第二十八話『瀬田彩名Ⅱ』(脚本)
〇高級マンションの一室
自分は選ばれた人間だ。彩名は幼い頃からそれを自覚していたのだった。
瀬田円花「彩名は本当に優秀ね。私もパパも鼻が高いわ」
瀬田彩人「彩名より可愛い女の子なんか見たことねぇぜ!将来は世界一の美女になるな!」
母も兄も、それ以外の身内の人もみんな自分を褒めてくれた。
容姿のみならず、学校の成績、運動神経。料理や手芸、音楽や美術。何につけても自分は完璧で、非の打ち所がない優れた人間。
そして、セタデンキのご令嬢。まさに、神様に選ばれた人間とは自分のことなのだと信じて疑わなかった。
〇教室
学校でも同じ。セタデンキのご令嬢で、何でも出来る美しい彩名のことを褒め讃えない者は殆ど皆無に等しかった。
小河原海砂「彩名さん彩名さん!宿題教えてもらえますかー?」
村井芽宇「彩名さんすごい!習字で金賞なんて!」
海砂も芽宇も、そんな自分を正しく評価する信者の一人。
だから自分は、彼女達を仲間として受け入れ、恩恵を与えてきたのだ。
時には宿題などの面倒を見てやったり、くだらないお喋りに付き合ってやったりもした。
信者達は、選ばれた自分と話すだけで幸福になれるのだ。その事実がまた自分をも幸福にしてくれる。
まさにウィン・ウィンの関係だと、本気でそう思っていた。
あの時までは。
〇学校の廊下
瀬田彩名「見ていましたわ、奥田君。あんな鈍臭い下級生のことも助けてあげるなんて、素敵な奉仕精神ですわね!」
自分に褒められて、喜ばない男子などいない。
奥田奏音。クラスでも特にカッコいい顔立ちをした少年。是非自分だけのものにしたい、そう思ってクラス替え早々に声をかけた。
瀬田彩名「私、感激しましたの!私の彼氏になって頂けませんこと?」
イエス以外の返事などない。有り得ないはずだったのに。
奥田奏音「・・・・・・悪いけど、それは無理」
彼は自分を睨みつけながら、そう返してきたのだ。
奥田奏音「鈍臭いってなんだよ。坂下君はあんな小さな体で一生懸命係の仕事してただけなのに・・・・・・」
奥田奏音「何もしてないやつが流れるようにディスるな。流石に不愉快なんだけど」
そう、奥田奏音は。
彩名にとって初めての、“手に入らなかった男”だったのだ。
〇モヤモヤ
第二十八話
『瀬田彩名Ⅱ』
〇可愛らしい部屋
瀬田彩名(悪いのはあいつじゃない)
思い出しても腸が煮え繰り返る。奥田奏音は、自分の告白という最大の栄誉を受け取らなかった。
そればかりかプライドをあんなにもズタズタに傷つけた。これは、立派な正当防衛だ。
彩名は自分の傷つけたプライドを守るため、必死で戦ったに過ぎないではないか。
瀬田彩名(あいつが、自分は弱者だと思い知れば!己が間違っていると認めればそれで終わりにしてやるつもりだったのに!)
ギリリ、とベッドの上で唇を噛みしめる。
瀬田彩名「あのクソガキが全部悪いんじゃない!私のプライドを傷つけたのに反省もしないから!間違ってることを認めないから!だからっ」
思わず声に出して呟いた、その時だった。
『ほう。奥田奏音がお前に何をしたと?』
瀬田彩名「!」
ぎょっとして跳ね起きた。ノイズ混じりの女の声が、どこからともなく響いたせいだ。
慌てて辺りを見回すものの、部屋には当然誰もいない。彩名一人だけ、だ。
瀬田彩名(ま、まさか)
ピンと来た。兄の死ぬ間際の様子を思い出したからだ。
兄も、砂やゴミを食べ始める前に、彩名には聞こえない声を聞いていたようだった。
瀬田彩名「あんた・・・・・・あんたがお兄ちゃんを殺したやつなのねっ!?」
思わず声を張り上げていた。不良じみていたけれど、彩名には優しかったお兄ちゃん。
何でもしてくれたお兄ちゃん。大好きだったお兄ちゃん。
そのお兄ちゃんが、胃を破裂させるほどゴミを食わされて殺された。一体どれほど苦しい思いをしたことだろう?
瀬田彩名「許せない・・・・・・許せない許せない許せない!よくも私のお兄ちゃんを!殺してやるわ、出ていらっしゃい!」
『自分も奥田奏音を殺しておいて、よくそんなことが言えたものだな』
瀬田彩名「私は殺してないわ、あれは事故よ!あいつが間抜けにも足を踏み外して死んだだけ!」
『ほう?』
- このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です! - 会員登録する(無料)
彩名ちゃんの動機と、奏音くんの死の経緯が示されて背筋がゾッとしました……
それにしても、彩名ちゃんの自己正当化のロジックが幼稚なもので。。年齢が幼いというよりも精神的に脆い人に見られるパターンですよね