裏メニューの奇跡(脚本)
〇おしゃれなレストラン
ドンドンドンドン!
突然騒々しい音が響いた。
俺はキッチンの火を消し、ドアを開ける。
〇街中の道路
入口に、幼馴染の柏木が立っていた。
柏木「奥野くん、お腹空いた!」
奥野「・・・あのな、今日は休みだ」
柏木「知ってるよ!」
柏木「でもさ、アタシ今日、誕生日だから」
奥野「・・・だから?」
柏木「プレゼントってことで。ご馳走してよ!」
奥野「そんなプレゼント聞いたことないぞ・・・」
唐突な頼みに苦笑いが出たが、柏木に言われたら不思議と断れない。
〇おしゃれなレストラン
ここは両親が経営している小さなレストラン。
いずれは俺が継ぐつもりだ。
今日は休業日だが、料理の練習がしたくてキッチンに立っていた。
柏木「何作るの?」
カウンターに座った柏木が聞いてくる。
奥野「せっかくの誕生日だからな。オリジナルメニューを振る舞ってやる」
柏木「おぉ~!」
オリジナルメニューとは大層な物言いだが、俺は随分粗削りなものを考えていた。
〇おしゃれなレストラン
まず丼ぶりの半分くらいまでご飯を敷き詰める。
そこに、刺身用サーモン・ハンバーグ・生卵を順番に盛り付け。
最後にポン酢で味付けして、完成だ。
〇おしゃれなレストラン
奥野「できたぞ。今日だけの限定だ」
柏木「何これ!美味しそう!」
この食いしん坊は脂の乗った肉・魚が大好きだ。
一方で野菜はそこまで食べない。
このハンバーグ兼サーモン兼生卵丼は、見た目こそアレだが柏木の好物を詰め込んだ一品。
柏木のツボを突く確信があった。
柏木「めちゃくちゃ美味しいんだけど!これだけでめっちゃ儲かるよ!」
奥野「こんなコレステロールの塊みたいなの、お前ぐらいしか食わないだろ」
柏木「えぇ~!?これが今日限定なんて勿体ないって!アタシは一生食べたいな~!」
柏木は満面の笑みでがっついている。
全く。
そんな嬉しそうにされたら、限定で終わらせるのは勿体ないと本気で思ってしまう。
奥野「・・・親の許可が取れたら、裏メニューにするか」
柏木「裏メニュー?」
奥野「あぁ。お前だけが知っている、秘密のメニューだ」
柏木「いいね!なんかワクワクする~!」
やれやれ、本当に単純な人間だ。
だけど、笑顔いっぱいで分かりやすく喜んでくれるところが、俺は好きだ。
月日が流れ、俺たちは高校を卒業。
俺は店で修行を始めたが、親父の求めるレベルに届かない日が続く。
奥野の父「あんな出来では店を任せられん!!」
一蹴されると俺も反発したくなり、揉めに揉めては嫌な気分に──
そんな日が続いた。
〇おしゃれなレストラン
一方の柏木は地元の大学に入ったが、それからも度々店に来てくれた。
柏木「すみませーん!いつもの!」
必ずと言っていいほど裏メニューを頼んで、それはもう満面の笑みで美味しそうに頬張るのだ。
それを見るだけで、沈んだ気持ちも吹き飛ばすことができた。
さらに月日が流れ、柏木は就職のため上京することになった。
〇おしゃれなレストラン
俺は引き続き修行していたが、相変わらず親父と喧嘩してばかり。
そんなある日──
柏木は突然実家に帰ってきた。
変わり果てた様子で。
柏木「初めまして。柏木、です。よろしくお願いします・・・」
聞いた話だと、車の運転中に事故に遭い、頭を強く打って記憶を失ったらしい。
奥野「柏木・・・」
あの時の、天真爛漫な柏木はいない。
無邪気に笑う彼女には、もう会えないのか。
そう思うと、無性に寂しかった・・・
〇おしゃれなレストラン
もう一度、仲良くなりたい。
来たる柏木の誕生日、その一心で店へ連れてきた。
ちょうど休業日で、周りに誰もいないのは好都合だ。
カウンターに柏木を座らせ、俺はあの一品を捧げる。
あの時と、同じように。
柏木「これは・・・?」
奥野「普段は出さない、柏木さんのためだけに作った特別メニューです」
奥野「どうぞ、お召し上がりください」
ご飯の上にサーモン、ハンバーグ、生卵。
あの頃と何一つ変わっていない丼を前に、柏木の目が少し見開いた。
彼女はゆっくり箸を取り、卵の黄身が混ざったハンバーグ、サーモン、白米を同時に口へ運ぶ。
柏木「美味しい・・・」
続けて二口、三口と食べた、その時。
柏木「・・・!」
彼女は突然箸を落とし、丼を置き、立ち上がった。
そして、次に出た言葉は。
柏木「・・・奥野くん」
俺の名前だ。
奥野「・・・!」
一瞬何が起きたのか分からず、記憶が戻ったという認識さえ持てなかった。
思考が止まり、立ち尽くす俺。
一方で柏木は、カウンターを回り込んで近づいてくる。
柏木「奥野くん・・・!」
次の瞬間、柏木が抱きついてきた。
奥野「えぇっ・・・!」
思いがけない急展開。
俺は何も考えられない。
だけど、体が静かに温まっていくのは感じる。
同時に、左肩が濡れていくのも分かった。
柏木「よく分からないけど、トンネルの外に出たみたいに、周りが急に明るくなったの」
柏木「あの裏メニュー、懐かしいね。 よく食べてたよね・・・」
すん、すんと鼻をすする音が聞こえる。
俺が作った料理で、泣いてくれている。
料理と言うには無茶苦茶で、公に出すのは恥ずかしいものだが・・・
しかしあれは、もともと柏木のためだけに作ったものだ。
それで柏木の何かを変えられたなら──
それだけでも、料理人としてなかなか認められない俺にとっては救われる。
奥野「柏木。ありがとう」
視界が滲む中、肩越しにカウンターを見つめる。
そこには、俺たちだけが知っている裏メニューが静かに佇んでいた。
思い出の味はいつまで経っても忘れないものですね。
たぶん自分も記憶をなくしても、思い出の味は忘れない気がします。
特に大事な人が作ってくれたものなら、尚更。
他人の所で修行するより、親父の元で修行するのはより辛いな。彼女が記憶喪失になっても、裏メニューのお陰で更に二人の距離が近くなって、ハッピーだね。
味が記憶を喚起するというのは、料理の造り手としては嬉しい限りなのではないでしょうか。しかも、作った料理を食べて泣いてくれたら、こんなにうれしいことはないと思います。お客さんの食べたいものを提供できるということが、料理人としていちばん素晴らしいことなのではないかと思いました。ラブストーリーとしてもすごくよくできていて、2回読んでしまいました。柏木さんの記憶が完全に戻るといいですね。