始まりの1噛み(脚本)
〇田舎の教会
シスター・ルチア「大丈夫?」
空腹で倒れた私の顔を心配そうに覗き込むのは──修道服に身を包んだ、美しい女の人。
北条ミラ((この人、すごく甘い香りがする・・・))
私は抗う事の出来ない欲求に流されるままに彼女に抱き付いた。
そして――。
がぶっ
シスター・ルチア「・・・っ!?」
舌の上にゆっくりと落ちる、芳しく甘美な・・・『血』を味わう。
北条ミラ(ああ、美味しい。お腹も心も・・・全てが幸せで満たされるこの味を)
北条ミラ(──教えてあげたいな、この人に・・・ そしてもっと、貴方に・・・)
〇血しぶき
噛みつきたいの
〇教会の中
それから数週間後。
北条ミラ「・・・はぁ。ありがとうございます」
シスター・ルチア「ふふ、お粗末さまでした」
夕方の誰もいない礼拝堂。
その片隅で、私はシスターに【施し】を受けていた。
北条ミラ「すみません、今日もがっついちゃって」
彼女の首筋にくっきりと残る噛み痕。
私が残したそのはしたない痕跡に申し訳ないやら恥ずかしいやら。
シスター・ルチア「気にしないで。迷える子羊がいたら手を差し伸べる。 これがシスターとしての勤めですもの」
けれども彼女、シスター・ルチアは優しく微笑んでくれる。
北条ミラ(ルチアさんって、素敵だなぁ。大人で、包容力があって・・・)
北条ミラ(私の正体を知っても、怖がらないし。 しかもこうして血もくれるし)
シスター・ルチア「それにしても・・・まさか吸血鬼が私に助けに求めるなんてね」
〇赤いバラ
そう。私、北条ミラは吸血鬼なのだ。
・・・といっても悪い吸血鬼じゃないからね。
それに吸血鬼と言っても主食が人の生き血、というだけの基本は人間と変わらないし。
・・・いや、コウモリに変身したり、空を飛んだり出来るけど。
たまにヴァンパイアハンターさんに追い回されたりするけど。
まだまだ吸血鬼は人間社会じゃ忌み嫌われる存在。
だから、吸血鬼である事を隠さないといけないけど。
でもっ!
力を悪用したり、むやみに人を襲うなんて事はしない。
私は古より続く誇り高き一条家の吸血鬼なんだからっ!
〇教会の中
北条ミラ「いつもは血液パックを持ち歩いてるんですけどね・・・あの日、バックごと盗まれちゃって」
シスター・ルチア「それで教会の前で倒れてたわけね」
北条ミラ「・・・お恥ずかしい限りです。しかも我を忘れるほど飢えていたなんて」
北条ミラ「でも、介抱して頂いたのがルチアさんで良かったです! もしルチアさんが男性だったら・・・」
北条ミラ「私、ルチアさんを【吸血鬼】にしなければなりませんでしたから」
〇古い洋館
我が北条家には鉄の掟がある。
「最初に噛み付いて血を吸った人間の異性と生涯添い遂げる」と言う古くからの掟。
不老長寿の吸血鬼が人間と生涯添い遂げるという事はつまり・・・相手の人間に血を与え、吸血鬼にするという事だ。
この掟には一族の中でも異論を唱える人も多いけど、私は従う。
なぜなら・・・
私は一条家の次期当主だから
〇教会の中
北条ミラ「跡取りとしてこの掟は必ず守らないと。 それに・・・」
北条ミラ「実はちょっと楽しみなんです。 ──運命の人の血の味」
シスター・ルチア「運命の人?」
北条ミラ「はいっ! 生涯添い遂げる人って言ったら、運命の人ですから!」
シスター・ルチア「──そう。 ・・・ふふ、ミラさんはロマンチストね」
北条ミラ「おばあさまが言ってました。おじいさまの血を初めて吸った時は、あまりの美味しさにこの人にも血の味を教えてあげたいって・・・」
北条ミラ「・・・んん? あれれ?」
シスター・ルチア「どうしたの?」
北条ミラ「いえ、なんでもないです!」
一瞬、脳裏に過ったルチアさんとの出会い。
ありえない考え。うん、それは気のせいよ。
確かにルチアさんの血は今まで飲んできた中で一番美味しい血だったけど、ルチアさんは女性だもの。
これは私がまだ本当に美味しい運命の人の血を飲んだことが無いから思っただけなんだわ。
シスター・ルチア「早く運命の人に出会えると良いわね」
北条ミラ「はいっ! そしたら一番に紹介しますね」
北条ミラ「ルチアさんは私の憧れの女性ですからっ!」
〇教会の中
シスター・ルチア「憧れの女性、か・・・」
彼女が教会から立ち去って数時間。
祭壇を見上げ、大きなため息をつくと──
神谷航「随分懐かれちゃったみたいだなぁ」
シスター・ルチア「・・・元はと言えば兄貴のせいだろうが」
神谷航「ぐぐっ! でも親父から引き継いだこの教会を俺の代で潰すわけにもいかなかったし」
神谷航「実際、おまえがシスターになってから寄付金は増えるわ、信者が増えるわでこの教会は大繁盛!」
神谷航「・・・しっかし、あの子も夢にも思っていないだろうなぁ」
神谷航「敬愛する親愛なるシスター・ルチアが・・・――実はヴァンパイアハンターで」
神谷航「しかも男だなんて」
〇教会
このおんぼろ教会の神父の兄に頼まれて渋々女装して修道女を演じている、バチカンから派遣されたヴァンパイアハンター。
それが俺、神谷那智。
シスター・ルチアの正体だ。
つまり・・・ミラは宿敵の、しかも男の血を吸ったと言う事になる。
俺は男である事は明かせない。
明かせば・・・彼女は騙されたとショックを受けるだろう。
それに──俺は失いたくない。
ミラの信頼も、笑顔も、全部。
──例えそれがシスター・ルチアへ向けられた信愛の感情だとしても。
〇教会の中
シスター・ルチア「早く運命の人に出会えると良いわね、か・・・」
我ながら随分と心にもない事を言ったものだ。
──本心は俺以外の男を噛んで欲しくないっていうのに。
シスター・ルチア(主よ・・・俺はどうすれば良いのですか?)
俺は祭壇に問い掛けると、彼女が首筋に刻んだ愛しい痕をそっと撫でた。
吸血鬼ミラとシスタールチアの女性同士の不思議な関係性、そんな穏やかな空気感が伝わってくると思いきや、まさかの設定に驚きました。続編が読んでみたくなる物語ですね。
シスターが実は男でバンパイヤハンターで長男ではないのに渋々教会の跡取りとなっている。どんだけ秘密を持っているんだ。私も年に3回血を吸われています。確か献血というバンパイヤに!
続きが気になります。ヴァンパイアハンターでありながら、男性であるということも含め本性を隠しながらも、男性として彼女に対して独占欲だったり自分の恋心、執着が表現されていて、やはり恋におちるというのは自分の思考ではコントロールできないよなぁと感じました。禁断の恋ほど燃えますよね〜。