第3話(脚本)
〇王宮の広間
サフィーヤ「お母様、見てください!」
アムジャード王妃「まぁ、飾り文字ね。 上手に書けたわね」
ディヤーブ「これ、サフィーヤが書いたのか? 上手いな!」
ファイサル「綺麗に書けたね」
サフィーヤ「お父様にもお見せしていい?」
宰相「姫様、今陛下は執務中ですぞ」
バースィル王「構わぬ。 サフィーヤ、父にもそれを見せておくれ」
サフィーヤ「はい、お父様!」
バースィル王「ほぅ、お手本通りの綺麗な文字だな。 お前は賢いゆえ、将来が楽しみだな」
サフィーヤ(お母様とお兄様たち、お父様にも褒めてもらえた! 嬉しい!)
〇荷馬車の中
サフィーヤ「!」
サフィーヤ(眠ってしまっていたようね)
ザフィール「姉上?」
サフィーヤ「大丈夫よ」
アルネヴィア兵「お目覚めですかな。 間もなく城に着きますよ」
サフィーヤ「ええ、そのようね」
サフィーヤ(城に戻ったら、またあの男に会うのね)
サフィーヤ(ぞっとする・・・)
〇謁見の間
リカルド「サフィーヤ王女、よくぞ戻られたな。 突然いなくなったので心配していたぞ」
サフィーヤ「ご心配をお掛けして、申し訳ございませんでした」
リカルド「今回は弟君も含めて不問に処す。 今後は俺の許可なく城を出ないように」
サフィーヤ「ご寛大な処置に感謝いたします、陛下」
サフィーヤ(どうしてこの程度のお叱りで済んだのかしら? 最悪処刑になることも覚悟してたのだけれど)
サフィーヤ(悔しいけれど、しばらくは大人しくしていた方が良さそうね)
〇貴族の部屋
サフィーヤ「・・・」
リカルド「どうした、そんな顔をして」
サフィーヤ「ひとつ、お聞かせ願えませんか」
リカルド「構わんが」
サフィーヤ「どうしてわざわざ他国に手を回してまでわたくしを取り戻したのです?」
リカルド「・・・君に、俺の側に居てほしかったからだ」
サフィーヤ(どういうこと? 愛妾に逃げられては恥ということかしら)
サフィーヤ「そんなことに、我が国の庶民まで巻き込んだのですか?」
リカルド「庶民を・・・? そのような覚えはないが」
サフィーヤ「わたくしは民の手を借りて海を渡りました。 それもあなたが手配した者なのでしょう?」
リカルド「いや、それは違う。 確かに俺は君が海を渡れるよう手配をしておいた」
リカルド「だが、偶然を装って兵士が君を運ぶ算段になっていたはずだ」
サフィーヤ「つまり──わたくしは本当に民に助けてもらったということ!?」
リカルド「そうなるな」
サフィーヤ(嬉しい・・・! ではあの時励ましてくれた民は本物だったのね!)
サフィーヤ(それだけで、祖国のために頑張れるわ!)
リカルド「・・・フッ」
サフィーヤ「?」
リカルド「君の嬉しそうな顔を、やっと見られた」
ギュッ
リカルド「これから暫くは、君に触れるのを控えることにしよう」
サフィーヤ「!」
リカルド「その代わり、今まで通り夜伽には通ってくれ。 寝る前に君の声が聞きたい」
リカルド「おやすみ。客間に戻ってよいぞ」
サフィーヤ「かしこまりました」
サフィーヤ(どういう風の吹き回し・・・?)
サフィーヤ(まぁいいわ。 当分は気楽に夜を迎えられそうね)
〇王妃謁見の間
アルネヴィア ドラド城離宮
プリシラ「王太后様! このままでよろしいのですか!?」
プリシラ「よりによってあの憎きファジュルの女なんかを相手になさるなんて! 陛下の品位を損ねるとは思いませんこと!?」
王太后「そう言われても、わたくしはもう表舞台から一線を引いた身よ」
王太后「陛下の行動に口出しできる立場ではないのよ」
貴婦人1「プリシラさん、落ち着いて。 ここは王太后様と共に昼餐を楽しむ場よ」
プリシラ「・・・失礼いたしました」
貴婦人3「プリシラさん、必死ね」
貴婦人4「愛妾を大勢抱えていた先王様と違ってリカルド様はお堅い印象があったのに、いきなり愛妾を持ったんですもの──」
貴婦人4「焦って当然でしょうね」
貴婦人3「我が娘こそ王妃に、と目論んでいた他の貴族家からも焦りの声が出ているらしいわよ」
貴婦人4「王妃の椅子の争奪戦、どうなるか見ものね」
貴婦人2「さぁ、気を取り直して。 今日は食事のお供にわたくしがコーチェ産の果実酒を用意いたしました」
貴婦人2「皆様是非ご賞味くださいませ」
貴婦人3「まぁ、素敵」
貴婦人4「この器も良いお品ですわ〜」
プリシラ(冗談じゃない! 王妃の座に収まるのはこのわたくしよ!)
プリシラ(どんな手を使ってでもあのファジュル人を追い出してやるんだから!)
〇洋館の一室
エスカルラータ公爵邸
プリシラ「お兄様はいらっしゃるかしら!?」
ユリエスキ「どうしたプリシラ、騒々しいぞ」
プリシラ「お願いがございますの! 例のファジュルの女とやらを陛下から遠ざけてほしいの!」
ユリエスキ「ファジュルの・・・? ああ、あの捕虜の姫君のことか」
プリシラ「そうよ! あの厚かましい女のことです!」
ユリエスキ「無理だな」
ユリエスキ「いくらエスカルラータ家の人間であるからといって、私から陛下に進言しても聞き入れてはもらえまい」
プリシラ「まぁ! 我が一族は三大貴族の一角ですのに!?」
ユリエスキ「それは先王様の代までのことだ。 リカルド様が我々のことをそこまで信用している保証はない」
プリシラ「お兄様! わたくしは王妃にならなければいけないの!」
プリシラ「それが一族の安泰のために絶対必要なはずでしょう!?」
ユリエスキ(・・・私が出世してリカルド様の信頼を得るという選択肢は眼中にないのだな)
ユリエスキ「まぁ落ち着け、プリシラ」
ユリエスキ「王族といえども所詮はファジュル人だ。 リカルド様が彼女を王妃にするなど──」
プリシラ「あり得ないとは言い切れないでしょう!?」
ユリエスキ「そ、それはそうだが・・・」
プリシラ「お兄様にはあの女に近づいて籠絡し、弄んだ挙げ句に惨たらしく捨ててほしいの!」
プリシラ「陛下にも裏切りの代償に捨てられて、惨めに野垂れ死ぬといいのよ!」
ユリエスキ「そんなことを、私にやれと言うのか?」
プリシラ「だって!お兄様だって心配ではないの? 今まで女っ気のなかった陛下がいきなり愛妾なんて!」
プリシラ「ファジュルの女に何か唆されていたらどうするのです? それこそ国の危機よ!」
ユリエスキ「確かに、その点については私も不審に思っていた」
プリシラ「そうでしょう? 陛下のためにも、あの女に釘を刺しておいた方がいいと思うの!」
ユリエスキ「そういうことなら・・・私も動いてみるか」
プリシラ「流石お兄様! 跡継ぎに相応しいご判断ですわ!」
ユリエスキ(まったく、調子の良いことだな)
ユリエスキ(しかし、リカルド様が長年敵対していた国の王族を側に置く意図を図りかねるのは事実だな。 少し調べてみるか)
〇貴族の応接間
侍女「王女殿下、エスカルラータ公爵家の方が面会をご所望です」
サフィーヤ(アルネヴィア貴族が私に・・・?)
サフィーヤ「いいわ。通して」
侍女「かしこまりました」
ユリエスキ「お初にお目に掛かります、王女殿下」
ユリエスキ「私はエスカルラータ公爵家のユリエスキと申します。 以後お見知り置きを」
サフィーヤ(手の甲に接吻・・・そんな挨拶もあるのね)
サフィーヤ「ええ、よろしく。 わたくしはファジュル王国の──」
ユリエスキ「サフィーヤ姫、ですね。 お噂は多少なりとも聞き及んでおります」
サフィーヤ「まぁ、興味深いわ。 アルネヴィアにわたくしの噂はどう伝わっているのかしら」
ユリエスキ「侍従長に庭園の見学許可をもらっています。 詳しいお話は季節の花を見ながらお話ししませんか?」
サフィーヤ(城の中では言いにくい内容・・・かしら?)
サフィーヤ「よろしくてよ。では案内して」
ユリエスキ「ええ、喜んで」
〇華やかな広場
ユリエスキ「ここは先王様の王妃──王太后様お気に入りの庭園です」
ユリエスキ「先王様とのご縁で、我が一族の者は特別に見学が許されているのです」
サフィーヤ「そう。それにしても見事な庭ね。 アルネヴィア風の庭が見られて興味深いわ」
サフィーヤ「ところで、お話って何かしら?」
ユリエスキ「失礼ですが、王女殿下は元々リカルド様と面識はお有りでしたかな?」
サフィーヤ「いいえ。 陛下とは初対面のはずだけど・・・」
ユリエスキ「なるほど。 では殿下を愛妾にという話が出たときには大層驚かれたのでは?」
サフィーヤ「それは本当にそうだけど・・・ 何が言いたいのかしら? わたくしと陛下の馴れ初めでも聞きに来たの?」
ユリエスキ「・・・単刀直入にお聞きします。 殿下は王妃になる心づもりはございますか?」
サフィーヤ「わたくしが、アルネヴィアの王妃に!?」
サフィーヤ「そんなこと、考えるはずないでしょう!? どうしてわたくしが祖国を滅ぼした相手に嫁がなくてはいけないの!?」
ユリエスキ「不躾な質問をしてしまいましたことを、お詫び申し上げます」
ユリエスキ「殿下は今でもファジュルを大切にお思いなのですね」
サフィーヤ「そうよ!わたくしはいつか自分の手で祖国を立て直すって決めたの!」
サフィーヤ「だから余計に、王妃になんてなっていられないのよ」
ユリエスキ「フフッ。 そのようなことを、アルネヴィア貴族である私に話してしまって良かったのですか?」
サフィーヤ「ええ。 だってそうでもしないと、あなたのわたくしへの疑念を晴らせそうになかったもの」
ユリエスキ「!」
ユリエスキ「お見通しでしたか」
サフィーヤ「確かに心配よね。 長年敵対していた国の王族が陛下に近づいているのは」
ユリエスキ(・・・)
ユリエスキ「殿下、折り入ってご提案がございます」
ユリエスキ「我が一族と組み、リカルド様から王権を奪ってみませんか?」
サフィーヤ「・・・え?」
つづく