『あの子』(脚本)
〇レトロ喫茶
あの子「急にお呼び立てして」
あの子「申し訳ございません」
あの子「本日は色々の事が沢山あったものだから」
あの子「どうしても貴方と」
あの子「お話をしたくなってしまった訳なのです」
あの子「ねえ、聞いてください」
あの子「あたくし、本日」
あの子「生まれて初めて」
あの子「恋文をいただいたのですよ」
『──!?』
あの子「ふふ」
あの子「何をそんなに狼狽えているのです?」
あの子「あたくしだって年頃の娘」
あの子「色恋沙汰の一つや二つ」
あの子「あってもおかしくはないでしょう?」
『──』
あの子「え?」
あの子「『恋文がそんなに嬉しいのか』ですか?」
あの子「・・・ふむん」
あの子「そうかもしれませんし」
あの子「そうではないかもしれません」
あの子「・・・」
あの子「ねえ、貴方」
あの子「当ててみてください」
あの子「あたくしが今」
あの子「嬉しそうにしているのは」
あの子「初めて頂いた恋文に浮かれているのか」
あの子「それとも」
あの子「最近、疎遠になっていた」
あの子「昔馴染みの貴方と」
あの子「こうしてお話するのが嬉しいからなのか」
あの子「はたまた、その両方か」
あの子「さあ、答えはどれかしらん」
『──』
あの子「ふふ」
あの子「はずれ、でございます」
あの子「正解は『両方』」
あの子「あたくしはどちらも」
あの子「おんなじぐらいに喜んでおりますよ」
あの子「生まれて初めて頂いた恋文は」
あの子「やはり嬉しいものでございますし」
あの子「昔から、なんくれなしと共に過ごした貴方と」
あの子「久しぶりにこうしてお話出来たこともまた」
あの子「嬉しく思っております」
あの子「これが件(くだん)の恋文です」
あの子「実はこのお手紙」
あの子「直接受け取った訳ではございません」
あの子「いつの間にか手荷物に紛れ込んでいたのです」
あの子「ねえ、見てください」
あの子「宛名にあたくしの名前は書いてありますが」
あの子「差出人の名前がないでしょう?」
あの子「中のお手紙にも記名はございませんでした」
あの子「だので、誰があたくしに書いた恋文なのか」
あの子「分からなかったのです」
あの子「あたくしがこの恋文に気がついたのは」
あの子「今朝がた参加していた」
あの子「『詩の朗読会』からの帰り道でした」
あの子「おそらくは参加者のどなたかが」
あの子「こっそりとあたくしの手荷物に忍ばせたのでしょう」
あの子「・・・」
あの子「正直に申し上げますと」
あの子「あの朗読会は回を重ねる毎に」
あの子「男女の出会いの場と化して来ておりますので」
あの子「あまり参加したいものではないのだけれど」
あの子「女には女の付き合いというものがございますので」
あの子「致し方なく参加しているのです」
あの子「ああ、そういえば」
あの子「今朝の朗読会には」
あの子「珍しく貴方も参加されていましたね」
あの子「これまで一度も参加された事は無かったのに」
あの子「どういう風の吹き回しですか?」
『──』
あの子「『なんとなく』ですか」
あの子「そうですか」
あの子「・・・」
あの子「まあ、それはさておき」
あの子「数刻前、このお手紙を読んだあたくしは」
あの子「心底驚いたのですよ」
あの子「あたくしは今までこのように」
あの子「熱烈に愛を囁かれた事などございませんでしたので」
あの子「それはもう大いに狼狽えて」
あの子「胸をぴょんぴょん弾ませて」
あの子「顔を真っ赤に染め上げて」
あの子「往来であわあわと醜態を晒しました」
あの子「・・・?」
あの子「どうされました?」
あの子「先程から、随分と挙動不審ですが」
『──』
あの子「『なんでもない』ですか」
あの子「そうですか」
あの子「ふーん」
あの子「・・・」
あの子「たしかに数刻前は」
あの子「恋文ひとつで安易にトキメキを感じておりました」
あの子「しかし、あたくしも安い女ではございませんので」
あの子「はね回って何処かに行きそうな」
あの子「理性をむんずと捕まえて」
あの子「こう、言い聞かせたのです」
あの子「『相手は姿も見せぬ卑怯者』」
あの子「『そう易々とときめいてなりませぬ』と」
あの子「そうして見事、冷静さを取り戻したあたくしは」
あの子「手紙をつぶさに観察致しました」
あの子「手紙の文字は、角張っていて筆圧が強い」
あの子「整った字体からは真面目さを」
あの子「なめらかな文体からは」
あの子「高い知性と教養を感じさせます」
あの子「今朝の朗読会に参加されていた殿方の人数は」
あの子「それほど多くありません」
あの子「海外との貿易を営む会社の御曹司」
あの子「代々、政治家を輩出している家系の嫡男」
あの子「それと、女形(おやま)の歌舞伎役者もいらっしゃいました」
あの子「・・・」
あの子「それと、貴方も」
あの子「皆さま一様にご立派な方ばかりでございます」
あの子「嗚呼、一体どなたが」
あの子「あたくしにこのような恋文を書かれたのか、と」
あの子「胸をドキドキさせながら」
あの子「何度も何度も読み直し」
あの子「諳んじ(そらんじ)られるほどに読み直し」
あの子「ふと、違和感を覚えたのでございます」
あの子「この恋文には」
あの子「あたくしのこういう仕草が好きだ、だの」
あの子「あたくしのこういう表情が好きだ、だのと」
あの子「あたくしの事が、それはもう沢山書かれておりまして」
あの子「いくら何でも」
あの子「詳細にすぎる程で・・・」
あの子「・・・」
あの子「それこそ」
あの子「幼少の頃から共に過ごし」
あの子「共に育ち」
あの子「あたくしの事を」
あの子「深く深く理解していなければ」
あの子「これほど素敵な恋文は」
あの子「書けないのではないかと」
あの子「そう思わせるほどで・・・」
あの子「・・・」
あの子「ねえ」
あの子「この素敵な、匿名希望の恋文は」
あの子「一体どなたが書いたのでしょう」
あの子「貴方は答えられますか?」
『・・・』
あの子「・・・」
あの子「だんまりですか」
あの子「・・・」
あの子「あたくしはこの恋文の差出人が誰なのか」
あの子「もう、分かっているのですけれど・・・」
あの子「・・・はぁ」
あの子「差出人が誰なのか、見当がついてから」
あの子「それまで以上に胸が高鳴り」
あの子「壊れてしまうのではないかと思うほどに心臓が脈動し」
あの子「それから」
あの子「苦しくって」
あの子「切なくって」
あの子「けれども」
あの子「決して不快ではない」
あの子「そんな不思議な感情が」
あの子「あたくしの中に渦巻いたのでございます」
あの子「あたくしはその感情の名前が知りたくって」
あの子「居ても立っても居られずに」
あの子「貴方をここへ呼び立てました」
あの子「貴方よりも少し早く着いたあたくしは」
あの子「とにかく貴方の色々が」
あの子「頭の中をぐるぐるとしていたのですよ」
あの子「しばらくしてからやってきた貴方は」
あの子「あたくしよりも、よっぽど緊張したご様子で」
あの子「そんな貴方のお顔を視界に収めた、その時」
あの子「染み入るように、こう思ったのでございます」
あの子「嗚呼──」
これは!!!!!!しっとりと素敵なお話ですね!!!!!!✨☺️
純愛でありつつも、声に艶がある感じと淑やかさ…奥に秘めているじゃあ熱を感じる作品です!!!!
ボイス込みで聞けたらますます世界観がましますね!!!!✨☺️
ハイセンスな作品ですね!!スチルのデザインも素敵ですし、それによる間や演出もお見事でした✨
レトロな映画のような雰囲気、とても好みです😊
雰囲気がとても素晴らしかったです。
ドキドキしながら読みました。