読切(脚本)
〇テラス席
店長「河合さん、お客さんの注文をお願いね」
河合 笑美「はい、行ってきます」
彼女が外の席まで注文を取りに行く
私は彼女が接客する様子を通りの向こうの歩道から眺めて佇んでいた。
私の前を多くの通行人が通り過ぎていく。
誰もが私を何の変哲もない日常の風景として気にも留めない。
だが私には秘密がある。
皆様はドッペルゲンガーをご存知だろうか。
不吉の前兆とされる全く同じ姿をしたもう一人の自分、本人が遭遇すると死をもたらすというアレだ。
何を隠そう私は彼女、河合笑美のドッペルゲンガーなのだ。
その為私は人の言葉を話すことも出来ないし、私が彼女と顔を合わせれば彼女は死ぬ事になるだろう。
困ったことにそんな私が河合笑美さんを好きになってしまった。
そもそもドッペルゲンガーに性別や性欲など無いのだが実際に彼女に惹かれているのだから仕方がない。
引き続き様子を見ていると警察官が彼女に話しかけてきた。そして少しすると、
河合 笑美「えっ!?」
彼女は口に手を当て、酷く狼狽した。
ただごとでは無いと感じた私は彼女の会話に耳を澄ませた。
警察官「犯人は今あなたの家に立て篭って弟さんを人質に身代金を要求しています。今すぐ来てください」
そのまま警察官はパトカーに彼女を乗せて行ったので、私も急いで後を追った。一応彼女の家の場所は把握している。
〇一軒家
河合 笑美「私を代わりに人質にしてください!」
私が現場について最初に見たものは無線機に向かって叫ぶ彼女の姿だった。犯人と交渉しているようだ。
「・・・いいだろう。その代わりに今から言う物を用意してその女に持って来させろ」
「あと無能な警察どもはいつになったら金を用意できるんだ!殺さなくともボウズを痛めつける事くらいは出来るんだぞ!」
河合 笑美「やめてください!」
どうやら人質交換に応じる見返りに物資を要求するようだ。
警察官「河合さん、ムチャだ!」
周囲の警官達は彼女を思いとどめようと説得していたが、彼女は血の気の引いた表情でありながらも決して引く気は無いようだった。
彼女に根負けした警察が犯人の要求した物資をカバンに詰めて彼女の足元に用意する。
(仕方ないか)
そんな彼女の姿を見て私は覚悟を決めることにした。
彼女の肩をポンと叩く。
振り返った彼女や警察は私の姿を見て面食らった。無理もない。突如として彼女と同じ姿をした者を目にしたのだから。
こうして私は河合笑美の姿で彼女の前に姿を現したのだった。
(大丈夫だよ)
そう伝えるべく私は彼女ににっこりと笑い掛けた。
彼女の足元のカバンを拾い上げ前に出る。
すると家のドアから犯人と思しき男が、縄で縛られた小学生くらいの少年と共に出てきた。
犯人「まず要求した物資を確認させてもらう。女、そのカバンの中身を見せろ!」
男の要求に従ってカバンを開けて中を見せる。
犯人「・・・いいだろう。さあ女、こっちまで来てもらおうか。そしたらこのボウズは解放してやる」
言われた通りに男のもとまで歩を進める。男は私を後ろ手に縄で縛ると、
犯人「よしボウズ、行っていいぞ」
と、少年を解放した。
そして少年が無事警察に保護されたのを確認したその瞬間、私は男の股間にヒザ蹴りをくらわせた。
犯人「ぐおお、このアマああ!!」
逆上した男がナイフを振りかぶる。
後ろ手に縛られた状態でヒザ蹴りをして体勢を崩していた私の胸に深々とナイフが刺さった。
だが残念、化け物であり怪奇現象でもある私にはナイフなど通用しない。
私は化け物でも見たかのような表情をする男にニヤリと笑いかけた。
(正解だ)
警察官「確保おお!」
犯人「クソ、放せ!放しやがれ!」
男はすぐに駆けつけた警察官に取り押さえられ連行された。
私は河合笑美の姿で彼女と出会ってしまった。
出会ってしまった以上河合笑美は遠からず命を失うことになるだろう。
だが彼女を死なせはしない。
彼女を死の運命から救う方法が一つだけある。
私が消えれば良いのだ。
なにせ私は彼女なのだから。
私が河合笑美としてこの世から消える。
それが私の答えだ。
親愛なる河合笑美さん、
(お幸せに)
彼女が最愛の弟と抱き合っているのを見送り、化け物はその場を後にした。
河合 笑美「あれ・・・?あの人はどこに行っちゃったんだろう・・・お礼をしたいのに・・・」
〇海辺
警察の人にもお願いしたがあの時現れた私と瓜二つな人は依然として見つかっていない。
そこで私はボトルメールを出すことにした。なんとなく普通に探したところで見つからない気がしたのだ。
拝啓 私のそっくりさんへ
あの時は助けて頂きありがとうございました。あなたのおかげで私も弟も無事に日々を過ごせています。
あの時あなたが投げかけてくれた笑顔を私、忘れません。
どうかこの言葉がめぐりめぐってあの人に届きますように。
手紙の入ったボトルが離れていく。
彼女はそれが小さくなっていくのを見つめるのだった。
ドッペルゲンガーとはどのように形成されるのか知りませんが、こうして好意を持ちその人の命拾いまでしたいと思える対象としてうまれて冥利につきますね。シンプルな、それでいて深いお話でした。
こんなにも自分の人生を思ってくれるドッペルゲンガーだったら会ってみたいな。また違う人物のドッペルゲンガーとして現れて救ってほしいなぁ
タイトルからして、もしかして笑美さんが…
と思ったんですが、こういった結末になるとは!
好きな笑美さんを守るために、一生懸命になる
ポルターガイストの彼女が健気でかわいいです。
笑美さんの手紙が届いているといいなぁって思います。