第1話(脚本)
〇謁見の間
ファジュル王国 兵士「敵軍、城門を突破しました! 敵兵が雪崩込んできます!」
宰相「何ということだ!」
宰相「かくなる上は・・・! 国王陛下! ここは陛下だけでもお逃げください!」
バースィル王「ここまでか・・・」
アムジャード王妃「あなた・・・」
ファイサル「・・・・・・」
ディヤーブ「父上・・・」
バースィル王「致し方ない。 かくなる上は隠し通路より脱出する」
宰相「はっ! 既に馬の準備は整えてございます。 しかし・・・」
宰相「残念ながら、定員は4人が限界です」
バースィル王「それは誠か?」
宰相「口惜しきことに、この非常時で馬の確保が間に合わず・・・」
「・・・・・・」
アムジャード王妃「あなた、それなら誰を残し置きますの?」
ディヤーブ「そ、それなら僕が!」
バースィル王「ならぬ」
バースィル王「良いか。ここは今後の王家の存続を考えねばならぬ。 よって──」
バースィル王「サフィーヤとザフィールをここに残すこととする」
ファイサル「父上、少なくともサフィーヤにはいくらか使い道があるのでは?」
バースィル王「それは平時の話だ。 今はあいつを差し出してもどうにもならぬ」
アムジャード王妃「・・・わかりました」
ディヤーブ「母上!?」
アムジャード王妃「あの娘には常日頃より王女としての心構えを教え諭しておりました。 きっとこの運命を喜んで受け入れるはずです」
バースィル王「では、決まりだな」
〇城の客室
アムジャード王妃「サフィーヤ!」
サフィーヤ「お母様、何だか兵たちの様子が・・・ 何が起きているの?」
アムジャード王妃「よくお聞き。 これからわたくし達はこの城を捨てます」
サフィーヤ「!」
アムジャード王妃「けれど、全員を連れて行くことはできないの。だからね──」
アムジャード王妃「可愛そうだけど、あなたとザフィールを置いていくことが決まったの」
サフィーヤ「お母様・・・!」
アムジャード王妃「これはお父様──国王陛下のご意思よ」
アムジャード王妃「例えこの地を失っても、王家を存続させることが大切なの。わかるわね」
サフィーヤ「・・・・・・」
サフィーヤ「・・・」
サフィーヤ「わかり、ました」
アムジャード王妃「ああ、我が娘」
サフィーヤ「お母様・・・」
アムジャード王妃「マイムーン家のために、王女としての使命を全うするのよ」
サフィーヤ「・・・わかっています」
宰相「王妃様!お早く!」
アムジャード王妃「それではね。 さようなら、サフィーヤ」
サフィーヤ「お母様も、お達者で」
サフィーヤ(振り向きもせず去っていくのね)
ザフィール「姉上」
サフィーヤ「ザフィール」
ザフィール「母上、どうなさったの?」
サフィーヤ「・・・・・・」
サフィーヤ「お母様達はね、遠いお国へ旅に出たの」
サフィーヤ「大丈夫よ。 何があってもわたくしが必ず守ってあげるわ」
ギュッ
ザフィール「姉上・・・」
サフィーヤ「わたくしが、必ず・・・!」
〇要塞の廊下
アルネヴィア兵「重臣らしき者は捕らえましたが、王族の姿が見えません」
アルネヴィア軍小隊長「自害している可能性もある。 もっと場内を隈なく探せ!」
アルネヴィア兵「はっ!」
〇城の客室
侍女1「ぶ、無礼者!」
侍女2「ここから先は通さないよ!」
アルネヴィア兵「お前たちは引っ込んでろ!」
「きゃあ!」
アルネヴィア兵「若い女と子供か。 おい、お前らは何もんだ?」
アルネヴィア兵「殺されなくなかったら、 大人しく知ってることを吐くんだな」
サフィーヤ「・・・口を慎みなさい」
アルネヴィア兵「あ?」
サフィーヤ「わたくしはマイムーン家第一王女 サフィーヤ・ビント・バースィル・アールマイムーン」
サフィーヤ「お前たちが欲しているのは王族の首でしょう?」
サフィーヤ「ならばこの首、取っていくといいわ!」
アルネヴィア兵「王女だと!本当なのか?」
サフィーヤ「この瞳の色を見ればわかるはずよ」
アルネヴィア軍小隊長「この色は・・・!」
アルネヴィア兵「隊長、ご存知なのですか?」
アルネヴィア軍小隊長「ああ。これはこの国の王族特有の眼でな。 『満月を写し取ったような妖眼』とかいって有名なんだ」
アルネヴィア兵「へへ。確認の手間が省けていいですな。 王女とやら、そこを動くなよ!」
サフィーヤ(これで我が使命は終わった。 わたくしはここで死ぬのね)
サフィーヤ(ザフィールさえ無事ならわたくしはそれでいいわ・・・)
〇歴史
その昔──
ここエステラ半島には2つの大国があり、
この地の平和は両者の力の均衡により成り立っていた
だが近年、その平和は揺らぎつつあった。
大国のひとつであるアルネヴィア王国が領土拡大政策に力を注ぐようになったのである。
周辺の小国を次々に併合していたアルネヴィアはある日遂に、
もう一方の大国であるファジュル王国に攻撃を開始したのであった。
〇謁見の間
アルネヴィア王国 ドラド城
宰相「陛下、ファジュル王国の王族を捕虜として連行いたしました」
リカルド「わかった。連れてこい」
宰相「はっ」
宰相「お連れしました」
サフィーヤ「・・・・・・」
ザフィール「・・・・・・」
宰相「王の御前だ。礼儀を示しなさい」
サフィーヤ(確か、この国ではこうやって礼儀を示すと聞いたわ)
サフィーヤ(何という屈辱・・・!)
リカルド(ほぅ、跪礼を知っていたか)
リカルド「王女殿下、ようこそアルネヴィアへ。歓迎する」
サフィーヤ「それは、どうも」
リカルド「王女、その少年は?」
サフィーヤ「こちらは第3王子のザフィールですわ」
リカルド「ほぅ、王子か。 その他の兄弟はどうした?」
サフィーヤ「それは・・・」
宰相「居城を隈なく調べさせましたが、 隠し通路と思しき場所に踏み込んだ時には──」
宰相「既にもぬけの殻であったと報告を受けております」
リカルド「なるほど。尻尾を巻いて逃げたか。 一国の王の末路としては情けない」
サフィーヤ「・・・・・・!」
リカルド「王女殿下、そう睨んでくれるな」
リカルド「君たち姉弟を残して国を去ったのは事実なのだろう?」
サフィーヤ「ええ、恐らくは」
リカルド「つまり君たちは後ろ盾を持たぬただの王族というわけだ」
リカルド「こういった場合、男の王族は処刑するのが習わしだ。 例え子供であってもな」
サフィーヤ「何故です!? こんな子供を殺すというの?」
リカルド「確かに今は子供だ。 だがな、この子供はいずれ成長して青年になる」
リカルド「その時にはきっと俺を打倒しようとするだろう。 そんな芽は摘んでおかねばならないのさ」
ザフィール「姉上・・・」
サフィーヤ「ザフィール・・・!」
サフィーヤ(くっ・・・どうすれば・・・)
リカルド「ただし、俺も悪鬼ではない。 王女殿下が俺の要求を飲めば、その王子の処遇は考えてやらないこともないぞ」
サフィーヤ「陛下、お願いでございます! ザフィールを・・・弟を助けてください! 何でも致します!」
リカルド「何でも、と言ったな」
サフィーヤ「はい」
リカルド「ならば王女殿下、我が愛妾となれ」
サフィーヤ「愛妾・・・!?」
リカルド「嫌か?断る余地はないと思うが」
サフィーヤ(よくもそんな要求を・・・! でも他にザフィールが助かる道がない)
サフィーヤ(悔しい・・・)
サフィーヤ「わかりました。 謹んで陛下のご寵愛を賜わりたく存じます」
サフィーヤ「ですから、弟だけは・・・」
リカルド「よかろう。幼王子の命は助けてやる」
宰相「陛下、ご勝手が過ぎますぞ」
リカルド「黙れ。暇を出されたいか」
宰相「しかし!」
リカルド「父上の代から仕えているからといって調子に乗るなよ、コルネリオ」
リカルド「今の主は俺だということを忘れるな」
宰相「・・・・・・御意」
リカルド「この姉弟を適当な客間に通しておけ。 一応は他国の王族だ。扱いは丁重にしろ」
侍従長「こちらに」
サフィーヤ「ええ。 ザフィール、行くわよ」
ザフィール「はい、姉上」
リカルド(フ・・・二度は頭を垂れない、か。 気高いものだな)
リカルド(・・・夜が楽しみだ)
〇貴族の応接間
ザフィール「スゥー・・・スゥー・・・」
サフィーヤ「ザフィール・・・ さっきまで不安そうだったけど、眠ってくれて良かった」
侍女「王女殿下」
サフィーヤ「しっ!静かに。弟が起きてしまうわ」
サフィーヤ「何か用かしら?」
侍女「失礼いたしました。 王女殿下には就寝の際に別室にご案内するよう申し遣っております」
サフィーヤ「・・・? わかったわ」
〇貴族の部屋
サフィーヤ「ここは・・・」
侍女「国王陛下の寝室でございます。 今宵はこちらでお休みください」
サフィーヤ「・・・・・・なるほど」
「誰か」
侍女「国王陛下、王女殿下をお連れいたしました」
リカルド「来たな。我が愛妾」
サフィーヤ「・・・・・・」
リカルド「その方、下がって良いぞ」
侍女「はい。失礼いたします」
リカルド「何をしている? まさか愛妾の仕事を知らない訳ではあるまい」
リカルド「早くベッドの中に入ったらどうだ?」
サフィーヤ「・・・ええ、ただいま」
リカルド「近くで見ると瞳の美しさが際立つな。 流石は麗しい『王宮の薔薇』」
サフィーヤ「・・・・・・! 何故その呼び名を!?」
リカルド「君の親兄弟が身内の前でだけ呼ぶ愛称だったな。 それを俺が何故知っていると思う?」
サフィーヤ「・・・わかりません」
リカルド「フッ。そうか」
リカルド「この話はまた、いずれするとしよう」
リカルド「今は、楽しませてもらう」
〇水の中
嗚呼、お母様
これが、王女としてのわたくしの使命なの?
お母様・・・お父様・・・・・・
〇貴族の部屋
リカルド「・・・・・・」
サフィーヤ(こんなことを、毎晩、するのかしら)
サフィーヤ(そんなの)
サフィーヤ(耐えられない・・・!)
〇貴族の応接間
サフィーヤ(誰もいない・・・)
サフィーヤ(ザフィール、今は起きないでね)
サフィーヤ(赤ちゃんの頃はよくこうやって背負って、乳母たちに怒られたわね)
サフィーヤ(さあ、行くわよ!)
〇厩舎
馬「?」
サフィーヤ「いい子ね。 真夜中に悪いけど、わたくし達を乗せて走って頂戴」
サフィーヤ「行って!」
馬「!」
〇山道
サフィーヤ(お父様たちの行く先の予測はついてる)
サフィーヤ(大陸側に逃げるには山脈を超える必要があるし、何よりアルネヴィアの同盟国が多いから不利だわ)
サフィーヤ(だとすれば反対側、海を渡ってこちらの同盟国を頼るはず)
サフィーヤ(家族が揃えばきっと王国復活の道も見えてくる!)
サフィーヤ(ファジュル王国は滅ぼさせないわ!)
つづく
母親がいとも簡単に別れをつげた王妃が、これほどすばらしい女性とは。いい意味で期待を裏切られました。勇敢な彼女なら、きっと家族のいる場所へ辿りつくことができ、その王族としての選択を称賛されることでしょうね。