公爵令嬢は謀殺された婚約者を愛し続ける

天音

第二話(脚本)

公爵令嬢は謀殺された婚約者を愛し続ける

天音

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公爵令嬢は謀殺された婚約者を愛し続ける
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〇ローズピンク
  八歳の時に、私はお母様を病気で失った。
  父が愛人を屋敷に連れてきたのはお母様が亡くなってから、たった二週間後のことだ。
  お母様を失って以来、ずっと自分の部屋に込もって泣き続けていた私は、その日、父に呼び出された。

〇上官の部屋
ノエル公爵「遅いぞ」
  冷たい視線。
  感情の込もってない声音。
  目を泣きはらして、ろくな食事もとらずに痩せこけている娘に対して優しい言葉もない。
  この人が私に父親らしい愛情を示してくれたことなんて一度も無い。
  私とこの人の間にあるのは【血の繋がり】という事実だけ。
  貴族家の当主とその娘。
  形だけの親子だ。
ノエル公爵「お前にも一応、紹介しておく」
ノエル公爵「新しい私の妻と娘だ」
  父の隣には知らない女と私よりも幼い少女がいた。
義母「よろしくね」
  派手な化粧の女が口を開く。
義母「今日からアタシがこのノエル公爵家の新しい公爵婦人になるわけだけど・・・・・・」
義母「【お母様】だなんて呼ばないでちょうだいね?」
義母「アタシは貴女の母親になるつもりなんてないんですから」
義妹「きゃはは」
  知らない女は、私に汚いものでも見るような視線を向けながら、そう言った。
  少女の優越感に浸った笑い声がそれに重なる。
幼いエリス「・・・・・・」
ノエル公爵「返事はどうした?」
  ・・・・・・新しい妻と娘?
  お母様と私の代わり?
  唐突な話に言葉が出てこない。
  幼い私にとって、すぐには受け入れ難い話だ。
  けれど、父に私の心情に配慮してくれる様子は一切なく、ただ叱るように返事を促す。
  まるで奴隷に服従を迫るように。
幼いエリス「・・・・・・わかりました」
義妹「きゃはは」
  また少女の笑い声。
  女も意地悪そうに口元を歪ませて私を見ている。
  私はこの人達に泣いているところを見られたくなくて、溢れそうになる涙を必死でこらえた。
ノエル公爵「わかったのなら、もう用はない」
ノエル公爵「さっさと自分の部屋に戻れ」
幼いエリス「・・・・・・はい」
  涙がこぼれないように慎重に回れ右をしてドアに向かう。
義妹「お父様、お腹すいたわー」
ノエル公爵「よしよし。 もう面倒事は終わったからな」
ノエル公爵「すぐに夕食の支度をさせよう」
  ドアを閉める直前に聞こえてきたのは、私が一度も耳にしたことのない父の優しい声だった。

〇ローズピンク
  こうして私はノエル公爵家の中で孤立した。
  その日以来、私が家族の食卓に呼ばれることは一度もなかった。
  父親が義母と義妹と共にテーブルを囲んで温かな食事を食べている時、
  私はひとりぼっちの自室で、冷めたスープと古くなったパンだけの貧しい食事をとる毎日だった。
義妹「お姉様、これちょうだいね」
  義妹となった少女はそう言って、お母様の形見の宝石や思い出のあるドレスを全て私から取り上げた。
義母「エリス、廊下が汚れているわ。 すぐに掃除しなさい」
  義母となった女は、私を使用人のようにこき使った。
  生まれ育った自分の家であるノエル公爵家は私にとって地獄に変わってしまった。
  だけど・・・・・・。

〇華やかな広場
  私の婚約者になったルクスが全てを変えてくれた。

〇上官の部屋
ルクス「ノエル公爵。 エリスが腕に傷を負っているのは、どういう理由だ?」
ノエル公爵「そ、それは・・・・・・」
ルクス「まさかノエル公爵家は私の婚約者を虐待しているのではあるまいな?」
ノエル公爵「まさか、そんなことは・・・・・・」
ルクス「ならば、なぜエリスは怪我を負っている? 説明しろ!!」
  私とルクスが婚約してからしばらく経ったある日・・・・・・、私の腕に鞭〈ムチ〉で打たれた傷痕を見つけたルクスは、
  怒りの形相でノエル公爵家に乗り込んだ。
  私の腕に傷をつけた犯人は義母だった。
  理由はとても理不尽なもので、義妹が廊下で転んだのは私が廊下を掃除した時にバケツの水をこぼしたから・・・・・・らしい。
  私はその日、廊下の掃除なんてしていなかったのに。
  もっといえば、義妹はちょっと転んで尻餅をついただけで傷ひとつなかったし、廊下には水がこぼれていた痕跡すらなかったそうだ。
  義母は、そうやっていつも私に言いがかりをつけてはお仕置きと称して乗馬鞭で私の身体を打ちすえた。
  傷があるのは腕だけじゃない。
  服を脱げば背中にも足にも鞭で打たれた跡が残っている。
  この屋敷に私を助けてくれる者は誰もいなかった。
  ・・・・・・今までは。
ルクス「もういい!! 貴公が説明できないと言うのなら勝手に調査させてもらう」
ノエル公爵「そんな。 いくら王太子殿下といえど そんな権限はないはずだ」
ルクス「王太子としての権限で足りないのならば、私が持つ【勇者】としての権限を行使する」
ノエル公爵「な・・・・・・!?」
ルクス「知っての通り【勇者】の称号を持つ者が正義の名において権限を行使する時、」
ルクス「たとえ国王陛下であってもその行動を妨げることは出来ない」
ルクス「勇者の権限は国ではなく、大陸全土に渡り多くの国家に影響力を持つ聖教会から与えられたものだからだ」
  ルクスはそう宣言すると、部下達に命じて義母と義妹、公爵家の使用人達に厳しい取り調べを行った。
  もちろん公爵である父にも。
  そして使用人の証言から、犯人が義母であることはあっさり判明した。

〇上官の部屋
義母「ぎ、虐待なんてとんでもありません。 あれはしつけ・・・・・・教育です!!」
  ルクスに呼び出されて詰問された義母は苦しい言い訳をした
ルクス「教育だと?」
ルクス「エリスはすでに王太子の婚約者として王宮でのお妃教育を始めている身だ」
ルクス「王家がエリスに施す教育方針の中に、王太子の婚約者を鞭で打つなどという野蛮なものはない!!」
ルクス「よもや貴女の教育とやらが王家のものよりも高度であるとでもいうつもりか?」
義母「そ、そんなことは・・・・・・」
ルクス「ならば潔く過ちを認めてエリスに謝罪してもらおう」
ノエル公爵「くっ」
  義母の隣で話を聞いていた父の顔が屈辱に染まる。
  義母は私のことをずっと睨み付けたまま沈黙していたけど、やがてルクスの圧力に負けて短い謝罪を口にした。
義母「・・・・・・エリス。 私が悪かったわ」
ルクス「今後、エリスに対する教育は全て王家が行う」
ルクス「公爵家の勝手な理屈で罰を与えることは一切禁じる」
ルクス「よいな!!」
ノエル公爵「・・・・・・・・・・・・はっ」
  ルクスの強い口調に公爵家の面々は渋々ながら恭順した。
  それからルクスは王家から私専用の料理長と侍女をノエル公爵家に派遣してくれた。
  私はルクスのおかげで貴族令嬢らしい生活を取り戻した。
  父や義母と妹には疎まれて悪意のある態度をとられ続けたけれど
  暴力を振るわれたり使用人のようにこき使われることは無くなった。
  私はルクスに守られて幸せに暮らしていた。
  あの悲劇の報せを聞く瞬間までは・・・・・・

〇貴族の応接間
  その日は朝から雨が降っていたと思う。
  その時、ルクスは隣国との戦争に援軍の将として派遣されていて、
  私は毎日、ルクスの無事を祈りながら帰りを待っていた。
  夜遅くになってノエル公爵家に王家からの使者が訪ねてきた。
  事前の先触れもなく、慌てた様子でやって来た使者に嫌な予感が胸を掻き立てる。
  ルクスの身に何かあったの!?
  不安に押し潰されそうになりながら使者の言葉を待った。
  だけど、告げられた言葉は予想を遥かに上回る最悪のものだった。
使者「王太子ルクス殿下は王命に背き、独断でソレンヌ王国全軍の無条件降伏を宣言」
使者「その罪を問いただした側近のジャック=ドラン殿、ソーザ=デルベ殿、ドロテア=サド殿と争いになり・・・・・・」
使者「ジャック=ドラン殿の剣によって討ち取られました」
エリス「そ、そんな・・・・・・」
使者「残念ながら事実です」
エリス「どうして、そんなことに・・・・・・」
  ルクスが王命に背いた?
  そんなはずはない。
  だって・・・・・・私は知っている。
エリス「ルクスの目的は・・・・・・」
  そこで私の思考は停止する。
  ルクスが死んでしまった。
  その事実が思考に追いついてしまったから。
エリス「いやぁ」
  私は悲しみに耐えきれずに、その場で意識を失った。

〇黒
  その日、私は最愛の婚約者を失い、
  ルクスは国を裏切った反逆者となった。

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