国家転覆いたしましょう(脚本)
〇水中
水に深く沈むような感覚を今でも覚えている。
現世という水面から引き剥がされるかのように。
〇洋館の階段
先輩メイド「まぁ、大変ね・・・・・・ 男爵令嬢ですのにこうして働きに出なくてはいけないなんて・・・・・・」
ベルカ「私の家は貧しい地方領主ですからね・・・ しかし、運良く王城で働けるとは。 これで弟たちを士官学校に通わせることが出来ます」
先輩メイド「王城ってお給金だけはいいものねぇ~」
先輩メイド「それに前任の方がひと月でやめてしまったから、すぐ見つかるか不安だったの」
ベルカ「確かに。 王女の侍女となると、平民ではなかなか難しいものがありますね」
先輩メイド「本来であれば、王女様本人が見初めるべきなのに「任せるわ」だなんて・・・」
ベルカ「なるほど、それで地方の女学校に詳細不明の求人が届くわけですか」
さて。
私の名前はベルカ・ハヴァード。
ハヴァード男爵家の次女として生まれた所謂「男爵令嬢」である。
ハヴァード男爵家は貧しい。
その上に3人もいる弟の学費を稼ぐため、次女である私がこうして奉公に出ることになったのだ。
しかも奉公先は王宮で、王女の専属侍女だという。そして今日がその初回勤務日──なわけだ。
先輩メイド「でも、あなたも災難ね」
ベルカ「災難? 安定したお給金が頂ければ問題ありません」
先輩メイド「いや、そうではなくて。 あなたが仕える第3王女の噂、聞いたことがないの?」
ベルカ「第3王女の噂?」
先輩メイド「第3王女のリゼリ様、王様に全然似ていなくてね。実は亡き王妃様の不倫相手の娘だって言われてるのよ」
ベルカ「まさか」
先輩メイド「あくまで噂よ?」
先輩メイド「他の王女様の侍女であれば、騎士たちに見初められて幸せな結婚ができたかもしれないのに。前の子もそれでやめてしまったのよ」
ベルカ「前の方はご結婚相手を探しに来られていたんですね・・・」
先輩メイド「でも私達使用人ってそうでもしないと幸せな結婚にこぎつけないのよ!」
ベルカ「私は別にお給金が頂けるならそれでいいので。結婚したくないから奉公に出た部分もありますし」
先輩メイド「なんかあなた、変わってるのね・・・」
ベルカ「よく言われます」
〇洋館の廊下
先輩メイド「ここが第3王女の居室よ」
ベルカ「まぁ随分と暗い場所にあるんですね」
先輩メイド「まぁ暗いお方だしちょうどいいのかも?」
ベルカ「なるほど・・・」
ベルカ「そういえばあなた様はどちらの方にお仕えしているの?」
先輩メイド「私? 私は第2王女のレイリア様の侍女のひとりよ?」
ベルカ「左様ですか。 ここまでご案内いただきありがとうございました」
先輩メイド「いいえ! なにか困ったことがあれば言ってちょうだいね!」
ベルカ「・・・・・・」
ベルカ「まあそんなこと、一生ないと思うんですけど」
そんなことを呟いてから、一呼吸。
ベルカ「リゼリ様。 本日より王女様の侍女としてお仕えさせて頂くベルカ・ハヴァードと申します」
返事はあるだろうか。
どきどきしながら待っていると、「入って頂戴」という静かな声が聞こえた。
ベルカ「失礼いたします」
〇城の客室
ベルカ「ありがとうございます、リゼリ王女」
リゼリ「顔を上げていいわ」
リゼリ「別に私のことは嫌というほど他のメイドに聞かされたでしょうし、わざわざ自己紹介するほどではないかしら」
ベルカ「ええ──リゼリ・ヴァン・オルトリンデ様」
ベルカ「8の月20日生まれの御年は15。 趣味は読書、中でも童話を好まれるとのこと」
ベルカ「ピアノの演奏に長けておりますが、公の場で演奏することは少なく。 それから脇の下に2つ並んだホクロが──」
リゼリ「いや、ちょっと待ってなんでそんなことまで知ってるのよ」
ベルカ「お仕えさせて頂く相手のことくらい調べておくのは当然では?」
リゼリ「調べて出るような内容じゃないでしょう!? どこから知ったのよその情報!」
リゼリ「どうせ私がお父様に似てないからって、不審に思って探ったのでしょう・・・・・・」
ベルカ「陛下には似ていなくても、亡き妃殿下に瓜二つではないですか?」
リゼリ「────お母様の顔まで知ってるなんて。 あなたいったい何者?」
ベルカ「私は────」
何者なのか。
それを問われるとあまりにも長くなる。
それをそのまま答える気にはならないが、あえて言っておこう。
ベルカ「魔女でしょうか?」
リゼリ「魔女? 魔女って、お父様が昔根絶やしにしたという・・・・・・」
ベルカ「はい、厳密には前世が魔女というだけで私自身が魔女なわけではないですが」
リゼリ「からかうのもいい加減にしてちょうだい!」
ベルカ「大変失礼いたしました、リゼリ王女」
リゼリ「出ていってちょうだい、気味が悪いわ・・・。 必要なこと以外で関わらないで・・・」
ベルカ「そうですか、リゼリ王女の望みであればそのように」
〇洋館の廊下
ベルカ「早速嫌われてしまいましたね・・・・・・」
ベルカ「少し舞い上がりすぎたのかもしれません」
〇城の客室
リゼリ「何よ、何なのよ、あのベルカって女・・・」
リゼリ「魔女なんて、いないんだから」
リゼリ「私が生まれる前に、お父様が全て火刑にしたのだから──」
リゼリ「魔女なんて、この世にいるわけないのよ──」
〇黒背景
兵士「いやぁ、君新人の侍女かい? 珍しいね、監獄塔が見たいだなんて。 今はだれも収監されてないからいいけど」
ベルカ「はい、昔から興味があったので。 なぜ王城の敷地内にこんな塔があるのかと」
兵士「一説には問題を起こした王族を閉じ込めておくため、と言われているがねぇ」
兵士「とはいえ、ずっと使われていないよ、ここは。でも、きっと次にここに入るのはリゼリ王女だろうな──」
ベルカ「そう、ですか」
〇牢獄
ベルカ(来てしまった・・・・・・)
ベルカ(ここを忘れたことなんて、一度もない)
私には秘密がある。
本物のベルカ・ハヴァードの魂は7歳の頃に死んでいる。
私は空っぽになったベルカ・ハヴァードの体に入っただけの存在。
ベルカ(そしてここは前の私が晩年過ごした場所)
ベルカ(不思議ね、私。 もうずっと使われていないんですって)
ベルカ(確かに私の存在は残っているのに、ここで過ごしていたことが「なかったこと」になっている)
自分でもなぜ来てしまったのかわからない。
リゼリ王女を見て懐かしくなったのだろうか。
〇黒背景
目を閉じ、深く息を吸い込む。
かび臭く、人が住むには不衛生な私のお城。
────そこが現王の亡き王妃で、7人の王子王女たちの母の部屋だった。
〇美しい草原
マリィ「殿下、本当?」
マリィ「マリィをお嫁さんにしてくれるの? 迷惑たくさんかけてしまうのに?」
マリィ「ありがとう、愛しております、殿下──!!」
〇牢獄
マリィ「殿下、なんで・・・・・・」
マリィ「どうして私の故郷を燃やしたの・・・・・・」
マリィ「それは私が魔女だからなの・・・・・・?」
〇牢獄
マリィ「殿下・・・・・・ひどいわ・・・・・・ こんな無理やり・・・・・・」
〇牢獄
マリィ「殿下、どうして私の赤ちゃんを奪うのですか・・・・・・」
マリィ「私にはもう、この子しか・・・・・・」
〇黒背景
王妃マリィ。
彼女は決して表に出ることはなかった。
王の病弱な美しい妻。
幽閉されるほどに溺愛される妻。
そんな噂がされるような神秘的な存在。
その実情は違う。
それは魔女としての血を利用し、魔女の力を持つ王族を生むだけの存在だった。
そしてそれを止められるだけの力を魔女はすべて滅ぼしたあと。
〇牢獄
マリィ「また殿下は無理やり・・・・・・ どうして変わってしまったのかしら・・・・・・」
???「マリィ様」
マリィ「え・・・・・・」
マリィ(殿下以外の男の人が来るだなんて、何年ぶりかしら)
マリィ「あなたは・・・・・・」
エイヴェル「ああ、こんなにもやつれて・・・・・・」
エイヴェル「私はエイヴラハム・ランカスター。辺境に領地と伯爵位を頂いております」
マリィ「辺境伯がなぜ・・・・・・」
エイヴェル「あなたを──救いに参りました」
〇黒背景
そうだ、ランカスター辺境伯。
彼は今、何をしているのだろうか。
彼女を見たとき心が浮かれてしまったのは。
きっと彼の目によく似ていたからなのだろう。
〇黒背景
そうだ、ランカスター辺境伯。
彼は今、何をしているのだろうか。
彼女を見たとき心が浮かれてしまったのは。
きっと彼の目によく似ていたからなのだろう。
〇牢獄
ベルカ「なるほど・・・・・・」
ベルカ「はは、はははははは!!!!!!!!!!」
〇城の客室
「ベルカです、リゼリ王女。 大切なお話がございます」
リゼリ「何よ、全く。どうぞ、入りなさい」
ベルカ「リゼリ王女、国家転覆をいたしましょう!」
リゼリ「は???」
ベルカには何か裏の事情があると思っていたらそういうことなんですね。魂が別の人の体に乗り移って復讐を目論むという凝った構成に感心してしまいました。国家転覆を持ちかけられたリゼリが今後どういう動きをするのか興味があります。
ベルカが王城に働きに来た本当の理由がわかった途端、これから担当する王女様を含め色々と状況の風向きが変わるような予感がしました。続きが楽しみです!
ファンタジーの設定が非常に丁寧に練られていて、世界観に惹かれました🙌スゴイですね...💦