29/感情(脚本)
〇シックな玄関
「おかえりなさい、オーナー」
「ご飯にしますか? お風呂にしますか?」
「それとも・・・・・・」
「・・・・・・」
僕とコロンを出迎えてくれたのは、腕の白い久野とミウさんだった。
「久野とミウさんが、アンドロイドに・・・・・・?」
久野フミカ「はいオーナー、それとも・・・・・・」
死んだ目をした久野が、淡々と答える。
久野もミウさんも、昨日ミオさんが着ていた気がするメイド服のようなものを着ている。
いや、よく見たら昨日僕が着ていたスーツにも、デザインが似ているような気もする。
アンドロイドの制服は、大体こんな感じなのだろうか。
「久野・・・・・・」
久野フミカ「それとも・・・・・・このアンドロイドは、感染しました」
「え?」
久野の声が震え出した。
久野の声とシステム音声のようなものが、交互に入り混じって聞こえてくる。
久野フミカ「オーナー、違う、コハク・・・・・・破壊してください」
そして久野の身体がただれていく。
しかしいつもと違うのは、腕が白いままだということ。
「まさか、アンドロイドのままゾンビに・・・・・・?」
すると今まで横で黙っていたミウさんが、突如アンドロイドらしく無駄のない動きで、久野に向かって銃を構えた。
星木ミウ「感染したアンドロイドを確認。破壊します」
「ミウさん?! 待って・・・・・・」
昨日見たミオさんの惨状が、脳裏に蘇る。させるわけには・・・・・・。
コロン「おっと」
しかし僕がどうこうする前に、コロンが撃った金の銃弾がミウさんの銃を弾く。
彼女の銃が床に転がる音が響くと共に、彼女の腕は人間の肌の色に戻っていった。
星木ミウ「コロンに・・・・・・コハク君?」
我に返ったミウさんは、真っ先に床に落ちている銃を拾った。
どうやらミウさんの方は、人間に戻ったようだった。
しかしそれを見た久野が、なぜか自分自身の首を掴んで絞め始める。
「久野?! 何を・・・・・・」
それが自分の意思なのか、アンドロイドのプログラムなのか、それともゾンビの本能なのかはわからなかった。
久野フミカ「コハク、逃げて・・・・・・このアンドロイドを破壊してください」
久野フミカ「コハクは、渡さない・・・・・・!」
そしてコロンが、金の銃を久野に向けた。
「待ってコロン!」
コロン「わかってますよ! 早くお兄様は、そのカチューシャを!」
「カチューシャ? そ、そうか・・・・・・!」
生徒会室でのいざこざで、カチューシャを外していたことをすっかり忘れていた。
慌てて頭にはめてから、僕は久野の両肩を掴んだ。
久野フミカ「コハク、ダメ、逃げて・・・・・・」
「久野! 僕だ! いや、違う、僕、じゃダメなのか」
今の久野は、人間の僕が視界に入ることでゾンビ化し、僕のことを食べようとするという流れだったはずだ。
だとすると・・・・・・。
星木ミウ「コハク君・・・・・・?」
ミウさんが困惑した様子でこちらを見ているのが視界に入った。
彼女にも、このカチューシャは見えているようだ。
「じゃなくて、僕は・・・・・・ウサギ、なのか?」
星木ミウ「・・・・・・ウサギ?」
「・・・・・・いや、だって、うさ耳ついてるし?」
自分でも、何を言っているのかよくわからなかった。とにかく必死だった。
「・・・・・・」
しばしの沈黙。そしてコロンが、わざとらしく噴き出した。
我に返り、急に恥ずかしくなる。
「な、何だよー?!」
コロン「いえ、別に・・・・・・それで久野先輩、いい加減落ち着きましたか?」
星木ミウ「久野さん! 大丈夫?」
ミウさんが、ふらついた久野に駆け寄って身体を支えた。
久野フミカ「うん、大丈夫、ありがと・・・・・・」
久野フミカ「ていうかミウ、何その格好・・・・・・?」
久野フミカ「え、な、何この格好!」
久野が玄関の鏡に映る自分の姿を見て、途端に真っ赤になった。
その身体はもう、人間の色に戻っている。
「良かった、人間に戻ったんだね」
久野フミカ「こ、こ、コハク・・・・・・!」
久野は僕を見るなり、腕で身体を隠しながら家の外に飛び出してしまった。
「え、ちょっと待って!」
〇田舎の空き地
久野にはすぐ追いついた。
僕の家の隣の空き地の前で、久野は呆然と立ち尽くしていた。
後から駆けて来たミウさんも、その空き地を見て気づいたようだった。
星木ミウ「ここって・・・・・・」
久野フミカ「・・・・・・私の、家は?」
そこは久野の家があるべき場所。
久野が人間に戻っても、久野の家は元に戻っていなかった。
コロン「その通り」
コロン「ここにあなたの家なんてありません」
コロン「あなたに帰る場所なんてありません」
コロン「この世界において、久野フミカという人間は一度存在しないことになっていますから」
さらに遅れてやってきたコロンが、淡々とこの状況を解説していく。
久野フミカ「え・・・・・・?」
コロン「久野神社の方は・・・・・・行ってみないとわかりませんが」
久野フミカ「お父さんと、お母さんは・・・・・・?」
コロン「はい。あなたは本来、ゾンビとなった父親に食われゾンビとなり、その後母親を食らいゾンビにしました」
コロン「あなたがアンドロイドになった以上、死人を生きていることにする必要はなくなったということです」
久野フミカ「・・・・・・」
久野が、数秒目を瞑った。
全てを押し殺す横顔。
以前どこかで、見たことがある気がした。
コロン「信じられないとは思いますが、あなたという人間に必要だから彼らは生かされていた」
コロン「あなたが彼らの子供として、人として生きていないのであれば、この世界で彼らが生きている必要も無い」
久野フミカ「・・・・・・それで?」
久野が、空き地の方を見つめたまま呟いた。
コロン「はい?」
久野フミカ「それで私は、どうしたら良い?」
久野は泣き崩れるわけでも、怒鳴り散らすわけでもなかった。
コロンは居心地が悪そうにため息をつく。
コロン「ああ、ったく・・・・・・。どうする必要もありません」
コロン「あなたの命が、その感情を必要としていないのですから」
久野フミカ「・・・・・・」
コロン「いや、そうですね。もし私に力を貸して頂けるなら、そこのフェイザーを見張っていてください」
コロン「それくらいなら、あなたにもできるでしょう」
コロンが僕の後ろにいたミウさんを、力の抜けた右手で指さした。
久野フミカ「フェイザー・・・・・・?」
もう一人の悪魔、クロコも似たようなことを言っていた気がする。
確か、フェイザーもどき。
僕がフェイザーもどきで、ミウさんが本物のフェイザー、ということか?
コロン「そいつらの通称です」
コロン「自称は願望会、でしたか?」
星木ミウ「・・・・・・」
願望会。
確かミウさんの父親が教祖を務める新興宗教団体、だったはずだが、この世界ではミウさんごと、存在しないことになっていた。
コロン「わかってますよね? 星木ミウ。私は中から見ています」
コロン「また逃げようとしたら、虎丸コハクの命はありませんから」
星木ミウ「・・・・・・」
「・・・・・・え、僕の命?」
コロン「はい。それじゃあお兄様、良い一日を」
そしてコロンは消え失せた。
ミウさんは右目の眼帯を押さえ、青ざめた顔で俯いている。
久野が恐る恐るミウさんの顔を覗き込んだ。
久野フミカ「ミウ・・・・・・? 今コロンが言ってたことって、どういう・・・・・・」
星木ミウ「・・・・・・わかった」
星木ミウ「話せることだけは、話す」
久野フミカ「話せることって・・・・・・」
星木ミウ「大丈夫」
星木ミウ「久野さんはこれ以上、巻き込まないから!」
久野フミカ「え・・・・・・?」
ミウさんが無理に笑顔を作っているのがわかった。
以前も、ミウさんは久野のことを気にしていた気がする。
ミウさんは久野のこと、何か知っているのか・・・・・・?
星木ミウ「だからコハク君、今日、コハク君の家に泊めてもらっても良い?」
「え?」
作り笑いのミウさんの、右目の眼帯の奥が、黒く光った気がした。