この気持ちを知らない(脚本)
〇殺風景な部屋
リア「今日の検査は終わり?」
僕「ああ。お疲れさま、リア」
リア「"MF002"じゃなくて、リアって呼んでくれるの、貴方だけよ」
僕「リアはリアだよ」
それを聞いて笑う彼女の足には足枷がついている。
脱走防止用のGPS付きだ。
リア「うれしいなあ」
"美しい"ってこういうことなんだろう。
リアを見ていると心からそう思う。
〇魔法陣のある研究室
僕の仕事は研究所で作られる人造人間の、情緒や健康状態の検査報告。
人造人間たちは胚から高速培養を経て、人間の成人に近い体でリアクターから出される。
そして言語、基礎生活知識のニューロンインストールを行われ、ある程度の社会生活を送れるようにセッティングされる。
しかし実験はまだ未完成。
実験体は数ヵ月という短い時間を地下の研究所で過ごして、死ぬ。
そう。リアも、遠くない未来で・・・・・・
死ぬ。
リアに名前をつけたのは僕だ。
彼女の最初の"願い事"。
〇魔法陣のある研究室
博士「仕事には慣れたかね?」
研究責任者の博士が声をかけてくれた。
僕「はい。人造人間たちとの別れを繰り返すと思うと、寂しいですが」
博士「MF001は残念な結果だったからな。 実験体の寿命延長は最大の課題だ」
僕の脳裏に男性の最期が思い出された。
先日循環器の不全で亡くなった人造人間初代実験体、"MF001"。
僕「彼らの寿命は、まだ延ばすことはできないのでしょうか。 普通の人間のようには」
博士「実験体に同情しすぎると研究に差し障りがあるぞ?」
博士は人造人間たちを人間のように扱わない。
研究所はどこまでも清潔な白。
〇殺風景な部屋
書類を片手に今日の質問をする。
僕「昨日との変化はある?」
リア「知りたいことが増えちゃったわ」
僕「それはいい傾向だね」
あと何度、リアと話せるのか。
リア「語彙力課題の本にあったのよ。 空って何かしら。 花って何かな?」
リア「説明図はわかるけど。 ほんとうは、ほんとうには、どんなものなのかなって」
僕はいたたまれなくなった。
知りたいと思うことを知ることもできずに死んでいく実験体人造人間の悲しさに、彼ら自身は気がついていないのだ。
いや、知らない方が幸せなのかもしれない。
僕「・・・・・・今度、花を搬入してもらうよ。 滅菌処置をしてから君に見せることになるだろうけど」
リア「ほんとうに?! うれしい!」
〇殺風景な部屋
僕はその日、健康診断の隙に、リアの足枷をはずした。
監視カメラの死角はわかる。
他の研究員がいない通路もわかる。
リア「どこに行くの?」
僕「声を出さないで」
〇研究装置
僕は彼女の手を引いて足早に物資搬入口へ向かった。
ロックは研究室と同じIDで通れた。
重い扉を力をこめて開く。
冷たく澄んだ風が一気に流れ込んできた。
〇美しい草原
星空。本で読んだとおりの美しさ。
地平線まで、暗い土地が横たわっているように見えた。
リアは目を丸くする。
リア「ねえ、これは・・・・・・?」
僕は靴を脱いでリアに履かせた。
彼女は少し大きな靴を不思議そうにながめ、爪先でトントン床を鳴らしてみせる。
僕「リア、この扉を出たら君は自由だ。 人造人間として初めて自由の意味を知るんだ」
その言葉の重みを、彼女は一瞬で理解したようだった。
リア「・・・・・・私、あなたを忘れない。 絶対忘れない」
握った手がするりと離れ・・・・・・。
リアは星々の下に駆け出していった。
〇研究装置
息を殺して廊下をつたい、戻る。
研究室の前に立ちはだかる影たちがあった。
博士「MF002を逃がしたのか」
僕「博士・・・・・・」
博士の背後の研究員たちは銃を携えている。
博士「試作体に実験を手伝わせてきたのが間違いだったな」
僕「試作体・・・・・・?」
その言葉の意味に考えを巡らせる。
よく考えたら、僕はこの研究所のことしか知らない。
空を、花をほんとうには知らない。
自分の名前を、知らない・・・・・・。
僕「まさか・・・・・・僕は・・・・・・」
博士「MF000。人間に逆らったな」
僕「どうして・・・・・・」
博士「人造人間の従属実験だよ。これ以上の良いやり方はないと思ったがな」
僕「僕は・・・・・・っ、あなたこそ人間と思えない!」
博士「お前の実験は失敗だ」
背を向けて駆け出したが、撃たれなかった。
博士の最後の声が僕の背中に響く。
「追うな。もういい。 試作体はどうせ残り数日間の命だ。 次の培養を進めろ」
〇砂漠の滑走路
研究所から脱出した僕は、博士の言葉を振りきるように走り続けた。
しばらくすると線状に整えられた場所に出る。
これは・・・・・・"道"か。
道路というやつだ。
これを辿ればどこかに必ず文明や住居があるはずだ。
道を進んでいくと、誰かが立っているのが見えた。
僕「リア・・・・・・」
リア「やっぱり、待ってたの」
こんな気持ちは、本にも書いていなかった。
僕「・・・・・・これからどこへ行こうか」
リア「あなたとならどこでも」
あたたかい手。
"信じる"って、この気持ちのことなのか。
今となっては、この全ての瞬間が最後かもしれないと覚悟して、噛み締めていくことができる。
〇砂漠の滑走路
果てしない世界を歩いていると、地平線から白い光が漏れ出てきた。
僕らは思わず目を細める。
これが"太陽"か。初めて見た。
照明の比じゃない。
なんて・・・・・・なんて光だ。
リア「ねえ・・・・・・。 私もあなたの願い事を叶えたい」
僕「じゃあ・・・・・・」
「僕に名前をつけてくれ。」
終
彼まで実験体だったとは…驚きました!
作られた命でも、ちゃんと人格を持ってる一人の人間なんですよね。
その格差はあってはならないと思いますが…難しいですね。
人造人間を研究する人は確かに冷たくなりそう。そこに新たに自分がゼロ番目の人造人間であることで、研究されていたことがわかり、今後の展開が気になりました。もしかしたら、博士も人造人間で人造人間だらけの世界の中から抜け出せる人造人間を作っているのか、何て想像してしまいました。読んだ後に色んな背景を考えられる内容で面白かったです。
とても悲しくて美しいお話でした。博士は最後に彼を、撃ち殺すこともできたのに、あえて逃したのは、博士にもやはり人間らしい感情があったのか、もしくは彼の行動によって人間らしい感情が芽生えたのか、、そのうちAIもこのような人間的な感情を持ち、私たちの指示とは別に動き出す日がくるのかな、とか考えさせられるストーリーでした。