第五話(脚本)
〇暖炉のある小屋
エリス「・・・・・・」
『私と一緒に謎を解き明かしませんか?』
そう言って差し出されたドロテアの手を私は握らなかった。
エリス「貴女のことをまだ信じられないわ」
ドロテアに対しては正直、まだ疑いの方が強い。
さっきまで敵だと思っていたのだから当然だ。
簡単に味方になっただなんて思えない。
だけど・・・・・・
エリス「だけど、本当に貴女がルクスの死の謎を解き明かすというのなら・・・・・・」
エリス「少しだけ協力関係を築いてみてもいいわ」
今の所、私がルクス様の冤罪について何の手がかりも掴めていないのも事実だ。
もしこれが罠だったとしても、あえてそれに乗ってみることで手がかりが掴めるかもしれないから。
ドロテア「ええ。 それで結構ですよ」
ドロテア「信頼は時間をかけて手に入れるものですから」
ドロテア「現段階では、お側に仕えさせていただくだけで満足です」
ドロテアはにこやかに微笑んでそう言った。
ドロテア「それではまず手始めに」
ドロテア「この聖教会の中にあるという【最後の鍵】とやらを私があっという間に見つけ出して見せましょう」
ドロテア「この【神算鬼謀】の天才。 ドロテア=サドにお任せあれ!!」
〇教会の中
エリス「【唯一神アノー】の御名において。 光よ、この者の傷を癒したまえ」
老婆「おお。 腰の痛みが消えましたじゃ」
老婆「ありがとうございます。聖女様」
エリス「どういたしまして」
ドロテアと協力関係を結んだ次の日も、私は聖女としてお務めに励んでいた。
今頃、ドロテアは【最後の鍵】を探して聖教会の中を歩き回っているだろう。
エリス「本当に見つかるのかしら?」
エリス「疑問が独り言になって口から溢れる」
ドロテアは自信満々だったけど、私が三日間必死に探し回って何の手がかりも掴めなかったものが
そんなにあっさりと見つかるのかしら?
昨日のドロテアの言葉を思い出す。
〇暖炉のある小屋
ドロテア「問題は私がどうやって聖教会に潜入するのか、ということだったのですよ」
ドロテア「熱心な信徒でない私が聖教会にやって来て【最後の鍵】とやらを探し回る」
ドロテア「とても不自然で無理のあるお話でしょう?」
ドロテア「だから私が自然な形で聖教会に潜入できるように、例の手紙をエリス様に送ったのですよ」
〇教会の中
ドロテアによるとあの手紙の目的は、私に聖教会へ興味を持たせて聖女の肩書きを使って潜入させること。
そうすれば、後は私のメイド兼護衛に立候補して自分も自然な形で聖教会に潜入出来るという算段だったそうだ。
エリス「はぁー、私はドロテアの手のひらの上で操られていたという訳ね」
頭の出来が違うとは、まさにこのことだろう。
〇暖炉のある小屋
ドロテア「潜入してしまえばこっちのもの」
ドロテア「このドロテアの頭脳の前に隠し通せる秘密などありません!!」
ドロテア「どうぞご期待あれ♪」
〇教会の中
天才であるドロテアがあんなに自信満々に断言したんだもの
エリス「もしかしたら今日にも【最後の鍵】が見つかるかも」
エリス「いや、もう見つけているかもしれないわね」
私は期待に胸を膨らませながら、再び聖女のお務めに励んだ。
〇暖炉のある小屋
ドロテア「結論から言いましょう」
エリス「どきどき」
ドロテア「【最後の鍵】とやらは見つけられませんでした!!」
エリス「がーん」
エリス「ちょっと!! あれだけ自信満々だったくせにどういうことよ?」
ドロテア「いやぁ。 さすがの私でも【最後の鍵】とやらが何かもわからないのに簡単には見つけられませんよ♪」
ドロテアは悪びれもせずにペロッと舌を出してそう言った。
エリス「じゃあ、何で自信満々だったのよ?」
ドロテア「隠し部屋や隠し金庫は沢山見つけたんですけどねー」
エリス「え? そんなものがあったの?」
ドロテア「ありましたよー。 そこで悪いお金や悪事の証拠は山ほど見つけたんですけど」
ドロテア「【最後の鍵】らしきものは見当たりませんでした」
エリス「そ・・・・・・そうなの」
聖教会、やっぱり悪いこともしてるんだ
聖女の称号をお金で売るような所だからそういうこともあるかと思ってたけど、ちょっとショックだ。
ドロテア「なので現段階では【最後の鍵】を見つけるには情報不足ということで」
ドロテア「捜索は一旦保留にするしか無さそうですね」
エリス「そう」
私が見つけられなかった隠し部屋や隠し金庫を見つけたドロテアが言うのだからそうなのだろう。
ドロテアが見つけられないというものを私が見つけられる気がしない。
厳しい現実を突きつけられて途方にくれる。
エリス「これからどうすれば・・・・・・」
ドロテア「そうですねー」
ドロテア「ちょっと標的を変えてみませんか?」
エリス「標的を、変える?」
ドロテア「ちょっと作戦会議をしましょう♪」
〇暖炉のある小屋
ドロテア「物事を解決するためには、まず目的を明確にしなければなりません」
ドロテア「エリス様の目的はルクス殿下にかけられた冤罪を晴らすこと、」
ドロテア「そしてルクス殿下の命を奪った者達への復讐」
ドロテア「そのためにあえてゼクス殿下に近づいて証拠を探している」
ドロテア「間違いありませんか?」
エリス「な、なぜそれを・・・・・・」
ドロテア「バレバレだからです」
エリス「え?」
ドロテア「ゼクス殿下への憎しみが隠しきれてませんし」
ドロテア「聖教会に来てからの何かを探ろうとする動きもあからさま過ぎます」
エリス「そ、そうなの?」
ドロテア「ええ。 幸いゼクス殿下はまだ貴女が保身の為に身を売ったと信じているようですが・・・・・・」
ドロテア「このままでは近いうちに勘づかれて殺されますよ」
ドロテア「気をつけてください」
エリス「は、はい」
ドロテア「まぁ、そのことは今はおいといて」
ドロテア「エリス様の目的は私が言った通りで間違いありませんね?」
エリス「ええ。間違いないわ」
ドロテア「ならば罠にかける絶好の獲物がいるんですよ」
エリス「獲物?」
ドロテア「ドラン伯爵家令息。ジャック=ドランです」
〇黒
ドラン伯爵家令息 ジャック=ドラン。
近衛騎士団に所属する騎士であり、父親は現近衛騎士団団長のエドガー=ドラン。
以前はルクスに側近として仕えていたが、現在はルクスを裏切ってゼクスに仕えている。
性格は粗暴で女癖が悪いと聞いている。
〇暖炉のある小屋
ドロテア「よくできましたー」
ドロテアにジャック=ドランについてどれくらい知っているかと問われたので
知っていることを答えると拍手を受けた。
ドロテア「付け加えるとすれば、親の七光りで頭も悪く、実力無しのへなちょこ騎士です」
ドロテア「そして最後にもう一つ」
ドロテア「彼はルクス殿下を殺した男です」
エリス「!!」
ドロテア「あの日の報告書には我ら側近三人がルクス殿下と争ったと書かれていましたが」
ドロテア「実際にジャック=ドランが一人で戦ってルクス殿下を討ち取りました」
ドロテア「これは異常なことです」
エリス「異常?」
ドロテア「【勇者】の称号を持ち、我が国最強の武を誇るルクス殿下があのへなちょこ騎士に敗れるなどあり得ない」
ドロテア「そしてジャック=ドランは自分がルクス殿下に勝てることを知っていた」
エリス「え?」
ドロテア「そうでなければ、あの親の七光りが単独で殿下に戦いを挑むなんてあり得ない」
ドロテア「つまり、ジャック=ドランは【勇者】ルクス殿下に勝てる何らかのトリックを使っていた」
ドロテア「私はそれをルクス殿下を陥れた陰謀の一端であると考えています」
〇黒
ドロテア「さぁ。 ここで提案です、エリス様」
ドロテア「【最後の鍵】が見つからない以上、私達の調査は行き詰まっている」
ドロテア「そして我々の前には生け贄にするのに絶好の豚」
ジャック=ドランがいる
ドロテア「彼は頭が悪く力も弱い」
ドロテア「ルクス殿下を陥れた大いなる陰謀においては、ほんの端役の雑魚に過ぎないでしょう」
ドロテア「しかし、当事者である以上は何らかの情報を握っているはず」
ドロテア「そして私には彼を罠にかけて捕らえる力があります」
ドロテア「彼はルクス殿下の命を奪った張本人であり、拷問にかけることに何の遠慮も必要ない」
ドロテア「さぁ、エリス=ノエル公爵令嬢」
ドロテア「復讐を誓う貴女の御心が本物であるのなら・・・・・・」
ドロテア「どうか私にお命じください」
ドロテア「ジャック=ドランを捕らえて、情報を引き出せ、と」
〇暖炉のある小屋
背中に冷たい汗が流れる。
ジャック=ドランを捕らえるというドロテアの提案は悪魔の誘惑のように聞こえる。
拷問にかける、と彼女は言った。
それは非人道的な行いだと思う。
そんな私の心情を察したのかドロテアの仮面の奥の瞳が『復讐とはそういうものですよ』と嘲笑っている。
エリス「わかってるわ」
答えなんて最初から決まっている。
私はこの身が地獄に落ちたとしても、必ずルクスの冤罪を晴らして、あいつらに復讐する。
エリス「ドロテア。 ジャック=ドランを捕らえて」