***回目(脚本)
〇大学の広場
彼の名前は中村海璃。都内の大学院に通う、普通の研究生だ。
中村海璃(なかむらかいり)「・・・もうそろそろかな」
一見すると、研究漬けの味気ない日々。しかし彼には、密かな楽しみがあった。それは・・・。
水戸秋葉(みとあきは)「ごめんね、待たせちゃって」
中村海璃(なかむらかいり)「全然、問題ないよ。じゃあ、行こうか」
大切な恋人・水戸秋葉との、何気ないデートだった。
〇渋谷のスクランブル交差点
大学を出て、駅前へと繰り出す。水戸はショッピングが大好きで、街にいるだけでご機嫌な様子だった。
水戸秋葉(みとあきは)「ふふふっ、今日も色々買っちゃった! 海璃、一緒に選んでくれてありがとね!」
中村海璃(なかむらかいり)「秋葉は本当に、買い物が好きだね」
ニコニコと笑う水戸を見て、中村も思わず笑顔になる。
元々コミュニケーションが苦手で、いじめられ体質だった彼は、水戸の存在が何よりの支えだった。
水戸秋葉(みとあきは)「あっ、そうだ! せっかくのいい天気だから、見晴らしのいいところに行かない?」
中村海璃(なかむらかいり)「そうだね。そしたら、あそこのビルに上ろうか」
彼女とのささやかな日々が、永遠に続いて欲しい・・・。そのためならば、中村はどんな努力も惜しまなかった。
〇東京全景
水戸秋葉(みとあきは)「わぁー! すっごくきれい!」
都内随一のビルから見下ろす、都会の街並み。晴れ晴れとした青空も相まって、まさに絶景だった。
水戸秋葉(みとあきは)「海璃! 一緒に写真撮ろうよ!」
中村海璃(なかむらかいり)「写真・・・ ちょっと、恥ずかしいな」
水戸秋葉(みとあきは)「そんなことないよ! 私たち、恋人同士なんだから!」
中村は昔から、写真を撮られるのが苦手だった。こればかりは、何度やっても慣れない。
水戸秋葉(みとあきは)「ほらほら、笑ってー! はい、チーズ!」
水戸の元気な掛け声に、中村ははにかみながらピースを取る。苦手なこの瞬間さえも、彼女といれば幸せなひと時だった。
〇渋谷のスクランブル交差点
半日中デートを楽しんだ二人は、暗くなった夜の街を歩く。もう少し一緒にいたいところだが、今日はここでお別れだ。
水戸秋葉(みとあきは)「海璃、今日は楽しかったよ! また一緒にデートしようね!」
中村海璃(なかむらかいり)「うん・・・。またね」
水戸は笑顔で手を振るが、対する中村の表情は暗い。
・・・それはまるで、これから起こる悲劇を見通しているかのようだった。
危ないっ!! 避けろっ!!
水戸秋葉(みとあきは)「・・・え?」
・・・それは、ほんの一瞬だった。
気が付くと、中村は血だらけになって倒れていた。
彼の背後には、恐ろしい通り魔の姿が。
水戸秋葉(みとあきは)「う・・・そ・・・。 か、海璃・・・?」
中村海璃(なかむらかいり)「あき、は・・・。 また、ね・・・」
・・・中村の顔が、徐々に青ざめていく。しかし彼の表情は、実に穏やかなものだった。
〇大学の広場
中村海璃(なかむらかいり)「・・・ああ、戻って来れた」
・・・中村が再び目を覚ますと、そこは見慣れた大学院のキャンパスだった。爽やかな秋の風が、彼の頬を撫でる。
中村海璃(なかむらかいり)「さて、と・・・。 また、同じデートをするか」
キャンパスの奥から、水戸が走って来る様子が見える。彼女の急ぐ表情も、揺れる滑らかな髪も、前回と全く同じだった。
水戸秋葉(みとあきは)「ごめんね、待たせちゃって」
中村海璃(なかむらかいり)「全然、問題ないよ。じゃあ、行こうか」
いい加減、この会話も聞き飽きた。
彼はもう何百回も、この半日を繰り返しているのだから。
〇渋谷のスクランブル交差点
中村には、とある秘密があった。
それは、彼の持つ天才的な頭脳と、・・・この日に必ず死ぬという運命だった。
一度目に死んだとき、彼は半日前の世界に戻れたことを大いに驚いた。死んだはずの自分が、何故生きているのだろうか、と。
しかし、彼は持ち前の頭脳で、とある世界の法則に気が付いたのだ。それは・・・
中村海璃(なかむらかいり)(・・・全く同じ半日を繰り返せば、俺はまた、半日前に戻ることができる)
終わらぬ永遠を条件に、彼は愛する恋人と、見飽きた情景を繰り返した。
〇渋谷のスクランブル交差点
・・・だが膨大な時を繰り返す内に、彼の心の中では葛藤が起こっていた。
中村海璃(なかむらかいり)(・・・秋葉をこの半日に閉じ込め続けることは、果たして正しいのだろうか?)
彼がこの日に死ぬ運命は、決して捻じ曲がることはない。だが恋人の水戸には、この半日を越えた先に未来がある。
中村海璃(なかむらかいり)(・・・いや、答えなんて、とっくに出ている。俺の勝手な都合で、秋葉をこの半日に閉じ込めていいはずがない)
中村は大きく決心すると、ゆっくりと深呼吸をした。そして・・・
水戸秋葉(みとあきは)「海璃、今日は楽しかったよ! また一緒にデートしようね──!」
水戸秋葉(みとあきは)「──って、えぇっ!? かっ、海璃!?」
──中村は、恋人を抱きしめた。
街を行き交う人の目も気にせず、しっかりと。
中村海璃(なかむらかいり)「秋葉、今までありがとう・・・。 ・・・またね」
・・・彼は膨大な繰り返しの中で、初めて彼女とハグをした。そしてそれは、彼の本当の「死」を意味していた。
危ないっ!! 避けろっ!!
・・・聞き飽きた喧噪の中、中村はゆっくりと目を閉じた。
〇大学の広場
大切な恋人だった中村が、通り魔に刺されて死んだ。
・・・それから一年経った今でも、水戸はその事実を受け入れられずにいた。
水戸秋葉(みとあきは)「・・・海璃、待っててね。今、私が会いに行くから。 また一緒に、デートしようね・・・」
中村が死んだ後、彼女は必死に勉強した。
再び彼と出会うために、そしてもう一度、一緒にデートをするために。
そして彼女は、とある世界の法則に気が付いた。それは・・・
切ないループを終わらせたのは彼女のためって、とても優しい人だなぁと思いました。
でも、残された彼女の気持ちを考えると悲しいですね。
確かに繰り返せば永遠と一緒にいられるかもしれませんが、何回も同じ結末になってしまうと…辛そうです。
逆に中村さんの方が殺されてしまって…それを救い出す道があるのか…?!どうなるんだろう…
とても切ないループですね。最愛の人との時間を繰り返しながら葛藤を繰り返す時間、想像すると胸が痛みます。ラストの場面からの余韻も好きです。