感情の泉

福波 蒼

the object(脚本)

感情の泉

福波 蒼

今すぐ読む

感情の泉
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇見晴らしのいい公園
サチ「わかったわよ。泉の在り処」
サチ「本物かは分からないけど」
サチ「それでもいくの?」
アイ「はい」
サチ「そ。なら止めないけど」

〇黒
  私はアンドロイドとして、戦場で死ぬはずだった
  でも、生き残った
  戦うことだけが取り柄の私に、もう存在価値はない

〇温泉街
サチ「あんたって温泉は入れるの?」
アイ「入ることは可能です」
アイ「ただしそこに意味は存在しません」
サチ「そ。私は温泉ってダメなのよね」
サチ「あんただけでも入ってきたら?」
サチ「せっかく温泉街に来たんだし」
アイ「意味が無いのに温泉に入る必要がありますか?」
アイ「ここは泉への通過点に過ぎないはずです」
サチ「・・・そうだったわね」
サチ「それじゃ、先を急ぎましょ」

〇黒
  噂で聞いた「感情の泉」
  その泉に行けば、アンドロイドでも感情を得られるらしい
  それは私が再び存在理由を見つける唯一の方法

〇ヨーロッパの街並み
サチ「あんたってやりたいこととかないわけ?」
アイ「やりたいこと、ですか?」
サチ「例えば誰かと遊びたいとか、恋人が欲しいとか、家族が欲しいとか」
アイ「アンドロイドにそのような機能は存在しません」
サチ「だったらあんたは今何をしてるの?」
アイ「・・・?」
アイ「路上であなたと会話をしていますよ」
サチ「じゃなくて、何が目的でどこへ向かっているの?」
アイ「「感情の泉」と呼ばれる場所へ、感情を求めて向かっています」
サチ「・・・それで?」
アイ「それで、とは何を問うているのでしょう?」
サチ「もういいわよ」
サチ「・・・じゃあさ、アンドロイドは死んだらどうなると思う?」
アイ「「死」というのが全機能の停止を示しているのであれば、そこには何もありません」
アイ「ただ全てが無くなるだけです」
サチ「そうなることを想像してみると、なにか思わない?」
アイ「いいえ。アンドロイドにそのような機能は存在しませんから」
サチ「またそれ?」
サチ「怖いなーとか、嫌だなーとかないの?」
アイ「ありませんよ」
サチ「・・・っそ」
サチ(昔の誰かを見てるみたい)

〇黒
  私に司令を下す上官は、生きるのに必死だった
  弾丸でコアを撃ち抜かれ機能停止に陥る同胞が、無機質に頽れるのとは対照的に
  血反吐を吐いて、赤い血溜まりのなかで、最後の最後まで必死に生きようともがいていた
  人間は何のために生きようとするのか、理解が出来なかった

〇睡蓮の花園
サチ「ほーい、到着」
サチ「さ、どうよ。目的地にたどり着いた感想は」
アイ「・・・泉、ですね」
アイ「私はどうすればいいのでしょう」
サチ「知らないわよ、んなこと」
サチ「私はあんたの上司でもなんでもないんだから」
アイ「私は感情を得られたのでしょうか?」
サチ「知らない」
アイ「水の中に入ればいいのでしょうか」
サチ「好きにしたら?」
サチ「あんたはもう自由なんだから」
サチ「誰の指図を受ける必要も無い」
サチ「なんか効果あった?」
アイ「わかりません」
アイ「ただ、冷たいです」
サチ「そりゃそうよね。だってここ、感情の泉なんていいもんじゃないもの」
アイ「・・・どういう事ですか?」
サチ「言葉の通りの意味よ」
アイ「私に嘘をついていた・・・ということですか」
サチ「ま、そうなるわね」
サチ「ちなみに、その水は工場排水やらなんやかんやが混ざりに混ざってるみたいよ」
サチ「アンドロイドがそこに入ると、ものの数分でコアが侵食されてスクラップになるの」
アイ「・・・」
サチ「あんた、生きる目的もないんでしょ?」
サチ「そこで眠るのもまた一興、ってやつじゃない?」
アイ「・・・」
サチ「あら」
サチ「どうして出てきちゃったのかしら」
サチ「言っておくけど、感情の泉なんて眉唾よ」
サチ「そんなものを探し回ったって無駄。なにせ存在しないんだから」
サチ「その噂を広めた張本人が言うんだもの。間違いないわ」
アイ「・・・分かりません」
アイ「なぜそんなことを言うのか、嘘をついたのか」
サチ「・・・」
アイ「「死にたくない」と、頭の中で誰かの声がした」
アイ「そんな気がします」
サチ「そ。それで?」
アイ「戦場を思い出しました」
アイ「同胞が死に行く戦場を」
アイ「そして、この機会の体の中心部を・・・コアを、なにか靄のようなもので覆われたような感覚に襲われました」
アイ「ここから出なければいけないと、誰かに命令された気がします」
サチ「難儀なモンよね、アンドロイドって」
サチ「それは、死ぬのが怖かっただけよ」
サチ「難しく考えすぎなの」
アイ「アンドロイドに恐怖を感じるような機能は・・・」
サチ「あるでしょうよ。今、あなたには」
アイ「恐怖・・・感情・・・これが?これは機器の損傷による不具合では無いのですか?」
アイ「人間はこのようなものを抱えて生きているというのですか・・・?」
サチ「いい?」
サチ「私たちアンドロイドが羨む感情ってのも、万能じゃないの」
サチ「恐怖や悲しみ、憎しみ、そういう負の感情ってもんも存在すんのよ」
サチ「そーいうものを抱えて生きるからこそ、人間は強いし、美しいし、アンドロイドの憧れの対象なのかもね」
アイ「最後に・・・、最後に「感情」を知ることが出来て良かったです」
サチ「最後?」
サチ「ああ、工場排水がどうとかって話?」
アイ「はい。コアに影響を与えるほどの排水だとすれば、この身体にはより深刻なダメージが予測されます」
アイ「そして戦争が終わった今、私を修理するメリットなんて誰にもありません」
アイ「きっと私はどこかで処分されるのでしょう」
アイ「でも、不満はありません。この泉を見て”綺麗”だと思えるようになったのです」
アイ「この景色を胸に、私は眠りにつきます」
アイ「短い間でしたが、お世話になりました」
サチ「あっはははは!!」
サチ「ごめん、あれ嘘よ」
サチ「ここは正真正銘ただの湖」
サチ「”景色が綺麗な”ただの湖よ」
サチ「色々と嘘ばかりついて悪かったわね」
サチ「それじゃ、今後は自由に楽しく生きるのよ」

〇黒
  私はアンドロイドとして戦場で死ぬはずだった
  でも、生き残った
  心無き同胞を救う、今はそれが私の存在理由だ

コメント

  • オズの魔法使いのアンドロイド版のようなお話、興味深かったです。やはり最後は全て嘘で、でも欲しかったものは既に手に入れてるよね、というラストも皮肉がきいてていいですね。人間もアンドロイドも、目的がなければ生きている意味がないと考えるのは同じなんだなあ、とちょっと切なくなりました。

  • 温泉がダメな時点で若干察してましたが最後のモノローグが同じ文章から始まってなるほど〜?!ってなりました
    面白かったです

  • 嘘で良かった…。
    感情を手に入れられて良かったです😊
    厳しいようで優しい嘘、こういうの好きです。

コメントをもっと見る(4件)

成分キーワード

ページTOPへ