第三十一話『村井芽宇Ⅰ』(脚本)
〇車内
あの、奥田冴子の家が火事で全焼したらしい。放火が濃厚だが、犯人はまだ不明。
笹沼は現在、雨宮を連れて車で現場に急行している最中だった。
雨宮が一緒なのは、本人が“何かわかるかもしれないからついていきたい”と言ったからである。
ちなみに、いつもバディを組んでいる浅井は現在別件で不在でだ。
雨宮縁「笹沼刑事、ラノベって読みます?」
そんな移動中、雨宮がよくわからないことを言いだしたのだった。
雨宮縁「現在流行りの、異世界転移チートとかそういう系列の」
笹沼刑事「ああ、なんか本屋でよく平積みされてるな」
笹沼刑事「異世界転生したらモテモテになったとかスローライフできるとか最強の力を手に入れたとか、そういうのだろう?」
笹沼刑事「表紙見たことがあるだけで、中身は知らないが」
雨宮縁「そうそう、それです」
雨宮縁「で、そういう作品のテンプレートって、」
雨宮縁「“異世界転移させちゃったお礼に、女神様がチートスキルを授けてあげます”とかいうものだったりするみたいなんですよ」
雨宮縁「僕もちらーっと読んだことがあるだけなんで、そういうものばっかりじゃないんでしょうけど」
助手席で、くりくりと自らの髪を弄りながら言う雨宮。
雨宮縁「これは僕が読んだ話なんですけどね」
雨宮縁「異世界転移する時、女神様に」
雨宮縁「“間違って転移させちゃったお詫びに、チートスキルをあげます。その代わり、異世界の救世主になってください”」
雨宮縁「とかっていうお願いをされるんです」
笹沼刑事「それって、元の世界に帰れないってことなのか?」
雨宮縁「多分そう言う流れだったんでしょうね。序盤しか読んでないのであれですけど」
雨宮縁「で、主人公は現実の、退屈で鬱屈した世界が嫌いだったので・・・・・・あっさり異世界転移と異世界永住を承諾しちゃうんです」
笹沼刑事「ほう?」
確かに、ブラック企業勤めのOLとか、鬱屈した引きこもりとか、苛められっことか。
そういう人間ほど、夢と希望に溢れた異世界を望んでしまうのかもしれない。ただ、それは。
笹沼刑事「・・・・・・なんだか、淋しいな。元の世界の家族や友達を、全部捨てていくってことだろ」
笹沼が言うと、その通りです、と雨宮が返してくる。
雨宮縁「僕が引っかかったのはそこなんですよ。・・・確かに現実って、辛いことはたくさんあります。でも、辛いだけじゃないでしょう?」
雨宮縁「毒親家庭に生まれたって祖父母は優しいかもしれないし、一緒にいたい友達や恋人はいるかもしれない」
雨宮縁「逆に人間関係が希薄なひきこもりでも、両親は愛してくれてるかもしれない」
雨宮縁「明日見たいアニメがあるかもしれない、楽しみにしている漫画の新刊があるかもしれない、ちょっとした楽しみがあるかもしれない」
雨宮縁「それなのに・・・・・・」
雨宮縁「いくらチート無双出来るからって、全部捨てて異世界への永住をあっさり決められる人って、実際何人いるのかなって」
笹沼刑事「そうだな。・・・・・・って、それが何か今回の件に関係あるのか?」
雨宮縁「大ありですよ。僕は、奥田冴子のことを言ってるんです」
笹沼刑事「!」
はっとして、彼の方をちらりと見る。雨宮は、どこか憐れむような視線で遠くを眺めていた。
雨宮縁「目的を達成するために、幸福の全てを捨てていい。本気でそう思える人って、どれだけいるんでしょうね」
雨宮縁「・・・・・・自分はものすごく不幸だと思っていても。実際、幸せな瞬間がまったくない人なんて、本当にごく僅かでしょうに」
〇モヤモヤ
第三十一話
『村井芽宇Ⅰ』
〇病室のベッド
目覚めた時、冴子は病院のベッドの上だった。点滴はされているものの、あとはほぼかすり傷。
背中と腕にちょっと手当がされているだけで、軽傷中の軽傷だった。
ただし。
『奥田冴子さん、ですよね?・・・・・・残念ですが、旦那さんは・・・・・・』
無事だったのは、冴子だけだった。
颯人は見つかった時、既に手遅れの状態だったという。
火傷ではなく、一酸化炭素中毒での死亡だったのが唯一の救いなのかもしれないが。
奥田冴子(なんで)
自分は、数日で退院できると言われた。しかし、到底それを喜ぶ気にはなれない。なれるはずがない。
だってそうだろう。愛息子との思い出がつまった、一生懸命ローンを組んで買った一軒家も。
それから、命より大切だった優しい夫も失ってしまったのだ。
奥田冴子(どうして、私だけ生きているの?奏音も颯人さんも死んでしまって、何で私だけ?こんなのおかしいわ。絶対、絶対おかしい・・・!)
恐らく、放火ではないかと言われているらしい。火元がキッチンではなく、火の気がない庭であるからのようだ。
- このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です! - 会員登録する(無料)
冴子さんの復讐の代償として失われていく、彼女に幸せを与えてくれる周囲の人と物。その幸せを与えてくれる存在こそが、彼女の復讐行為へのストッパーになり得たのでしょうが、もうすでに……
魔法の鏡、何とも残酷な設定ですよね…