優しい先輩と傲慢な俺

Y.R

新入部員(脚本)

優しい先輩と傲慢な俺

Y.R

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〇装飾された生徒会室
  「先輩、こんにちは」
  「こんにちは、K(後輩)くん」
  ・・・
  俺が適当な席に座ると、先輩は本を読んでいた手を止めて紅茶を淹れてくれる。
  「♪」
  ・・・いい香りだ。
  紅茶の香りは勿論のこと、先輩から香るフローラルな匂いも鼻を掠めた。
  「ありがとうございます」
  「いいのよ」
  先輩がにこやかに笑う。
  ・・・なんだろう。
  今日は先輩の機嫌がいい気がする。
  さっきも鼻歌を口ずさんでいたし。
  「先輩何かいいことありました?」
  「・・・驚いた。どうしてわかったの?」
  「今日の先輩子供っぽくて可愛いので」
  先輩は紅潮した顔を隠すように下を向いた。
  「・・・ごめんなさい。そんなに浮かれてたかしら」
  「謝ることはないですよ」
  先輩が嬉しそうだとなんだか俺も嬉しいし。
  「ありがとう」
  「実はさっきね、顧問の先生から聞かされたの。入部希望者がいるって」
  「新入部員ですか」
  「そう。それでつい嬉しくなってしまって・・・」
  「なるほど。よかったですね先輩」
  「・・・」
  「・・・Kくんはあまり喜んでいないのね」
  ビクッと体が震えた。
  「ま、まさか! 勿論俺も嬉しいですよ?」
  「本当?」
  「本当です本当!」
  嘘は言っていない。
  しかし先輩はまだ不安そうな顔をしていた。
  「すみません俺、今日は帰りますね」
  「え、もう?」
  「ちょっと用事を思い出して・・・」
  「すみません先輩。また明日」
  「うん・・・また明日ね」

〇学校の駐輪場
  「はあ・・・せっかく先輩喜んでいたのに何してんだ俺」
  先輩から入部希望者の話を聞いた時、俺は心の中で"ついに来たか"と思ってしまった。
  新入部員がどうこうというより、俺は先輩と二人っきりの今の部活の時間がとても好きなのだ。
  けれど部員が現状足りておらず、廃部寸前だったからそれどころでないというのもわかる。先輩があんなに喜んでいたのも当然だ。
  部員が増えれば先輩と会えるあの空間は守られる。
  しかし、先輩とだけ過ごすあの時間はきっともう戻らない。
  自分が傲慢なのは理解している。
  それにこれも想定済みだった。
  だから先輩にこの後ろめたい感情がバレないように行動した。
  けど、バレてしまった。
  「明日、なんて言おうか」
  きっと先輩は今悩んでいる。
  念願の入部希望者だが、何か不満を抱えるそんな俺にどう対処したらいいか。
  こんな自分勝手な想いを抱く俺なんて気にしなくていいのに。
  けれどそんな先輩のところが俺は・・・
  「もういっそ・・・」
  伝えてしまおうか。
  俺は悶々と悩みながら帰路を歩いた。

〇通学路
  「ん?」
  あの後ろ姿は・・・
  先輩だ。
  「おーい先輩」
  しかし返事がなかった。
  まさか無視?
  昨日ので嫌われたのか?
  俺は焦燥感に駆られるように足早に歩いて、先輩の肩を掴んだ。
  「きゃっ」
  その拍子にボトッと先輩は何かを落とした。
  「本・・・?」
  俺は無視されていたのではなく本に夢中になっていただけとすぐに理解が及ぶと、嬉しさについで少し怒りが込み上げてきた。
  「先輩、本を読みながら歩くのは危ないですよ」
  「Kくん・・・?」
  驚いていた先輩は俺が怒っていることに気づくと、申し訳なさそうにごめんなさいと謝った。
  「気をつけてください。先輩が事故に遭うなんて俺、絶対嫌ですから」
  落とした本を拾うと先輩に渡した。
  「本当にごめんなさい」
  「わかってくれたらならよかったです」
  「心配してくれてありがとう」
  「いえ・・・」
  「ところで先輩、何の本を読んでいたんですか?」
  「!」
  「えっと・・・」
  「・・・」
  「先輩?」
  なんだ?
  歯切れが悪いな。
  ま、まさか!
  こんな往来のある通りで官能小説でも読んでいたのだろうか・・・?
  ドキドキしながら次の言葉を待った。
  「れ、恋愛小説を読んでいたの」
  「・・・」
  「そうですよね! 先輩はそういう人じゃないですもんね!」
  「そういう人?」
  「すみません、こっちの話です・・・」
  しかし純文学ばかり読んでいる先輩が恋愛小説をねぇ・・・
  何か心境の変化が・・・
  さすがに昨日の今日で好きな人ができたわけではないとするとやはり昨日の一件だろう。
  「先輩、昨日はすみませんでした」
  「謝るってことはやっぱり何かあるのね」
  「・・・」
  「教えてはもらえないのかしら」
  「すみません・・・」
  「Kくん、一つ聞いてもいい?」
  先輩はいつになく真剣な顔だった。
  「この部活が嫌い?」
  「嫌いじゃあないです」
  「じゃあ好き?」
  「好きですよ」
  「そう・・・」
  「・・・」
  「ならよかったわ」
  心底安心したように先輩は表情を綻ばせた。
  先輩の笑った顔。
  ああ、俺はやっぱりこの人のことが・・・
  「そうそうKくん」
  「実はもう、私たちの部廃部になることになったの」
  「え?」
  一瞬何を言われたかわからなかった。
  部活がなくなる・・・?
  なぜだろう。
  いざこうして危惧していた現実に直面するとどうしようもないほどやるせない感情が溢れてくる。
  「入部希望者は? いましたよね」
  「いるけど、それでも部員が足りないの」
  「残念だけど、今週いっぱいで部活は終わり」
  そんなっ・・・
  いや俺は何を悲しんでいるんだ。
  そんな資格は俺にはないはずだ。
  副部長として、部員勧誘の努力を怠り、あまつさえ先輩と二人きりになるという自分の欲を優先し続けた。
  その結果、先輩と会える時間は消え、先輩の大好きな居場所さえ奪うことに・・・
  「先輩すみません俺・・・」
  「しょうがないわよ」
  明るくそう言ってくれる先輩に俺は胸が締め付けられた。
  辛いのは先輩の方なのに。
  くそっ・・・
  今更後悔することになるなんて。
  もう何もかも間に合わないのだろうか。
  いや、諦めるわけにはいかない。
  せめて先輩の居場所くらい守ってみせる。
  「あ、あのね、Kくん」
  「Kくんさえよければなんだけど・・・」
  「先輩!」
  「俺、頑張りますから! 絶対廃部になんてさせませんから!」
  「え?」
  「ちょ、ちょっとKくん?」
  「うおおおおおおおおおおお」
  「い、行っちゃった・・・」

〇事務所
  「ダメ、ですか?」
  「すまんな。もう決まったことなんだ」
  顧問の先生に掛け合ってみたものの廃部はどうやっても覆らないらしい。
  「本当にすまん」
  「謝らないでください。先生は悪くないです」
  俺は無理やりに笑顔を作った。

〇教室
  「・・・」
  廃部はもう免れない。
  部員も業績も足りていない今のうちの部に割く予算などないのだろう。
  だが、もう手の施しようがないわけじゃない。
  部の再建。
  もう一度部員を集め、顧問を見つけ、同好会からやり直す。
  そして業績を積み上げて、やがて部に昇格させる。
  同好会発足の最低人数は2人。
  俺と先輩でひとまず足りる。
  となると、あとは顧問か。

〇事務所
  「先生!」
  俺は顧問の先生にもう一度声をかけに来ていた。
  先生は俺に気づくと驚きと困惑の色に染まった表情をしていた。
  それも無理はなかった。
  つい昼頃廃部に関する話をして気まずい感じに終わり今は顔を合わせづらいはずなのに、またこうして顔を出しに来ているのだから。
  「度々すみません。実は先生に相談したいことがありまして・・・」
  俺は部の再建の話ともう一度顧問を引き受けて貰えないかという旨を話した。
  「そうか・・・お前の気持ちはわかった」
  「・・・」
  「だがすまん。俺はその気持ちに応えてやることが出来ない」
  「それは・・・なぜですか?」
  「実は先日転勤が決まってな」
  「まだ内示が出た訳じゃないがそういう話が来ている。恐らく来年の春頃には俺はもうこの学校にいない」
  「だから顧問を引き受けてやることが出来ないんだ」
  「そう、なんですか・・・」
  別に早々上手く事が運ぶとは思ってはいなかったが・・・
  実際こうして希望が潰えるのは堪えるものがある。
  「・・・わかりました」
  ああ今きっと暗い気持ちが表情に出てしまっている。
  「先生、転勤先でもお元気で。今まで色々とお世話になりました」
  俺のせいで先生がこの学校に悪い印象を持ってしまうのはダメだ。
  俺は笑顔を貼り付けて悟られる前に立ち去ることにした。
  「待て待て。帰るにははやいぞ」
  「え?」
  「顧問引き受けてくれそうな先生に心当たりがある」
  ニッと先生は笑った。
  「え・・・本当ですか!!」
  我ながら現金なヤツだ。
  あからさまな喜びを隠そうともしない。
  だがそんな俺を見ても先生は笑みを深めてくれた。
  「ああ。既に陸上部の顧問をしているんだが、勤務状況から部活の掛け持ちをしても問題ないはずだ」
  俺は先生の手元にある資料の束に目を落とす。
  まさか調べてくれたのか?
  俺が昼頃相談してから・・・
  「先生、本当にありがとうございます」
  俺は深々と頭を下げた。
  「あー・・・まあなんだ。一応まだ部活の顧問なわけだしこれくらいはな、はは」
  そういうがどう見ても照れ隠しだろう。
  「ま、まあとにかく。性格はちょっと尖っているが若いのに実力ある先生だ。たしか名前は──」
  「誰が尖っているですって?」
  ピシャリ
  雷が落ちた気がした。

〇事務所
  「・・・」
  キリッとした顔つきの女性が入ってきた。
  「・・・」
  咎めるような視線を受け、顧問の先生は謝罪をしていた。
  「謝るくらいなら最初からそういうこと言うんじゃありません」
  だれだろうか
  とりあえずなんだか厳しそうな先生というのが最初の印象だった。
  「それで」
  今度は俺へと視線が注がれた。
  少し緊張する。
  「君は私に顧問になってもらいたいの?」
  一瞬疑問符が浮かんだがハッとする。
  チラリと顧問の先生を見やると、頷き返された。
  間違いない。
  この人が話に聞いた顧問を引き受けてくれそうな先生だろう。
  「そうです」
  肯定する。
  「そう」
  「・・・」
  「別になってあげてもいいわ」
  「!」
  驚いた。
  そんな軽く決断してくれるような人には見えなかったから。
  何はともあれ。
  快い返事は素直にありがたい。
  「とても助かります!」
  「ええ。でも・・・」
  「文芸部と聞き及んでいるけど、具体的にあなたたちの部は普段どんな活動をしているの?」
  聞かれてドキッとする。
  「・・・読書が中心ですかね」
  つい言い淀んだ。
  読書はたしかにしている。
  だが、言ってしまえばそれしかしていない。
  何故なら俺が普段文芸部に足を運ぶのは先輩と一緒の時間を過ごすためで。
  俺にとって部活も本もただの口実だった。
  「読書なんて部活でなくともできるわよね」
  「・・・」
  「もし部活動として成り立たせたいなら文集を作り、コンクールに応募したりして実績を積む努力が必要よ」
  「あなたにそれができるの?」
  できる。
  先輩のためなら何だって出来る自信がある。
  しかし言葉などいくらでも飾れてしまう。
  今必要なのはできることの証明。
  それなくしてできる発言は信じて貰えない。ひいては顧問をして貰えない。
  ここは一旦出直すべきか・・・
  「──できます」
  あれ?
  俺はまだ何も・・・
  いや違う。この声は・・・
  「先輩・・・」
  なぜここに?
  先輩と視線が重なる。
  先輩は俺にだけわかるようにニコッと笑った。
  「先生、これを見てください」
  ドサッと夥しい紙の山が置かれた。
  「これは・・・」
  先生が手に取るのを確認して俺もそっと手に取った。
  それは全部創作詩だった。
  「まさかこれを全部あなたが・・・?」
  「はい」
  先輩は頷く。
  俺は紙を見つめたまま固まってしまった。
  先輩がこんなに努力しているのだと全然知らなかった。
  「コンクールに応募はしていません」
  「なぜ応募しないの?」
  「これは私の趣味だからです。誰かに添削をしてもらったこともありません」
  「ですが」
  「必要とあらば全部一から書き上げ応募に出します」
  「そのためにまず添削してもらう先生が必要です。顧問になってこのお手伝いお願いできませんか?」
  「・・・」
  「・・・」
  「いいでしょう」
  長い沈黙の末、先生は笑った。
  「ありがとうございます」
  「・・・」
  すごいな先輩は・・・
  事情を理解しているのもそうだし困った時に颯爽と助けてくれるのも。
  どうしてそんなに先輩は眩しいんですか。
  口にはしなかったが、心の底からそう思った。
  それに先生も最初怖い先生だと思ったけど・・・
  「頑張る子は全力で応援します。先生ですから」
  俺は何も言わず先生に頭を下げた。

〇学校の駐輪場
  「もう外こんなに真っ暗なのね」
  「家まで送りますよ」
  「いえ、悪いわ」
  「これくらいさせてください。さっきのお礼だと思って」
  「・・・」
  「わかったわ」
  先輩と並んで歩く。
  ・・・
  先輩が職員室に居合わせた理由は、日誌を持ってくるところだったようだ。
  そこで俺が話をしているところを見て、急いで部室まで文集を取りにいったそうだ。
  あのときの先輩は格好よかった。
  それに比べて・・・
  自信の非力さを呪いたい。
  今回のは今までのツケが回ってきたようなものではあるが、先輩に助けられてしまった。
  「先輩」
  「俺も文集作り手伝いますね。物書きは難しいんで、良さそうな資料を探してきたりとかで」
  「ありがとう」
  「他にもできることあったら遠慮なくいつでも頼んでください」
  「・・・嬉しいけど無理はしないでね」
  「無理なんて全然。むしろ先輩に比べたら・・・」
  「私は趣味でやってたしそんな苦ではないから」
  「そう、ですか・・・」
  ?
  胸に何か違和感を感じた。
  俺、焦ってる・・・?
  そう気づくと俺はこの胸の焦りが何なのかすぐ理解した。
  「先輩」
  「何?」
  俺は先輩を真っ直ぐ見つめた。
  「好きです」
  「・・・」
  「・・・」
  !?
  先輩は涙をボロボロと流した。
  「先輩、どうして泣いて・・・」
  「酷い。こんないきなり・・・」
  そんなに嫌だったのか・・・?
  胸が刺されたように痛んだ。
  「今言わないともう言えなくなると思いまして」
  「?」
  先輩は不思議そうに首を傾げた。
  部の再建がこのまま上手くいけば、新入部員がどうこう前にこれから忙しくなるだろう。
  そうしたら先輩と二人っきりの時間は完全になくなる。
  もう告白して恋人になる以外に、俺の望む世界はなかった。
  本当にすみません先輩。
  こんな邪塗れの後輩で。

〇公園のベンチ
  泣き止むまで、俺は先輩と一緒に近くの公園のベンチに腰掛けていた。
  「ごめんなさい取り乱したわ」
  「先輩が泣くところなんて初めて見たので驚きました」
  俺はギュッと震える手を押さえた。
  「先輩、返事を聞かせて貰えませんか?」
  正直いい答えが返ってくる気はしていなかった。
  先輩が泣くほどだ。相当ショックだったのかもしれない。俺の告白・・・
  「Kくん、私はこれから文集作りで忙しくなるし、来年は受験生だからそんなに空いてる時間はきっとないわ」
  「もしかしたらこの先Kくんに他に好きな人ができるかもしれない」
  「それでも私が好き?」
  「好きです。他の何においても先輩が好きです」
  迷いは一切なかった。
  「そう・・・」
  「・・・」
  「せ、先輩?」
  また泣き出してしまった。
  「ごめんなさい、なんだか本当に涙が止まらないの」
  「でも大丈夫、このまま言わせて」
  俺は先輩の涙を拭ったハンカチを握りしめた。

コメント

  • これが本当の二人三脚ですね。主人公は先輩のためという気持ちであれ、部の存続を2人で力を合わせて手に入れたことがすばらしかったです。先輩が本当に読書や文章を書くことが好きなことも伝わってきました。こういう青春っていいなぁ。

  • 淡い気持ちが行ったり来たりしながらも、唯一の共通点部活が二人の仲をぎゅっと取り持ってくれてよかったです。こんな素敵な先輩がいたら、誰だって彼のように部活の存続願いますよね。恋も部活も上手くいきますように!

  • かわいい恋の話で甘酸っぱくなりました。
    先輩と二人きりでいたかっただけなのに…と思う姿が印象的で、
    その後の先輩のためにがんばる姿が引き立ってます!
    好きな人のためならがんばれるKくんが素敵です!

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