4話 少女は考えたい(脚本)
〇学校の部室
花梨「ねぇ蓮くん。何だか凄い音しない?」
今日は七月の頭。季節はすっかり夏になってきた時期だ。そんなある日の映画研究会で花梨が蓮に謎の音についての質問をした。
蓮「ああ、これは多分あれだな」
バタバタバタとこの部室へと誰かが走ってくる音。蓮は去年にも経験済みなので何となく分かる。
冬三「レンレーン!助けてくれぇー!!」
部室に走りながら飛び込んできたのは薄紫色の髪をした大人しそうな少女。この映画研究会の部長である坂本冬三である。
花梨「この人がっ!」
冬三「およ?誰その子?」
冬三「はっ!?レンレンってば遂に春が来たの!?」
冬三「んもー!幾ら何でも相引きに部室使わないでよー!」
蓮「違うっての」
初対面で冬三を睨みつける花梨と蓮の彼女だと勘違いする冬三。また嵐の予感がする。
蓮「えーっとこいつは」
冬三「桜沢花梨ちゃんでしょー?マルミーから聞いてますよー!」
蓮が説明する前に冬三が笑う。知っているなら説明が省けるから助かる。
花梨「マルミー?」
蓮「ああ、蝉丸の事だよ。蝉丸のマルと蝉のミを合わせてマルミー」
冬三は親しい人間、いや、自分と同族だと思った人間には直ぐ様あだ名をつけて馴れ馴れしく話しかける。
但し誰にでもそうではない。陽キャのチャラチャラした男子などに話しかけられた時にはしどろもどろになる。どこか残念な女だ。
冬三「まあレンレンに彼女ってのも無理な話だよねー。というかできて欲しくない。だって寂しいもん!!」
花梨「それはっ!私と蓮くんがお付き合いを始めたら嫌って事ですか!?」
冬三「いんや?二人が幸せならオッケーです。さっきのはただの戯言だから気にしないで」
冬三を油断なく警戒する花梨に冬三は笑いながら応援宣言をする。何度も言うが蓮を置いて付き合うだのという会話をしないで欲しい
蓮「俺はそんな事望んでない」
冬三「レンレンも幸せを掴みに行きなよー。私も頑張って幸せを掴みに行くから!」
蓮「余計なお世話だ」
冬三の戯言を蓮はサラリと受け流す。冬三の戯言はいちいち付き合っていたら疲労が凄い事になる
冬三「あらら、怒っちった。ごめんごめーん」
まあそんな事はどうでもいい。問題は脚本の話だ。
蓮「で、脚本は出来たのか?」
冬三「あっはっは!面白いこと言うね!出来てたら助けてー!なんて言って部室に駆け込んでないっつーの!」
花梨「えー。出来てない事をそんなに堂々と言うとは思いませんでした」
蓮「まあ、そうだろうなとは思ったが」
蓮が少し呆れた様なため息を吐くと冬三は何度目か分からない笑みを浮かべる。
蓮「お前は想像力豊かだから色々な脚本浮かんだんじゃないのか?」
冬三「うん、浮かんだよ。高校生が魔王になって勇者をボコボコにする話とか謎の八つの指輪を求めて少年少女が大冒険する話とか」
冬三「殺し屋の少女が幼なじみの男の子を殺そうとする話とか妖怪の女の子が人間の男の子と殺し合いながらも恋する話とか」
蓮「あー分かった分かった」
花梨「え?そんなにいっぱい脚本の案があるのならその中のどれかにすればいいんじゃ?」
花梨の疑問も当然だ。しかしこの中の脚本ではダメな理由があるのだ。
蓮「その脚本じゃあ予算オーバーだし、制作時間も足りない」
冬三が書く脚本は九割、いや十割が戦闘ものだ。
しかし映画として戦闘ものを作ろうと思うとCGやら小道具の制作やらで製作費も制作時間も絶対に足りないのだ。
花梨「じゃあ戦うみたいな感じの脚本以外を書けばいいんじゃないの?」
蓮「それが出来れば苦労はしないんだが」
花梨はどの様なジャンルの映画も見るのは大好きだが、脚本は戦闘しか書けない。
一度戦闘禁止として脚本を書かせたら物語後半で急にエイリアンが攻めてきて戦いが始まった。
本当に訳が分からなかった。
花梨「ええー」
冬三「アッハッハッハ!!あれはっ!傑作だったねぇー!!」
蓮「笑い事じゃねえっつうの」
そこが冬三の最大の弱点。文化祭の上映には一才向かない脚本しか書けないのだ。
花梨「でも去年は何とかして文化祭で上映したんだよね?去年はどんな風にしたの?」
冬三「去年は最初に言った魔王になった高校生が調子に乗ってる勇者をボコボコにする話をやったよ。ただ時間が足りなくて」
冬三「「続くっ!」とか言って終わらせた」
冬三「今年はその続編って流れで考えたんだけど、よく考えたら今年の一年は前作知らないから話についていけないなぁって」
去年はほとんど徹夜で作業をしたにも関わらず中途半端な作品しか出来なかった。なので今年こそはと冬三は張り切っていたのだが。
蓮「張り切ってた割に脚本は出来てないってんじゃあなー」
花梨「ん?でも待って。製作費とか時間とか以前に人が足りてなくない?」
花梨「私が入ったから今は四人だけど去年は三人しかいなかったんだよね?」
冬三「うん。だから一人二役やってたね。レンレンに至っては一人四役やってたんだから!」
あれは本当にしんどかった。普通に撮るだけでも大変だったのにシーンが変わるごとに着替えて撮影。
冬三には脚本以前に撮り方も勉強して欲しいものだ。
花梨「へ、へーぇ。ちなみにその映画って今でも見れたりします?」
冬三「もっちろん!私の処女作なんだからいつでも人に見せられる様にしています!」
冬三「まあそれで面白くないとか言われたらショックで死ぬけど!」
全力の笑顔でVサインを作りながらとんでもない事をいう冬三に蓮は呆れた顔を見せる。
花梨「じゃあ、見せてもらってもいいですか?」
冬三「もちろん!そのかわり感想聞かせてね!あ、でもつまらないとかダサいとか馬鹿みたいとかの悪口を言われたら死ぬからよろしく!」
感想を聞かせろというのにその様に言われたら誉めることしか出来ないだろう。
まあそれでも尚つまらないと去年は言われまくったのだが。
花梨「それじゃあ早速」
冬三「待った!目の前で見られるのは恥ずかしい!お家に帰ってから見てっ!」
冬三にDVDを貰った花梨は早速部室で見始めようとするが冬三が顔を真っ赤にさせながら照れる。
こんなに照れる冬三はなかなか見られない。ある意味レアな表情だ。
蓮「俺もここで見て欲しくはないな。目の前で見られるのは死ぬほど恥ずかしい」
去年の文化祭は本当に地獄だった。放送中は部員はその場所にいなければいけない。
自分が剣を握って勇者と戦う姿は不格好だしCGも付け焼き刃。本当に顔から火が出る思いだった。
〇学校の部室
冬三「まあそれは今は置いといて。とにかく今は脚本を考えよう!」
蓮「そうだな。とりあえず蝉丸にも連絡だけはしておくか」
花梨「脚本を考えるなんて初めてだけど、私頑張るね!」
冬三「その粋だぜカリリン!私の分まで頼んだ!」
蓮「お前も考えるんだよ!」
人任せにして部室の椅子に寝転がる冬三を猫の様に掴んで座らせる。
脚本を考えるなど簡単にできることではないが三人寄れば文殊の知恵とも言う。
今はとにかく死力を尽くして制作に取り掛かるしかない。
冬三「うおおおお!!」
蓮「うるせぇ!脚本考えるのにそんな怒号必要ないだろうが!」
〇学校の部室
冬三が全力の叫びを挙げてから二時間。もう部活動は終了の時間である。
冬三「えーと。この2時間で何が決まった?」
蓮「まずジャンルは恋愛ものってことだな」
冬三「え?なんで?」
この女は!部長であるにも関わらず話を全く覚えていないのか。
蓮「戦闘はダメ。ミステリーは絶対出来ない。他にもSFやらホラーやらもあるけど無難なのは恋愛ものだろうってなっただろうが」
冬三「そっか」
蓮の熱弁を聞き冬三は肩を落として残念そうな表情を見せる。冬三はこの期に及んでなお戦闘ものの映画を諦めていなかったのだ。
去年あれだけ苦労したにも関わらず懲りない女だ。
蓮「演じる役としては俺が主人公。花梨がヒロイン。蝉丸が主人公の友人役で冬三がヒロインのライバル」
蓮「それ以外の登場人物が脚本を書く中で出てきたらその時に相談って話になっただろ」
冬三「うんそうだったね。レンレンが主人公をめちゃくちゃ嫌がってて面白かったな」
冬三「最終的にカリリンのめちゃくちゃ強い推しに負けて主人公やる羽目になったんだっけ?」
それは別に改めて確認しなくてもいいことだろう。
蓮「いうか花梨は映画なんて出演しちゃって大丈夫なのか?」
花梨「大丈夫!私は既に何本か映画に出てるし!」
それは自主制作映画に出演してもいい理由になっているのだろうか?
冬三「とにかく!明日はもっとこの脚本を詰めていくぞ!やるしかない!」
花梨「よーし!頑張るぞー!!」
こうして映画研究会の映画制作が始まった。