第一話(脚本)
〇華やかな広場
ルクス「エリス、君が好きだよ」
その人の存在は私にとって光だった。
ソレンヌ王国・王太子ルクス=ド=ソレンヌ様。
ソレンヌ王国の始祖である【光の勇者】の血を濃く受け継ぎ、
生まれながらにして次代の国王となることが決まっている我が国の太陽。
心優しく智勇に秀でたこの人が私の婚約者だなんて今でも信じられない。
エリス「わ、私もルクス様のことが大好きです!!」
私が赤面しながら一生懸命に気持ちを伝えるといつも優しい微笑みを返してくれる。
〇華やかな広場
私の名前はエリス=ノエル。
ソレンヌ王国 ノエル公爵家令嬢。
十二歳の時、王城で行われたルクス様の誕生パーティーに出席した時に見初められて、ルクス様の婚約者になった。
自惚れでなければ、お互い一目惚れだったと思う。
家族の愛情に恵まれなかった私は、ルクス様の愛によって守られて、初めて幸せを知った。
この身が持てる全ての愛をルクス様に捧げても惜しくはない。
私はそれくらいルクス様を愛している。
ルクス「ねぇ。 そろそろ『様』はいらないんじゃないかな?」
エリス「え?」
ルクス「もう何年も愛を育んで、僕達は十分仲良くなっただろう?」
ルクス「二人の時は『ルクス』とだけ呼んで欲しいな」
エリス「で、でも・・・・・・」
ルクス「エリス?」
躊躇う私にルクス様が微笑みかける。
優しい笑顔のはずなのになぜか圧が強い。
エリス「う、うー・・・・・・」
エリス「ル、ルクス?」
赤面しながら勇気を振り絞った私の言葉にルクス様・・・・・・じゃなかったルクスは満足そうに微笑む。
ルクス「よく出来ました。 じゃあ、これはご褒美だ」
そう言ってルクスが懐から取り出したのは綺麗な指輪だった。
ルクスは私の左手をとって薬指にその指輪を通す。
ルクス「エリス=ノエル公爵令嬢。 貴女が十六歳になったら私と結婚してくださいますか?」
ルクスが膝をついて、私に求婚の言葉を告げる。
エリス「は、はい!! もちろん、喜んで!!」
ルクス「ありがとう、エリス!!」
ルクスは私を抱き上げて、嬉しそうに何回もくるくる回った後で優しく抱きしめてそっとキスをしてくれた。
ルクス「幸せにするよ、エリス」
エリス「はい。 私もルクスを幸せにします」
二人ならきっと幸せになれると信じていた。
〇黒
・・・・・・なのに。
それから一年後、私のもとに届いたのはルクスが国を裏切ったという汚名を着せられて殺されたという報せだった。
〇教会の中
荘厳な鐘の音が大聖堂に響き渡る。
大司教「ノエル公爵家令嬢、エリス=ノエル。 前へ出なさい」
エリス「・・・・・・はい」
大司教の声に応えて私は一歩前に足を進める。
周囲から多くの視線が私に集中しているのを感じる。
大聖堂の中にいるのは私と大司教だけではない。
国王を始めとする王族達。
そして主だった貴族家の代表が今日のこの場に集まっている。
今からこの場で執り行われる儀式の主役は私。
だけど、それは私が望んだものではない。
国王と国の重鎮達が見守る中で私が行う儀式。それは・・・・・・
大司教「さぁ、宣誓の言葉を」
エリス「・・・・・・」
大司教「エリス=ノエル。 宣誓しなさい」
エリス「・・・・・・はい」
大司教に強く促された私は諦めて、覚悟を決める。
この世で一番言いたくない言葉を口にする。
エリス「私、エリス=ノエルは・・・・・・」
エリス「ソレンヌ王国・王太子ルクス=ド=ソレンヌとの・・・・・・」
本当だったら私の隣にはあの人がいるはずだった。
今日のこの日は、私エリス=ノエルとルクス=ド=ソレンヌが永遠の愛を誓い合う人生最良の日になるはずだった。
だけど、隣にルクスのいない私は永遠の愛とは正反対の言葉を口にしなければならない。
エリス「ルクス=ド=ソレンヌとの婚約を破棄します」
場内に薄汚い貴族共の拍手が響き渡る。
けれど、これで終わりではない。
言わなければならない言葉はもう一つ。
世界で一番大切なあの人を穢す言葉。
エリス「そして・・・・・・【聖女】の名において、我が国を裏切ったルクス=ド=ソレンヌの堕落を宣言し・・・・・・」
エリス「彼の者に与えられし【勇者】の称号を剥奪します」
ゼクス「ふははっ」
再びの拍手と歓声。
そして貴賓席からはこの状況を誰よりも望んでいた男の下品な笑い声が聞こえてくる。
〇黒
第二王子。
ゼクス=ド=ソレンヌ。
ルクスの弟であり政敵でもあった男。
そして・・・・・・ルクスを陥れて殺した男。
〇教会の中
国王「聖女の宣言によりルクス=ド=ソレンヌに与えられた【勇者】の称号と特権は剥奪された」
国王「よって我は国王として宣言する」
国王「堕ちた王太子ルクス=ド=ソレンヌを廃嫡とし、王族としての全ての権限を剥奪する!!」
エリス「・・・・・・」
何をいまさら・・・・・・と思う。
私の婚約者だったルクスは冤罪をかけられてすでに殺されている。
すでに無実を訴えることすら出来ない身となった彼の名誉をさらに穢す必要など無いはずだった
国王「そして第二王子のゼクス=ド=ソレンヌを新たな王太子とする!!」
ゼクス「はっ!!」
全てはこの男を次の王にするため。
国民に人気のあった王太子ルクスと平民を蔑んで国民に嫌われている第二王子ゼクス。
彼を次の王太子にするだけでは、将来ゼクスが王位を継承することに不安を唱える声が出るだろう。
だから、ルクスの名誉を完膚なきまでに穢す必要があった。
国を裏切った罪人として殺すだけでなく【勇者】の称号の剥奪。
本来、国王でさえ不可侵とされる【勇者】の称号を剥奪できるのは【聖女】の称号を持つ者のみ。
その聖女に選ばれたのはルクスの婚約者である私。
私はルクスの名誉を穢すためだけに聖女に選ばれた。
国王「聖女エリスよ。 お主を新たな王太子ゼクスの婚約者とする」
エリス「・・・・・・」
唇を強く噛み締める。
口の中に広がる血の味は屈辱の証。
けれど、私は国王の言葉を受け入れる。
エリス「・・・・・・謹んでお受けします」
ゼクス「くくく」
下卑た笑みを浮かべるゼクスの背後には、三人の側近の姿がある。
かつてはルクスの側近だった者達。
〇黒
近衛騎士団長の息子、ジャック=ドラン。
魔術師団長、ソーザ=デルベ。
宰相を務めるサド侯爵の娘。
神算鬼謀の天才、ドロテア=サド。
〇教会の中
ルクスが冤罪をかけられて殺された日。
最も側にいたのは彼らだ。
この三人はルクスの死に直接関与している。
ゼクスが馴れ馴れしく私の肩を抱いて前に出る。
エリス「・・・・・・くっ」
屈辱に染まる私の表情を嘲るように眺めながら、ゼクスは貴族達に向かい大きく腕を振り上げる。
ゼクス「ソレンヌ王国の未来に幸あれ!!」
大聖堂の中は新たな王太子の誕生を歓迎する大歓声に包まれた。
〇黒
この日。
ソレンヌ王国で国民に最も愛された王太子ルクス=ド=ソレンヌの名誉は婚約者の私の手によって地に堕ちた。
ルクスを裏切り、政敵であったゼクスの婚約者となった私を人々は悪女だと嫌悪し侮蔑するだろう。
この先、私は誰1人として味方のいない茨の道を進むことになる。
だけど、そんなことは覚悟の上だ。
もとよりルクスが側にいない人生なんて私にとっては地獄と同義なのだから。
私が残りの人生で望むことはただ一つ。
ゼクス=ド=ソレンヌ。
ジャック=ドラン。
ソーザ=デルベ。
ドロテア=サド。
彼らがルクスを陥れて殺した証拠を見つけ出してルクスの名誉を回復させること。
そして・・・・・・
私は彼らに復讐する。
こんなにも若い彼女が、想像を絶するほどの屈辱をうけながらも、もはや堂々と次なる戦いのステージに進もうとしている様子がなんとも素晴らしいと思いました。自分の弱さと比較しました・・・。