起 +2(後)(脚本)
〇新緑
昏木と沙汰は、現場とは反対方向へ少年を連れて行く。
少年が先導されたのは、マンションとマンションの間に作られた、木々と金網でぐるりと囲いがされている小さなスペースだった。
元は喫煙所だったのだろうか、時代の流れに逆らえず撤去された灰皿の台座らしきものが残っている。
ベンチは在っても遊具は無く、本意で休憩所のようだ。
少年をベンチに座らせ、事情聴取する。少年は昏木の想定正しく、着ている制服通りに都内の有名進学校の生徒だった。
動画撮影者「・・・・・・。俺、この辺に住んでて」
動画撮影者「今朝も学校行く途中でした。そしたら、あんな大騒ぎが起きていて」
とっさに、持っていたスマートフォンのカメラ機能を起動させて撮影を開始したのだそうだ。
帽子とマスクは、せめて学校以外の身元がバレないようにと言う配慮でなく。
沙汰「・・・・・・ん、もうマスクを戻して良いぞ」
昏木「花粉症なんだっけ。大変だね、アレルギーは」
動画撮影者「あ、いえ・・・・・・ありがとうございます」
どうやら極度のアレルギー体質だそうで、普段から欠かせないのだとか。
帽子は髪の毛に物質が付着するのを防ぐためで、精神的な意味合いも在るみたいだ。学生証との身元確認を終えたら元に戻させる。
動画撮影者「知り合いに見せようと思っただけで・・・・・・あっ、」
動画撮影者「だからあのっ、動画上げたりとかするつもりは無くて!」
警察相手に、動画を拡散しようとしていると思われるのはマズいと考えたのか、ごにょごにょ言い訳を始めた。
昏木「そう。そうしてくれると助かるよ」
動画撮影者「ぅえ・・・・・・?」
動画撮影者「信じてくれるんですか」
昏木「信じるも何も」
昏木「きみ一人がやめても、あれだけの大勢が撮っていたからね」
沙汰「ま。誰かしらはネットに上げるだろうよ」
昏木に追随して、沙汰が呆れを隠さず愚痴る。
二人の反応に拍子抜けした少年は、更にさっぱり、あきらめている二人に吃驚した。
動画撮影者「た・・・・・・大変なんですね・・・・・・」
ご時世なのだろう。撮っていた自分が言うのも烏滸がましいが・・・・・・
少年は自戒する。
己を戒めている少年を顧みず
昏木「それより、」
昏木が、じぃ、と見詰めた。
昏木「きみ、何か知ってるよね?」
昏木「ガイシャ・・・・・・被害者のこと」
動画撮影者「ぇ、」
昏木「知ってるよね?」
にこにこ微笑を崩さず、昏木は重ねて問うた。
少年は、冷や汗が出て来る。
〇血しぶき
この昏木と言う刑事は、人の好さそうな微笑を湛え一見温和に見えるけれど、その実、唐突に畏怖を抱かせる人間だった。
動画撮影者「・・・・・・っ」
少年の背筋に悪寒が走る。
言うなれば楽しい道中で、崖で足を踏み外したときみたいに。少年は
動画撮影者(“一件の重大事故には、二十九の軽い事故と三百の事故とも呼べない事故が在る”)
────ハインリッヒの法則をなぜか想起した。
振り払おうと、頭《かぶり》を振る。
昏木「どうかした?」
動画撮影者「ぃ、いえっ・・・・・・」
踏み外した崖を覗き込んで確認し、後悔した・・・・・・少年は昏木を前にこう感じていた。
妄想だ。
けれど、はたと、少年は考え直す。
踏み外したのは崖じゃなく、沼だったのではないだろうか。
〇森の中の沼
底無しの、水面は鏡面で自らの姿が映るのみの、底が見えない沼。嵌まれば、どろりとした水に自由を奪われる。
昏木はヒトなのに、人のはずなのに、・・・・・・少年は恐ろしい沼を覗き見した気分に襲われていた。
〇新緑
昏木「で、きみは知ってるよね。被害者のこと」
動画撮影者「え、や、知りません。どうして・・・・・・」
動画撮影者「そう思うんですか?」
昏木「ん?」
昏木「勘?」
動画撮影者「勘、て・・・・・・」
あっけらかんと、昏木が言い放つ。少年は昏木の調子に、気が抜けた。
気を抜いてはいけないと、ハインリッヒの法則まで思い至っていたのに。
昏木「だって、きみだけ違ったから」
動画撮影者「へ・・・・・・?」
昏木「きみだけが、好奇心や興味本位の中で、怯えているのにカメラを回していたから」
昏木はにっこり笑った。
昏木「安全なラインの内側にいる人間は、」
昏木「怖がって見せても所詮、肝試しにお化け屋敷へ入る気持ちにしかならないんだよ」
昏木「他人事だからね」
昏木「けれども、きみは違ったよね、」
昏木「安全なラインの外側で足踏みしている人間の目だったよ────」
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