場を顧みずアドルフがこの作戦に貢献したのは事実である。
  確かに彼の犯した罪は到底許されるものではない。
  しかし、自らの肉親に手を掛けてまで災厄を止めた彼に、減刑とまでは言わなくても、
  何か気持ちを整理する時間を与えてやる位の事は出来ないのだろうか?
  彼がこの国を、俺たちを守った事は揺るぎない事実なのだから。
  ふとアドルフを見ると、彼は寂しそうな笑みを浮かべているだけだった。
ロック・セブンス「・・・こっちの都合で呼び出して、用が済んだらさっさと死んで下さいってか?少佐。それはさすがにあんまりじゃないのか?」
  俺はそう抗議しながら、まるで庇うかの様にアドルフの前に躍り出た。
エリーナ・マクスウェル「・・・アドルフの釈放、作戦への参加は、あくまで全て処刑の為のただの『移動』であった」
エリーナ・マクスウェル「そういう事にするつもりなのね?七貴人は」
  先輩が難しい表情をしながら少佐に問う。
ルカ・ブランク「残念だがその通りだ。姑息なテロリストに一時でも屈した事実をこの国の歴史に刻まない様に」
ルカ・ブランク「ソレが例え作戦の為であっても。我が国の法務省は、作戦終了後に彼を即刻処刑するという条件で、今回の件に合意していたらしい」
  一体何を言っている?
  何故こうも淡々と本人を目の前にしてそんな事を話せるんだ?
ルカ・ブランク「お前達は直ぐに第三基地に帰投しろ。汚れ仕事は私とルノアが引き受けてやる。その為にわざわざ戻って来たのだからな」
  少佐の言葉に、先輩は何も言わず俯いていた。
  かつてアドルフの死を誰よりも望んでいたであろうその手が、今は強く握られ、震えている。
エリーナ・マクスウェル「・・・ロック。帰るわよ。私達の任務は終わったわ」
  様々な感情を振り払うかのように、先輩が俺を見てそう言った。
  突然の状況に戸惑い、動き出そうとしない俺に手を差し伸べながら。
ロック・セブンス「ちょっと待ってくれ!」
  そんな先輩の手を咄嗟に払いのけ、俺はその場に居る全員に聞こえる様な声を張り上げた。
  忙しそうに行き交う兵士達が俺の声に足を止め、みなこちらを振り返る。
  ロビーが居心地の悪い静寂に包まれた。
  まるで、一人も味方が居ないかのような疎外感が俺の胸を締め付ける。
  だがアドルフは?
  ここで俺が何も言わなかったら、奴はたった独りで死んでいく事になってしまうじゃないか。
ロック・セブンス「いくらなんでもおかしいだろ!少なくとも俺はアドルフに命を救われた」
ロック・セブンス「この庁舎が爆発していたら大勢の人間が巻き添えになるような事態が起こっていたんだ」
ロック・セブンス「こいつは過去の悲しみや帝国への憎しみ、自分への葛藤さえ、全てを乗り越えてこの国をテロの危機から守ったんだぞ?」
ロック・セブンス「それを自分達の都合でなかった事にするってのか?間違ってるだろ!アドルフにとっては、これからが贖罪なんだ!」
  俺の叫びに、先輩が差し伸べていた手をゆっくり降ろしたのが見えた。
  しかし。
ルカ・ブランク「違うな。間違っているのは貴様だ。ロック・セブンス」
  ルカ少佐ははっきりと俺の捲し立てた言葉をそう言って切り捨てた。
  彼女は一歩前に踏み出すと、手にしていた葉巻をロビーの床に落とし、靴の裏で踏みにじる。
  まるで、お前もこうなる。と言われているかのようだ。
ルカ・ブランク「まず、お前は『何』だ?ロック。言うまでも無い。帝国の兵士。つまりはこの国の『所有物』だ」
ルカ・ブランク「それはこの私であっても例外ではない。その生き方を選んだ時点で、お前にはお前の立場以上の決定権は無い」
ルカ・ブランク「レオンより私。私より七貴人。決定権を持つのはいつだってお前より上の人間だ。それが例え人の生き死にに関する事であっても」
  その言葉に、彼女の後ろに立つルノアの眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
  いつも無口で何を考えているのかわからない。
  そんな彼女が今何を逡巡したのだろう?
  葉巻の甘い残り香がロビーに漂っている。
  俺は自らの拳をこれ以上無い位の力で握りしめた。
エリーナ・マクスウェル「ロック。私たちにはこれ以上どうすることもできない。罪を犯す人間が居る限り、私たちは罰を与え続けなくてはならない」
エリーナ・マクスウェル「たとえ理不尽で、非道に見えようと。任務を遂行する事が私たち軍人の定めなのよ。例外は無い。違えてはいけない」
  死んでいった仲間のためにも。
  先輩は小さな声でそう続けた。
  彼女が再び、ゆっくりと俺に歩み寄る。

〇港の倉庫
  かつて特務執行員としての任務を国に言われるがままに遂行した先輩と、それにより大切な人を奪われたアドルフ。
  そしてまた、そのアドルフによる報復テロで大切な仲間を失った先輩。
  悲しみは連鎖する。

〇黒
  アドルフの死によって、その連鎖は断ち切られるのだろうか?
  もしかするとフロレイシアの言う様に、同じ過ちが繰り返されるだけなのかもしれない。

〇研究施設の玄関前
  俺は何も言葉を発する事が出来ないままそこに佇み、目の前に立ちはだかる少佐、いや、その上に更に続く権力と、
  無力な自分の拳を睨みつける事しか出来ない。
  そんな俺の肩を、背後から誰かが軽く叩いた。
  首を回し振り返ると、そこにはアドルフがいる。
アドルフ・ストラドス「・・・僕はこの二年間『死』という銃口を突きつけられながら、無意味に生きてきました。そんな中でいくつか分かった事もあります」
アドルフ・ストラドス「罪と言うのは人を選びません。人として全うな道を外れればだれだって簡単に咎人になる事が出来る」
アドルフ・ストラドス「しかし、罰を与える人間は正しい人間でなければいけない」
アドルフ・ストラドス「正しく居続けなければいけない。だから、ロック君はこれからも正しく居続けてください」
  彼は笑顔で俺にそう告げると、俺の前にゆっくり躍り出た。
  その腕を掴み、止めようとした手が空を切る。
アドルフ・ストラドス「・・・僕の犯した罪は、僕の死だけでは到底相殺しきれないでしょう。ですが、僕は死ぬ前に君達に出会えて良かった」
アドルフ・ストラドス「本当に最後の最後でしたが、自分自身が正しいと本気で思える事をすることが出来た」
アドルフ・ストラドス「大勢の命を奪った僕からすればそれは、それだけでも凄く幸せな事なのだと僕は思います」
  アドルフがそう話す最中、少佐の背後に立っていたルノアが、手にしたアサルトライフルの銃口をゆっくりと彼に向けた。
  先輩はそれ以上は何も言わず、黙って行く末を静観している。
  心の中では、こんな抵抗が無意味だと言う事に気付いている自分が居る。
  今の俺は、只ダダをこねる子供の様なものだと言う事も分かっている。
  でも・・・。
ロック・セブンス「・・・俺が正しいと思える事は、これだ!」
  そう叫びながら、俺の体は勝手に動いていた。
  腿のホルスターから拳銃を抜き放ち、その照準を一瞬でルノアに向ける。
  同時に、まるで機械が正確に動くかの如く、ルノアの構えるアサルトライフルの銃口がアドルフから外れ、
  無駄のない動作で俺に向けられた。
ルノア・ジュリアード「・・・何の真似?」
  いつもの淡々とした言葉と表情で、ルノアが俺に冷たい視線を向けてくる。
  誰も俺の行動を予測出来なかったのだろう。
  先輩も驚いた様な表情を顔に浮かべ、俺を止めるべきか否か迷っている様に狼狽えている。
  事後処理の為、そばで部下達に指示を飛ばしながら、ちらちらとこちらの状況を見ていたフリードリヒの兄貴ですら、
  慌てた様子で俺に銃口を向けてくる。
フリードリヒ・スタンフォード「おいロック!辞めろ!この国で味方に銃を向ける意味が分かっているのか?!」
ルカ・ブランク「・・・」
  吠える兄貴を、少佐が手のひら一つで制した。
  上官である少佐の命令に、フリードの兄貴が銃口を下げる。
  その軍人としての当たり前の光景すら、今の俺には忌々しく見えた。
ロック・セブンス「・・・アドルフをそんな簡単には殺させない。こいつには十分更正の余地がある。少佐にもそれは分かってるんだろう?」
ロック・セブンス「せめて、弟を自らの手で葬ったという悲劇を、心の中で整理する時間だけでも与えてやってくれ!」
ロック・セブンス「色々な人を殺したその罪を見つめるだけの時間を!死んだらそれでおしまいだろう?」
  俺の呼びかけに、少佐は少し俯くと再び俺に突き刺す様な視線を向けながら顔を上げた。
ルカ・ブランク「・・・余地があろうと無かろうと関係のない事だ」
ルカ・ブランク「・・・ロック。味方である筈のルノアに銃口を向けている時点で普通なら処罰の対象だ」
ルカ・ブランク「命令に背けば断罪される。それがこの国のシステムだ」
ルカ・ブランク「青臭いお前でもわかるだろう?お前の身勝手で、私を含めたSHADE全員が罰される事になってもいいのか?」
ロック・セブンス「・・・」
  その問いに、俺は答える事が出来なかった。
  しかし、今更構えた銃を下ろす事も出来ない。
  そんな俺の様子を見、少佐は鋭く眉を吊り上げる。
ルカ・ブランク「・・・貴様から死ぬか?ロック」
  彼女はそう言いながら、さらにもう一歩俺に歩み寄った。
  本気だ。
  ハッタリなどで無いことは、今までその下で働いて来た俺達が一番よくわかっている。
ルカ・ブランク「自らの死を望みながら戦う兵士など、この国には必要ない。甚だしい矛盾ではないか」
ルカ・ブランク「そんな人間は兵士ではない。この国の兵士にとって、職務を放棄する事は、生きる事を放棄すると同義」
ルカ・ブランク「もう一度言う。お前のやっている事は単なる身勝手だ」
ロック・セブンス「自分が正しいと思う事を出来ない。そっちの方が死んでいるのと同じだ!」
  ただ吠える。
  そんな俺を見て、銃を懐に納めながら兄貴が諭すように歩み寄ってくる。
フリードリヒ・スタンフォード「・・・お前の価値観はわかる。だが、自分一人の正義を振りかざし、全体を乱す行為。それは只の自己満足だ」
フリードリヒ・スタンフォード「解れ。少佐も、俺達も、お前を失いたくはない」
  分かってる!
  そんな事は分かってるんだよ。
  だが、この感情は何だ?
  何故、俺の手は動かない?
エリーナ・マクスウェル「・・・ロック」
  静かな声で、先ほどまで黙って見ていた先輩が俺に呼びかける。
  その声に、俺はふと先輩の方に視線を向けた。
ロック・セブンス「?!」
  彼女は真っ直ぐ、俺に銃を向けていた。
ロック・セブンス「・・・先輩・・・?!」
エリーナ・マクスウェル「あなたは優しいわ。その優しさに私は救われたし、これからも誰かを救う事になると思う」
エリーナ・マクスウェル「言ったじゃない。お互い間違った事をしようとしている時は止めようって」
エリーナ・マクスウェル「・・・私も、あなたを失いたくない」
  先輩はそう言うと、拳銃の撃鉄をゆっくり起こした。
  俺はルノアに銃を向けたまま、動くことができない。
  今この場で俺が味方に撃たれるのだとしたら、恐らく先輩にだ。
  彼女も、少佐同様本気だ。
  かつて大切な仲間を目の前で失った彼女は、俺を止めるためなら迷わず引き金を引くだろう。

〇基地の廊下
  俺はラクアの言葉を思い出す。
ラクア・トライハーン「銃弾ぶち込んででもあいつを止めてやれなかった俺たちが大馬鹿だったからに他ならねぇ」

〇研究施設の玄関前
エリーナ・マクスウェル「レンは・・・」
  彼女は悲しそうな目で、様々な思いを錯綜させる俺を真っ直ぐ見つめる。
  俺はそんな先輩の次の言葉を待っていた。
エリーナ・マクスウェル「私の前のバディは、仲間の静止を振り切って自分が正しいと思う事をした。でもその結果、彼は・・・死んだの」
  それは俺を冷静にさせ、構えた銃を下させるのに十分な言葉だった。
  立ちすくむ俺の様子を見て、先輩もゆっくり俺に向けていた銃を降ろす。
  兄貴も、ルノアも、皆ゆっくり銃を下ろす。
  そんな悲しむべき脅威が霧散していった後の静寂の中で先輩は続ける。
エリーナ・マクスウェル「・・・彼自身はそれで良かったかもしれない。でも、残された私たちはどうなるの?命令に背いたあなたを裁くのは誰?」
エリーナ・マクスウェル「チームメイトである私達?・・・もしそうなら、目の前でただ仲間を失う事より、私は悲しい」
  優しく諭す様な先輩の言葉一字一句が俺の体中に響き渡る。
  俺は・・・一体?
  頭の中で、いつもふとした時に見ているあの夢の言葉が不意に響く。

〇朝日
  これは、お前の救済の物語だ。と。

〇研究施設の玄関前
エリーナ・マクスウェル「帰ろう?」
  そう言って微笑みながら、先輩は俺に手を差し伸べた。
  なんだか長い間、先輩の笑顔を見ていなかった気がする。
ロック・セブンス「・・・あぁ」
  その手を取り、先輩に引かれて俺は出口に向かい歩こうとする。
  仲間達は、もうそれ以上何を言う訳でもなかった。
  兄貴も、ルノアも、そしてあの少佐でさえも。
  ふと立ち止まり後ろを振り返ると、アドルフが俺たちを見送るようにこちらに優しい笑みを浮かべていた。
  それにつられ、俺の手を引いていた先輩も立ち止まり、彼を振り返る。
アドルフ・ストラドス「・・・二人とも。本当にありがとう。短い間でしたが、最後に二人に出会う事が出来て良かった。お陰で僕は変わる事が出来た」
アドルフ・ストラドス「それが自分でも分かる」
  彼はそう言うと、深々と俺たちに向かって頭を下げた。
ロック・セブンス「・・・アドルフ・・・」
  再び顔を上げた時、彼はどこか誇らしげな表情を浮かべていた。
  何も悔いはない。
  
  まるで、そう言っているかのように。
アドルフ・ストラドス「ロック君。君は、本当に素晴らしい仲間に恵まれていますね。皆さんが居れば、きっと君は大丈夫です」
アドルフ・ストラドス「そして、君が居れば、皆さんも大丈夫」
  彼はそう言って、俺たちに穏やかに微笑みかけた。
  これから死にゆく人間が、こんなに無邪気な顔で笑える物だろうか?
アドルフ・ストラドス「・・・君達は、闘いの中でしか生きられない、いわゆるグリーンカラーだ。きっと、『また会う事になる』でしょう」
アドルフ・ストラドス「それが近いうちでない事を祈ってますよ」
  アドルフはそれだけを最後に言い残すと、俺から視線をそらし、ルカ少佐とルノアの方へ向き直った。
  俺は、そんな彼に背を向けて再び歩き出す。
  先輩の手を強く握りながら。
ルカ・ブランク「・・・アドルフ・ストラドス。最後に言い残す事はあるか?」
  俺達の背後でルカ少佐が、まるで先程のやり取りなど何も無かったかのような様子でアドルフに問いかけるのが聞こえた。
  だがその言葉に、さっきまで俺に向けられていた鋭い気迫は感じられない。
  いつも通り、自分の職務をただこなしているだけ。と言ったような声音に戻っている。
アドルフ・ストラドス「・・・私は、あなたを知っている気がします。あなたはシスタニアの・・・──」
ルカ・ブランク「それを知ることが貴様の最後の願いなのか?であるなら答えてやらん事もないが」
  アドルフが言いかけた言葉に少佐が被せるように言い放ち、アドルフは言葉を詰まらせた後、いえ。と呟いた
アドルフ・ストラドス「出来る事ならば、シスタニアの、祖国の地で眠りたい。家族と共に。・・・永遠に」
  ある意味では、それは当たり前の事だろう。
  しかし、そんなごく普通の事を死の間際になっても願うアドルフの人生とは、一体どんな物だったのだろう?
ルカ・ブランク「・・・帝国の死刑囚は死刑執行後も犯罪者達が眠る、狭苦しい共同墓地に『収容』される。この国では死してなお、」
ルカ・ブランク「反逆者や重罪人を許しはしない」
  ルカ少佐はアドルフにそう冷たく言い放った。
  しかし、アドルフは全てを受け入れる。という様な様子で彼女の言葉を黙って聞いているようだ。
ルカ・ブランク「・・・だが、貴様のその願いは帝国軍務総省長官補佐ではなく、私、ルカ・ブランクが聞き届けた。眠るがいい」
ルカ・ブランク「祖国の地で、愛する家族と永久(とこしえ)に・・・」
  普段規律に厳しい自分達のオーナーの意外な言葉に、俺は思わず立ち止まり振り返った。
アドルフ・ストラドス「ありがとうございます」
  アドルフが微笑み、やがてゆっくりと目を閉じる。
ロック・セブンス「少佐・・・」
  俺がそう零すと、彼女はこちらに視線を向けて小さな声で言った。
ルカ・ブランク「最低限守らねばならないルールは守れロック。自分を通すなら、バレない様にやることだ」
ルカ・ブランク「それ以上の事をしたいのなら出世しろ。くだらんと思うかもしれんが、この国では重要なことだ。覚えておけ」
  少佐のその言葉は、彼女自身もこの処刑には乗り気でない事を暗に物語っていた。
  俺は、小さく、了解。と返事をし、目を閉じて死を受け入れようとしているアドルフを一瞬見てから、ロビーの出口に向って歩く。
  俺の手を握る先輩の手は、細くしなやかだが暖かかった。

〇黒
  きっと先輩も、また一つ変われたのだろう。
  アドルフの死と共に、『黒き死神』も死ぬ。
  そう思った。

〇研究施設の玄関前
ルカ・ブランク「・・・断罪」
  庁舎のロビーを去り行く瞬間。
  背後から聞こえた少佐の号令と共に、大きな銃声がロビーに響くのが聞こえた。
  でも、俺たちはもう立ち止まりも、振り返りもしなかった。

〇黒
  ★3
  アルトリア丘陵国立自然公園
  AM 6:40

〇見晴らしのいい公園
  帝国国防委員会庁舎の事件解決から一夜明けた朝だった。
A1「なんの真似だ?またこんな場所に呼び出すとは」
  私は例の男の姿をいつもの場所で見つけるなり、その背後から薮から棒にそう投げかけた。
  一つに束ねられた長い金髪が、朝の風に揺れている。
  清く美しい自然公園の朝には到底似つかわしくない、純白の高級スーツ。
白いスーツの男「・・・A1。報告を」
  またか。
  全てを知っているくせに、この男はいつもいちいち私の口から状況を報告させるのだ。
  後から知って驚いたが、この男、あの現場にも居たらしい。
  SHADEとの接触が今の我々にとって、かなりリスキーな事をわかっているのだろうか?
  やはりこの男は嫌いだ。
  私は一瞬蔑む様な視線を彼に向け、まるで視界に写った男の姿を浄化するかの様に目の前に広がる景色に視線を移した。
  美しい。
  
  高い山肌から上りくる夜明けの太陽。
  我々のような闇を生きる者たちをも平等に照らす、帝都の朝焼けがそこには広がっている。
A1「・・・お前、現場に現れたそうだな?一体何のつもりだ?SHADEの事だ。お前も今後の捜査線上に上がるぞ」
白いスーツの男「・・・」
  私の詰問に、男は何も答えなかった。
  無意識に舌打ちが溢れる。
  私はその質問の答えを聞くのを諦め、彼の望むように一連の事件の報告をする事とした。
A1「・・・フロレイシアは自らの目的を達成することなく、兄である死刑囚、アドルフ・ストラドスの手によって射殺された」
A1「庁舎に仕掛けた爆薬の起爆装置はアドルフによって解体されたが、そのアドルフ自身も七貴人の命令によって死刑が執行された」
A1「法務省は作戦終了後に彼を即刻処刑する事を釈放の条件にしていたらしい」
  私が簡潔に今回の事件の報告を行うと、男は少し難しい顔をした様だった。
白いスーツの男「・・・フロレイシアは有能な男だった。だが、彼は我々の一員として『神』に抗う事よりも、」
白いスーツの男「唯一残された家族であるアドルフと心中する事を選んだと言う訳か・・・」
白いスーツの男「我々が与えた『最後のナノマシン』を上手く使いこなしていた事には驚いたが」
  これは笑えないジョークだ。
  フロレイシアは自らの命を掛けて、家族唯一の生き残りであるアドルフと再び生きて行く事を望んだだけなのだから。
A1「・・・どうだろうな。今としては分からない。フロレイシアのナノマシンアンプルは遺体から回収しておいた」
A1「彼の遺体から足がつくことはないだろう」
  私がそう零すと、彼はこちらを見て微笑みかけた。
  珍しい金色の瞳が朝焼けを映し美しく輝く。
  まるで、私の全てを見透かすかのように。
白いスーツの男「相変わらず抜かりがない様だな。・・・ある意味では、二人とも救われたのかもしれん」
白いスーツの男「フロレイシアは自らの家族に裁かれる事によって。そしてアドルフは、『あの二人』に出会う事によって、な」
白いスーツの男「隊長のレオン・ジークによる采配の賜物と言うわけだ」
  私に向かってキザな笑みを浮かべながら、男は更に私に問いかける。
白いスーツの男「我々がガンシップと一緒にフロレイシアに貸し与えた兵隊は?まさか、また死病(インキュアブル)か?」
  彼の質問に、私は少々驚いた。
A1「・・・知らないのか?」
白いスーツの男「だからわざわざこうして報告を受けているのではないか」
  また一つこの男が分からなくなる。
  その兵隊は、フロレイシアが作戦に失敗した時の為、彼のナノマシンリンクを解除し、
  我々の所有物となっているガンシップを回収する為に派遣されていた。
  私は少し頭の中で言葉を纏めてから、報告を続ける。
A1「死病(インキュアブル)での死亡者は爆弾騒動の中では一人も出ていない」
白いスーツの男「・・・答えになっていないな」
  その言葉に私は言い淀む。
  ガンシップの兵隊の死には、まだ謎が残っているからだ。
A1「・・・SHADEのスナイパー、ラクア・トライハーンの報告によれば、見た事の無い空を飛ぶ兵装の兵士が突如現れ、」
A1「離脱しようとしたところをガンシップごと撃墜され死亡した。今回の事件の当事者達は皆死んだ。三ヶ月前の海上プラントと同じさ」
  その報告に、男は再び難しい表情を浮かべた。
白いスーツの男「・・・見た事も無い、空を飛ぶ兵装。だと?」
A1「あぁ。なんでも突如北の空から現れ、最初は小型の戦闘機か何かだと思ったらしいのだが、」
A1「報告によれば、そいつは明らかに人間だったと」
A1「空飛ぶ人間の報告を受けることになるとは、誰も思わなかっただろうな」
白いスーツの男「・・・」
  彼は何かを思案する様に沈黙した。
  私は続けて今報告されているデータを彼に投げかける。
A1「背中に鉄の翼を背負い、ミサイルの様な物までぶら下げていたらしい。ガンシップを撃墜した後は、」
A1「もの凄いスピードで再び北の空へ飛び去って行ったそうだ」
  私の決して詳細とは言えない報告に、男はゆっくり顔を上げた。
白いスーツの男「・・・間違いない。『監視者』だ」
A1「?!」
  監視者。
  その名前が出て来た事に、私は目を見開いた。
  私たちの作戦はまだ、本段階に入っていない。
  それなのに、私たちが一番厄介にしている者達がこんな初期段階で姿を現すとは。
A1「大丈夫なのか?まさか我々の正体が七貴・・・──」
白いスーツの男「いや、それは無い。恐らく今回はただの偵察だ。我々ではなくSHADEに対してのな」
  私の言葉ははっきりとした彼の否定によって遮られた。
  彼がそう言ったのとほぼ同じタイミングで、背後の駐車場に黒塗りのセダンがゆっくりと停車する。
  男は後ろを振り返る。
  前回と同じ様に迎えが来た様だ。
白いスーツの男「・・・監視者が動き始めた以上、やはりこうして会うのは危険だな。今後は秘密回線のみで連絡を取り合う事にしよう」
白いスーツの男「我々が最初にコンタクトを取ったあの回線だ」
  彼は私にそう告げると立ち上がり、自分を迎えに来た車に向けて歩き出した。
白いスーツの男「・・A1。お前は事態が大幅に動くまでに、SHADEに関する情報を随時私に報告しろ。少しでも隙があれば、『V-75』を試す」
白いスーツの男「今はそれ以上のことはするな。B1とD1が動き始めている。お前は彼らのバックアップに回れ」
  私はその言葉に頷く。
  すると男は、それから。と車に向う足を止めて続けた。
白いスーツの男「今回の件で、我々はSHADEを表舞台に引き摺り出す事に成功した。彼等は『神』に最も近い存在だ」
白いスーツの男「彼等を利用する事で、我々もそこに近づくことができるだろう」
白いスーツの男「事態が本段階に入れば監視者達は全力でそれを阻止しようとする。十分気を付けろ。あの時の悲劇を・・・繰り返さないようにな」
  彼は最後に私にそう忠告すると、では。と言い残してこの場を去っていた。
  私は彼の背中を見送ると、帝都の景色を振り返る。
A1「あの時の悲劇・・・か」
  今でも鮮明に覚えている。
  『あの女』の命を奪った、あの感触を。

〇黒
  ── 2年前

〇森の中
  背後から聞こえた足音に私は振り向いた。
  そこにはあの女の姿があった。
A1「・・・本当に来るとはな。何故だ?逃げることもできたはずだ」
  私の問いにSHADE隊長のイルーザ・ロドリゲスは首を横に振った。
イルーザ・ロドリゲス「私に信念があるように、あなたにも『決して裏切れない自分』がいるはず」
  昔からよくわからない女だった。
  戦闘能力も極めて高く、帝国一の頭脳を持つとも言われた女。
  神出鬼没で何を考えているのかわからない。
A1「来れば自分が殺されることぐらいわかっていた筈だ」
  私の言葉にも動じることなく、彼女はゆっくり頷いた。
A1「私は、お前を信じていたんだ。ただ一人、お前だけは・・・」
  心の中の憤りを言葉にして私は目の前の女にぶつけた。
  悲しさと苛立ち。
  こんな感情が自分に湧き上がってくるという事が驚きだった。
  様々なミッションをこなした。
  地獄のような訓練にも耐えた。
  仲間の死も乗り越えた。
  そんな自分に、まだこんな感情が残っているなんて。
イルーザ・ロドリゲス「・・・ごめんなさい」
  イルーザはそんな私に向けて悲しそうな表情を浮かべると、ゆっくり目を閉じた。
  静かな森の中には、少しずつ雨音が聞こえてきている。
A1「お前のしたことは、『国家反逆罪』だ。私は今ここでお前を裁かなくてはならない」
  私は手にした銃を真っ直ぐイルーザに向けた。
  私に心など無い。
  だから、躊躇いなく引き金を引くことができる。
  そうやって、まるで自分に言い聞かせるように。
  装填されているのは、私にこの女を殺すように命じた連中が用意した、強化炸裂弾だ。
  まともに食らえば弾は体の中で炸裂し、体内のあらゆる血管や臓器を破壊するだろう。
イルーザ・ロドリゲス「あなたは正しいわ」
A1「お前はどうなんだ」
  そっと引き金に指を添える。
  彼女はそれでも冷静に、そこにただ立っていた。
  これは怯えなのか?
  彼女には抵抗の意思が無いと分かっていても、何故か私の方が一歩下がってしまう。
イルーザ・ロドリゲス「あなたは帝国の兵士として、真っ当に強く生きようとしている。でも、私は疑問を持ってしまった」
イルーザ・ロドリゲス「私達の存在理由、そして生まれてきた意味を見出したいと思ってしまった」
  私はゆっくり拳銃の撃鉄を起こした。
  まって。私を見ながら、彼女がそう懇願する。
  イルーザはゆっくり両手を上げた。
  その右手には、小さい十字のペンダントが握られている。
  普段から彼女がよく首からぶら下げていたものだ。
イルーザ・ロドリゲス「これを、あなたに託す」
  イルーザはそう言うと、ゆっくり地面にペンダントを置いた。
  また、雨が少し強くなる。
A1「私に?なんの冗談だ」
  自分をこれから殺す人間に、今更何を託そうと言うのだ?
  しかし、冗談ではないわ。と彼女は続けた。
イルーザ・ロドリゲス「あなたに私を殺すよう命令した誰かではない。私はこれをあなた自身に託す。これを見て、上に報告するも捨てるもあなたの自由」
イルーザ・ロドリゲス「もちろんこのまま無かったことにしても構わない。これは、私が追い求めた全ての記録にたどり着く為の鍵」
  その時、遠くで誰かがイルーザを呼ぶ声が森に響くのが聞こえた。
  兵舎に戻らない彼女をここまで探しにきたようだ。
  これはこの女の時間稼ぎなのかもしれない。
  私の中に焦燥が駆け巡る。
イルーザ・ロドリゲス「あなたを信じてる」
  このやり取り自体が、助けが来るまでの時間稼ぎなのか、はたまた本気でそんな事を私に訴えているのか。
  前者だったのだとしても、私の動揺を誘っている時点でその作戦は既に功を奏していると言っても過言では無いだろう。
  イルーザの名を呼ぶ声が徐々に近く。
  残された時間は無い。
  私は短く呼吸をした後、躊躇わずに引き金を二度引いた。
  弾は目の前の女の胸と脇腹の辺りを貫き、彼女はその場に崩れ落ちる。
  確実に人を殺す為に作られた弾だ。
  着弾した今、助けが来たとしても間に合わない。
  その銃声を聞いた何者かがこちらに気付き、近づいて来るのが気配でわかる。
  雨は更に強くなる。
  私はすぐに倒れたイルーザのもとに駆け寄り、彼女が地面に置いた十字のペンダントを拾い上げると、
  背後の暗闇へ向けて脱兎の如く走り出した。
レオン・ジーク「待てっ!」
  強くなった雨音と、イルーザを探しにきた何者かの怒号が私を追い立てる。
  私はただ無我夢中で走った。
  やがて私を追い立てるような気配が感じられなくなると、
  私は走るスピードを緩め、手に強く握りしめていたイルーザのペンダントを見た。
  これをどうするか。
  もしかしたら、彼女が最後に仕掛けた罠かもしれない。
  しかし、彼女は死んだ。
  それに私には、私に今回の命令を下した強大な後ろ盾がいる。
  その時私は、中身を密かに確認した後に今回の暗殺命令を下した人間にこれを提出する事を考えていた。
  私だって知りたかったのだ。
  あの女。
  上に言われるがまま私が殺したイルーザ・ロドリゲスが、一体何を追い求めていたのか。
  何故暗殺命令が下ったのかを。

〇ホテルの部屋
  そして、私は後に全てを理解することになる。
  彼女はやはり恐ろしい女だった。
  イルーザは初めから全てを予期していたのだ。
  託されたものを受けて私が取る行動。
  そして、それを見た段階で私がもう逃げられない状況に陥るだろう事も。
  私は今も、何も知らずに彼女を殺した代償として背負わされたカルマに翻弄され続けているのだ。

〇黒
  To be continued ...

次のエピソード:Ep.6『conspiracy 』

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