本編(脚本)
〇新緑
私(――ここはどこだろう?)
燦燦と煌めく太陽。鬱陶しいくらいに青い空。ミンミンと騒ぐ、蝉の声。そんな夏の空の下に、私はいた。
男「やあ、久しぶりだね。調子はどうだい、なんて」
ふと気が付くと、男に話しかけられていた。
男は私と同年代で、何故だか親近感を感じる。
男「今日で三年目か。時が過ぎるのは早いものだね」
男はどこか寂し気に、言った。
私(いったい誰だろう? いや、そもそも・・・・・・)
男「そっちは元気にやってるかい」
私(――私は、誰だろう?)
息が詰まるような感覚だった。頭が混乱して、声が出ない。
反応のない私に、男は特に気にした様子もなく、言葉を続けた。
男「これ、好きだよね」
男はそう言って、アルコール度数9%のストロング系チューハイを私の前に置いた。
私(そうか、私はお酒が好きだったのか)
得られた情報をもとに、必死に記憶の海を掻きわける。
どうにもモヤがかかったように不確かで、なにもかも曖昧だった。
私は何をしていたのだろう。突然、記憶喪失にでもなったのだろうか。
こうしてはっきりと自我はあるのだ。まさか、今生まれてきたというわけではあるまい。
男「また一緒に、宅呑みでもしようね」
男は、一切言葉を発しない私に変わらず言葉を投げかけ続ける。
元々、無口な方だったのだろうか。
とりあえずお酒を受け取ろうとして、体が動かないことに気づいた。
男「・・・・・・本当に、突然だった」
男はどこか遠くを見るような目で、ぼやいた。
そうか、私はなにか、事故にでもあったのかもしれない。
それで記憶がなく、動けないのだろう。
不可解な状況にようやく説明がついて、ホッとする思いだった。
であれば、この男は、親しかった友人か、家族だろうか。
私は話せないので、ただ男の言葉を待った。
男「あの時は、ただただびっくりしたよ」
男「信じられなかった。まさか、そんな、って」
男「でも、現実はいつも理不尽で、残酷だ」
男は一度目を瞑って、それから吹き抜けた風に感情を溶かすようにして、また目を開いた。
男「どうか、貴女のこれからが幸せで溢れていますように」
相当、親密な仲だったらしい。
思い出せないのが、心苦しかった。
どうにか声を出せないか藻掻いていると、ふと男の後ろから、中年の女性が現れた。
顔、特に目元が男にとても似ていて、やはり彼女にも親しみというか、安心感のようなものを覚える。
二人は、家族だろうか。
・・・・・・私も、家族かもしれない。
女「ここにいたのね」
男「母さん」
やはり、二人は親子なようだった。
母さんと呼ばれた女性は、私の方をチラリとみると、とても悲しそうな顔をして。
それからぐっと噛みしめるように目を閉じて、優しい笑顔を私に向けた。
女「お母さんも、お兄ちゃんも、ずっとそばにいるからね」
私(ああ、そうか・・・・・・)
やはり、二人は私の家族だった。
女性が母で、男が兄だ。そうだ。そうだった。
私の脳裏に、いくつもの記憶が蘇って。
零れるはずもない涙が、じわりと熱で色づいた。
私(ああ、ああ。そうだ。・・・・・・そう、だった)
母「また、来るね」
兄「どうか、安らかに」
お母さん、お兄ちゃん。
親不孝者で、ごめんなさい。
どうか、あなたたちのこれからの人生が、幸せで溢れていますように。
いつかまた会える、その日まで。
おやすみなさい。
私「――さようなら」
人間が死んだ後、魂の部分はどのように浄化していくのか。このお話を読みながら、例えば親族が墓参りをするときなどに、魂が呼び寄せられるけれど本人は現世にもどされ一瞬戸惑ってしまうのかなあと想像がふくらみました。
こういうお話を読むと、亡くなった人が本当にそこにいたらいいのになと思ってしまいます。ビビットな風景ともやがかったような3人の心情とのギャップに、切ない気持ちになりました。静かな優しさに満ちていて、きれいな作品でした。
「なに?どういうこと?」と興味を引き付けられながら最後まで読ませて頂きました。楽しかったです。みんなの言葉の裏が妙に気になる、、楽しい作品でした。